学位論文要旨



No 211790
著者(漢字) 児玉,志保
著者(英字)
著者(カナ) コダマ,シホ
標題(和) 組換え型インターロイキン5の構造と機能に関する研究
標題(洋)
報告番号 211790
報告番号 乙11790
学位授与日 1994.05.11
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第11790号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 高崎,誠一
 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 教授 井上,圭三
 東京大学 教授 佐藤,能雅
 東京大学 助教授 辻,勉
内容要旨 1序論

 近年の急速な遺伝子組換え技術の進展により、生体内にごく微量しか存在しないサイトカインなどの生理活性を有する糖蛋白質が、異種蛋白質発現系を利用して大量に生産されるようになった。特に医薬品として臨床応用が期待されるような糖蛋白質に関しては、動物細胞系により天然体と同等の生理活性を有する糖蛋白質を生産し、基礎研究を行うことが望まれてきている。B細胞分化因子として初めて同定されたインターロイキン5(IL-5)は種々の生理活性を担う糖蛋白質で、特に好酸球の増殖、分化に特異的に作用するサイトカインであることから、アレルギー疾患や癌との関わりの面で注目されている。IL-5の構造に関しては、これ迄に、ジスルフィド結合による二量体の糖蛋白質であることが報告されているが、天然型IL-5の大量入手は困難であり詳しい解析はなされていない。そこで、私は、多様な生理活性を示すIL-5がどのような分子構造であるかということに興味を抱き、チャイニーズハムスター卵巣細胞(CHO細胞)を用いて生産した組換え型ヒト及びマウスIL-5(rhIL-5及びrmIL-5)を用い、構造と機能との関係について詳細な解析研究を実施した。

2本論(1)rIL-5の一次構造とジスルフィド架橋様式と糖鎖結合部位

 CHO細胞で発現させたrhIL-5は、Matrex Blue A、DEAE-Sepharose、Phenyl-Sepharose、及び、Sephacryl S-200カラムにより精製した。精製したrhIL-5は、SDS-PAGE分析で不均一性を示し、非還元条件下で分子量約40kdに、還元条件下では約20kdにバンドが現れたことから、分子間におけるジスルフィド結合を介した二量体で存在していることが示唆された。そこで、rhIL-5の一次構造上の均一性とジスルフィド架橋様式について調べる為、rhIL-5をアクロモバクタープロテアーゼI(API)を用いて消化後、逆相HPLCにてペプチドマップを作製した。得られたピークのうちただ1つのピークのみが還元条件により消失し、新たに2つのピークに分離して現われたことから、このピークはシステインを含むペプチドであることが予想された。全てのピークに関しアミノ酸配列及び組成分析を行ったところ、cDNAの塩基配列より推定された全てのペプチド断片を検出し、これらはほぼ定量的に90%回収された。従って、rhIL-5は一次構造上均一であることが示唆された。また、先のピークはCys-44とCys-86を含むペプチドであったことから、rhIL-5は分子間における2組のジスルフィド結合を介した逆平行二量体を形成していることが判明した。糖鎖結合部位については、アミノ酸配列分析の結果から、Thr-3にムチン型糖鎖が、Asn-28にAsn型糖鎖が結合し、一次構造の配列からAsn型糖鎖の結合が予想されたAsn-71には糖鎖が結合していないことが明らかになった。また、同一アミノ酸組成でありながら逆相HPLCにて別々に溶出したペプチドが存在し、これらは糖鎖の不均一性によるものと考えられた。rmIL-5もrhIL-5と同様に構造を確認し、両者の比較研究を行った。rhIL-5とrmIL-5の一次構造はそれぞれ115残基と113残基のアミノ酸からなり、逆平行二量体として存在した。また、rmIL-5の糖鎖結合部位は、Asn-26、55に糖鎖が結合し、Asn-69は糖鎖の結合可能部位でありながら糖鎖は結合しておらず、rhIL-5のAsn-71と同様の傾向を示した。

(2)rIL-5のジスルフィド結合による二量体形成とその意義

 rIL-5のジスルフィド結合を介した二量体構造が、生物活性の発現に重要か否かを調べた。生物活性は、マウス慢性B白血病細胞BCL1に対するIgM産生誘導能を指標にした。rmIL-5を2-メルカプトエタノールで還元後N-エチルマレイミドによりアルキル化した単量体rmIL-5を作製し、生物活性を調べたところ、単量体rmIL-5は生物活性を失っていた。そこで、単量体rmIL-5の受容体への結合能を125Iで標識したrmIL-5を用い競合実験で調べたが、単量体rmIL-5は未処理のrhIL-5の受容体への結合を阻害せず、受容体に結合しないことが判明した。従って、rIL-5の二量体形成が生物活性を発現する為の受容体結合に必須であることが明らかとなった。

(3)rIL-5のC-末端付近のアミノ酸残基の生物学的意義

 rIL-5の生物活性の発現に重要なアミノ酸残基を探る為、各種アミノ酸残基について化学修飾を行い生物活性を調べた。rmIL-5は、前項でも示したCysのジスルフィド結合の開裂によるアルキル化以外にも、MetをクロラミンTにより酸化した場合に失活した。さらにMetの部位特異性を調べる為、6残基のMetを有するrmIL-5の代わりに1残基のMetしか有さないrhIL-5を用いて調べたところ、rhIL-5はMet-107の酸化に依存して失活した。従って、rIL-5のC-末端付近の高次構造の重要性が示唆された。尚、酸化したrhIL-5は、CD分析により未処理のrhIL-5と比較して、全体の高次構造が大幅に変化していないことを確認した。さらに、C-末端付近の生物活性の発現に重要なアミノ酸残基を決定する為に、カルボキシペプチダーゼYを用いてC-末端のアミノ酸を4残基削ったrhIL-5(1-111)、及び、臭化シアンによりMet-107をホモセリンラクトンにしてC-末端の8残基のアミノ酸を削ったrhIL-5(1-107)を作製し生物活性を調べた。rhIL-5(1-111)が未処理のrhIL-5の4倍以上の生物活性を示したのに対し、rhIL-5(1-107)は生物活性を全く示さなかった。従って、rIL-5の生物活性にはC-末端付近のアミノ酸配列Met107-Asn-Thr-Glu-Trp111(rhIL-5の場合)が重要な役割を担っていることが判明した。

(4)rIL-5の糖鎖構造

 rhIL-5の糖鎖構造を明らかにする為、まず常法に従いAsn型糖鎖構造を解析した。その結果、rhIL-5は、母核にフコースを持つ、二、三、四本鎖複合型糖鎖、及び、母核にフコースを持たない二本鎖複合型糖鎖と高マンノース型糖鎖を含んでいた。特徴としては、二本鎖複合型糖鎖が約83%あった。また、中性糖鎖は86%を占め、シアル酸を有する糖鎖はわずか14%で、いずれもシアル酸は2→3結合であることが判明した。同様にしてrmIL-5のAsn型糖鎖構造についても解析した。両者で比較すると、rmIL-5の方が高分岐型複合型糖鎖の占める割合が多く、さらに、rmIL-5について部位別に比較するとAsn-55の方が高分岐型複合型糖鎖を多く含んでいた。同じ宿主細胞で発現した組換え体は全て同じ糖鎖生合成経路を利用しているにもかかわらず、アミノ酸配列で糖鎖が異なることより、糖鎖の成熟は蛋白質の立体構造に依存していることが示唆された。

 次に、rhIL-5のムチン型糖鎖構造について解析した。rhIL-5のAPI消化により、ムチン型糖鎖を含む同一アミノ酸からなるペプチドは、逆相HPLCにて2つのピークに分かれて溶出した。これらの画分を個別にシアリダーゼで処理すると、両ピークはいずれも遅れて同じ位置に溶出した。次に、エンド--N-アセチルガラクトサミニダーゼで処理するとさらに遅れて溶出した。この画分をアミノ酸配列分析すると、Thr-3が検出されたことから、rhIL-5のムチン型糖鎖はいずれもシアル酸が結合し母核がGal1→3GalNAcであることが推察された。さらに、先の2つのピークについてそれぞれアルカリ分解後PADを用いたHPAEにて分析し、ムチン型糖鎖は、Neu5Ac2→3Gal1→3(Neu5Ac2→6)GalNAcとNeu5Ac2→3Gal1→3GalNAc構造であることを決定した。

(5)rhIL-5の糖鎖の機能

 rhIL-5のAsn型及びムチン型糖鎖が生物活性に与える影響を調べる為、各種グリコシダーゼ消化によりムチン型、Asn型、及び、全糖鎖を除去したrhIL-5を作製した。尚、ムチン型糖鎖の除去にはシアリダーゼ及びエンド--N-アセチルガラクトサミニダーゼを、Asn型糖鎖の除去にはエンドグリコシダーゼFを、全糖鎖の除去には両者で用いたグリコシダーゼを使用した。これらのrhIL-5について生物活性を調べたところ、Asn型糖鎖を除去したrhIL-5は2.8倍、ムチン型糖鎖及び全糖鎖を除去したrhIL-5は10倍程度生物活性が上昇した。さらに、これらのrhIL-5について熱安全性を調べたところ、未処理及びムチン型糖鎖を除去したrhIL-5は70℃まで保温してもほぼ同等の生物活性を保持していたのに対し、Asn型及び全糖鎖を除去したrhIL-5は70℃に保温すると生物活性が大幅に低下した。従って、rhIL-5の糖鎖は生物活性を抑制する傾向にあり、生物活性の発現には必須ではないが、Asn型糖鎖は熱安定性に寄与していることが示唆された。

3結論

 以上、遺伝子組換え技術を用いることにより、微量生理活性物質であるrIL-5の糖蛋白質としての全構造を解析した。そして、IL-5の生物活性の発現には二量体構造及びC-末端付近のアミノ酸残基が必須であり、また、糖鎖が活性発現を担う立体構造の維持に重要な役割を演じていることを明らかにした。本研究から得られた知見は、今後rIL-5を用いての医薬創製に有用であると考える。

審査要旨

 インターロイキン5(IL-5)は、B細胞分化因子として初めて同定された糖タンパク質性のサイトカインで、特に好酸球の増殖、分化にも特異的に作用することから、アレルギー疾患や癌との関わりで注目されている。本研究は、CHO細胞でR現させたヒトおよびマウスの遺伝子組み替え型インターロイキン5(rIL-5)の構造と機能に関するもので、内容としては蛋白質の構造と機能、および糖鎖の構造と機能の二つに大別することができる。

1.rIL-5の蛋白質の構造と機能

 ヒトのrIL-5は、還元および非還元条件下でのSDS-PAGEでの分析ではそれぞれ20kDa,40kDaのバンドとして検出され、ジスルフィド結合を介した二量体として存在することを認めた。更に、ペプチドマップを作成し、ペプチド断片のアミノ酸配列の解析から、ヒトのrIL-5は115アミノ酸残基からなりタンパク化学的に均一であること、分子間ジスルフィド結合は2箇所(Cys-44とCys-86’及びCys-86とCys-44’)に存在し、その架橋様式から逆平行二量体構造をとっていること等を示した。叉、糖鎖の結合部位は、Thr-3とAsn-28であり、糖鎖結合可能な配列上のAsn-71には糖鎖が結合していないことを示した。同様の解析から、マウスのrIL-5は113アミノ酸残基からなっており、逆平行二量体として存在すること、叉、Asn-26とAsn-55に糖鎖が結合していること等を明らかにした。

 二量体構造の生物活性発現への寄与を調べるため、マウスおよびヒトのrIL-5を還元アルキル化して得た単量体を作製し、マウスの慢性B白血病細胞株に対するIgM産生誘導能を指標として、活性を測定した。その結果、いずれも単量体では活性を示さないことを認めた。また、単量体は125I標識rIL-5の受容体への結合を阻害せず、rIL-5の二量体構造は受容体に結合するために必須であることを示した。化学修飾、酵素消化等により、C-末端側のアミノ酸4残基を削ったヒトのrIL-5(1-111)は未処理(1-115)に比較して4倍以上の生物活性を示すのに対し、8残基を削ったrIL-5(1-107)は完全に活性を失っていたこと等から、C-末端付近の配列、Met107-Asn-Thr-Glu-Trp111がrIL-5の生物活性発現に重要な役割を担っていることを示唆した。

2.rIL-5の糖鎖の構造と機能

 ヒト及びマウスのrIL-5のAsn結合型糖鎖の全構造を解析し、いずれも中性糖鎖含量が9割近くを占め、複合型二本鎖を主要糖鎖として含むことを明らかにした。また、ヒトのrIL-5に含まれるムチン型糖鎖の構造を解析し、2糖骨格(Gal1-3GalNAc)にシアル酸が1および2残基結合した構造をとることも明らかにした。

 糖鎖の役割を調べるため、ヒトのrIL-5を種々のグリコシダーゼで消化して糖鎖を除去し、活性への影響を調べた。その結果、Asn結合型糖鎖を除去すると未処理に比べて3倍程度、ムチン型糖鎖及び全糖鎖を除去すると10倍程度活性が上昇すること、叉、熱安定性についてはムチン型糖鎖を除去しても変化はないが、Asn結合型糖鎖を除去すると大幅に低下すること等を認めた。従って、ヒトのrIL-5の糖鎖は生物活性の発現には必須ではないが、Asn結合型糖鎖は熱安定性に寄与していることが示唆された。

 以上、本研究は遺伝子組み替え技術を用いて得たIL-5の全構造を解析し、構造情報を基盤に蛋白質部分、糖鎖部分の役割を明らかにしたものであり、rIL-5を用いての医薬創製に有用な知見を提供するもので、博士(薬学)の学位に値するものと判定した。

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