学位論文要旨



No 211776
著者(漢字) 井上,登紀子
著者(英字)
著者(カナ) イノウエ,トキコ
標題(和) 慢性骨髄性白血病の治療の臨床的検討-IFN-療法ならびに骨髄移植を中心に
標題(洋)
報告番号 211776
報告番号 乙11776
学位授与日 1994.04.27
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第11776号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 医科学研究所検査部部長 佐藤,典治
 東京大学 助教授 別所,文雄
 東京大学 講師 丹下,剛
 東京大学 講師 平井,久丸
 東京大学 講師 北村,聖
内容要旨

 慢性骨髄性白血病(CML:Chronic myelogen ous leukemia)は骨髄増殖性疾患の一つであり,腫瘍クローンはフィラデルフィア(Ph1)染色体という9番と22番染色体の長腕間の相互転座によって生じる特徴的な小染色体を有している。Ph1染色体上には,22q11に位置するBCR遺伝子と9q34から転座したABL遺伝子が融合したキメラ遺伝子が存在する。CMLにおけるBCR遺伝子の切断点はmajor breakpioint cluster region(M-bcr)に集中している。M-bcrは4つのエキソンを含み,殆どの症例はこの領域の第2ないし第3イントロンに切断点を有する。一方,ABL遺伝子の切断点は第2エキソンの上流約200kb以上の広範囲に分布している。キメラmRNAは,特殊なスプライシングによりM-bcr内の第2ないし第3エキソシがABLの第2エキソンに融合するパターン(B3/A2,B2/A2)をとる。また,両者を発現する場合もある。

 CMLの病期は慢性期(chronic phase;CP),急性転化(blastic crisis;BC)およびこの両者の移行期にあたる増悪期(accelerated phase;AP)に大別される。近年のCPの治療としてIFN療法を中心とした維持療法,同種骨髄移植ならびに一部の施設では自家骨髄移植がある。IFN療法の特徴はPh1クローンの抑制をしばしば認めることである。しかし,症例間で有効性に差があることや単独投与ではBCへの移行を阻止できないことが判明し,また近年IFN-治療中のBCではリンパ性BCの頻度が増加しているとの報告がなされた。次に,自家骨髄移植はCPの自家骨髄を凍結保存し,放射線照射や超大量の化学療法の後に移植する方法である。その治療理念はCP期間の延長であり,またAP,BCで移植する場合はCPの造血への回帰をはかることであるが,欧米の報告では約60%の症例で一時的にPh1クローンの抑制ないし消失が認められたと報告され注目された。しかしAPやBCでの移植例は殆ど1年以内に再発しており,移植時期を含めて検討する課題は多い。これに対しHLA適合ドナーからの同種骨髄移植はPh1クローンの恒久的完全消失を目的とする。ただし APやBCでの移植例はやはり再発のリスクが高く,また移植片対宿主病(graft vs hostdisease;GVHD)や間質性肺炎などの合併症が問題となる例が少なくない。

 このような比較的新しい治療法によってCMLの予後の改善が期待されるが,まだそれぞ意に高く(P<0.025),またIFN-a療法にょる血液学的完全寛解率はB3/A2群で77%[17/22],B2/A2群で54.5%[6/11]と有意に前者が良好であった(P<0.05)。Ph1クローン抑制率は両群で有意差はなかった。また,発症からBCまでの期間はKaplan-Meier法にて B3/A2群では平均84.7カ月,B2/A2群では39.5カ月と有意にB3/A2群の方が延長していた(P<0.02)(図1)。B3/A2mRNAがコードする蛋白質はB2/A2のそれより25アミノ酸だけ長いにすぎず, この違いがキメラ蛋白質の機能にどのように影響するかはわかっていない。本結果の妥当性を論じるには今後症例を重ねる必要があるが,CMLにおけるIFN-の作用機序が明らかになるにつれてより的確な予後の予測も可能になるであろう。

図1. B3/A2群およびB2/A2群におけるBCまでの期間の比較IFN-治療と自家骨髄移植

 同種骨髄移植ドナーのいないCML-CP患者を対象として,自家骨髄を凍結保存した後にIFN-療法を開始した。IFN-で治療中,AP以上の病期となった時点で,可及的速やかに自家骨髄を行なうというプロトコールを作成した。これに従って5例の自家骨髄移植を行なった。患者背景および結果を表1に示した。骨髄採取時期は 3例がIFN-療法下 1例がMCNU治療下,1例が治療前であった。移植時期は 2例がAP,1例がblastomaの合併であり残り2例はBCでの移植であった。移植前処置は4例が全身放射線照射+大量AraCを中心とし,また1例はBusulfan+Cyclophosphamideにて行なった。骨髄の回復はIFN療法下に採取した3例は一様に遅延し顆粒球>0.5×109/1までならびに網状赤血球>1%の日数は植後4週間以上を要した。細胞遺伝学的には症例H.H.およびR.K.はともに移植前より付加染色体異常を認めてたが移植後さらに種々の複雑な付加染色体異常を伴った。また症例Y.K.およびY.I.では移植前と変化がなかった。一方 症例M.I.は移植後Ph1染色体が約半年に渡り消失していた。この症例は現在徐々に骨髄Ph1染色体陽性細胞の比率の増加を認めているが良好な経過を辿っている。結果的には BCで移植を行った2例は早期に再発し,blastomaを合併した1症例もその残存を認めた。しかしAPで移植を行った2例は2ndCPを回復し,現在も生存中である。

表1.自家骨髄移植施行例の内訳及び結果

 以上 5例の臨床的帰結はこの実験的な治療法の抱える問題点を明かにした。CML自家移植の安全性を高めるためには,Ph1クローンの特殊性を考慮して移植細胞,特にCFU-GMなどの造血前駆細胞を通常の自家移植の場合より大量に確保すること, また採取はIFN-投与前に行うことが望ましい。さらに自家移植はBCクローンやblastomaに対しては無効と思われ、AP早期に実施すべきであり,そのためには早期APを確実に診断できる基準が必要である。自家移植によって長期間臨床的,細胞遺伝学的に明かな改善を示してぃる2症例の存在は,今後の改良次第で自家移植が期待できる治療手段となる可能性を示唆している。

同種骨髄移植と微量残存白血病細胞

 CML患者28例(CP13例,AP13例,BC7例)に対し同種骨髄移植を行なった。主な前処置法は全身放射線照射+大量AraC+G-CSF併用(9例)ならびにBU+CyClophosphamide+VP16 (7例)であった。移植後の無病生存期間はCP群で平均51.8カ月,AP群28.9カ月,BC群13カ月であり,CP群ではBC群よりも有意に延長していた(P=0.005)。BC7例中6例が再発により死亡している。APでは間質性肺炎による死亡1例と再発2例を認めるが,CPでは血液学的再発例はなく,合併症による死亡もなかった。このようにCML同種骨髄移植の成績は病期の影響が大きく,移植はCPの時期に行なうべきと考えられた。

 上記28例中18例を対象として移植後経時的に骨髄細胞を採取し,これより抽出したRNAからRT-PCR法を用いてBCR/ABLキメラmRNAを増幅し,残存Ph1クローンの検出を試みた。CP10例中5例で,移植後1年間キメラmRNA陽性が持続した。このうち2例は以後の検査で陰性化したが,症例M.S.及びS.N.では陰性であったものが13カ月,20ケ月後に再び陽性化しており現在慎重に観察中である。AP6例中1年以内の陽性例4例中3例はその後陰転している。しかし 症例H.Y.及びN.Y.は陰性であったが各々33カ月,36カ月の時点で陽転し,その後各々AP, BCとして血液学的に再発した。BC2例中1例はキメラmRNAが移植後も陰性化せずに早期再発したが,他の1例は51カ月後の時点でも陰性で寛解を維持している(図2)。CML同種移植後のPh1クローンは, 移植後数年にわたりPCRレベルでは多少残存することが既に報告されている。今回の検討でもCP移植例では移植後にキメラmRNAが持続陽性の場合も,必ずしも血液学的再発につながるものではないことが示唆された。ただしPh1クローンの生物学的特徴を考慮すると,CMLの治癒を判定するにはなお長期間の経過観察が必要であろう。一方AP,BC移植例でのキメラmRNA陽転は将来の血液学的再発を強く示唆する所見であり,免疫抑制剤の減量等を含めその後の対処の仕方を慎重にすべきである。

図2.CMLにおける同種骨髄移植後の残存白血病細胞の検出

 骨髄移植後の再発に関して,一般的にはGVHD(II度以下)を認めた症例の方がGVHDのない症例に比し再発率は低いといわれているが,今回の検討では有意な相関はなかった。移植後のキメラmRNAの陽性率も前処置法やGVHDの程度や移植後のG-CSFを投与の有無による有意差はなかった。

今後の展望および新しい治療指針の提案

 CMLの主たる治療は,IFN-を中心とした薬物療法,非血縁者間を含めた同種骨髄移植および自家骨髄移植に大別される。いづれにしても これらの治療法のどれを選択するかについては, 病期の進行しない診断後早期に決定し長期かつ総合的な治療体系を組むことが大切である考えられた。

 私は経験や多くの文献を基に55才以下のCP患者を対象とする図3のようなCMLの治療指針を考案した。ここに提案した指針に沿って治療を進め,その成績を検討し将来的にはより良い治療体系を確立させたい。

図3.CML-CPのプロトコール
審査要旨

 慢性骨髄性白血病(CML)は骨髄増殖性疾患の一つであり,腫瘍クローンは9番と22番染色体長腕間の相互転座によって生じるフィラデルフィア染色体(Ph1)を有している。この染色体上にはBCR/ABLキメラ遺伝子が存在する。臨床的には 慢性期(CP),増悪期(AP)ならびに急性転化(BC)の3期に分けられる。東京大学医科学研究所附属病院では現在治療としてIFN-療法,同種骨髄移植ならびにIFN-+自家骨髄移植を行なっている。

 本論文ではこれら3つの治療法において 以下のよう解析結果を報告していると同時にCMLに対するひとつの治療指針が提起されている。

 1.IFN-療法は Busulfan療法に比べて有意にBC群までの期間の延長をもたらした。また 36.6%に細胞遺伝学的改善を認め,うち16%にComplete Cytogenetic Response(CCR)+Partial CR(PCR)を認めた。この頻度は欧米の報告に比し低かった。さらに IFN-治療下で起こるBCのパターンについて Kantarjianらはリンパ系の頻度が高いとの報告があったが,その場合リンパ系腫瘍に有効なMethotrexate(MTX)を併用することによってBCへの移行を予防できるか否かについて検討している。その結果 併用後もBCの頻度には有意差はないものの,MTXの併用後はリンパ性BCを認めていない。

 2.IFN-治療に対する各症例の反応性の良否を予測できるパラメーターとしてBCR/ABLキメラmRNAのパターンをRT-PCR法を用いて解析した。その結果 B3/A2群がB2/A2群に比し有意に血小板数の増加を認めたが、 B3/A2群の方がIFN-に対する血液学的反応は良好であり BCまでの平均期間はB3/A2群で84.7カ月,B2/A2群で39.5カ月と前者で有意な延長が認められた。 このことより BCR/ABL mRNAのパターン解析はIFN-療法への反応性ならびに予後の予測に役立つ可能性が示唆された。

 3.慢性期期間の延長を目的として,IFN-及び自家骨髄移植の両者を組み合わせたプロトコールに沿って,35例より骨髄を採取し5例に自家骨髄移植を行なった。BC2例およびBlastomaを合併したAP1例で早期に再発したが,APで移植を行なった2例において2ndCPを回復し,うち1例はPh1クローンの減少という細胞遺伝学的改善を認めた。いくつかの問題点は残されているが,本治療法は適切な時期に採取,移植を行なうことによってCPの延長ならびに生存期間の延長が期待され 臨床的にも有用と考えられた。

 4.東大医科研における同種骨髄移植後の無病生存期間は CP群(平均でBC群に比し有意に延長しており 移植時の病期によって生存率に差を認めたことは 同種骨髄移植はCPの時期に行なう必要があることが確認された。また移植後の残存白血病細胞の検出では病期の進行した症例において有意に陽性率が高かったが,CP群における陽性率の差は,前処置の違い,GVHDの程度や移植後のサイトカインの投与の有無では症例数が少なく有意差は認めなかった。

 さらにCMLは年令,ドナーの有無,病期によって治療法が異なるため,診断早期に長期かつ総合的な治療体系を組むことが必要とされることから論文提出者は非血縁者間同種骨髄移植を含めたプロトコールを提案している。すなわち50才以下の慢性期CML患者を年令,ドナーの有無,病期によって治療法を選択するというプロトコールを作成し今後の治療成績の向上ならびに解析に役立てようと試みている。

 以上,本論文ではCML治療の主流であるIFN-,同種骨髄移植およびIFN+自家骨髄移植においての成績をまとめることによりこれら治療法の改善すべき点が明らかにされている。また予後因子についてはBCR/ABLmRNAのタイプ別に予後の違いが示唆され予後の予測に役立つ可能性が示唆されている。これらは提示されたプロトコールとともに今後のCMLの治療体系に貢献をなすと考えられ,学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/53863