人眼において網膜血管内血流を評価する事は、これまで非常に難しいこととされており、その血流動態に関しては、未だ不明の点が多い。現在、最も多く用いられているレーザードップラー法による網膜血管内血流速度測定法においても、その理論が血管内赤血球によるレーザー光の1回散乱モデルを前提としているなど問題点が多く、また測定自体も難しい。今回、レーザー照射方向と反射光の検出方向および網膜血管走行方向のアラインメントを必要とせず、簡便な測定が可能であるという利点を持つ、レーザースペックル現象を応用した網膜血管内血流速度測定法の開発と網膜血管内径測定にあたって眼底写真を必要としないという利点を持つ、ラインセンサーによる網膜血管内径直接測定法の開発とを行い、それらの同時測定によって、正常人眼における網膜血管内血流動態の解析および高浸透圧剤投与による眼圧下降の網膜血管内血流量に与える影響の検討を行った。 スペックル現象とはレーザー光のようなコヒーレンスの高い光の干渉現象の一つであり、光が表面が粗な物体に照射されると、その散乱光はスペックルと呼ばれる粒状パターンを示すものである。レーザー被照射物体が運動しているとき、その光強度は散乱物体のうごきに応じて振動する。この性質を応用する事により、網膜血管内血流速度測定を行うのがレーザースペックル法による網膜血管内血流速度測定法である。まず、ガラス管をモデル血管とした血流速度測定実験でモデル血管内血流速度と測定値との間に誤差1.2〜2.8%という強い直線関係が得られた(図1)。さらにウサギ腸間膜動脈による電磁血流計との同時測定においても、0.867±0.114(N=7)という両者の測定値間で強い相関を認めた。また、網膜動脈について2.1秒間にわたって測定したデータを65.5nsごとに解析することにより、その拍動を検出することが可能であった(図2)。 図表図1.血流速度と測定値(1/ c)の関係。 / 図2.測定値(1/ c=相関時間の逆数)の時間変動を同時測定した心電図とともに示す。(a)網膜動脈、(b)網膜静脈。 測定の再現性に関しては、網膜血管内径直接測定法との同時測定により、血管内径125.8〜195.4 mの網膜静脈において変動係数にて5.53±2.15%(平均値±標準偏差、N=16×3)の再現性を確認した。 一方、これまでの網膜血管内血流量測定においては、網膜血管内径を測定する必要があるが、それには眼底写真を撮影し、それをスクリーンに投影して測定することが多く行われている。しかしながら、この方法は再現性および精度に乏しい。そのため、網膜からの反射光を直接ラインセンサーにより取り込み、網膜血管内径の測定を行う直接測定法を新たに開発した。このラインセンサーによる網膜血管内径直接測定法の再現性は、血管内径43.3〜109.4 mの網膜動脈において変動係数で1.72±1.93%(平均値±標準偏差、N=17)、血管内径35.6〜193.2 mの網膜静脈において2.11±2.79%(N=196)と良好で、また検者間変動も、動脈測定で3.21±2.38%(平均値±標準偏差、N=15、血管内径71.1〜115.5 m)静脈測定で1.63±1.24%(N=23、血管内径86.3〜172.8 m)両者合わせて2.25±1.92%(N=38)という小さいものであった。また、本測定法により、眼底写真撮影における光学的誤差およびフィルムの性質による誤差を避けることができ、さらに、網膜血管内径と網膜血管内血流速度とを同時測定することによって、網膜血管内血流量を測定することが可能になった。 これら網膜血管内径と網膜血管内血流速度との同時測定による網膜血管内血流量測定装置を開発した。その再現性は、血管内径125.8〜195.4 mの網膜静脈において変動係数にて5.54±2.10%(平均値±標準偏差、N=16×3)であった。また2時間間隔の測定間、24時間間隔の測定間、および22時間間隔の測定間での測定値の変動は、それぞれ6.59±8.36、10.76±8.91、9.72±4.42%(平均値±標準偏差、N=16)であった。 以上のように開発した網膜血管内血流量測定法を持ちいて、正常人眼における網膜全血流量および網膜血管内径と網膜血管内血流量の関係について検討した。1眼あたりの人眼網膜血流量は、1106±174nl/s(平均値±標準偏差、N=15)であり、過去の報告と同様な傾向を示した。また、網膜血管内径と網膜血流量との関係については、明らかな傾向は認められなかった。したがって、網膜血管内血流量の評価には網膜血管内径の測定とともに網膜血管内血流速度測定が必要であることがわかった。 さらに、高浸透圧剤投与であるマニトールを正常人篤志者7例14眼に投与し、眼圧下降の網膜血管内血流量に対する影響を検討した。その結果、マニトール投与により眼圧の23.8±11.2%(平均値±標準偏差、N=74)の下降および眼潅流圧の11.3±8.1%の増加を来たし、網膜血管内血流速度は11.61±22.24%上昇し、血流量は10.92±17.72%増加した。またマニトール投与群における網膜血流量増加率と眼潅流圧増加率の相関は0.515であった(図3)。 図3.マニトール投与例における眼灌流圧増加率(投与前の値に対する比率)と各眼ごとの網膜血流量増加率の関係。両者の相関は0.515。 この結果は眼圧下降により網膜血流量が増加する場合があることを証明したものと考えられ、今後の各種眼圧降下剤による網膜循環不全状態治療の可能性が強く示唆された。 |