学位論文要旨



No 211798
著者(漢字) 藤本,淳
著者(英字)
著者(カナ) フジモト,ジュン
標題(和) 炭素繊維強化複合材料と制振材料から構成される層状複合材料の開発とその力学特性
標題(洋)
報告番号 211798
報告番号 乙11798
学位授与日 1994.05.19
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第11798号
研究科 工学系研究科
専攻 船舶海洋工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 金原,勲
 東京大学 教授 町田,進
 東京大学 教授 大坪,英臣
 東京大学 教授 野本,敏治
 東京大学 助教授 影山,和郎
内容要旨

 人工衛星に搭載された機器の動作異常やシステム故障の約40%は、打上げ時にさらされる大きな振動に起因する。また、打上げ時や宇宙空間の環境を想定して、開発段階より様々な試験が実施されるが、この段階で生じる不具合の30〜60%が、振動試験に関連したものである。このため、衛星構造体における振動応答の低減は、システムの信頼性向上のみならず、開発費や運用コスト削減の面で極めて重要である。

 炭素繊維強化複合材料(CFRP)は、軽量・高剛性・高強度等の優れた特性により、前述の宇宙、および航空分野から一般産業用の構造材まで幅広く用いられるようになった。これらの用途拡大に伴い、問題となってきたのがCFRP構造物が示す大きな振動応答倍率である。CFRP材の振動減衰特性は、損失係数で0.001〜0.005程度と、従来の金属構造材に比較して必ずしも大きな値ではない。また、構造物の作製では、従来のリベットやボルトにかわり、接着剤を用いた組立てが多く使用されるため、接合部の摩擦により生じる減衰(構造減衰)が小さくなる傾向にある。このため、CFRPの振動減衰特性の改善は重要な研究課題となっている。

 本論文は、人工衛星など宇宙構造体の振動応答低減を目的とした、制振材料、さらに制振材料を構造材料(CFRP)に組込み一体化した、CFRP/制振材料から構成される層状複合材料(制振構造材料)の開発について述べたものである。

 樹脂材料の振動減衰特性の設計は、材料開発を行う上で重要な基盤技術となる。設計は、樹脂材料の振動減衰機構をバネおよびダッシュポットから構成される力学モデルで、複数個存在する緩和(減衰)機構を対数混合則で、さらにゴム状領域での弾性率と分子骨格の関係をゴム弾性理論でそれぞれ表現することで実施した。その結果、大きな減衰特性(tan)を有する材料の開発には、フレキシビリティの大きな分子骨格をもつ樹脂の選択が必要であることが明らかとなった。本研究で得られた最も大きな力学的損失tan値は、2.7であった。この設計手法を用いて、宇宙構造物(人工衛星、宇宙基地など)に適用可能な制振材料の開発を行った。

 高剛性および高強度など構造材料として不可欠な特性と、高振動減衰特性を合せもつ"制振構造材料"の設計は、CFRP材をベースにして実施した。設計において検討した振動減衰特性の改善手法は、(i)制振材料とのブレンドによるマトリックス樹脂の改質(高減衰特性の付与)、(ii)高減衰を有するアラミド繊維強化複合材(AFRP)との層状構成、および(iii)制振材料の層間への適用(CFRP/制振材料の層状構成)である。マトリックス樹脂の改質(i)では、本研究で得られた制振材料(E’=10MPa、tan=2.7)とマトリックス樹脂とのブレンドにより、樹脂として弾性率 E’〜2000MPa、tan〜0.2の特性を達成でき、さらにこの高減衰樹脂をCFRPのマトリックス樹脂に用いることで、CFRP積層板(最外層は0°を想定)の損失係数として、曲げ振動下の場合〜0.02、伸縮振動下で〜0.04の値を実現できることを明らかにした。また、AFRPとの層状構成(ii)では、減衰特性の改善は、高減衰マトリックス樹脂の場合に比較して小さく、曲げ振動下での損失係数は0.01以下、伸縮振動下においては〜0.01であった。一方、CFRP/制振材料の層状構成(iii)では、曲げ振動下での損失係数は0.1以上を達成可能であった。この場合、伸縮振動下での減衰は、等方性材料で考えた場合10-3程度とほとんど期待できないが、CFRPへの適用では、その異方性により大きな減衰を実現できる可能性がある。このため"制振構造材料"として、(iii)のCFRP/制振材料の層状複合材料を選択し、材料開発を行った。図1に、その概念を表す。

図1 制振構造材料の概念図。

 制振構造材料は、CFRPプリプレグと制振材料シートを望みの構成に積層し、オートクレーブを用いて一体成型することで作製した。これらに用いた制振材料は、〜70m厚で、プリプレグとの接着性を考慮し開発した熱可塑性樹脂ベース(P-01)の材料である。この制振材料は、室温でtan=0.9をもつ。

 CFRPの積層構成、制振材料の挿入位置および枚数と減衰特性の関係を、T800/#2500UDプリプレグシートと制振フィルムにより作製した試験片を用いて検討した。ベースとなるCFRPの積層構成は、擬似等方性[0/±45/90]s斜交積層[+45z/-45z]s,直交積層[0z/90z]sの3種類である。その結果、制振構造材料は、制振フィルムの挿入位置や枚数に関係なく、すべての構成で0.01以上、最大で0.3の損失係数を有することを明かにした(曲げ振動)。図2に、8層擬似等方性積層をベースにした制振構造材料の損失係数および動的曲げ弾性率を示す。これらは、温度30℃、周波数〜150Hz(2次モード)での結果である。制振構造材料は、従来材(TypeI)に比較して大きな損失係数をもつことが明かである。

図2 制振構造材料の損失係数と動的曲げ弾性率。2次モード(〜150Hz)、30℃

 制振構造材料の曲げ振動下での減衰特性予測を、Ross-Ungar-Kerwinにより導出された拘束型制振構成の理論式を用いて試みた。その結果、2つの材料を除き、予測が可能であった。予測できなかった材料は、[+45z/-45z]sの層間に制振シートを挿入したものと、[0/±45/90]sの全層間に挿入したものであり、これらの材料では、伸縮振動下においても10-2以上の損失係数が観測された。

 伸縮振動下での減衰メカニズムを明かにする目的で、配向角を変化させた4層斜交積層板を作製し([+/-]s)、動的粘弾性測定器を用いて伸縮振動下での特性を評価した。その結果、すべての制振構造材料で、従来のCFRPよりも大きな減衰特性が得られた(最大の損失係数〜0.1)。また、室温以下の環境温度では、配向角が増加するほど(15゜→75°)損失係数は小さくなる傾向にあった。赤坂らによる"斜交積層板の等価弾性率"の理論式をベースにした減衰特性予測、およびFEM解析による予測をそれぞれ試みた。その結果、どちらの場合も、比較的良く実験値を予測することが可能であった。これら解析により、伸縮振動下での特性は、試験片端部付近で生じる制振材のせん断歪みに起因することが明かとなった。

 制振構造材料の引張り(静的、疲労)、圧縮(静的、疲労)曲げ(静的、衝撃)の各種機械強度を評価した。静的引張り試験では、制振フィルムの挿入による引張り破断荷重の増加が、約半数の試験片(構成)で観測された。図3は、擬似等方性積層(16層)をベースにした制振構造材料の最大荷重および変動係数である。制振フィルムを-45°/90゜の届間に挿入したTypeIV’試験片は、従来材(TypeI’)に比べて1.16倍の最大荷重値を有する。さらに、最大荷重のバラツキを表す変動係数も0.6%と、従来材の4%に比較して大きく低減している。同様の効果は、制振フィルムを0°/+45°層間に挿入したTypeVI’でも観察された。これらの改善効果は、制振シートの挿入による、CFRPの代表的破壊モードである層間剥離や0°繊維のスブリティングの抑制に起因する。一方、制振シートの挿入より、新たな破壊が生じる場合があった。これらの試験片では、逆に破断荷重の低下が生じた。

図3 引張り強度と変動係数。(16層擬似等方性ベース材)

 疲労試験では、制振材の発熱による試験片の温度上昇が問題となった。温度上昇により、疲労寿命は短めに評価される(静的強度が低下するため、設定の応力レベルが相対的に増加する)。この様な条件にも関わらず、従来のCFRPと同等以上の疲労寿命を示した試験片があった。振動減衰の増加にともない実現される振動振幅の低減と合せて考えるに、制振フィルムの挿入は、CFRPの疲労寿命を大幅に改善すると言える。

 3点曲げ衝撃試験では、制振構造材料は従来のCFRPに比較して、大きな最大荷重値および衝撃吸収エネルギー値を示した。これらの増加は、制振フィルムが衝撃損傷の内部進展を抑制するために生じる。多軸衝撃試験では、制振フィルムの挿入により、剥離損傷領域の大幅な改善(従来CFRPの損傷領域の20〜75%)が観測された。

 制振フィルムの挿入により、各種強度およびその破壊モードは変化する。この要因は、層間破壊靭性および層間および層内応力のそれぞれ変化である。制振フィルムの厚みおよび弾性率は、これら強度を考える上で、無視できないパラメータである。また、制振フィルムの挿入位置に関しては、対象とする強度により最適な位置が異なることが明らかとなった。

 制振フィルムとCFRPから構成される制振構造材料を用いて衛星スラストチューブ(400m×500mmh)を作製した。従来材で作製したスラストチューブに比較して、外見上の差異は見られず、また重量増加は僅か1%であった。また、断面観察の結果、CFRPと制振シートから構成される均一な層状構成を確認できた。振動試験の結果、制振スラストチューブは、横振動で〜0.07、縦振動で〜0.03以上の損失係数を有することが明かとなった。これらの値は、CFRPスラストチューブ構造体の2〜10倍にあたる。また構造体の共振周波数より、制振スラストチューブはCFRPスラストチューブとほぼ等しい動的剛性をもつことを確認した。

審査要旨

 炭素繊維強化複合材料(CFRP)は、軽量・高剛性・高強度等の優れた特性により、宇宙・航空分野から一般産業用の構造材まで幅広く用いられるようになった。これらの用途拡大に伴い、とくに人工衛星に搭載される機器の動作異常やシステム故障の多くが、打上げ時にさらされる大きな振動に起因するため、CFRP構造物が示す大きな振動応答倍率が問題となってきた。CFRP材の振動減衰特性は従来の金属構造材に比較して必ずしも大きくなく、また、構造物の作製では、従来のリベットやボルトにかわり、接着剤を用いた組立てが多く使用されるため、接合部の摩擦により生じる減衰(構造減衰)が小さくなる傾向にある。このため、CFRPの振動減衰特性の改善は重要な研究課題となっている。

 本論文は、人工衛星など宇宙構造体の振動応答低減を目的とした、制振材料、さらに制振材料を構造材料(CFRP)に組込み一体化した、CFRP/制振材料から構成される層状複合材料(制振構造材料)の開発と応用について述べたもので、緒言、第I部〜第III部および総括により構成される。

 「緒言」では、本研究の背景および概要について述べている。

 第I部「振動減衰」では、宇宙構造物に適用可能な樹脂系制振材料の材料設計を行い、高剛性および高強度など構造材料として不可欠な特性と、高振動減衰特性を合せもつ"制振構造材料"の設計を、CFRP材をベースとして検討した。振動減衰特性の改善手法の中から、CFRP/制振材料の層状複合材料を選択し、CFRPプリプレグと制振材料シートを望みの構成に積層し、オートクレーブを用いて一体成形により製作した。CFRPの積層構成、制振材料の挿入位置および枚数と減衰特性の関係について検討した結果、制振構造材料は、制振フィルムの挿入位置や枚数に関係なく、曲げ振動において、すべての構成で0.01以上、最大で0.3の損失係数を有することを明らかにした。また、制振構造材料の曲げ振動下での減衰特性がRoss-Unger-Kerwinの理論式によりある程度まで予測可能であることを示し、さらに斜交積層板の伸縮振動下での減衰特性が赤坂らによる"等価弾性率"をベースとした方法およびFEM解析により比較的良く予測できることを示している。

 第II部「機械強度」では、制振構造材料の引張り(静的、疲労)、圧縮(静的、疲労)、曲げ(静的、衝撃)の各種機械強度を評価した。制振フィルムの挿入により、約半数の試験片で引張り破断荷重が増加したが、これらの改善効果は制振フィルムによりCFRPの代表的破壊モードである層間剥離や0゜繊維のスプリッテイングが抑制されることに起因する。一方、制振シートの挿入により、新たな破壊が生ずる場合があり、これらの試験片では、逆に破断荷重の低下が生じた。疲労試験では、制振材の発熱による試験片の温度上昇により疲労強度は短めに評価される。このような条件にもかかわらず、従来のCFRPと同等以上の疲労寿命を示した試験片もあり、振動減衰の増加に伴い実現される振動振幅の低減と合せて考えると、制振フィルムの挿入は、CFRPの疲労寿命を大幅に改善すると考えられる。3点曲げ衝撃試験では、制振構造材料は従来のCFRPに比較して、大きな最大荷重値および衝撃吸収エネルギー値を示し、多軸衝撃試験では、制振フィルムの挿入により、衝撃損傷領域の大幅な改善が認められた。このように、各種強度およびその破壊モードは変化し、また、制振フィルムの挿入位置に関しては、対象とする強度により最適な位置が異なることが明らかにされた。

 第III部「構造物への応用」では、制振フィルムとCFRPから構成される制振構造材料を用いて衛星スラストチューブを作製し、評価を行った。従来材で作製したスラストチューブに比較して、外見上の差異は見られず、重量増加もわずか1%であった。また、断面観察の結果、CFRPと制振シートから構成される均一な層状構成が確認された。振動試験の結果、制振スラストチューブは、横振動で〜0.07%、縦振動で〜0.03以上の損失係数を有し、これらの値は、CFRPスラストチューブ構造体の2〜10倍にあたる。また、構造体の共振周波数より、制振スラストチューブはCFRPスラストチューブとほぼ等しい動的剛性をもつことが確認された。

 最後の「総括」は、本論文の成果を総括したものである。

 以上を要するに、本論文では、制振材料を構造材料に組込み一体化する概念により、CFRP/制振材料から構成される層状複合材料の開発し、その力学特性の評価を詳細に行い、制振構造材料を実機に適用できること明らかにしており、工学とくに複合材料工学の発展に貢献するところが大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク