学位論文要旨



No 211781
著者(漢字) 河原,正樹
著者(英字)
著者(カナ) カワハラ,マサキ
標題(和) Nd:YAG Laserを用いた実験的大腸吻合に関する研究
標題(洋)
報告番号 211781
報告番号 乙11781
学位授与日 1994.04.27
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第11781号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 神谷,瞭
 東京大学 教授 斎藤,正男
 東京大学 教授 花岡,一雄
 東京大学 助教授 三條,健昌
 東京大学 講師 澤田,俊夫
内容要旨 【緒言】

 レーザーは一般に外科領域においては,組織の切離や血液の凝固に使用される.しかしながら近年,低エネルギーのレーザーには,組織の蒸散作用の他に,組織の溶接あるいは接合作用があることが知られてきている.この低エネルギーレーザーを用いて,現在までさまざまな管腔臓器の吻合や再建が実験的あるいは臨床的に行われてきた.

 現在消化管吻合は,さまざまな縫合糸や金属ステイプルを用いて行われているが,いずれの方法も生体異物を縫合線上に残し,異物反応を引き起こすという内在する問題を抱えている.

 本研究においては,Nd-YAG Laserによる全周性・非縫合大腸吻合の実験モデルを作製し,縫合糸を用いた通常の吻合と対比しつつ,その有用性をさまざまな角度から評価,検討した.

【対象と方法】

 1)ニュージーランドホワイトラビット(体重1.9-4.0kg)を用い,実験群を次の2群に大別した.

 (1)レーザー群(n=40):全身麻酔下に開腹し,下行結腸を全周性に切離した.腸内容を除去しステントチューブを挿入した後,吻合線上に数針の支持糸を置いた.インディアインクを用いた後,l064nm,0.4w,non-contactntのNd:YAG(Surgilase Nd:YAG 100)レーザーを照射し吻合した.

 (2)コントロール群(n=36):レーザー群と同様に下行結腸を横断した後,5-0 Maxon糸を用い一層結節縫合を行った.

 2)実験のデザイン

 実験系を短期実験(1週間)と長期実験(3ヶ月)の2つに分けた.短期実験では,術直後,一日目,4日目,7日目に,長期実験では,1ヶ月後と3ヶ月後に動物(各n=6)を犠死せしめ検索を行った.

 3)比較検討項目とその方法

 比較検討項目は,(1)吻合部の肉眼的所見(2)組織学的所見(3)Bursting pressure(B.P)(4)Narrowing Index(N.I.)(5)体重変化の5項目とした.

 動物を再開腹し,吻合部を中心に腹腔内を注意深く検索した後,吻合部を含む6cm長の腸管を採取した.標本腸管の遠位側を結紮し,近位側はair-injectorと圧力計に接続しB.Pを求めた.標本を水中に浸し,空気を徐々に注入して,初めて空気の漏出の起こる圧をB.Pとして計測した.また,この時同時に吻合部の狭窄の度合を評価するためにN.I.を算出した.N.I.は次式で与えられる.

 

 以上のような計測を行った後,吻合部の治癒状態を調べるために組織切片を採取し,H-EおよびAFG染色にて鏡検した.

 また,長期モデルにおいては,体重変化も記録した.

【結果】

 1)術後経過 短期レーザー群の2例が縫合不全で死亡した.また,長期レーザー群の2例も死亡したが,縫合不全は認められなかった.

 2)肉眼的検索 死亡した4例を除く残る72例には,縫合不全や炎症所見は認められなかった.しかしながら,短期コントロール群第4病日のモデルに2例の吻合部周囲腸管の著明な拡張と腸内容の蔚滞が見られた.臨床的にはイレウスと考えられた.

 吻合部に関連した癒着に注目すると,癒着は短期レーザー群44.4%(8/18),短期コントロール群72.2%(13/18),また長期レーザー群50.0%(6/12),長期コントロール群75.0%(9/12)と,いずれのモデルにおいてもレーザー群でその頻度は少なかった.さらに癒着の程度は臨床的には明らかにレーザー群でより軽度であり,長期モデルにおけるSeitzらのAdhesion gradeの値もレーザー群0.67,コントロール群1.56とレーザー群が低値を示し,癒着が軽度である傾向が認められた.

 3)Bursting Pressure レーザー吻合のB.Pは初期(4病日まで)には低値を示したが,長期的(1週間以降)にはコントロール群と差は認められず,同等の強度を保っていた.

 4)Narrowing Index レーザー群のN.I.はコントロール群に比べほぼ一貫して高く,レーザー吻合には縫合吻合に比較して若干の狭窄傾向が認められたが,吻合径の実測値の比較では両群間に差異はなかった.

 5)体重変化 レーザー群の体重増加はコントロール群に比して概して良好で,特に2ヶ月以降でその差は顕著であった.

 6)組織学的検討 レーザー照射直後の吻合部には,急性の熱変性の所見が認められた.いずれの群にも炎症性反応が認められたが,レーザー吻合には縫合糸に対する異物反応は見られず,吻合部を埋める肉芽や血腫の形成も少なく,吻合早期の粘膜の再上皮化も促進されており,長期的にも線維増生の軽度な層別のよりよい組織治癒が得られた.

【考案】

 現在,消化管の吻合は種々の器材を用いて行われているが,この従来行われている方法に対し,レーザー溶接吻合にはさまざまな利点があることが認識されるに至っている.すなわち,縫合針による人工的な組織損傷のないこと,縫合材に対する異物反応のないこと,炎症や免疫反応の少ないこと,治癒過程の促進などである.それゆえ大腸においても,これらの利点をもったレーザー吻合を作製することは,臨床的見地からも非常に意義深いことと思われるが,今までに全周性の非縫合レーザー吻合の大腸における成功例の報告はない.

 本研究において作製した大腸の非縫合レーザー吻合モデルによる検討結果からは,レーザー吻合にはさまざまな利点と欠点が混在することが判明した.

 Manometric Studyの結果からは,レーザー吻合の術後早期のB.Pは縫合吻合に比較して低く,吻合初期の脆弱性が認められた.この脆弱性が短期レーザー群の2例の縫合不全につながったものと思われる.また,レーザー吻合のN.I.は,術後4日目以降でほぼ一貫して高く,吻合後期の狭窄傾向が縫合吻合に比較して存在することが明らかとなった.しかしながら,吻合径そのものの比較では両群間に差異はなく臨床的には狭窄の問題はないものと思われた.これらの事実は,小腸におけるレーザー吻合の強靭性と狭窄傾向の欠如を述べた諸家の報告と結果を異にする.大腸のレーザー吻合に特有な現象であるものかどうかは判然としないが,レーザー吻合のひとつの欠点であると思われた.

 一方で,レーザー吻合には,縫合吻合と比較して,有意差はないものの臨床的に吻合部に関連する癒着は少なく,その程度も軽く,腸閉塞もなく,長期的には実験動物の体重増加も良好であるといった多くの利点が挙げられる,組織学的にも,縫合モデルにより強い線維化と異物反応が認められており,組織治癒という視点からもレーザーモデルが優れているものと思われた.

 レーザーの組織溶接作用の本質は未だ明らかになってはいないが,熱学的な観点からは,レーザー接合はコラーゲンの変性とフィブリンの重合によると推測されている.確かに本実験においても,レーザー照射直後に得られた吻合部の組織切片には,組織学的に熱作用の影響が見られたが,レーザーの熱作用だけでレーザー接合のすべてのメカニズムを語れるとは思われない.レーザー吻合の本質すなわち低エネルギーレーザーの組織接合現象を,基礎的なレーザーの研究に基づいて解明することは,将来的に最も重要な課題であると言える.

【まとめ】

 本研究はNd-YAGレーザーを用いた実験的・非縫合・レーザー吻合のテクニックと有用性を示した.従来の縫合吻合と比べ,吻合初期にはB.Pが低値を示し,後期にはB.P.が高値を呈し,レーザー吻合には吻合早期の脆弱性とそれに引き続く軽度の狭窄傾向が認められた.しかしながら一方で,レーザー吻合の癒着頻度は少なくその程度も軽く,腸閉塞例はなく,組織学的にも異物反応がなく線維化の少ない層別の美しい治癒が得られた.しかも実験動物の体重増加も良好であった.レーザー吻合は臨床的な見地からも,将来性のある魅力的な外科的テクニックであると思われた.

審査要旨

 本研究は低エネルギーのNd:YAGレーザー(1,064nm,0.4W power,0.2s pulsating,energy density 50W/cm2)を用いて実験的に全周性の非縫合大腸吻合を作製し,その有用性を評価するために,通常の縫合吻合と対比しつつ,さまざまな角度から短期的そして長期的にも横討したものであり,下記の結果を得ている.

 1.肉眼的検索結果からは,術後早期のレーザー吻合群には縫合不全例が認められた.一方縫合吻合群には腸閉塞例が認められた.吻合部に関連した癒着の比較では,短期的にも長期的にもレーザー吻合群でその頻度は少なく,癒着の程度を表すSeitzらのAdhesion gradeの値もレーザー吻合群が低値を示し,癒着が軽度である傾向が示された.

 2.Bursting Pressure(B.P)の計測による吻合の強度の経時的な比較を行ったところ,レーザー吻合群のB.Pは吻合初期に低値を示し,術後早期の脆弱性が示されたが,長期的には縫合吻合群と差異はなく,同等の強度を保つ事が示された.

 3.Narr,wing Index(N.I.)の経時的な比較では,レーザー吻合群のN.I.はほぼ一貫して高く,縫合吻合群に比較して狭窄傾向が認められたが,吻合径の実測値の比較では両群間に差異がないことが示された.

 4.実験動物(ニュージーランドホワイトラビット)の経時的体重変化の比較からは,レーザー群の体重増加は概して良好で,特に長期モデルにおいてその差が顕著であることが示された.

 5.組織学的検索結果からは,レーザー照射直後の吻合部には急性の熱変性の所見が認められた.その後の経時的な観察結果からは,いづれの群にも炎症反応とその収束および組織の再生化という一連の治癒過程が起こることが示されたが,レーザー吻合には縫合糸に対する異物反応は見られず,吻合部における肉芽や血腫の形成も軽度で,粘膜の再上皮化も促進されることが示された.長期モデルにおける線維染色を用いた詳細な検討からも,線維増生の軽度な層別のより美しい組織治癒がレーザー吻合で得られることが示された.

 以上,本論文はラビットの大腸を用いたNd:YAG Laserによる全周性の非縫合レーザー吻合の特徴を明らかにした.現在まで全周性の非縫合レーザー大腸吻合の成功例は本研究をおいてなく,元来組織の切離に使用されてきたレーザーを組織の接合に使用するというユニークな方法でもある.縫合糸や金属ステイプルを用いて行う伝統的な吻合が抱える異物反応という根本的な問題点を解消できたことにより,組織学的にもよりよい吻合を作製できたことの意義は大きい.本研究は,臨床に直接的に関与する可能性が高く,消化器外科学に重要な貢献をなすと考えられ,学位の授与に値するものと考えられる.

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/53865