学位論文要旨



No 211791
著者(漢字) 佐藤,祥子
著者(英字)
著者(カナ) サトウ,サチコ
標題(和) 可溶性動物レクチンの糖鎖結合特異性とその分泌、細胞表面発現機構
標題(洋)
報告番号 211791
報告番号 乙11791
学位授与日 1994.05.11
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第11791号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 高崎,誠一
 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 教授 井上,圭三
 東京大学 教授 名取,俊二
 東京大学 助教授 辻,勉
内容要旨 (序論)

 細胞表面上の糖蛋白質や糖脂質に含まれる糖鎖構造が分化過程で変化していくことが知られている。一方、特定の糖鎖構造に結合する蛋白質(レクチン)の発現も分化過程の中で変化することも報告されている。従って、変化した糖鎖構造と新たに発現したレクチンとの相互作用が分化に重要な役割を果たしていると推定できる。

 動物細胞/組織に豊富に含まれているレクチンの一つに-galactoside結合可溶性動物レクチン(S-レクチン)が上げられる。S-レクチンファミリーのメンバーであるMac2抗原の細胞膜発現量はマクロファージの活性化過程で変化する。またハムスターのS-レクチンホモログと考えられるCBP30(Carbohydrate Bihding Protein 30kDa)が腎臓発生の一定時期に発現される。さて、Mac2/CBP30は細胞間マトリックス蛋白質の一つであるラミニン(LN)に結合することから非インテグリンのLN受容体であると示唆され、分化過程での役割が推定されているが、実際には可溶性のレクチンが膜上の受容体としてどの様にその機能を担うかは不明である。さらに、細胞質内に観察され、そのDNA上には分泌蛋白質に見られるようなシグナル配列が存在しないMac2/CBP30が、どの様に細胞外に分泌され細胞膜表面に発現されるかも明かではない。そこで、明らかになっていなかったCBP30の糖鎖結合特異性、細胞間マトリックスとの相互作用とその機能、CBP30/Mac2の分泌及びMac2の細胞表面発現機構を調べることによりこれらの疑問点について検討を行い、CBP30/Mac2の生物学的役割を考察した。

(結果)A.CBP30の糖鎖結合特異性、細胞内局在性及び分泌機構に関する研究1.CBP30と他のS-レクチンとの類似性

 本論文で研究するBHK(Baby Hamster Kidney)細胞由来のCBP30が、S-レクチンファミリーの一員であることを確認するために、CBP30の部分ペプタイド配列の決定を行った。CBP30は、ほぼ同じ分子量を持つ他細胞由来S-レクチン(CBP35,Mac2,IgE結合蛋白質(eBP))のN末端近傍のプロリン/グリシンを多く含むドメイン及びC末端近傍の糖鎖結合ドメインの配列と約80%の相同性があり、また、抗Mac2モノクローナル抗体と反応した。以上からCBP30は分子量30-35kDaのS-レクチンファミリーの一員であることが示された。

2.CBP30の糖鎖結合特異性

 BHK細胞より精製されたCBP30は、Gal1-3(4)GlcNAC残基に親和性を示し、その結合はpolylactosamine残基やAsn結合複合型糖鎖上のGal-GlcNAc残基の数に比例して強くなった。FucやSiaによる非還元末端のGal残基の置換は、結合にほとんど影響を及ぼさず、1-3結合のGalやGalNAcによる置換は、親和性を約3倍に増加させた。これに対し、GlcNAc残基のFucやSiaによる置換は、糖鎖のCBP30に対する親和性を著しく減少させた。CBP30はマウス癌細胞由来しNや羊水(胎児細胞由来)フィブロネクチン(FN)に結合したが、血漿性(成人細胞由来)FNには親和性を示さなかった。CBP30の糖鎖結合特異性の結果、exo-またはendoglycosidaseを用いたLN上糖鎖の限定消化の結果からも明らかなように、これは、CBP30がLNや羊水FNに含まれ血漿性FNに含まれないpolylactosamine残基や3本鎖、4本鎖複合型糖鎖に結合しているためである。すなわち、CBP30が胎児期に多く観察されるpolylactosamineや高分岐複合型糖鎖を含む糖蛋白質を特異的に認識することができることを示唆する。

3.CBP30と細胞間マトリックス蛋白質との相互作用

 CBP30のLNへの結合活性が、BHK細胞のLNへの接着にどの様な役割を果たしているかを調べるため、LNを限定分解した断片(E1XNd,P1,E8,E3)のCBP30への親和性とBHK細胞のLN断片上への接着が関連しているか検討した。CBP30は用いたすべてのLN断片もに結合したのに対し、BHK細胞の接着と伸張はE8断片をコートしたプレート上のみに観察された。また、このBHK細胞のLNへの接着はCa依存的(CBP30の結合はCa非依存的)で、抗インテグリン抗体により阻害されたが、抗CBP30抗体では阻害されなかった。以上の結果から、CBP30はBHK細胞上のLN受容体として働いていないことが示唆された。一方、培地に加えたCBP30は、10-45g/mlでBHK細胞のLN上の伸張と接着を阻害したので、CBP30は細胞外で抗接着/伸張因子として働くことが推定された。

4.CBP30のBHK細胞内分布と分泌機構

 S-レクチンは、そのDNA上にシグナル配列を含まない。しかしながら、ハムスターの胎児腎臓切片やBHK細胞で、一部のCBP30が細胞外に見られるので、CBP30を細胞外へ分泌する経路があると考えられる。そこでCBP30の細胞内分布と分泌機構について検討を行った。

 抗CBP30抗体を用いた免疫蛍光法で、CBP30の細胞内局在性を調べたところ、大部分のCBP30は細胞質中、一部は細胞外と細胞膜上に見られた。

 BHK細胞は時間依存的にCBP30を分泌していた。この分泌は、熱ショックやCaイオノファーA23187などにより増加し、methylamine存在下や無血清下では減少した。さらに、ER-Golgi体経由の分泌経路を阻害するbrefeldin Aやmonensinは、CBP30の分泌を阻害しなかったので、CBP30は細胞外へER-Golgi体非依存性経路を経て分泌されると考えられる。

 CBP30はハムスターの胎児賢臓や腸管切片で、上皮細胞のapical側の細胞外に存在することが見いだされている。そこで、CBP30と類似のS-レクチンを含み、フィルター上で培養するとTight junctionが形成され、細胞が分極化するMDCK(Madin-Darby Canine Kidney)細胞を用いてレクチンの局在性と分泌について検討した。レクチンは、Gap junction上部apical側に存在し、分泌もapical側からのみに観察された。ER-Golgi体非依存的な分泌経路には、apical側への分泌経路が関与しているのかもしれない。

B.マウスマクロファージのMac2の生合成、分泌と細胞表面発現機構に関する研究

 成熟マクロファージ(M)の細胞表面マーカーであるMac2は、チオグリコレート(TG)により誘導された炎症性M細胞表面上に発現されているが、常在性Mや抗腫瘍性活性化M上には微量にしか存在していないことが報告されている。一方、Mac2のDNA上には分泌蛋白質に見られるようなシグナル配列も膜に局在するために必要な疎水性ドメインも存在しない。そこで、どのような機構で可溶性のMac2が特定のMの細胞表面マーカーとなるかについての検討を行った。

1.腹腔由来マクロファージにおけるMac2の分泌、細胞表面発現と細胞表面糖鎖パターンの関係

 まず、抗Mac2抗体を用いたフルオサイトメトリーで、種々の刺激により誘導された腹腔Mの細胞表面上のMac2の発現を調べた。すでに報告されているのと同様に、TG誘導M上にMac2は多く発現していたのに対し、Mycobacterium microtiやconcanavarin Aで誘導されたMや常在性M上にはMac2は少量しか存在していなかった。細胞表面上のMac2は、Mac2のハプテンであるthiodigalactoside 100mMの前処理により大部分が消失したので、表面上のMac2は糖鎖を介して細胞膜に結合していることが明らかになった。

 腹腔内への刺激剤投与により誘導されたMは、3時間で全Mac2の10-15%を分泌していた。この分泌はCaイオノファ-A23187により著明に増加した。一方、細胞表面にMac2が発現しているのは、TG誘導Mのみであった。細胞表面の大部分のMac2は糖鎖を介して結合していることから、TG誘導Mの細胞表面上にはMac2のリガンドとなりえる糖鎖構造が特異的に発現していると考えられる。そこで、特定の糖鎖に結合する植物レクチンを用いたフルオロサイトメトリーでM細胞表面の糖鎖構造を調べた。全てのM群にpolylactosamine残基や高分岐複合型糖鎖が作在しているのに対し、-Gal残基はTG誘導M上のみに発現されていた。

 Mac2のハムスターホモログであるCBP30の糖鎖結合特異性の結果から明らかなように,非還元末端を-Galで置換したAsn結合高分岐複合型またはpolylactosamine残基は、CBP30に対し高い親和性を持つ。従って、-Galの発現がMac2の細胞表面発現に関与していることが推定される。

2.樹立マクロファージ細胞株におけるMac2の分泌、細胞表面発現と細胞表面糖鎖パターンの関係

 未成熟(WEHI-3)及び成熟(J774.2,P388.D1)M細胞株は、細胞内にほぼ同量のMac2を含み、細胞表面に-Galが発現していた。これに対し、細胞表面上のMac2は、J774.2やP388.D1に強く、WEHI-3に弱く発現していた。成熟Mは3時間で全Mac2の30-50%を分泌するのに対し、未成熟Mではその分泌が見られず、また、その分泌はCaイオノファー存在下でも認められなかった。従って、WEHI-3の細胞表面にMac2が強く発現されないのは、Mac2を分泌するための細胞内のER-Golgi体非依存性の分泌機構が活性化されていないためと考えられた。

3.Mac2の細胞表面上のリガンドについて

 細胞膜非透過性の架橋剤を用いてTG誘導MのMac2のリガンドを検索した結果、分子量92、125、180kDaの蛋白質がMac2の細胞表面上のリガンドであることが明かとなった。また、これらの糖蛋白質の糖鎖にpolylactosamineと-Gal残基が含まれることも確認された。

(結論)

 CBP30は細胞外にER-Golgi体非依存性の経路で、また分極化した上皮細胞ではapical側から分泌されることが判明した。CBP30はpolylactosamine残基やAsn結合高分岐複合型糖鎖に高い親和性を示し、その様な糖鎖を含む癌細胞由来LNや胎児細胞由来FNに強く結合した。CBP30にBHK細胞のLN上の接着や伸張を阻害する活性が認められたことから、CBP30は非インテグリンLN受容体として働くのではなく、むしろ腎臓(再)形成期の上皮細胞の分極が未形成または崩壊した時などに、細胞と細胞間マトリックスとの相互作用を調節する因子として働いている可能性が考えられた。

 成熟MにはMac2を分泌する機構が活性化されていることが示された。分泌されたMac2は細胞表面上の糖鎖に結合することによりMのマーカーとなること、Mac2の細胞表面発現は成熟Mの活性化状態に応じて制御されているが、その制御は細胞表面の-Gal/polylactosamine残基またはその構造を持つ糖蛋白質(分子量92、125、180kDa)の発現と関連していることが明らかになった。植物レクチンで、-galactose残基を認識するGSL-IB4によるTG誘導M細胞表面の-galactose残基のIIgationが、FN分泌の減少、collagenase活性の増加を起こすことが報告されている。Mac2も-galactose残基に結合するので、生体内では、GSL-IB4のかわりに、Mac2がマクロファージ細胞表面の-galactose残基に結合し、GSL-IB4により変化が見られた様な基底膜マトリックスの分解や再構築を促す酵素の増加を起こし、マクロファージが炎症組織へ浸潤しやすくする可能性が考えらる。転移活性の高い癌細胞、すなわち細胞の組織への浸潤が活発な癌細胞の細胞表面上に、Mac2の発現が多いとの報告も、上記の役割を考える上で示唆に富んでいると思われる。この様なM細胞表面上の-Gal残基を含む糖鎖とMac2の結合がMの活性化にどの様に関与するかを解明することが今後の課題であると考えている。

審査要旨

 細胞の分化に伴う細胞表面糖鎖の構造変化に対応し、これら糖鎖を認識する分子の発現や、その役割の解明に興味が持たれている。本論文は、動物細胞/組織に見い出されている可溶性レクチン(S-レクチン)ファミリーに属する2種のレクチン、BHK細胞由来のCBP30およびマウスマクロファージ由来のMac2を取り挙げ、それらのリガンド、存在様式、分泌機構、機能、等について解析したものである。

1.CBP30の糖鎖結合特異性、存在様式、分泌機構、および細胞間マトリックスとの相互作用

 精製したCBP30の糖鎖結合特異性を種々の構造既知のオリゴ糖を用いて調べ、本レクチンはGal1-4(3)GlcNAcの2糖構造を認識し、2糖構造を多く含むpolylactosamine型や高分岐化糖鎖に強い親和性を示すこと、Gal残基のSiaやFucによる置換の影響は殆どないが1-3のGalによる置換は親和性を3倍増加させること、等を明らかにした。叉、CBP30は細胞間マトリックス成分であるラミニンに結合し、この結合にはラミニン上の1-3結合のGal残基やpolylactosamine構造が重要であることを示した。

 CBP30がラミニンに結合することから、これが非インテグリン系の細胞接着分子として機能しているか否かを検討した。先ず、CBP30の分布を蛍光抗体染色法で調べ、大部分は細胞質中に存在するが、一部は細胞外と細胞膜上にも存在することを示した。しかし、BHK細胞のラミニンへの接着は抗インテグリン抗体で阻害されるのに対し、抗CBP30抗体では阻害されないこと等からCBP30はBHK細胞上のラミニン受容体としては機能していないことを示し、従来の推察を否定した。一方、培地に添加したCBP30は、BHK細胞のラミニン上での接着と伸張を阻害することを観察し、細胞外でむしろ抗接着、抗伸張因子として働き、細胞と細胞間マトリックスとの相互作用を調節している可能性を示唆した。

 細胞外での機能が示唆されたCBP30のBHK細胞からの分泌について、種々の薬剤を用いて調べた結果、CBP30はER-Golgi体非依存性の特異な経路で分泌されることを示した。又、分極化するMDCK細胞においては、CBP30はgap junction上部のapical側に存在し、分泌もapical側からのみ起こることを明かにした。

2.Mac2の生合成、分泌と細胞表面発現機構に関して

 S-レクチンファミリーに属するMac2は、チオグリコレートで誘導した腹腔内の炎症性マクロファージ(M)表面に強く発現している。この発現は、細胞をthiodigalactosideで処理すると顕著に消失することを、抗Mac2抗体を用いたフローサイトメトリーで観察し、Mac2は糖鎖を介して細胞膜に結合していることを初めて明らかにした。そこで、炎症性M細胞の表面糖鎖を、Mac2を極微量にしか発現していない常在性Mや抗腫瘍性活性化M等と比較して解析し、炎症性Mにのみ-Gal残基を含むpolylactosamine型や高分岐複合型糖鎖が発現していることを示した。細胞膜非透過性の架橋剤を用いて、炎症性M表面の分子量92,125,180kDaの糖タンパク質がMac2のリガンドとなっていること、これらリガンドの糖鎖にはpolylactosamine構造と-Gal残基が含まれていることも明かにした。更に、樹立M細胞株も含めた解析から、細胞の成熟度や活性化状態に依存するMac2の細胞表面発現は、生合成、分泌、及びMac2に対する細胞表面のリガンド糖鎖(糖タンパク質)の発現の少なくとも3つの過程で調節されていることを示唆した。

 以上、本研究はS-レクチンファミリーに属する2種のレクチンの糖鎖結合特異性、存在様式、特異な分泌機構の存在、糖鎖を介した細胞膜発現機構等を明かにしたものであり、動物レクチンの生物学的意義の理解に大きく貢献するもので、博士(薬学)の学位に値するものと判定した。

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