学位論文要旨



No 211774
著者(漢字) 中村,元直
著者(英字)
著者(カナ) ナカムラ,モトナオ
標題(和) ヒト白血球血小板活性化因子受容体に関する研究
標題(洋)
報告番号 211774
報告番号 乙11774
学位授与日 1994.04.27
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第11774号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 浅野,茂隆
 東京大学 教授 岡山,博人
 東京大学 教授 高橋,國太郎
 東京大学 教授 石川,隆俊
 東京大学 教授 柴田,洋一
内容要旨

 本研究はヒト白血球血小板活性化因子(PAF)受容体の構造および諸性質に関する研究をまとめたものであり以下の2つの内容から構成される。

(1)ヒト血小板活性化因子(PAF)受容体cDNAのクローニングと発現

 PAFは微量で強力な生理活性を持つ脂質オータコイドで、起炎作用および降圧作用の他、免疫増強作用など多彩な生物活性を持ち、気管支喘息、エンドトキシンショック、アナフィラキシーショックなどの病因に関与すると考えられている。

 既に当教室で発現クローニングにより得られたモルモット肺のPAF受容体cDNAをプローブとしてヒト白血球cDNAライブラリーをスクリーニングし、ヒト白血球のPAF受容体ホモログを得た。単離したcDNAから推定される受容体は342個のアミノ酸残基から成り、G蛋白質共役型の受容体スーパーファミリーに特徴的な7つの膜貫通領域を持っていた。ついで、本受容体mRNAを卵母細胞に注入し、高発現させた後、PAF刺激に伴うクロライド膜電流を測定したところ、ED50値は約10nM、PAF拮抗剤であるWEB2086で阻害され、また、卵母細胞内にGDPSを微量注入することで反応は著しく減弱した。なお、PAFの不活性型代謝物であるリゾ-PAF刺激では何の反応も認められなかった。さらに、本受容体をCOS-7細胞に発現させ、放射性リガンドでの結合実験を行った結果、[3H]WEB2086の結合に対するIC50はPAF, 0.4±0.2nM;Y-24180,1.1±0.6nM;CV-6209,7.7±2.1nM;WEB2086,13±5nMであり薬理学的効果と一致した。ヒトPAF受容体は白血球の他、IL-5とGM-CSFで分化させたEoL-1細胞(好酸球性白血病細胞)で多く発現していることもノーザンブロッテイング解析で明らかとなった。

 以上の結果を総合すると、ヒト白血球cDNAライブラリーよりクローン化したcDNAはPAF受容体をコードすること、また構造やGDPSの効果から、本受容体はG蛋白質共役型スーパーファミリーの一員に属することが明らかとなった。

(2)エンドトキシン(LPS)によるPAF受容体の活性化

 エンドトキシン(Lipopolysaccharide:LPS)はダラム陰性菌の外膜の主要構成脂質成分であり、血圧降下や多臓器不全等の病態を引き起こすことが知られている。LPSが細胞に作用する際のメカニズムに関しては、血液中に存在するLPS結合蛋白質(LPS binding protein:LBP)とLPSとの間でLPS-LBP複合体を形成後、標的細胞(マクロファージ、好中球等)の細胞膜上に存在するCD14に結合することがわかっている。しかし、CD14の機能については解明されておらず、また、LPS受容体の存在に関しても不明であった。ところで、エンドトキシンショックの治療にはPAF拮抗剤の投与が効果的であることが幾つかの研究グループによって報告されていた。我々はLPSがPAF受容体を直接活性化している可能性について検討し以下の様な結果を得た。

 ヒトおよびウサギの血小板、さらにモルモットの好中球をLPSあるいはLPSの活性部位であるLipid Aで刺激すると細胞内カルシウムイオン濃度の上昇が観察され、また、血小板凝集が認められた。これらの反応は種々のPAF拮抗剤存在下では完全に抑制された。さらに、これらの細胞から調製した細胞膜を用いて結合実験を行った結果、[3H]PAFのPAF受容体への特異的結合はLPS存在下で阻害された。PAF受容体を高発現させたアフリカツメガエル卵母細胞はLPSやLipid A刺激でカルシウム依存性クロライドチャネルの開口に伴う内向き膜電流が検出され、PAF受容体の活性化が確かめられた。PAF受容体を安定発現させたChinese hamster ovary(CHO)細胞をLPSやLipid Aで刺激すると濃度依存的に細胞内カルシウムイオン濃度が上昇した。蒸留水を微量注入した卵母細胞や、ベクターDNAのみを導入したCHO細胞にはこの様な応答は認められなかった。さらに、このPAF受容体発現細胞の膜画分を用いて結合実験を行った結果、[3H]PAFのPAF受容体への特異的結合は血小板や好中球膜で得られた結果と同様にLPSの存在で阻害されることが確かめられた。以上の結果はLPSがPAF受容体に直接結合しアゴニストとして作用しうることを示した。

 一方、LPSによるモルモット腹腔マクロファージにおけるtumor necrosis factor-(TNF-)産生はPAF受容体拮抗剤では阻害を受けず、この反応はPAF受容体以外の蛋白質を介する可能性が示された。

 PAF受容体とLPS(エンドトキシン)の交叉反応の生理的意義は不明だが、エンドトキシンショックや血小板凝集反応の一部の病態はLPSが直接PAF受容体を活性化するという新しい可能性を提唱した。

審査要旨

 本研究はヒト白血球PAF受容体の構造および諸性質に関してまとめたものであり、下記の結果を得ている。

 1.モルモット型PAF受容体cDNAをプローブとしてハイブリダイゼーションによりクローニングしたヒト白血球PAF受容体はモルモット型と同様Gタンパク質共役タイプで7回膜貫通型受容体スーパーファミリーに属するものであった。モルモット型とのアミノ酸レベルでの相同性は全体で約83%であり、7つの膜貫通領域だけを比較すると約91%もの相同性を示した。

 2.アフリカツメガエル卵母細胞におけるPAF反応性はGタンパク質不活化剤であるGDPSの作用で大幅に減弱し、PAF受容体以降の情報伝達にGタンパク質が関与することが示唆された。さらに、本受容体はリガンド刺激により急激に脱感作することも示された。PAF受容体を高発現させたCOS-7細胞の膜画分を用いて薬理学的解析を行った結果、[3H]WEB2086の特異的結合に対する各種PAFアンタゴニストの阻害効果はY-24180>CV-6209>WEB2086の順に強く、この順序はそれぞれの薬理学的阻害効果の強さと一致することが示された。

 3.クローン化したPAF受容体はPAFだけでなくエンドトキシンショックの原因となるLPSによっても活性化されることが以下の実験結果から示唆された。ヒトおよびウサギ血小板、さらにモルモット好中球をLPSで刺激すると細胞内カルシウムイオン濃度の上昇が観察されるが、この現象はPAFアンタゴニストによって完全に抑制された。アフリカツメガエル卵母細胞内発現系においてLPS刺激はPAF受容体を高発現させた卵母細胞のみ内向き膜電流の応答を示すことができ、LPS刺激に伴いPAF受容体が活性化されたことが予想された。

 また、PAF受容体を高発現させたCHO細胞においてもLPS刺激で細胞内カルシウムイオン濃度が上昇することが確認され、この細胞の膜画分を用いた[3H]PAF結合阻害実験より、LPSはPAF受容体に直接結合して活性化していることが示唆された。PAF受容体とLPSのクロスリアクションの生理学的意義を明かにするために血小板凝集反応、好中球遊走現象および腹腔マクロファージのTNF-産生への関与を検討してみたが、血小板凝集反応にのみ関与の可能性が示唆され、他の2つの現象に関しては別の特異的なLPS受容体を介していることが考えられた。

 以上、本論文はヒト型PAF受容体cDNAを単離し、その構造ならびに諸性質を明かにするとともに、PAF受容体とエンドトキシンとの反応性について明らかにした。PAF受容体構造の解明は今後、有効なPAFアンタゴニストの開発に役立つことが予想され、また、LPSとの反応性はエンドトキシンショック時のメカニズムの解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/50883