学位論文要旨



No 211778
著者(漢字) 沖田,渉
著者(英字)
著者(カナ) オキタ,ワタル
標題(和) イヌ鼻粘膜血管における神経性張力調節および内皮由来血管作動性因子反応性についての実験的研究
標題(洋)
報告番号 211778
報告番号 乙11778
学位授与日 1994.04.27
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第11778号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 野々村,禎昭
 東京大学 教授 増田,寛次郎
 東京大学 教授 新美,成二
 東京大学 助教授 市村,恵一
 東京大学 助教授 永井,良三
内容要旨

 鼻粘膜の収縮と腫脹は、粘膜内血管の収縮と拡張を直接反映する。多くの場合この血管の収縮と拡張は血管壁の中膜にある平滑筋によるものであるが、外膜と中膜の境界部にある交感神経終末から持続的に分泌されているノルアドレナリン、(NA)やニューロペプタイドY(NPY)がその調節を行っていると考えられている。最近になりこの神経性の調節機構に加え、内皮及び内皮細胞による血管張力調節への関与が注目されてきており、鼻粘膜においても循環動態に対してどのように影響を与えているかが関心を集めている。今回、イヌ鼻粘膜内の血管を対象に、内皮細胞由来血管作動性因子の与える作用と影響について実験的に検討し、それらの作用と、神経性張力調節に関与する各種神経伝達物質の反応との相互関係を推定した。まず内皮由来の血管収縮因子としてエンドセリン(ET)をとりあげ、以下の知見を得た。

 1)ETは緩徐で持続的で強力な血管収縮作用を示し、基本張力に左右されなかった。

 2)ET収縮は外液のCa2+濃度に依存した。

 次にイヌ鼻粘膜血管の神経性張力制御に対するETの関連性を検討し、以下の結果を得た。

 3)ETの収縮は1アドレナリン作動性受容体阻害薬の前投与下でも影響を受けなかった。

 4)FTは通電刺激による内因性のノルアドレナリン(NA)収縮に影響を与えなかった。

 5)ETは外来性NA投与による外因性のNA収縮を増強した。

 6)ETは前項で確認したNAの外因性収縮反応に対する増強効果に加え、延長作用を示した。

 7)交感神経でNAと共存するニューロペプタイドY(NPY)とETは、相互に影響を与えなかった。

 さらに鼻粘膜血管における内皮由来血管弛緩因子(EDRF)についての検討では以下の結果を得た。

 8)メトキサミン(MA)の持続収縮下でアセチルコリン(ACh)を投与すると濃度依存的に弛緩した。

 9)cyclo-oxygenase inhibitor (インドメタシン、IM)の投与下でもACh投与で弛緩した。

 10)内皮細胞を選択的に傷害する因子として15-hydroperoxyeicosatetraenoic acid(15-HPETE)を用い、この処理後にAChによる弛緩反応が消失した。

 11)MA持続収縮下でNG-nitro-L-arginine metyl ester(L-NAME)を前投与してからAChを投与すると弛緩は起こらなかった。さらにL-arginineを投与すると弛緩が起こった。

 EDRFとETの相互反応については以下の結果を得た。

 12)ETの一定の収縮はAChの投与で濃度依存的に抑制された。

 13)MAの持続収縮下でAChを連続投与し、弛緩反応が一定となってからAChとETを同時に投与すると弛緩が増強した。AChの連続投与の後ETのみを投与しても弛緩は変化しなかった。

 以上の結果より、イヌ鼻粘膜血管における内皮由来の血管収縮因子であるETは、-アドレナリン作動性受容体とは独立した特異的受容体を中膜平滑筋上に有し、交感神経終末からのNA放出による内因性収縮に影響を与えず、外因性NA収縮に関与する節後性受容体の作用への増強、延長作用があると推定した。さらにイヌ鼻粘膜血管でのAChの弛緩には内皮が必須であり、内皮にはEDRFが存在し、それはNOである可能性を推定した。さらにEDRFはETとも相互作用を有し、EDRFはETの収縮を抑制、ETは内皮からのEDRFの遊離を増強する可能性を推定した。このようにイヌ鼻粘膜血管において、内皮由来の血管作動性因子は交感神経平滑筋接合部での受容体の反応を修飾し、またそれ同志で相互作用を有し、複雑な血管張力の制御に関与していると考える。これらの調節機構は臨床的に鼻腔内通気度を考える上で重要であり、nasal cycleなどのさまざまな臨床事象に関連するものと考える。

審査要旨

 本研究はイヌ鼻粘膜内の血管を対象に、内皮細胞由来血管作動性因子の与える作用と影響について実験的に検討し、それらの作用と、神経性張力調節に関与する各種神経伝達物質の反応との相互関係を推定したものであり、以下の結果を得ている。最初に内皮由来の血管収縮因子としてエンドセリン(ET)をとりあげ、以下の知見を得た。

 1)ETは緩徐で持続的で強力な血管収縮作用を示し、基本張力に左右されなかった。

 2)ET収縮は外液のCa2+濃度に依存した。

 次にイヌ鼻粘膜血管の神経性張力制御に対するETの関連性を検討し、以下の結果を得た。

 3)ETの収縮は1アドレナリン作動性受容体阻害薬の前投与下でも影響を受けなかった。

 4)ETは通電刺激による内因性のノルアドレナリン(NA)収縮に影響を与えなかった。

 5)ETは外来性NA投与による外因性のNA収縮を増強した。

 6)ETは前項で確認したNAの外因性収縮反応に対する増強効果に加え、延長作用を示した。

 7)交感神経でNAと共存するニューロペプタイドY(NPY)とETは、相互に影響を与えなかった。

 さらに鼻粘膜血管における内皮由来血管弛緩因子(EDRF)についての検討では以下の結果を得た。

 8)メトキサミン(MA)の持続収縮下でアセチルコリン(ACh)を投与すると濃度依存的に弛緩した。

 9)cyclo-oxygenase inhibitor(インドメタシン、IM)の投与下でもACh投与で弛緩した。

 10)内皮細胞を選択的に傷害する因子として15-hydroperoxyeicosatetraenoic acid(15-HPETE)を用い、この処理後にAChによる弛緩反応が消失した。

 11)MA持続収縮下でNG-nitro-L-arginine metyl ester(L-NAME)を前投与してからAChを投与すると弛緩は起こらなかった。さらにL-arginineを投与すると弛緩が起こった。

 EDRFとETの相互反応については以下の結果を得た。

 12)ETの一定の収縮はAChの投与で濃度依存的に抑制された。

 13)MAの持続収縮下でAChを連続投与し、弛緩反応が一定となってからAChとETを同時に投与すると弛緩が増強した。AChの連続投与の後ETのみを投与しても弛緩は変化しなかった。

 以上の結果より、イヌ鼻粘膜血管における内皮由来の血管収縮因子であるETは、-アドレナリン作動性受容体とは独立した特異的受容体を中膜平滑筋上に有し、交感神経終末からのNA放出による内因性収縮に影響を与えず、外因性NA収縮に関与する節後性受容体の作用への増強、延長作用があると推定した。さらにイヌ鼻粘膜血管でのAChの弛緩には内皮が必須であり、内皮にはEDRFが存在し、それはNOである可能性を推定した。さらにEDRFはETとも相互作用を有し、EDRFはETの収縮を抑制、ETは内皮からのEDRFの遊離を増強する可能性を推定した。このようにイヌ鼻粘膜血管において、内皮由来の血管作動性因子は交感神経平滑筋接合部での受容体の反応を修飾し、またそれ同志で相互作用を有し、複雑な血管張力の制御に関与していると考えた。

 以上、本論文はイヌ鼻粘膜血管においてこれまで未知であった内皮細胞由来血管作動性諸因子の血管張力調節機構への関与について調べたものである。これらの張力調節機構は臨床的にnasal cycleなどのさまざまな臨床事象に関連する鼻腔内通気度を考察する上で重要であり、本研究はこれに貢献し、学位の授与に値するものと考えられる。

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