繭糸数本を集合させて生糸を製造する繰糸技術の改良は古くから行われてきた。しかし、その自動化の試みは近代に入ってからで、1880年にフランスで開始され、次いでイタリアおよび日本でほぼ同時期に始められた。 繰糸工程は、原料繭から得られる繭糸を、そのままの状態で引き揃え、品質の均一な生糸に加工する単純な加工工程である。 多くの産業機械では、加工対象の原材料の形状、品質、重量等の自由な破壊や選択が可能であるが、繰糸機械においては、原材料(繭)の自由な形質上の選択は許されない。 繰糸工程は、単純な、繭糸の「引き揃え」工程であり、そのために、繰製生糸の品質は原料繭の性状に直接的に支配され、同時に加工技術も原料繭の特質に支配されて生糸生産性も制約されるものであった。 さらに、生糸生産費の大部分が、原料繭費で占められ、生糸加工費の占める比率は小さく、工程改善による低減の効果は限定された。 このような繰糸工程の特殊性から、その自動化への断続的、断片的研究は行われてきたものの、繭糸の性状に左右されない生糸製造技術としての自動繰糸機構に要求される機能および構成に関する理論ならびにそれに基づく技術については未熟な状態が続いていた。すなわち、原料繭の不確実な性状と繰糸機構の確実性を関連づけるような自動繰糸システム・エンジニアリングの構築の必要性は認識外であった。 本研究は、従来全く解析されていなかった繰糸工程自動化に係る基本的課題について、繭糸の確率的変動特性を基礎とし、信頼性機能を有する最適自動繰糸機構の構成に必要な諸要件に関し解析し、自動繰糸機設計上の基準を設定し、その実用化の基礎を確立しようとするものである。 1.自動繰糸機構に係る繭糸特性の解析 繰糸過程における基本的な繭糸の特性である繭糸繊度および繭糸繊度偏差ならびに生糸繊度および生糸繊度偏差に関する従来の研究のなかから、繭糸の繊度特性関係式を抽出整理して示し、さらに、繰糸過程における繭糸上の落緒あるいは接緒要求に至るまでの繭糸長の分布特性について、それらが、繭糸の寿命長としてとらえることができ、Weibull分布の適用によって、容易に繭糸の寿命特性式として一般化出来ることを明らかにした。 2.繊度の自動制御とその条件の解析 生糸繊度の自動制御システムについて考察し、システムとして構成させるための要件について解析した。 従来、定粒繰糸方法および定繊度繰糸方法が案出されていたが、自動制御(自己反省機能系)の観点からの分析は行われなかった。 ここでは、自動制御閉回路分析によるオン・オフ制御方式の導入の適確性とそれを成立させるための条件について、定粒制御、定繊度制御のそれぞれについて解析した。 定粒、定繊度各繰糸の繊度理論はすでに確立されていることから、繊度制御機構構成に必要な繊度検出信号について、信号の連続性、再現性、制御系内の自己点検機能性、所定時間内における信号数の限定による制御の信頼性およびWeibull分布の適用による瞬間接緒率等の解析により、制御機構構成上も繊度を制御量とすることの最適性を明らかにした。 3.繊度感知器の力学的特性の解析 生糸繊度検出端としてのゲージ型回転式繊度感知器について、繊度検出機能の安定性を確保するための回転モーメントおよび慣性モーメント条件について解析した。 その結果、ゲージ形状、重量のそれぞれ異なるゲージ体について、形状決定要素、回転モーメント比、慣性モーメント比を規定することによって、同一の力学的安定機能を発揮し得る条件設定が可能であり、これにより機能設計上の自由度が増加することを明らかにした。 4.ゲージ型繊度感知器の実用化特性の解析と実用設計基準の決定 ゲージ型繊度感知器の生糸繊度検出能に関する実用上の基本特性としては、ゲージ間隙と生糸繊度、また、回転モーメントと生糸繊度変化の2点があげられる。 ゲージ間隙と制御過程中の湿潤生糸の直径との関係を実験的に確認し、繊度制御の目標繊度偏差に対応するゲージ間隙の許容範囲を求め、これにより機能設計上の基準を与えた。 また、回転ゲージ型繊度感知器の回転モーメントに対する繊度変化を実験的に確認し、ある範囲内では、両者が一次関数的関係を示す領域のあることを確認し、繊度制御量として回転モーメントを使用することの基準を与えることができた。 さらに、繊度制御に影響を及ぼす大きな要因である繰糸速度(繰糸張力)に関する繊度勾配、ゲージ間隙を形成する2枚のガラス・ゲージ体に許容される平面度および表面あらさついて、繊度換算式により推計し、繊度感知器ゲージ体の実用上の機能設計基準値を設定することを可能とした。 5.繊度制御システムの設計における繊度検出間隔の設計基準の設定 繊度の制御量が連続量(繊度)である場合、非連続量(繭粒数)である場合の、繊度検出および訂正の各間隔に関する条件について解析した。 その結果、サンプリング検出、周期的訂正方式によりその時間間隔の同期化、また、その時間間隔内で発生する接緒要求現象について、検出機構側、訂正機構側からみた繰糸状態の信頼度(接緒要求現象の発生しない確率、あるいは1回までの発生確率)を規定することによって、検出間隔および訂正間隔の信頼性設計が可能であることを明らかにした。 また、最大接緒待ち合せ時間すなわち、正常な無接緒要求の発生し得る確率論的範囲の簡易推計方法、および、繊度検出間隔と繰糸状態の信頼度の関係が平均繊度に与える影響について明らかにした。 これらにより、繊度検出間隔の信頼性設計の基準を確立することができた。 6.給繭システムの信頼性設計 生糸繊度制御システムは4要素(給繭、復元、繊度検出、信号伝達)から成るが、このうち給繭システム設計に関し、システム信頼性の観点から、その信頼度について解析した。 その結果、給繭システム構成上の各要素の組み合せ配列方法としては、給繭要素を中核としてみるならば、4種類のシステムがあり得るものと結論づけられた。これらについて、信頼性ブロック・ダイアグラムに基づき、システムごとの信頼度(その系が所定の機能を発揮し続ける確率)について解析した結果、スタンド・バイ移動給繭システムが最適システムであると結論づけられ、これによって現行の移動給繭方式の機構設計上の基礎を確立することができた。 7.自動繰糸機生産能力の信頼性設計 自動繰糸機の生産性は、所定の時間内に発生する接緒要求現象を解消する能力と解消することができる与えられた確率(信頼度)のもとで定まるものと考え、繰糸過程における接緒要求現象が、確率的変化なので、繊度検出時間間隔内の最大接緒要求回数の発生確率(不信頼度)を予測し、これに対応できる給繭システムの機構設計を行わなければならないことを明らかにした。 さらに、索緒・抄緒・整緒工程での整緒繭生産能力と基本接緒能力との関係について解析し、前記給繭システムとの均衡を計り得る信頼性設計とすべきであることを明らかにし、改善の実際過程について検証した。 以上要するに、本研究は、繰糸過程における接緒要求現象に係わる原料繭特性に基づく、システム信頼性のある最適自動繰糸機構の技術的要件について明らかにしたものであり、これにより、移動給繭方式による現行自動繰糸機の技術的基礎を確立することができた。 |