フリーラジカルは、種々の生体反応に関わっており、その挙動を調べることは生体の生理機能だけでなく酸化的障害による病態の解析においても非常に重要である。生体でのフリーラジカル反応に関する研究は数多く報告されているが、それらはほとんどがin vitroの実験か組織学的研究であり、in vivoでフリーラジカルを測定し、その挙動をより直接的に捉えようとする試みはまだなされていない。そこで、本研究では近年開発された生体計測用ESRを用いて生体内のフリーラジカル反応を直接測定する系を確立し、この反応に及ぼす生理状態の変化や酸化的ストレスの影響について検討した。また、合わせて本系でプローブとして用いたニトロキシドの生体における代謝反応とその抗酸化作用についてin vitroで検討した。 ループ・ギャップ共振器を備えたL-バンドESR(マイクロ波周波数:1.2GHz)を生体計測用ESRとして用い、麻酔したマウスの尾静脈より投与したニトロキシド化合物を頭部及び腹部で測定した。その結果、各部位で、ニトロキシドが遊離状態であることを示す等価な3本のスペクトルが観測され、そのシグナル強度は経時的に減少した。シグナル消失の原因としては、次の3つの可能性、即ち、1)ニトロキシドが還元されその常磁性を失った、2)排泄によりニトロキシドの血中濃度が低下した、3)ニトロキシドが血液成分や組織に結合してスペクトルに変化が生じた、が考えられる。そこで、まず還元反応の可能性について調べるため、ニトロキシドを投与したマウスより採血し、その血漿のESRシグナル強度とそれを酸化したときのシグナル強度を比較した。その結果、投与後数分では、酸化によりほとんどシグナルが回復することが明かになったことから、このシグナル消失は還元反応による常磁性の消失であることが示唆された。また、排泄の可能性について調べるため尿を分析したところ、ニトロキシドとその還元体であるヒドロキシアミンが検出された。最後に、スペクトルの変化については、シグナル減少後も他分子への結合を示すスペクトルは観測されなかったことから、このニトロキシド化合物ではこの可能性は低いと考えられた。 次にin vivoでのニトロキシドの還元反応に及ぼす諸因子の影響を調べた。酸素既知濃度のガスで45分間曝露した後ニトロキシドを投与したところ(表1)、低酸素暴露ではシグナルの消失が速くなる傾向が見られた。また、高酸素暴露でもCPROXYL投与の腹部でシグナルの消失が速くなった。後述するようにin vitroではニトロキシドの還元は低酸素で促進されるのでin vivoにおける低酸素での消失速度の増加は予想しうる結果である。しかし、高酸素における消失速度の増加は、生体内の酸素濃度変化だけでは説明がつかないので、これについて更に検討を加えた。 表1 生体内ニトロキシド還元速度に及ぼす吸気中の酸素濃度効果 生体は高酸素に晒されると、組織中で活性酸素種を生成することが報告されている。このことから、高酸素暴露でのCPROXYLの還元速度の増加は、高酸素による酸化的ストレスによるものではないかと考え、動物に抗酸化剤を投与し、ニトロキシドの還元反応に及ぼす影響を検討した(図1)。その結果、水溶性ビタミンEであるTrolox、グルタチオン、尿酸の投与により著しく還元反応が阻害され、ニトロキシドの消失に及ぼす高酸素暴露の効果を抑制することが明かになった。これより、高酸素による酸化的ストレスが抗酸化剤により抑制されること、また、それをプローブであるニトロキシドの消失反応によりin vivoで無侵襲に評価できることが明らかになった。 図1 生体内ニトロキシド還元速度に及ぼす抗酸化剤の効果 以上の結果より、生体内のラジカルを無侵襲、リアルタイムで測定できるばかりでなく、ラジカル消失反応をプローブとして生体の生理状態の変化や酸化的ストレス、さらに抗酸化剤の効果をin vivoで評価出来る可能性が示唆された。この系を発展させるためには、ニトロキシドの代謝反応や生体への作用についてさらに詳しい検討が必要である。また、酸化的ストレスによる障害を最も受けやすい膜内のニトロキシドについても検討する必要がある。そこで、次にin vitroで水溶性及び膜内ラベルニトロキシドの代謝反応を検討した。 ニトロキシドは従来からスピンラベル法やスピントラップ法などにより、ESRのプローブとして広くin vitroの研究に用いられてきた。ニトロキシドが肝ミクロソームやミトコンドリアの電子伝達系により還元されることは、1970年代より報告されてきたが、このニトロキシドの代謝反応は、むしろニトロキシドのプローブとしての欠点として捉えられてきた。しかし、本研究で前述したように、ニトロキシドの還元反応が生体の生理状態あるいは酸化的ストレスのプローブとして有用であることが明かになってきたので、この代謝反応について酸素濃度効果という点から、改めてin vitroで検討を行なった。ニトロキシドはin vivoでの測定で用いた水溶性ニトロキシドのほかに、膜内ラベルニトロキシドを用い、ニトロキシドの膜系における存在部位と代謝反応についても考察した。 酸素透過性のESRチューブをTPXフィルムを用いて自作し、肝ミクロソームによるニトロキシドの還元反応に及ぼす酸素濃度効果を検討した。その結果、酸素濃度が低いと還元反応は速く、酸素が20%以上では還元反応は著しく抑えられることが明かとなった。さらに、窒素雰囲気下で一度還元させたニトロキシドを酸素雰囲気下に変えると、還元されたニトロキシドが再酸化されて再びESRシグナルが現われてくることが明かになった(図2)。この再酸化現象は、水溶性ニトロキシドでも膜内ニトロキシドでも見られた。以上より、肝ミクロソームによるニトロキシドの代謝では還元反応と再酸化反応が可逆的に生じ、それは酸素濃度によって制御されていることが明かになった。in vivoにおいては組織ごとに酸素濃度は異なるが、in vitroよりかなり低酸素の状態にある。そのため、還元反応の方が再酸化反応より優先し、結果としてシグナルの消失が観測されたものと思われる。 図2 ニトロキシドの可逆的代謝反応 次に、この代謝反応を酵素レベルで詳しく検討するため、肝ミクロソームよりチトクロームP-450とチトクロームP-450還元酵素を精製し、膜内ラベルニトロキシドと水溶性ニトロキシドで還元反応及び再酸化反応を調べた。その結果、水溶性ニトロキシドはチトクロームP-450還元酵素のみで再構成した系でも還元されたが、膜内ニトロキシドはチトクロームP-450とチトクロームP-450還元酵素の両方で再構成した系でないと還元されなかった。このことから、水溶性ニトロキシドは活性中心が膜外にあるチトクロームP-450還元酵素のみでも還元されるが、膜内ニトロキシドは活性中心が膜内にあるチトクロームP-450がその還元に必要であることが示唆された。また、再酸化反応は水溶性ニトロキシド、膜内ニトロキシドともにこの系では検出されず、再酸化反応にはこの2種類以外の酵素が関与している可能性が示唆された。 以上の結果より、肝ではニトロキシドが酸素濃度によって制御される可逆的な代謝反応を受けること、そのうち還元反応にはニトロキシドの膜系における存在状態により、チトクロームP-450還元酵素あるいはチトクロームP-450が関与していること、また再酸化反応にはこれら以外の酵素が関与している可能性が示唆された。このことから、ニトロキシドの膜系における存在部位を変えることで、このレドックス反応をプローブとして、膜内及び膜外に活性中心を持つ電子伝達系酵素のレドックス能を評価できる可能性が示唆された。ニトロキシドが抗酸化作用を持つことは、以前から報告されており、脂質過酸化阻害反応や放射線障害の軽減などが知られている。しかし、その詳しいメカニズムは明かにされておらず、脂質過酸化阻害反応についても開始反応と連鎖反応のどちらを阻害するか様々な議論がなされている。本研究では、ニトロキシドの膜系における存在部位の違いにより、脂質過酸化の阻害メカニズムが異なるのではないかと考え、存在様式の異なる3種のニトロキシドを用いて検討した。膜を透過しない水溶性ニトロキシド、膜を透過する水溶性ニトロキシド、膜内ラベルニトロキシド用いて検討したところ、水溶性ニトロキシドでは活性酸素の生成段階で脂質過酸化を阻害するが、膜内ニトロキシドは脂質ラジカルの生成段階で阻害することが明かになった。また、膜内ニトロキシドは抗酸化作用の発現に際して消費されないことから、抗酸化剤としての有用性も示唆された。 本研究では、生体計測用ESRを用いマウス体内でのニトロキシドラジカルの消失速度をプローブとして、吸気中の酸素濃度変化による生理状態の変化や酸化的ストレスをin vivoで評価できる系を確立した。また、プローブであるニトロキシドのレドックス反応が、酸素濃度により制御される可逆的反応であることや、ニトロキシドの抗酸化作用に関与していることを明かにし、本系が酸化還元酵素のレドックス能の評価や抗酸化剤として利用できる可能性を示唆した。本研究は、今後更に生体内分布を異にするニトロキシドを用いて、生体内のレドックス反応に関与するフリーラジカルを直接測定するとともに、画像化による組織レベルでの解析への応用が期待される。 |