学位論文要旨



No 211793
著者(漢字) 武田,勝昭
著者(英字)
著者(カナ) タケダ,カツアキ
標題(和) 乱れた気流中での橋梁の渦励振特性とそれに基づく予測手法に関する研究
標題(洋)
報告番号 211793
報告番号 乙11793
学位授与日 1994.05.19
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第11793号
研究科 工学系研究科
専攻 土木工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤野,陽三
 東京大学 教授 玉井,信行
 東京大学 教授 東原,紘道
 東京大学 助教授 神田,順
 東京大学 助教授 野村,卓史
内容要旨

 最近、国の内外を問わず長大橋梁建設の気運が高まっており、そのスパンの長大化傾向に伴い、耐風設計の重要性がますます増大しつつある。長大橋梁、すなわち吊橋や斜張橋の耐風性を評価する方法として、現在最も有力な手段と考えられているのは風洞実験による方法である。しかしながら、現状では必ずしも全ての相似パラメータを相似させて風洞実験を行い得るレベルには達しておらず、とりわけ自然風の乱流特性の相似性については充分でない場合が多い。本論文は、橋桁や架設系主塔に生じる振動現象のうち、比較的低風速で発生するために問題となることの多い渦励振を主たる検討対象として、風洞内に生成した乱れた気流中でのそれらの応答特性を詳細に調査することにより、自然風の下での実橋の応答をより厳密に予測するための提言を試みたものである。本論文の内容は6章に渡っているが、それぞれは以下に示す内容を有している。

 まず第1章では、序論として本研究を進めるに至った経緯を述べるとともに、次章以降の研究内容の概要を示している。

 第2章では、風洞乱流の特性を扱っている。自然風の乱れた特性を考慮に入れた形で橋梁の耐風性を厳密に評価するためには、その乱流特性を相似させた気流を風洞内に生成し、その特性、ならびに自然風に対する相似度を正確に把握する必要がある。風洞乱流を生成する方法としては従来より格子乱流による方法や境界層乱流による方法が知られているが、これらの特性、相似度については必ずしも詳細にわたって明らかにされているわけではない。

 このため、本研究では、「橋梁の自然風下の振動現象を風洞実験手法を用いて厳密に予測する」という視点から格子乱流、境界層乱流の性質を詳細に調査し、自然風に対する相似度や使用上の留意点などについて検討を加えている。その結果、格子乱流は自然風を相似させるには乱れのスケールが過小であることを再確認するとともに、(1)所要値と比べて乱れ強さの比(鉛直方向/主流方向)が大きく、その乱れ強さの値が風速とともに変化すること、(2)セン断格子乱流においては上方での乱れの大きさが充分でないこと、(3)境界層乱流は格子乱流と比べて実験準備などに手間のかかる方法ではあるが特性はかなり改善されることなどを明らかにしている。

 第3章では、橋桁の渦励振を扱っている。橋桁の耐風性は通常、一様流中のバネ支持模型実験によって照査される。したがって、実橋の応答振幅を推定するためには、振動モードなどの3次元的な効果と気流の乱れ効果を考慮に入れて実験結果を補正することが必要である。このうち、気流の乱れ効果については、対象とする橋梁毎に乱流中の風洞実験によりその影響度を把握することが望ましいが、このとき、乱流パラメータのうち、どのパラメータが振動現象に支配的な影響を及ぼしているかを明らかにすることが実験精度を向上させる上で重要である。乱流中で風洞実験を実施できない場合、それに代わる方法としては、従来の限られたデータを基に作られた推定式によってその影響度を評価する方法が提案されているが、その予測精度についてはさらに検討の余地を残していると思われる。

 このため、本研究では、格子乱流および境界層乱流中で橋桁を対象とした系統的な風洞実験を行っている。乱流パラメータのうち、乱れ強さの影響については特に詳細な検討を加えて従来の推定式との比較を行うとともに、研究例のほとんどない乱れのスケールについても渦励振に及ぼす影響を調査している。その結果、張り出しを有する箱桁断面に代表される多くの橋桁断面の場合には乱れ強さの増加とともに応答振幅が低下するのに対して、(1)断面辺長比B/D≦2のいわゆるbluffな断面では振幅の低下がほとんど見られないこと、(2)六角形断面ではB/D≒3.5を境にして乱流効果の性状が変化し、B/D>3.5のときには乱流中の方が振幅が大きくなるため、(一様流中の振幅と変わらないとする)従来の推定式は今後見直してゆく必要のあること、(3)乱流パラメータのうち、乱れのスケールは渦励振の応答振幅に対して有意な影響を及ぼさないようであり、乱れ強さと比べて重要度が低いことなどを明らかにしている。さらに、中規模斜張橋の対風挙動観測の結果、本橋は一様流中のバネ支持模型実験からは鉛直たわみ渦励振の発生が予測されるものの、現地の乱流の効果によってその発生が抑制されていることを明らかにするとともに、対風挙動観測結果が本研究の知見と整合することを確認している。

 第4章では、架設系主塔の空力振動(渦励振、一部ギャロッピング)を扱っている。主塔については、乱れた気流中の対風挙動に関するデータの蓄積が必ずしも充分でなく、乱流効果について橋桁のように基準に明記されるに至っていない。また、主塔の場合、乱れ強さなどの乱流パラメータに加えて平均風速の高さ方向分布も相似させる必要があると言われているが、これらのパラメータを同時に合わせることは容易でなく、乱流生成・調整時に困難に遭遇するケースが少なくない。

 そこで、本研究では、代表的な主塔の構造形式として一本柱形式、二本柱(ラーメン)形式を選定し、特に問題となることの多い架設系free standing時の主塔を対象として系統的な風洞実験を行うことにより、乱流効果の一般的傾向を明らかにすることを試みている。また、4種類の乱流を生成し、これらに対する模型の応答の変化を詳細に調査することにより、各々のパラメータ、特に平均風速の高さ方向分布の影響度を抽出・評価することを試みている。その結果、(1)架設系主塔に生じる渦励振やギャロッピングに対して乱流は必ずしも安定化効果を示さず、逆に乱流中で応答が大きくなるケースも少なくないことを明らかにした。これは、橋梁主塔の風洞実験においては橋桁の場合と比べて乱流中の風洞実験の必要性が高く、最終的な断面形状や制振条件の決定も乱流中の実験結果に基づいてなされるべきことを示唆している。相似パラメータについては、(2)平均風速の高さ方向分布の相違が応答に大きな影響を与えないケースが多いことを明らかにした。これは、主塔の実験時には乱れ強さを優先的に合わせ、平均風速の高さ方向分布についてはその相似性を緩和することが現段階では妥当であることを意味している。

 第5章では、渦励振に及ぼす乱流効果のメカニズムを扱っている。第3章、第4章では、気流の乱れ効果が橋桁と主塔で、あるいは同じ橋桁でもその断面形状によって大きく異なることが分かったが、このような相違がどのようなメカニズムで生じるのかについては研究例もなく明らかにされていない。

 このため、本研究では、模型表面圧力の計測、ならびに流れの可視化実験を行っている。特に可視化実験においては、模型周辺の流れのパターンが振動とともにどのように変化するかを精度良く把握できるシステムを新たに開発し、メカニズムの解明を試みている。その結果、乱流はどの場合にも共通に剥離セン断層を再付着させる方向で影響を及ぼしている一方で、その影響が断面形状により異なった形で作用していることを明らかにしている。すなわち、bluffな橋桁断面(や一本柱形式主塔)では振動中においても完全剥離に近い流れパターンになっているため気流の乱流化によっても流れパターンは基本的に一様流中と同様であり、気流の乱れによる応答振幅の低減効果が現れ難いのに対して、張り出しを有するような通常の橋桁断面においては、乱流の再付着促進作用の影響を直接的に受け、一様流中で見られる大きな渦の巻き込みが消失し、これによって渦の巻き込みに伴う表面圧力の低下が緩和されて応答振幅の大幅な低下に至るものと考えられる。また、橋桁断面の中で例外的に一様流中よりも乱流中のほうが振幅の大きくなった比較的偏平な六角形断面では、気流の乱流化に伴って流れパターンが大きく変化しており、励振の機構そのものが変化している可能性のあることなどを明らかにしている。

 最後に第6章では、第5章までに示した研究成果を総括して結論を述べるとともに、今後研究すべき課題を示している。

 以上、本論文は筆者が実施した、乱れた気流中での橋梁の渦励振特性とそれに基づく予測手法に関する研究成果を取りまとめたものである。本論文では特に自然風の乱流効果を考慮に入れた形で橋桁や主塔に生じる渦励振の応答予測をより厳密に行うことに主眼を置いており、発散振動に及ぼす気流の乱れ効果については系統的な検討を加えていない。また、今後橋梁の超長大化傾向に伴って重要性を増すと思われるガスト応答も検討の対象外としている。しかしながら、自然風を相似させるために風洞内に生成した乱れた気流の特性とその相似度、使用上の留意点について明らかにしたこと、橋桁の場合には断面形状と辺長比によって乱流効果の性状が変化すること、架設系主塔の場合には乱流効果の傾向が橋桁と大きく異なることを明らかにしたこと、また、これら橋桁や主塔の風洞実験を乱流中で実施する場合に優先的に相似させるべきパラメータについて明らかにしたこと、さらにはこのような乱流効果のメカニズムについて初めて解明への糸口を掴んだことなどの成果は、今後橋梁の耐風設計を合理的に進めてゆく上で資するところがあろうと筆者は信じるものである。

審査要旨

 近年の活発のな長大橋梁建設、とりわけスパンの長大化傾向に伴い、耐風設計の重要性がますます増大している。その耐風性を評価する方法として、現在最も有力な手段と考えられているのは風洞実験による方法である。従来は一様流のもとで実験を行うことが多かったが、近年は積極的に風の乱れを風洞実験に取り入れる状況にある。このような中で、現状では自然風のすべてのパラメータを相似させて風洞実験を行い得るレベルには達しておらず、相似性については充分ではない場合が多い。

 本論文は橋桁や架設系主塔において、比較的低風速で発生するために問題となることの多い渦励振を主たる検討対象として、風洞内に生成した乱れた気流中でのそれらの応答特性を詳細に検討することにより、自然風の下での実橋の応答をより厳密に予測するための提言を試みている。本論文の内容は6章に渡っているが、それぞれは以下に示す内容を有している。

 まず第1章では、本研究を進めるに至った経緯を述べ、次章以降の研究内容の概要を示している。

 第2章では、風洞内でいくつかの方法で作成された乱流の特性を扱っている。風洞乱流を生成する方法としては従来より格子乱流による方法や境界層乱流による方法が知られているが、これらの特性、相似度については必ずしも詳細にわたって明らかにされているわけではない。そこで、本研究では、格子乱流、境界層乱流の性質を詳細に調査し、自然風に対する相似度や使用上の留意点などについて検討を加えている。その結果、(1)所要値と比べて乱れ強さの比(鉛直方向/主流方向)が大きく、その乱れ強さの値が風速とともに変化すること、(2)セン断格子乱流においては上方での乱れの大きさが充分ではないこと、(3)境界層乱流は格子乱流と比べて実験準備などに手間のかかる方法ではあるが特性はかなり改善されることなどを明らかにしている。

 第3章では格子乱流および境界層乱流中で橋桁を対象とした系統的な風洞実験を行っている。乱流パラメータのうち、乱れ強さの影響については特に詳細な検討を加え、従来の推定式との比較を行うとともに、研究例のほとんどない乱れのスケールについても渦励振に及ぼす影響を調査している。その結果、張り出しを有する箱桁断面に代表される多くの橋桁断面の場合には乱れ強さの増加とともに応答振幅が低下するのに対して、(1)断面辺長比B/D≦2のいわゆるbluffな断面では振幅の低下がほとんど見られないこと、(2)六角形断面ではB/D≒3.5を境にして乱流効果の性状が変化し、B/D>3.5のときには乱流中の方が振幅が大きくなるため、従来の推定式は今後見直していく必要のあること、(3)乱流パラメータのうち、乱れのスケールは渦励振の応答振幅に対して有意な影響を及ぼさないようであり、乱れ強さと比べて重要度が低いことなどを明らかにしている。さらに、中規模斜張橋の対風挙動観測結果が本研究の知見と整合することを確認している。

 第4章では、代表的な主塔の構造形式として一本柱形式、二本柱(ラーメン)形式を選定し、架設系を対象として4種類の乱流を生成し、これらに対する模型の応答の変化を詳細に調査することにより、各々のパラメータ、特に平均風速の高さ方向分布の影響度を抽出・評価することを試みている。その結果、(1)架設系主塔に生じる渦励振やギャロッピングに対して乱流は必ずしも安定化効果を示さず、逆に乱流中で応答が大きくなるケースも少なくないこと、(2)相似パラメータについては、平均風速の高さ方向分布の相違が応答に大きな影響を与えないケースが多いことを明らかにした。

 第5章では、渦励振に及ぼす乱流効果のメカニズムの究明を目的として模型表面圧力の計測、ならびに流れの可視化実験を行っている。特に可視化実験においては、模型周辺の流れのパターンが振動とともにどのように変化するかを精度良く把握できるシステムを新たに開発し、メカニズムの解明を試みている。その結果、乱流はどの場合にも共通に剥離セン断層を再付着させる方向で影響を及ぼしている一方で、その影響が断面形状により異なった形で作用していることを明らかにしている。また、橋桁断面の中で例外的に一様流中よりも乱流中の方が振幅の大きくなった比較的扁平な六角形断面では、気流の乱流化にともなって流れパターンが大きく変化しており、励振の機構そのものが変化している可能性のあることなどを明らかにしている。

 最後に第6章では、第5章までに示した研究成果を総括して結論を述べるとともに、今後研究すべき課題を示している。

 このように、本論文では、乱れた気流中での橋梁の渦励振特性とそれに基づく予測手法に関する研究成果を取りまとめたものである。自然風を相似させるために風洞内に生成した乱れた気流の特性とその相似度、使用上の留意点について明らかにし、橋桁の場合には断面形状と辺長比によって乱流効果の性状が変化すること、架設系主塔の場合には乱流効果の傾向が橋桁と大きく異なること等有用な知見を得ている。さらに、これら橋桁や主塔の風洞実験を乱流中で実施する場合に優先的に相似させるべきパラメータについて明らかにし、さらにはこのような乱流効果のメカニズムについて可視化を通じて初めて解明への糸口を示したなどの成果は、今後橋梁の耐風設計を合理的に進めてゆく上で資するが大である。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認める。

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