学位論文要旨



No 211796
著者(漢字) 山田,晴利
著者(英字)
著者(カナ) ヤマダ,ハルトシ
標題(和) 街路における交通静穏化手段に関する研究
標題(洋)
報告番号 211796
報告番号 乙11796
学位授与日 1994.05.19
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第11796号
研究科 工学系研究科
専攻 土木工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 越,正毅
 東京大学 教授 太田,勝敏
 東京大学 教授 篠原,修
 東京大学 助教授 桑原,雅夫
 東京大学 助教授 清水,英範
内容要旨

 交通静穏化は,道路の安全性の向上,自動車による騒音・大気汚染の減少,及び自動車を利用しない歩行者,自転車利用者等のための街路環境の改善を目的とした施策であり,自動車の走行速度の抑制がこれらの目的を達成するための重要な手段となっている。

 オランダ,ドイツ等の交通静穏化において先導的な役割を果たした国々での実験プロジェクトを通じて,自動車の走行速度の抑制のためには,速度規制標識を設置するだけでは十分でなく,物理的な速度抑制手段が必要なことが明らかになった。

 わが国では,オランダのボンエルフを範としてコミュニティ道路が導入され今日に至っているが,コミュニティ道路において速度抑制のために導入されている手段はさまざまな問題を抱えている。利用されている速度抑制手段の種類が限られていること,また速度抑制効果の少ない手段が用いられていることがコミュニティ道路における大きな問題点である。

 本研究はこれらの問題を解決することを目的としたものであり,交通静穏化のための各種の物理的な手段の速度抑制効果を実験的に検討し,速度抑制効果の高い形状・幾何構造を求めた。本研究でとりあげた手段は,シケイン,ランブルストリップ,狭窄,及びロータリーである。シケインはコミュニティ道路において広く用いられているにも拘らず,速度抑制効果が少ないと指摘されている。これに対して,ランブルストリップ,狭窄,及びロータリーは諸外国では交通静穏化のために広く用いられているが,わが国ではほとんど利用されていない手段である。さらに,実験による検討結果をもとにして,交通静穏化手段設置のための指針を提案した。

 本研究の結論は,次のとおりである:

 (1)まず,自動車の発明以降自動車がどのように扱われてきたのかを,道路の機能分類,歩行者と自動車の分離,及び交通規制の三つの視点からとりまとめた。道路の機能分類は自動車の発明以前に提案されており,さらに自動車の発明からそれほど時をおかずして,速度規制,交通規制,歩車の分離等の方策が考案され実施された。自動車の需要に見合うように道路を建設すべきだと言う考え方は,第二次大戦後のモーターリゼーションの進展にともなって主流となったものであり,必ずしも伝統的な考えではないことを指摘した。1970年代の終り頃から発展してきた交通静穏化の方が,自動車に対する態度としては伝統的ともいえるのである。

 (2)次に,交通静穏化の概念を示し,その源が英国のトリップとブキャナンにあることを述べた。さらに,オランダのボンエルフによって物理的装置を用いて自動車の速度を抑制することが可能なことが実証され,このことが交通静穏化の発展に大きく寄与したことを述べた。しかしながら,ボンエルフの建設には費用と時間がかかり,広い地域で分散して発生している交通事故の低減には効果的でない,ボンエルフに対する住民の評価が高くなかった等の理由で,1980年代に入ると自動車の走行速度を面的に30km/h(あるいは20mph)に規制するテンポ30等の施策がボンエルフに代って交通静穏化の主流になったことを紹介した。もっとも,テンポ30等の施策でも自動車の速度抑制のための物理的装置が交通静穏化のための重要な手段となっている点に変わりはない。

 (3)さらに,わが国の代表的な交通静穏化施策であるコミュニティ道路をとりあげ,コミュニティ道路を整備した自治体担当者へのアンケート調査の結果をもとにして,コミュニティ道路の問題点を探った。速度抑制手段に拘る問題点として,次の二点を指摘した:

 (1)コミュニティ道路で利用されている速度抑制手段は,シケインとイメージ・ハンプがほとんどで,これ以外の手段はほとんど利用されていない。すなわち,速度抑制手段に多様性が見られない。

 (2)コミュニティ道路で利用されている速度抑制手段の中には,速度抑制効果が少ないものがある。屈曲の程度の足りないシケイン,スラロームがそれである。また,ハンプの中には自動車の通行時に騒音・振動を発生させているものがある。

 上記(1),(2)のような事態をもたらしている大きな原因は,速度抑制手段に関する基準が整備されていない点にあると考える。

 (4)シケインに関しては,まず自動車の走行速度がきわめて低速で車輪に横すべりが生じないとの条件の下で,車両を二輪車によってモデル化し,車両の微小な回転運動を円運動で近似して走行軌跡を描くモデルを作成した。このモデルによって大型消防自動車が走行可能なシケインの形状を求め,さらに速度抑制効果を実験的に検討した。実験の結果によれば,速度を抑制するためには,車道をその幅員にほぼ等しい値だけ横方向に変位させる必要があることがわかった。わが国のコミュニティ道路で用いられているシケインの多くは,これだけの屈曲を有していないために,速度抑制効果が少ないのである。

 (5)ランブルストリップについては,自動車を集中質点系でモデル化し,ランブルストリップを通過する際の鉛直方向加速度の値を計算した。この結果によれば,自動車がランブルストリップを通過する際の加速度の値はハンプを通過する場合の値と比べても小さく,ランブルストリップによる速度抑制効果には,鉛直方向加速度よりもむしろランブルストリップ通過時の騒音の方が影響していると考えてよいことを指摘した。また,ランブルストリップの突起の間隔と自動車の走行速度によって決まる加振周期が車体の固有周期と一致すると,共振を起こすことを示した。

 さらに実験によって,突起の高さが高い(14mm)ランブルストリップ,あるいは突起の間隔が狭い(60cm以下)ランブルストリップの速度抑制効果が高く,走行速度を20km/h程度にまで低下させることが可能なことを明らかにした。但し,突起の高さが高いと自動車の通行時に発生する騒音・地盤振動のレベルも高くなるため,設置は慎重に行う必要がある。

 (6)狭窄については,狭窄部の幅員,長さ,狭窄部での垂直要素(植栽)の有無を変えて実験を行った。この結果によれば,狭窄部の幅員を2.5mにまで狭めないと速度抑制効果が期待できないことが明らかになった。但し,幅員を2.5mにまで狭めても,速度の低下は1km/h〜2km/h程度でしかない。狭窄の長さについては,7.5m以上あれば約2km/h速度が低下することが判明した。一方,植栽がある場合には,ない場合と比べ2km/h〜4km/hの速度低下が認められた。このことは,狭窄部での垂直要素の設置が速度抑制にもっとも大きく寄与することを示している。但し,狭窄単独の速度抑制効果は限られたものでしかないため,他の手段と狭窄を組合せて設置する必要がある。

 (7)ロータリーについては,わが国でも戦前交差点における交通処理施設として一般的に用いられていたが,戦後交通量の増加にともなう道路混雑によって撤去されてしまった経緯を東京を対象にしてとりまとめた。

 しかしながら,欧州諸国では最近ロータリーが再評価され,設置数が増えてきている。この原因が,

 (1)ロータリーの環道上の車両に優先権を与える遠方側優先規則が適用されたこと

 (2)この結果ロータリー流入部では織込み現象が発生しなくなり,織込みに必要な道路区間長を確保する必要がなくなったため,以前のような大規模なロータリーではなく小規模なロータリーを作ることが可能になり,ロータリーを走行する車両の走行速度が抑制され,安全性が向上したことの二点にあることを指摘した。

 さらに,諸外国でのロータリーの利用方法を紹介し,わが国でのロータリーの再生のために,交差点における速度抑制手段あるいはランドマークとしての利用の二通りの方策があることを示した。

 走行速度の抑制のためにロータリーを用いる場合には,大型消防車の通行が可能な形状とする必要があることから,上述の車両の走行軌跡の計算モデルを用いて大型消防車の走行軌跡を描き,消防車の走行に必要なロータリーの形状を求めた。さらに,シケインの速度抑制効果についての結論を援用して,ロータリーにも速度抑制効果が期待できることを示した。

 (8)最後に,これらの結果とわが国でこれまでに実施された交通静穏化手段に関する実験及び諸外国の静穏化のための基準等を参考にして,交通静穏化手段設置のための指針を提案した。

審査要旨

 交通静穏化は,道路の安全性の向上,自動車による騒音・大気汚染の減少,及び自動車を利用しない歩行者,自転車利用者等のための街路環境の改善を目的とした施策であり,自動車の走行速度の抑制がこれらの目的を達成するための重要な手段となっている。

 わが国では,オランダのボンエルフを範としてコミュニティ道路が導入され今日に至っているが,コミュニティ道路において速度抑制のために導入されている手段はさまざまな問題を抱えている。利用されている速度抑制手段の種類が限られていること,また速度抑制効果の少ない手段が用いられていることがコミュニティ道路における大きな問題点である。

 本論文はこれらの問題を解決することを目的としたものであり,交通静穏化のための各種の物理的手段の速度抑制効果を実験的に検討し,速度抑制効果の高い形状・幾何構造を求めている。

 本論文は,全10章より構成されている。

 第1章では,研究の目的と用語の定義,及び論文の構成が述べられている。

 第2章では,自動車の発明以降自動車がどのように扱われてきたのかを,道路の機能分類,歩行者と自動車の分離,及び交通規制の三つの視点からとりまとめ,交通静穏化を歴史的な背景のもとに位置付けている。

 第3章では,交通静穏化の概念が示され,その源がオランダのボンエルフにあること,ボンエルフによって物理的手段を用いて自動車の速度を抑制することが可能なことが実証され,このことが交通静穏化の発展に大きく寄与したことが述べられている。さらに,1980年代に入ると自動車の走行速度を面的に30km/hに規制するテンポ30等の施策がボンエルフに代って交通静穏化の主流になったことが紹介されている。

 第4章では,わが国の代表的な交通静穏化施策であるコミュニティ道路を整備した自治体担当者へのアンケート調査結果をもとにして,コミュニティ道路の問題点を探っている。速度抑制手段に拘る問題点として,(1)コミュニティ道路で利用されている速度抑制手段の種類が限られていること,(2)コミュニティ道路で利用されている速度抑制手段の中には,速度抑制効果が少ないものがあることが指摘されている。

 第5章では,シケインについて検討が行われている。まず車両を二輪車によってモデル化し,車両の微小な回転運動を円運動で近似して走行軌跡を描くモデルが提案されている。このモデルを用いて大型消防自動車が走行可能なシケインの形状を求め,さらに速度抑制効果を実験的に検討している。実験の結果にもとづいて,速度を抑制するためには,車道をその幅員にほぼ等しい値だけ横方向に変位させる必要があることが指摘されている。

 第6章ではランブルストリップについて検討が行われている。まず自動車を集中質点系でモデル化し,ランブルストリップを通過する際の鉛直方向加速度の値を計算している。さらに実験によって,突起の高さが高い(14mm)ランブルストリッフあるいは突起の間隔が狭い(60cm以下)ランブルストリップの速度抑制効果が高く,走行速度を20km/h程度にまで低下させることが可能なことを明らかにしている。

 第7章では狭窄をとりあげ,狭窄部の幅員,長さ,及び狭窄部での垂直要素(植栽)の有無を変えて実験が行われている。実験の結果から,狭窄部の幅員を2.5mにまで狭めないと速度抑制効果が期待できないことが明らかにされている。但し,車道幅員を2.5mにまで狭めても速度の抑制効果は大きくなく,植栽を設置することによって速度抑制効果を高めることが可能なことが示されている。

 第8章ではロータリーをとりあげ,わが国でも戦前ロータリーが交差点における交通処理施設として一般的に用いられていたが,戦後交通量の増加にともなう道路混雑によって撤去された経緯を東京を対象にしてとりまとめている。さらに,欧州諸国で最近ロータリーが再評価され,設置数が増えてきていることを指摘し,この原因が,(1)ロータリーの環道上の車両に優先権を与える遠方側優先規則が適用されたこと,(2)この結果ロータリー流入部では織込み現象が発生しなくなったため小規模なロータリーを作ることが可能になり,ロータリーを走行する東両の走行速度が抑制され安全性が向上したこと,の二点にあることを指摘し,わが国におけるロータリー再生のための方策を提案している。

 また,第5章で述べられている車両の走行軌跡の計算モデルを用いて大型消防車の走行軌跡を描き,消防車の走行に必要なロータリーの形状を求め,さらにシケインの速度抑制効果についての結論を援用して,ロータリーにも速度抑制効果が期待できることが述べられている。

 第9章では,これらの結果とわが国でこれまでに実施された交通静穏化手段に関する実験及び諸外国の静穏化のための基準等を参考にして,交通静穏化手段設置のための指針が提案されている。

 第10章では,結論として本研究により得られた知見をとりまとめ,今後の課題を述べている。

 本論文は,交通静穏化を歴史的な背景のもとに位置付けた上で,コミュニティ道路を整備した自治体担当者に対するアンケート調査をもとにして,コミュニティ道路の問題点を明らかにし,各種の速度抑制手段の効果を実験的に求めたものである。本論文でとりあげている速度抑制手段は,シケイン,ランブルストリップ,狭窄,及びロータリーである。シケインはわが国で広く用いられている速度抑制手段であるにも拘らず,速度抑制効果が十分ではないとの指摘が行われている。ランブルストリップ,狭窄,及びロータリーは,欧州諸国では広く用いられているにも拘らず,わが国ではほとんど用いられていない手段であり,今後の普及が期待されているものである。本論文では,車両の走行軌跡の計算モデル,車両の非線形性を考慮した振動モデルを用いた理論的考察と速度抑制効果の実験を組合せて検討が行われているほか,わが国におけるロータリーの導入,普及及び撤去の経緯を初めて明らかにするなど,論文として完結したものとなっている。本論文の成果は,現在検討が進められている道路構造令の改正にも反映させることが可能で,今後のわが国における交通静穏化の推進に大きく寄与することが期待されることから,その成果は高く評価できる。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク