No | 211787 | |
著者(漢字) | 中山,二郎 | |
著者(英字) | Nakayama,Jiro | |
著者(カナ) | ナカヤマ,ジロウ | |
標題(和) | Enterococcus faecalisの性フェロモン応答性接合伝達プラスミドに関する研究 | |
標題(洋) | Studies on Pheromone Responsive Conjugative Plasmid in Enterococcus faecalis | |
報告番号 | 211787 | |
報告番号 | 乙11787 | |
学位授与日 | 1994.05.09 | |
学位種別 | 論文博士 | |
学位種類 | 博士(農学) | |
学位記番号 | 第11787号 | |
研究科 | ||
専攻 | ||
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 腸内常在菌であるEnterococcus faecalisには、プラスミド受容菌が分泌する性フェロモンによりその接合伝達を誘起させられるという独特な機構をコードするプラスミドが、十数種類発見されている。それらの多くはその特異な伝達性と同時に、種々の薬剤耐性や病原性をコードしている。現在では、ヘモリシン・バクテリオシンをコードするpAD1、テトラサイクリン耐性をコードするpCF10、バクテリオシンをコードするpPD1、および表現型が不明のpAM373が中心に研究されている。性フェロモンはこれらのプラスミドにそれぞれ特異的に対応しており、cAD1,cCF10,cPD1,およびcAM373と命名されている。それらは、7もしくは8アミノ酸残基からなる疎水性の高いペプチド化合物であることが既に報告されている。他のプラスミドにもほぼ一対一で性フェロモンが存在するとことが示唆されており、E.faecalisの染色体には数多くの性フェロモンがコードされていると考えられている。 受容菌はプラスミドを獲得すると、対応する性フェロモンの生産を見かけ上遮断し、そのプラスミドに対しては供与菌として挙動する。しかし、他のプラスミドに対しては、性フェロモンを依然として生産し続け、受容菌として挙動する。その機構の一つとして、プラスミドにコードされる性フェロモンインヒビターの生産が、プラスミドpAD1、pPD1においてすでに明らかになっており、それらはiAD1,iPD1と命名されている。それらは性フェロモンに類似したペプチドで、フェロモンに対するアンタゴニストとして機能していることが示唆されている。もう一つの機構として、性フェロモンの生産自体を抑える機構"フェロモンシャットダウン"が考えられているが、性フェロモンとインヒビターが混在する培養液中では、真のフェロモン量を定量できないため、その存在は不明確であった。そこで、第1章では、新たに開発した定量法を用いて、真のフェロモンおよびインヒビター量を、種々のプラスミド供与菌および受容菌において定量した。第二章では、フェロモンインヒビターおよびフェロモンシャットダウンを遺伝子レベルで解析するため、それらをコードするpPD1の遺伝子領域を解析した。 供与菌は、性フェロモンにより誘導されると、受容菌と凝集塊を形成し、プラスミドの伝達を容易にしている。AD74とPD78は、それぞれcAD1とcPD1により供与菌細胞表層に誘導される主要タンパク質で、菌体間の接着を司るタンパク質"Aggregation Substance(AS)"としての機能が考えられていた。第三章では、そのAD74およびPD78をタンパク質化学、免疫学、および分子生物学的に研究した。 培養濾液の中のフェロモンとインヒビターを、逆相HPLCを用いて分離し、各々の画分を生物検定に供することにより、お互いの活性に遮蔽されることのない真のフェロモンおよびインヒビターの量を定量することができた。この方法を用いてpPD1、pAD1、およびpCF10の供与菌と受容菌の培養液中のフェロモンとインヒビターの定量を行った。結果を図1に示した。 pPD1を保持するOG1X株はcPD1の生産を受容菌の20%程度に減少させていた。この減少はpAD1によっては行われておらず、pPD1にコードされるフェロモンシャットダウンによるものであることが示唆された。 pAD1は、培養液中のフェロモンおよびインヒビターを吸着しそれらの量を減少させるフェロモン結合タンパク質(TraC)をコードしているため、フェロモンおよびインヒビター量の測定には、TraC欠損の変異プラスミドpAM2270の保持菌を用いた。pAM2270を保持するOG1X株の培養液中のフェロモンタイターは、受容菌の20%程度であり、フェロモンシャットダウンが行われていることが示された。 pCF10供与菌においては、フェロモンシャットダウンは検出されなかった。これはiCF10が充分量生産されているためフェロモンシャットダウンを要しないためとも考えられる。 iPD1の生産(ipd)とcPD1シャットダウンは両者ともpPD1のEcoRI-SalI16-kb断片(AL断片)にコードされていた。AL断片のEcoRV-HincII5.3kb断片の塩基配列を解析した結果、この領域は4つの完全なORFを含んでいることが明かとなった。個々のORF産物は、すでに明らかになっているpAD1およびpCF10の遺伝子産物と類似しており、またその領域の4つのORFの順序および方向もプラスミド間でよく保存されていた。traCはシグナル配列を持つ60.8kDaのタンパク質をコードしていた。TraC産物のアミノ酸配列はE.coliおよびB.subtilisなどのオリゴペプチド結合タンパク質と高い相同性を示した。TraB産物はシグナル配列を持たない43.5kDaのタンパク質をコードしていた。相同組み換えによる部位特異的変異導入によりtraBおよびtraCの欠失変異プラスミドpAM351BMおよびpAM351CMをそれぞれ作成した。pAM351CM保持菌は性フェロモンに対する感受性が5分の1程度に減少していた。pAM351BM保持菌は受容菌と同等のフェロモン生産をしており(図1)、常時自己凝集を起こしていた。このことは、traBはフェロモンシャットダウンをコードしていることを示唆している。 AD74は、トリスー塩酸緩衝液により抽出され、陰イオン交換およびゲルろ過カラムクロマトグラフィーにより精製された。精製AD74のアミノ酸配列分析によりAD74のN末端11残基が決定された。その配列はGalliらのクローニングしたasa1のコードするタンパク質(Asa1)のN末端配列に完全に一致していた。Asa1はpAD1にコードされるASであり、予想されるアミノ酸配列より、C末端に膜アンカーを持つ137kDaのタンパク質であることが判明している。LC/MSを主に用いたペプチドマッピングによりAD74は、1256アミノ酸からなるAsa1の510番目と511番目のグリシンの間で特異的切断されできた、N末端側のタンパク質であることが判明した。 抗AD74抗体は、ウェスタンプロッティングにおいて、リゾチーム処理した菌体より抽出された153kDaのタンパク質を認識した。この153kDaのタンパク質がAsa1全長のタンパク質であることが示唆される。同様に抗AD74抗体は、性フェロモン誘導後のpPD1供与菌およびpCF10供与菌のリゾチーム処理菌体抽出物中の150kDa付近のタンパク質をも認識した。抗AD74抗体はまたpAD1,pPD1もしくはpCF10の供与菌の凝集塊形成を阻害した。以上の結果は、Asa1様のタンパク質がフェロモン応答プラスミドに普遍的にコードされASとして機能していることを示している。 PD78は、AD74同様、トリスー塩酸緩衝液で抽出され、陰イオン交換およびゲルろ過カラムクロマトグラフィーにより精製された。PD78のN末端配列に相補するように設計されたオリゴヌクレオチドプローブにより、PD78遺伝子(pd78)はクローニングされた。DNA配列分析の結果、PD78は467アミノ酸よりなる分子量53,846Daのタンパク質であり、N末端側に塩基性アミノ酸に富む領域、中程より少しN末端側にX-X-Proという配列が15回繰り返している部分があった。この配列は大腸菌のR100プラスミドのTraDタンパク質のC末端部にあるGln-Gln-Proという繰り返し配列に類似しており、伝達時のプラスミドとの相互作用の可能性が示唆されるが、はっきりしたことは判明していない。 抗PD78抗体は、抗AD74抗体とは異なり、細胞表層の緩衝液で抽出されるPD78のみを認識し、リゾチーム処理菌体からの抽出画分には、認識するものは存在しなかった。また抗PD78抗体はcPD1により誘導されるpPD1供与菌の凝集およびpPD1の伝達を阻害した。 一方、PD78遺伝子を相同組み換えによる部位特異的変異導入により遺伝子破壊したpAM351PD78Mの保持菌はpPD1保持菌同様に、cPD1により誘導される凝集を起こした。しかしpAM351PD78MのcPD1誘導時の伝達頻度は野生型の10%程度に減少していた。PD78の機能としては、ASではなく、大腸菌FプラスミドにおけるTraNタンパク質のような凝集の安定化などが考えられる。 本研究により構成される、作業仮説を図2に示した。E.faecalisは染色体上に数多くの性フェロモン(cX,cY,cZ,--)をコードしており潜在的にそれらを発現する能力を保持している。pXは、インヒビタ(iX)-とフェロモンシャットダウン(TraB)の二重の機構によって、宿主が内生のフェロモンに対し反応することを回避していると考えられる。フェロモンシャットダウンは、完全にフェロモンの生産を抑えるのではなく、インヒビターが有効な濃度にまでその量をコントロールしている。供与菌に受容菌が接近した場合には、その受容菌の分泌するcXがそれまでのcXとiXの均衡を破る。TraC産物はそのcXを結合することによりそのシグナルセンシングに貢献している。cXのシグナルは、ASやPD78などの接合の過程に役割を担う構造タンパク質の発現へと連がる。 | |
審査要旨 | 腸内細菌であるEnterococcus faecalisでは,ある種のプラスミド伝達に,染色体上にコードされた分泌性のペプチドである性フェロモンが関与していることが知られている。即ち,プラスミド受容菌は,複数の性フェロモンを分泌しており,それぞれの性フェロモンは,特異的に対応するプラスミド供与菌に作用してその表層に凝集物質の合成を誘導しプラスミド伝達を促進する。また,伝達性プラスミドを保有する供与菌は,プクスミドに対応するフェロモンのインヒビターを生産することが知られている。本論文は,E.faecalisにおけるプラスミド伝達と性フェロモンとの関係について研究した結果をまとめたもので,本文3章よりなる。 第1章では,性フェロモンとフェロモンのインヒビターの定量法と,定量結果について論じている。E.faecalisのプラスミド供与菌の培養ろ液を逆相HPLCで展開し,性フェロモンとインヒビターに対応する画分を分取して、それぞれフェロモン活性とインヒビター活性を生物検定することにより,ろ液中のフェロモンとインヒビターの量を定量する方法を確立した。この方法を用いて,プラスミドpPD1,pAD1,およびpCF10に関する供与菌と受容菌の培養液について,それぞれのフェロモン(cPD1,cAD1およびcCF10)とインヒビター(iPD1,iAD1およびiCF10)の定量を行った。その結果,これらのプラスミドには,フェロモンの生産量を調節するフェロモンシャットダウンの機構と,インヒビターを生産する機構がコードされており,これらの2重の機構により,プラスミド供与菌が自己の生産するフェロモンに反応することを防止していることが示唆された。 第2章では,E.faecalisの伝達性プラスミドpPD1の性フェロモンインヒビターコード領域(ipd),性フェロモン(cPD1)に対する感受性のコード領域(traC)およびシャットダウン機構のコード領域(traB)の遺伝子解析について論じている。iPD1の生産(ipd)とシャットダウン機構(traB)とは,pPD1のEco RI-SalI(16kb)断片にコードされており,4個の完全なORFを含んでいた。フェロモンの感受性をコードしているtraCは,シグナル配列を持つ60.8kDaのタンパク質がコードされており,そのアミノ酸配列はE.coliおよびB.subtilisなどのオリゴペプチド結合タンパク質と高い相同性を示した。シャットダウンのコード領域(traB)にはシグナル配列を持たない43.5kDaのタンパク質がコードされていた。相同組換えによる部位特異的変異導入によりtraBおよびtraCの欠失変異プラスミドpAM-351BMおよびpAM351CMをそれぞれ作成した。pAM351CM保有菌では,性フェロモンに対する感受性が5分の1程度に減少していた。また,pAM351BM保有菌では,受容菌と同等の性フェロモン(cPD1)を生産しており,常時自己凝集を起こしていた。この事実から,traBはフェロモンシャットダウン機構をコードしていると推論した。 第3章では,性フェロモンにより合成が誘導される表層タンパク質について論じている。性フェロモンcAD1により誘導されるタンパク質AD74は,アミノ酸配列分析の結果,既にGalliらによりクローニングされていたasa1遺伝子にコードされているタンパク質(asa1)の1296アミノ酸残基中のアミノ末端510残基が切り出されたものであることが示された。なお,抗AD-74抗体は,cAD1,cPD1あるいはcCF10で誘導された供与菌のリゾチーム抽出物にも反応し,またそれら供与菌の性フェロモンによる凝集を阻害した。これらの結果から,asa1様のタンパク質が性フェロモンに応答するプラスミドに共通してコードされており凝集に関与していることが示唆された。 性フェロモンcPD1により誘導されるタンパク質PD78は,467アミノ酸残基からなるタンパク質でおり,その配列は,タンパク質の分析結果と遺伝子解析の結果から決定された。なお,PD78は供与菌の凝集の安定化に関係するものと推定した。 以上,本論文はE.faecalisのプラスミドの伝達に関与する性フェロモンと性フェロモンにより誘導される性的凝集について新知見を与えたものでおりり,学術上貢献するところが少なくない。よって審査員一同は,本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた次第である。 | |
UTokyo Repositoryリンク | http://hdl.handle.net/2261/50652 |