学位論文要旨



No 211777
著者(漢字) 北山,丈二
著者(英字)
著者(カナ) キタヤマ,ジョウジ
標題(和) LAK細胞の血管内皮細胞下への遊走能 : In Vitro測定系を用いた検討
標題(洋)
報告番号 211777
報告番号 乙11777
学位授与日 1994.04.27
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第11777号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高津,聖志
 東京大学 教授 柴田,洋一
 東京大学 教授 藤原,道夫
 東京大学 教授 伊藤,幸治
 東京大学 助教授 安藤,譲二
内容要旨

 [はじめに]LAK療法に代表される癌養子免疫療法の臨床応用上、重要な課題の一つに、培養細胞の腫瘍組織への"Targeting"の問題がある。RIを用いた追跡実験の結果から、LAK細胞は生体組織内に浸潤する能力に乏しく、静脈内に投与しても、実際に腫瘍巣に到達する細胞数は極めて少ないことが古くから指摘されており、これがLAK細胞のln-vivoでの抗腫瘍効果を制限する要因の一つとして考えられてきた。近年、白血球の組織浸潤は、局所での血管内皮細胞との接着を第一段階とし、白血球の活性化に伴う接着の増強、内皮間隙の通過、内皮下層への遊走といういくつかの段階に分けて考えられ、それぞれの過程で様々な接着分子が密接に関与していることが明かとなってきた。一般にリンパ球上の接着分子は、活性化に伴いその機能が増強することが知られており、In Vitroの実験でも、レクチンやCa2+Ionophoreで活性化されたリンパ球は非刺激リンパ球と比べ、内皮細胞に強く接着、遊走することも報告されている。そこで本研究では、LAKのTargetingと深く関わっていると考えられるLAK細胞と血管内皮細胞とのInter-actionに基礎的検討を加える事を目的とした。すなわち、既に確立されたリンパ球の内皮への接着能の測定系に加え、Collagen-gelと臍帯由来培養内皮細胞(HUVEC)を用いたIn-Vitroの内皮下遊走能の測定系を作成し、これらの系を用いて、1)LAK細胞がどの程度内皮に接着し、内皮下へ遊走する能力を有しているのか、2)これらの接着、遊走能がサイトカインによる内皮細胞の活性化によってどの程度変化するのか、3)如何なる接着分子がLAKの内皮下遊走に強く関与しているのか、4)LAKのphenotypeによってこの遊走能に差があるのか、以上4点について非刺激リンパ球と比較検討した。

 [結果]LAK細胞はPBLに比べ、HUVECに強く接着するだけでなく、明らかに強い内皮下遊走能を示した。さらに、遊走能の増加(0.6%から最大14.7%)は接着能の増加(15.8%から最大で76.7%)に比して明らかに大きかった。また両者の変化はきわめて迅速で、1時間のrIL-2の添加によっても有意な増強を示し、7日間の培養にてともにほぼ最大値に達した。炎症巣における内皮下遊走を検討する目的で、HUVECを100u/ml rIL1-、5u/ml rTNF-、250u/ml rIFN-の各サイトカインで24時間の前処置すると、PBLのHUVECへの接着は明かに増加したのに対し、未処理のHUVECに対してもきわめて高率に接着するLAK細胞は、これらのサイトカイン処理によって有意な接着増強は示さなかった。また、三種のサイトカインで前処理されたHUVECに対するPBLの遊走率は未処理の内皮下への遊走率と比べ5-8倍に増加したのに対し、LAK細胞の遊走率も1.3-1.5倍に増強したが、その変化率はPBLと比べ明らかに軽度であった。LAK細胞の内皮への接着は、抗LFA-1抗体にて20-25%程度抑制され(anti-CD11a;21.4±2.7%,anti-CD18;22.8±5.8%,n=4)、抗ICAM-1抗体で軽度抑制されたが(10.9±4.2,n=3)、この抑制率はPBLの接着に対する抑制率に比べて明らかに軽度であった。また抗VLA-4抗体は抗CD11a抗体の共存下で軽度の抑制率の増強を認めたが(28.9±3.9%,n=4,P<0.05)、抗CD44抗体、A3D8,J173はともにLAK細胞のみならずPBLのHUVECへの接着を全く抑制しなかった。したがって、LAK-HUVECの接着には既知の接着分子以外の接着経路が強く関与していると考えられた。接着実験の結果とは対照的に、LAK細胞の内皮下への遊走は抗LFA-1抗体によって強く抑制された(anti-CD11a;75.8±6.9,anti-CD18;77.9±8.8%,n=3)。またこの遊走は抗ICAM-1抗体によっても比較的強く抑制されたが(51.7±12.6%、n=3)、抗VLA-4,抗VCAM-1抗体および抗CD44抗体はすべて明かな抑制効果を示さなかった。したがって、LAKの内皮下遊走現象における接着以降の段階は、主にLFA-1-ICAM-1経路に強く依存している考えられた。以上の結果から、LAK細胞は、1)既知のIntegrin分子を含めたいくつかの接着分子に依存した内皮への接着能の増強と、2)接着以降の段階における、LFA-1分子に主に依存した細胞運動能の増強、の二つの要因によってPBLに比べ明らかに強い内皮下遊走能を示し、その遊走能は炎症の有無による影響を受けない比較的"非特異的"なものと考えられた。

 次にLAX細胞の内皮細胞への接着能、遊走能がLAKを構成する各Phenotypeの間で相違があるかどうかを検討した。すなわち、シャーレ内で遊走実験を行い、Trypsin,Collagenaseを用いて、接着してるがHUVEC下に遊走していないLAK細胞(接着群)、と内皮下層のゲル内に遊走しているLAK細胞(遊走群)に分離、それぞれを構成しているPhenotypeをFlowcytometryで解析、実験前の群と比較すると、CD4(+)T-LAKの割合は実験前(32.5±17.5%)と比して、接着群(22.5±10.8%),遊走群(15.5±7.6%)で明らかに低下していた(n=4,P<0.05)。反対にCD8(+)T-LAKの割合は実験前の値(39.3±5.1%)と比べ接着群(44.5±3.9%),遊走群(55.2±7.2%)にて明らかに増加しており、CDl6(+)またはCD3(-)CD56(+)で表現されるNatural killer phenotypeをもったNK-LAKの割合は実験前(CD16(+);7.5±2.3%,CD3(-)CD56(+);8.3±2.7%)と比べ、接着群(順に13.5±4.7%,14.6±5.1%)で増加していたが、遊走群(順に2.8±1.6%,4.1±1.0%)では逆に低下していた。したがって、LAK細胞の中ではCD8(+)T-LAKが最も強い内皮下遊走能を有しており、NK-LAKは内皮に対して強い接着能を有しているが、遊走能はむしろ乏しいことが示唆された。ところが、HUVECを至適濃度のr-IFNで24時間前処置しておくと、遊走群中のCD16(+)NK-LAKの占める割合は非処理の内皮を対象とした時と比べて明かな増加を示し(21.6±11.0%,5.0±3.0%,n=4,P<0.05)、接着群中のCD16(+)細胞の割合は低下傾向を示した。この結果から、rIFN- による前処置は内皮に接着したNK-LAKを選択的に下層へ遊走させている可能性が示唆された。

 [結語]LAK細胞と血管内皮細胞との関わりという観点からみると、血管内に投与されたLAK細胞は、内皮下の組織内に浸潤する能力に欠けるわけではなく、非刺激PBLに比べ、むしろ強い遊走能を有しており、その遊走は比較的非特異的要素が強いと考えられた。この結果から推測すると、LAK細胞を腫瘍の支配血管より局所投与すると、解剖学的に最初に遭遇する腫瘍血管内皮細胞に強く接着し、さらにその内の多くの細胞が腫瘍内へ浸潤しうることが予想される。したがって、この方法で投与されたLAK細胞は、全身投与と比較し、より効率的に腫瘍巣に到達し、より強い抗腫瘍効果を発揮することが期待される。近年、いくつかの施設でLAKの腫瘍血管内投与が試みられ、比較的よい臨床成績が報告されており、本実験結果はこの臨床結果を支持するものと考えられる。また、LAK細胞の投与時に、腫瘍局所にIFN-などのサイトカインが高濃度に存在すると、腫瘍内に浸潤する細胞量のみならず、浸潤細胞の種類に変化をきたし、その結果、より強い抗腫瘍効果が得られる可能性が示唆された。白血球の腫瘍内浸潤機構にさらに詳細な検討を加えることによって、培養細胞の局所血管内投与に加え、ある種のrecombinant cytokineの腫瘍内局所投与を併用し、抗腫瘍活性を持つ細胞を選択的かつ効果的に腫瘍内に誘導する方法が見いだせれば、さらに有効な癌治療法の確立につながると考えられた。

審査要旨

 本研究は癌の養子免疫療法の治療効果と密接な関係を持つと考えられるLAK細胞の血管内皮細胞下への遊走能について、ヒト臍帯静脈由来の血管内皮細胞とTypeI-Collagen Ge1を用いたIn Vitroの測定系にて定量解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

 1.LAK細胞はPBLに比べ、内皮細胞に高率に接看するだけでなく、非常に強い内皮下遊走能をも有していた。

 2.LAK細胞の内皮下遊走能は炎症性サイトカインによる内皮細胞の活性化によって若干の増強を示したが、その変化率はPBLと比べ明かに軽度であった。

 3.LAK細胞の内皮への接着にはLFA-1,VLA-4分子が関与していたが、その割合はPBLの内皮への接着の場合と比べ明らかに小さかった。これに対し、LAK細胞の内皮下遊走はLFA-1分子に強く依存していた。

 4.LAK細胞のphenotypeのなかでは、CD8(+)T-LAKが最も強い内皮下遊走能を有しており、CD16(+)NK-LAKは内皮に強く接着するが、遊走能はむしろ乏しかった。しかし内皮をあらかじめrIFN-で刺激しておくと、内皮下に遊走するNK-LAKの割合は著しく増加した。

 以上の結果から、腫瘍支配血管内から投与されたLAK細胞は全身投与された場合に比べ、より効率的に腫瘍内に到達し、より強い抗腫瘍効果を発揮することが推測された。本研究は癌養子免疫療法の臨床応用上重要な問題の一つと考えられるLAK細胞の腫瘍組織への "Targeting"について、血管内皮細胞との相互作用という新しい観点から検討を加えており、この分野におけるいくつかの新しい基礎的知見をもたらすと共に、その結果は臨床的にも重要な意味を含んでおり、学位の授与に値すると考えられる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/53864