工学士野木利治提出の論文は、「吸気管内噴射装置の噴霧特性改善による未燃炭化水素低減に関する研究」と題し、7章から成っている。 近年、環境問題に関連して、自動車の排気規制が一段と強化されつつある。特に、未燃炭化水素(以下HC)の排出規制に関して、もっとも厳しい米国を例にとると、1975年に実施されたマスキー法による規制値と比較して、大幅な低減を図る必要があり、エンジン本体の改良とともにエンジン制御システムおよび構成要素の開発、改良が不可欠である。火花点火機関搭載の自動車の米国排気規制における排気試験モード(LA4モード)では三元触媒を装着しても試験モードの1山目までに全モード走行時の累積HC排出量の70%を排出する。この理由として、始動直後は触媒の温度が低いため触媒が活性化せず、多くのHCが排出されることがあげられる。さらに、吸気管や気筒の温度が低い場合には、燃料が気化しにくく、混合気濃度が不均一な状態であったり、また燃料に着目すると気化した燃料と液滴燃料が混在した不均質な状態が存在し、HCを排出しやすい条件になると考えられる。 本研究では、自動車用火花点火機関の吸気管内燃料噴射装置の噴霧特性に関して、最適な筒内燃焼および排出されるHCの低減の観点から検討し、その実現への方策を提案している。 第1章は緒論であり、本研究の背景を述べ、関連する研究の成果とその問題点を検討し、研究の目的と意義を明確にしている。 第2章ではHCが多く排出されるときの筒内の燃焼状況を調べている。まず、燃料の流入状況を観察した結果、数百ミクロン程度の液滴が気筒内に流入することを明らかにしている。また、燃焼状況を調べた結果、HC排出量が多いときには、燃焼後期にすす粒子からの発光の強度が強くなること、火炎の中に輝度の強い部分が存在することを見いだしている。特に、燃焼後期に輝炎が発生するとHC排出量が多くなることから、気筒内の混合気濃度が不均一な状態や、気化燃料と液滴燃料が混在する不均質な状態がHCの排出を促進していると推論し、これらの状態の発生抑止のためには噴霧特性の改善が重要であることを示している。 第3章では、燃料噴射弁の噴霧特性として噴霧粒径および噴霧広がり角とHC排出量の関係について検討している。噴霧粒径が200mでは多量のHCが排出されるが、40m程度にするとHCはほとんど排出されないこと、粒径を小さくするとHC排出量を少なくできるが、噴霧広がり角が大きくなると吸気管への燃料の付着が多くなり、HC排出量が多くなること、吸気管壁面に燃料が付着しない条件では、吸気弁に均一に燃料を分散させた方がHC排出量が少ないことなどを明らかにしている。 第4章では、種々の燃料噴射弁を用いて、噴霧粒径と噴霧広がり角を同時に最適化できる微粒化方法について検討している。その結果、広がり角の増大なく、粒径を小さくできるものとして、旋回式に空気アトマイザを付加した気流微粒化式のものを新しく提案している。 第5章では、第4章で提案した気流微粒化方式を実用の燃料噴射弁に適用し、噴霧粒径、広がり角などの評価を行っている。試作した気流微粒化式噴射弁が所定の噴霧特性性能を有することを確認し、気筒内の燃焼状況を観察した結果においても、輝度の強い部分や輝炎の発生を抑止できること、さらに低温始動性、アイドル安定性の改善が得られたとしている。 第6章では、気流微粒化式燃料噴射システムを実機2吸気弁機関に装着し、HCの排出低減の効果に及ぼす機関運転変数の影響を調べている。その結果、HC排出低減の効果は明かで、例えばLA4モード走行時のHC排出量を測定した結果、機関始動後のHC排出量の低減効果が顕著であること、空燃比を大きく設定すればさらに同排出量を少なくできることを実証している。 第7章は結論であり、本研究において得られた結果を要約している。 以上要するに、本論文は、自動車用火花点火機関の吸気管内燃料噴射装置の噴霧特性に関して、最適な筒内燃焼および排出されるHCの低減の観点から検討し、その実現への具体的な方法を提案し、それを実証したものであり、また燃料噴射弁の開発手法を明らかにしており、今後の燃料噴射弁の開発にも有用であり、内燃機関および燃焼学上貢献するところが大きい。 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |