学位論文要旨



No 211799
著者(漢字) 野木,利治
著者(英字)
著者(カナ) ノギ,トシハル
標題(和) 吸気管内噴射装置の噴霧特性改善による未燃炭化水素低減に関する研究
標題(洋)
報告番号 211799
報告番号 乙11799
学位授与日 1994.05.19
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第11799号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 河野,通方
 東京大学 教授 荒川,義博
 東京大学 教授 平野,敏右
 東京大学 教授 松本,洋一郎
 東京大学 助教授 畔津,昭彦
内容要旨 【第1章:緒論】

 近年、地球温暖化、酸性雨、オゾン発生など新たな環境問題がクローズアップし、北米を中心に自動車の排気規制が強化されつつある。特に、米国のカリフォルニア州では1994年以降に現在の規制値に対する未燃炭化水素(HC)低減率を68%とするTLEV(Transitional Low Emission Vehicle)、81%とするLEV(Low Emission Vehicle)、90%とするULEV(Ultra Low Emission Vehicle)を導入しなければならない。また、LEV,ULEVでは現在の規制値に対する窒素酸化物(NOx)低減率も50%とする必要がある。特にHCに関しては、1975年に実施されたマスキー法以来の大幅な低減を図る必要があり、エンジン本体の改良とともにエンジン制御システムおよび構成要素の開発、改良が不可欠である。マスキー法においては、HC、NOx、一酸化炭素(CO)の排出量が規制され、HCに関しては、90%低減が義務付けられた。これに対しては、三元触媒による化学的除去で対応した。

 米国排気規制における排気試験モード(LA4モード)では三元触媒を装着しても試験モードの1山目までに全モード走行時の累積HC排出量の70%を排出する。この理由として、始動直後は触媒の温度が低いため触媒が活性化せず、排気が浄化されずに排出されることが考えられる。さらに、吸気管や気筒の温度が低い場合には、燃料が気化しにくく、混合気濃度が不均一な状態であったり、また燃料に着目すると気化燃料と液滴燃料が混在した不均質な状態が存在し、HCを排出しやすい燃焼となると思われる。本研究では吸気管内燃料噴射装置の噴霧特性改善によりHC排出量を低減することを目的とした。

【第2章:未燃炭化水素発生時の筒内燃焼状況】

 まず、石英棒を気筒内に挿入し、燃料の流入状況を観察した結果、数百ミクロン程度の液滴が気筒内に流入することを明らかとした。点火プラグに石英ファイバを内蔵したセンサによって燃焼状況を調べた結果、HC排出量が多いときには、図1に示すように燃焼後期に発光強度が強くなり、これは固体輻射を伴う燃焼となっており、また、石英ピストンを用いた可視化用エンジンで気筒内の燃焼状況を観察し、火炎の中に輝度の強い部分が存在したり、燃焼後期に輝炎が発生するとHC排出量が多くなることを解明した。これらは気筒内の混合気濃度が不均一な状態や、気化燃料と液滴燃料が混在する不均質な状態によると考えられ、HCの排出を低減するためには、これら輝炎を伴う燃焼を抑止することが必要で、噴霧特性の改善が重要であることを示した。

図1 燃焼光の検出結果
【第3章:噴霧粒径および広がり角と未燃炭化水素排出量の関係】

 燃料噴射弁の噴霧特性として重要な噴霧粒径、広がり角とHC排出量の関係について検討した。図2に示すように噴霧粒径が200mでは吸気行程に燃料を噴射するとHC排出量が多くなるが、40mにすると吸気行程に燃料を噴射してもHC排出量が多くならない。粒径を小さくするとHC排出量を少なくできるが、噴霧広がり角が大きくなると吸気管への燃料の付着が多くなり、HC排出量が多くなる。吸気管壁面に燃料が付着しない条件では、吸気弁に均一に燃料を分散させた方がHC排出量が少ないことを示した。

図2 噴霧粒径の影響
【第4章:各種燃料噴射弁における噴霧粒径と噴霧形状の検討】

 噴霧粒径と広がり角を同時に満足できる微粒化方法について検討した。旋回化式は雰囲気圧力、温度の影響が少なく、一定の微粒化特性を維持でき、ピントル式は雰囲気圧力、温度の影響を受けやすく、この現象は従来の噴霧の解析に減圧沸騰による蒸気の影響を考慮することによって説明できることを示した。そこで図3に示すように旋回式に空気アトマイザを付加した気流微粒化式において、空気アトマイザの寸法パラメータと噴霧粒径、広がり角の関係を検討し、広がり角の増大なく、粒径を小さくできる仕様を明らかとした。

図3 気流微粒化噴射弁の構成
【第5章:気流微粒化式燃料噴射弁の試作とその性能評価】

 第4章で明らかとした気流微粒化方式を燃料噴射弁に適用し、噴霧粒径、広がり角などの評価を行った。空気アトマイザの寸法パラメータを燃料噴射弁に適用し、広がり角の増大なく、噴霧粒径を小さくできる1方向および2方向気流微粒化式噴射弁を開発した。図4に燃料噴射弁の微粒化特性を示す。微粒化用空気を絞り弁上流から導入するので、吸気圧力が低くなると大気圧に比べて差が大きくなる。微粒化用空気が多くなるにつれ、噴霧粒径が小さくなる。図5に吸気圧力を変化させた時の噴霧形状を示す。吸気圧力が小さくなっても、噴霧形状はほぼ一定に保つことができ、吸気管への燃料の付着の増大を防ぐことができる。また、気筒内の燃焼状況を観察した結果、噴霧粒径を40mとすると、点在した輝度の強い燃焼や輝炎の発生を抑止できた。さらに、低温始動性、アイドル安定性を改善できることを明らかとした。

図4 微粒化特性図5 噴霧形状
【第6章:2方向気流微粒化式燃料噴射弁を用いた場合の未燃炭化水素の排出低減の効果】

 噴霧の広がり角の増大なく、粒径を小さくした2方向気流微粒化式燃料噴射弁を用いた気流微粒化式燃料噴射システムを2吸気弁エンジンに装着し、HC排出量を低減することができた。絞り弁の上流から微粒化用空気を燃料噴射弁の先端に導き燃料を微粒化する方式とした。図6に微粒化用空気量とHC低減率の関係を示す。エンジン回転数1600rpm、水温、油温40℃、空燃比を14一定とした。吸気圧力を35kPaから90kPaまで変化させた。微粒化用空気量を多くすると噴霧粒径が小さくなるため、HC排出量を少なくできる。微粒化用空気を大気圧と吸気管内圧との差で導入する場合、空気ノズルの面積が一定であるのでLA4モード運転時には破線で示すように微粒化用空気が流れるため、HC低減率は20-30%程度となる。

図6 微粒化用空気量とHC低減率

 図7に燃料噴射時期とHC排出量、吸入率の関係を示す。吸気圧力を60kPa一定とした。1サイクル後の気筒内の燃料吸入率は、空燃比をステップ的に変化させたときの時間的変化から測定した。微粒化用空気が無いと燃料噴射時期を吸気行程に近づけるとHC排出量が多くなり、吸気行程で燃料を噴射できないが、微粒化すると燃料噴射時期を吸気行程に近づけてもHCの増大を抑制でき、かつ1サイクル後の気筒内への燃料の吸入率を大きくできる。図8にLA4モード走行時のHC排出量を測定した結果を示す。エンジン始動後にHC排出量の低減効果が大きいことがわかる。微粒化用空気を導入し、さらに空燃を大きく設定することによって、HC排出量を少なくできることを実証した。

図7 燃料噴射時期とHC排出量、吸入率図8 実車評価結果
【第7章:結論】

 本研究により気流微粒化式噴射弁を開発し、HC排出量を低減することができたので、吸気管内噴射式ガソリンエンジンの排気浄化性同上に寄与し、さらに燃料噴射弁の開発手法を明らかとしたことにより、今後の燃料噴射弁の開発にも貢献できると考える。

審査要旨

 工学士野木利治提出の論文は、「吸気管内噴射装置の噴霧特性改善による未燃炭化水素低減に関する研究」と題し、7章から成っている。

 近年、環境問題に関連して、自動車の排気規制が一段と強化されつつある。特に、未燃炭化水素(以下HC)の排出規制に関して、もっとも厳しい米国を例にとると、1975年に実施されたマスキー法による規制値と比較して、大幅な低減を図る必要があり、エンジン本体の改良とともにエンジン制御システムおよび構成要素の開発、改良が不可欠である。火花点火機関搭載の自動車の米国排気規制における排気試験モード(LA4モード)では三元触媒を装着しても試験モードの1山目までに全モード走行時の累積HC排出量の70%を排出する。この理由として、始動直後は触媒の温度が低いため触媒が活性化せず、多くのHCが排出されることがあげられる。さらに、吸気管や気筒の温度が低い場合には、燃料が気化しにくく、混合気濃度が不均一な状態であったり、また燃料に着目すると気化した燃料と液滴燃料が混在した不均質な状態が存在し、HCを排出しやすい条件になると考えられる。

 本研究では、自動車用火花点火機関の吸気管内燃料噴射装置の噴霧特性に関して、最適な筒内燃焼および排出されるHCの低減の観点から検討し、その実現への方策を提案している。

 第1章は緒論であり、本研究の背景を述べ、関連する研究の成果とその問題点を検討し、研究の目的と意義を明確にしている。

 第2章ではHCが多く排出されるときの筒内の燃焼状況を調べている。まず、燃料の流入状況を観察した結果、数百ミクロン程度の液滴が気筒内に流入することを明らかにしている。また、燃焼状況を調べた結果、HC排出量が多いときには、燃焼後期にすす粒子からの発光の強度が強くなること、火炎の中に輝度の強い部分が存在することを見いだしている。特に、燃焼後期に輝炎が発生するとHC排出量が多くなることから、気筒内の混合気濃度が不均一な状態や、気化燃料と液滴燃料が混在する不均質な状態がHCの排出を促進していると推論し、これらの状態の発生抑止のためには噴霧特性の改善が重要であることを示している。

 第3章では、燃料噴射弁の噴霧特性として噴霧粒径および噴霧広がり角とHC排出量の関係について検討している。噴霧粒径が200mでは多量のHCが排出されるが、40m程度にするとHCはほとんど排出されないこと、粒径を小さくするとHC排出量を少なくできるが、噴霧広がり角が大きくなると吸気管への燃料の付着が多くなり、HC排出量が多くなること、吸気管壁面に燃料が付着しない条件では、吸気弁に均一に燃料を分散させた方がHC排出量が少ないことなどを明らかにしている。

 第4章では、種々の燃料噴射弁を用いて、噴霧粒径と噴霧広がり角を同時に最適化できる微粒化方法について検討している。その結果、広がり角の増大なく、粒径を小さくできるものとして、旋回式に空気アトマイザを付加した気流微粒化式のものを新しく提案している。

 第5章では、第4章で提案した気流微粒化方式を実用の燃料噴射弁に適用し、噴霧粒径、広がり角などの評価を行っている。試作した気流微粒化式噴射弁が所定の噴霧特性性能を有することを確認し、気筒内の燃焼状況を観察した結果においても、輝度の強い部分や輝炎の発生を抑止できること、さらに低温始動性、アイドル安定性の改善が得られたとしている。

 第6章では、気流微粒化式燃料噴射システムを実機2吸気弁機関に装着し、HCの排出低減の効果に及ぼす機関運転変数の影響を調べている。その結果、HC排出低減の効果は明かで、例えばLA4モード走行時のHC排出量を測定した結果、機関始動後のHC排出量の低減効果が顕著であること、空燃比を大きく設定すればさらに同排出量を少なくできることを実証している。

 第7章は結論であり、本研究において得られた結果を要約している。

 以上要するに、本論文は、自動車用火花点火機関の吸気管内燃料噴射装置の噴霧特性に関して、最適な筒内燃焼および排出されるHCの低減の観点から検討し、その実現への具体的な方法を提案し、それを実証したものであり、また燃料噴射弁の開発手法を明らかにしており、今後の燃料噴射弁の開発にも有用であり、内燃機関および燃焼学上貢献するところが大きい。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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