細胞の分化に伴う細胞表面糖鎖の構造変化に対応し、これら糖鎖を認識する分子の発現や、その役割の解明に興味が持たれている。本論文は、動物細胞/組織に見い出されている可溶性レクチン(S-レクチン)ファミリーに属する2種のレクチン、BHK細胞由来のCBP30およびマウスマクロファージ由来のMac2を取り挙げ、それらのリガンド、存在様式、分泌機構、機能、等について解析したものである。 1.CBP30の糖鎖結合特異性、存在様式、分泌機構、および細胞間マトリックスとの相互作用 精製したCBP30の糖鎖結合特異性を種々の構造既知のオリゴ糖を用いて調べ、本レクチンはGal1-4(3)GlcNAcの2糖構造を認識し、2糖構造を多く含むpolylactosamine型や高分岐化糖鎖に強い親和性を示すこと、Gal残基のSiaやFucによる置換の影響は殆どないが1-3のGalによる置換は親和性を3倍増加させること、等を明らかにした。叉、CBP30は細胞間マトリックス成分であるラミニンに結合し、この結合にはラミニン上の1-3結合のGal残基やpolylactosamine構造が重要であることを示した。 CBP30がラミニンに結合することから、これが非インテグリン系の細胞接着分子として機能しているか否かを検討した。先ず、CBP30の分布を蛍光抗体染色法で調べ、大部分は細胞質中に存在するが、一部は細胞外と細胞膜上にも存在することを示した。しかし、BHK細胞のラミニンへの接着は抗インテグリン抗体で阻害されるのに対し、抗CBP30抗体では阻害されないこと等からCBP30はBHK細胞上のラミニン受容体としては機能していないことを示し、従来の推察を否定した。一方、培地に添加したCBP30は、BHK細胞のラミニン上での接着と伸張を阻害することを観察し、細胞外でむしろ抗接着、抗伸張因子として働き、細胞と細胞間マトリックスとの相互作用を調節している可能性を示唆した。 細胞外での機能が示唆されたCBP30のBHK細胞からの分泌について、種々の薬剤を用いて調べた結果、CBP30はER-Golgi体非依存性の特異な経路で分泌されることを示した。又、分極化するMDCK細胞においては、CBP30はgap junction上部のapical側に存在し、分泌もapical側からのみ起こることを明かにした。 2.Mac2の生合成、分泌と細胞表面発現機構に関して S-レクチンファミリーに属するMac2は、チオグリコレートで誘導した腹腔内の炎症性マクロファージ(M)表面に強く発現している。この発現は、細胞をthiodigalactosideで処理すると顕著に消失することを、抗Mac2抗体を用いたフローサイトメトリーで観察し、Mac2は糖鎖を介して細胞膜に結合していることを初めて明らかにした。そこで、炎症性M細胞の表面糖鎖を、Mac2を極微量にしか発現していない常在性Mや抗腫瘍性活性化M等と比較して解析し、炎症性Mにのみ-Gal残基を含むpolylactosamine型や高分岐複合型糖鎖が発現していることを示した。細胞膜非透過性の架橋剤を用いて、炎症性M表面の分子量92,125,180kDaの糖タンパク質がMac2のリガンドとなっていること、これらリガンドの糖鎖にはpolylactosamine構造と-Gal残基が含まれていることも明かにした。更に、樹立M細胞株も含めた解析から、細胞の成熟度や活性化状態に依存するMac2の細胞表面発現は、生合成、分泌、及びMac2に対する細胞表面のリガンド糖鎖(糖タンパク質)の発現の少なくとも3つの過程で調節されていることを示唆した。 以上、本研究はS-レクチンファミリーに属する2種のレクチンの糖鎖結合特異性、存在様式、特異な分泌機構の存在、糖鎖を介した細胞膜発現機構等を明かにしたものであり、動物レクチンの生物学的意義の理解に大きく貢献するもので、博士(薬学)の学位に値するものと判定した。 |