学位論文要旨



No 211801
著者(漢字) 藤崎,芳久
著者(英字)
著者(カナ) フジサキ,ヨシヒサ
標題(和) 集積回路用半絶縁性GaAs結晶の評価及びノンストイキオメトリ制御に関する研究
標題(洋)
報告番号 211801
報告番号 乙11801
学位授与日 1994.05.19
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第11801号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 神谷,武志
 東京大学 教授 西永,頌
 東京大学 教授 生駒,俊明
 東京大学 助教授 河東田,隆
 東京大学 助教授 石川,哲也
 東京大学 助教授 土屋,昌弘
内容要旨

 GaAsはSiの約5倍という高い電子移動度を持ち、しかも半絶縁性と呼ばれる高抵抗基板結晶が得られることからSiに勝る高性能トランジスタ用基板として注目を集めた。GaAsを用いて高性能の集積回路を作製するためには基板結晶に直接不純物イオンを注入し、活性化アニールで能動層を形成するいわゆるプレーナープロセスが不可欠である。この様なプロセスで集積回路を形成するには大口径で材料の性質が場所的に均一なウエハが必要であり、そのためLEC(Liquid Encapsulated Czochralski)法と呼ばれる引き上げ法による高品質結晶の育成の研究が盛んに行なわれるようになった。しかしこのLEC結晶には、1×104cm-2以上の転位や1×1016cm-3以上の高密度のEL2と呼ばれる固有欠陥に起因する電子捕獲準位が残留しており、均一性の制御に関する課題が多い。

 ところで半絶縁性GaAsウエハを用いて高性能集積回路を作製する場合、基本素子となるのがMESFET(MEtal Semiconductor FET)と呼ばれる電界効果型のトランジスタである。この素子の最も基本的なパラメターはトランジスタのオン,オフを決めるゲート電極への印加電圧、即ちしきい電圧Vthで、注入したイオンの活性化率に大きく影響を受ける。従来注入イオンの活性化率の変動は主に基板転位との関わりを基に解析され、高性能集積回路作製の為には基板結晶の無転位化が不可欠と言われてきた。一方、しきい電圧分布に関しては必ずしも転位分布と相関を持たない例も数多く報告されている。これらの例を丁寧に調べると、不純物や深い準位の不均一分布等の影響とも言えず転位が直接不純物の活性化に影響を与えているとする考え方に疑問が出てくる。

 本研究では従来イオン注入した不純物原子の活性化率に影響を与える重要な要因として認識されていたにも係わらず、適当な評価方法が無いことから解析されていなかった結晶のノンストイキオメトリと活性化率の関係を中心に解析を進めた。

 始めにGaAs結晶の組成と密接に関係するEL2の評価方法について検討した。これまで、素子作製に用いられる0.5mm程度の厚さの半絶縁性GaAsウエハ中に含まれるEL2濃度を求めることは難しいため、素子特性に与える影響などを正確に把握することが困難であった。本研究においてマイクロ波のインピーダンス変化を測定することにより、非破壊でEL2濃度を評価する方法を開発した。図1にマイクロ波インピーダンス法を用いて測定した半絶縁性ウエハ内のEL2濃度分布測定例を示す。図に示す様なEL2濃度の定量測定を非破壊且つ短時間に行うことが可能となり、EL2の素子特性に与える影響を明らかにすることが出来た。

図1 マイクロ波法によるEL2濃度分布測定例

 次にGaAs結晶の組成の評価法について検討した。X線2結晶法を基本とし、結晶格子の傾きによる影響を完全に除去可能なX線2結晶ダブルビーム法を用い格子定数を精密測定したところ、GaAsの格子定数は組成と密接な関係があることが分かった。図2にX線2結晶ダブルビーム法を用いて測定した格子歪みの結晶インゴット内分布を示す。図中2本の曲線A,Bは初期の融液組成がそれぞれAsリッチ及びGaリッチの条件から成長した結晶に対応する。Asリッチ融液から成長した場合結晶中の組成もAsリッチとなり格子歪みは増加し、逆にGaリッチ組成の融液から成長すると格子歪みは減少する。即ち、格子歪み測定により結晶中の組成の情報を得ることを可能とした。

図2 LECGaAsの結晶育成方向の格子歪み分布

 これらの評価法を用いて半絶縁性GaAs結晶を評価し、結晶の成長条件との対応関係を調べた。図3にインゴットの外形と格子歪み分布の関係を示す。図からインゴットの外形が大きくなる場所で格子歪みも増大していることがわかる。これから、融液中の過剰Asは不純物の偏析の式に従い結晶中に取り込まれる事が明らかとなった。即ち

 

 ここで、Keffは過剰のAsの実効偏析係数,K0は過剰Asの平衡偏析係数,は固液界面の拡散層の厚み,Dは融液中のAsの拡散係数,fは結晶の固化速度である。

図3 結晶の外形と格子歪みの関係

 図3と同様の組成分布は図4に示すようにストリエーション、即ちミクロな成長縞に沿っても同じように存在し、ウエハ面内のEL2濃度変動等を引き起こすことが結晶組成分布及び化学エッチングによるストリエーション観察等から明らかとなった。

図4 インゴット内の組成変動を示すモデル

 一方結晶組成は図5に示すように、ウエハ上に作製したFET素子のしきい電圧分布に大きな影響を与える。これはイオン注入した不純物の活性化率が結晶組成に大きく依存するためと考えられる。そこでGaAs集積回路の基板結晶として好適な組成分布の少ない結晶を得るために結晶育成中の成長速度変動を最小限に抑制し、図6に示す様に格子歪み及びしきい電圧の均一な結晶を育成することを可能とした。

図5 格子歪みとしきい電圧の関係図6 成長条件を改良して育成したGaAs結晶のウエハ面内格子歪みとしきい電圧分布
審査要旨

 本論文は「集積回路用半絶縁性GaAs結晶の評価およびノンストイキオメトリ制御に関する研究」と題し、5章よりなる。

 第1章は「序章」であり、高移動度半導体として有望な化合物半導体GaAsを用いた高速集積回路の実現のために半絶縁性バルク結晶の品質評価および均一性制御がきわめて重要であることを述べるとともに、基本GaAs集積回路の素子特性の均一化と基板結晶の一様性の関係、素子特性のばらつきの要因分析、なかんづく基板結晶中の各種結晶欠陥との関係、半絶縁化機構、結晶成長法、組成制御法、均一性の評価法の現状を要約し、それらの知見の不十分さが高信頼性集積回路の実現を阻んでいることを指摘し、新しい評価法を見いだし、もって結晶成長の制御性を高めることを本研究の目的として設定している。

 第2章の題目は「マイクロ波インピーダンス測定を用いたアンドープGaAs基板結晶の深い準位の評価」であり、基板結晶の高抵抗性を確保するのに重要な役割を果たしているEL2と呼ばれる深い準位の密度分布を電極なしで測定するため、EL2準位に共鳴する赤外光照射下でのマイクロ波インピーダンスを測定する実験系を構築するとともにその解析法を確立し、詳しい測定・解析によって本方法が他の測定法と整合性の良いEL2の密度分布評価法であることを実験的に確認している。

 第3章の題目は「格子定数の精密測定によるアンドープ半絶縁性GaAs基板結晶のノンストイキオメトリの評価」であり、2結晶ダブルビームX線回折法を用いて格子定数を1×10-6まで精密測定し、化学量論的組成からのずれ(ノンストイキオメトリ)を高感度で測定することを可能としている。このために格子定数の測定精度を支配する要因を詳細に点検し、結晶表面と回折面の平行性、及び分光結晶と試料結晶の平行性が重要であることを見いだし、再現性のよい測定条件を確立した。これを利用して測定した組成の結晶成長方同の不均一性が試作トランジスタ(MESFET)のしきい値電圧のばらつきと強い相関があることを明らかにし、その原因としてイオン注入によって導入したシリコン原子の熱処理による活性化率が組成変動に依存してばらつくことを推定している。さらに結晶成長条件についても検討を加え、融液の温度変動の抑制、融液量の増加によって組成ばらつきを抑え、素子特性のばらつきを従来の約1/3以下に低減させることに成功している。

 第4章は「アンドープ半絶縁性GaAs基板結晶の成長縞に沿う組成変動の評価」と題し、素子特性の短距離内ばらつきの主要原因が基板結晶中の短周期の組成変動である可能性を指摘し、これを評価する手段としてフォトルミネッセンス像、化学エッチングによるストリエーションパターン観察およびトランジスタ(FET)列のしきい値電圧の分布、の3種の方法を実行し、それらの相関を詳しく調べることによって幾多の知見を得ている。特に燐イオンを用いた結晶組成制御の実験により、FETしきい値電圧のミクロな不均一性が結晶組成のミクロな変動に対応すること明らかにしている。結晶育成時のるつぼ回転数をパラメータとしてストリエーションパターンを変化させ、素子特性との関係を追跡した結果、るつぼ回転数の最適条件下ではミクロな不均一性を低減し、FETしきい値電圧の変動を従来の1/2以下に抑え得ることを発見している。

 以上から得られる不均一性発生のメカニズムに関する解釈として、結晶成長速度の周期的変動がストリエーションを作り、同時に過剰ひ素原子濃度の縞状分布が偏析理論に支配されて形成される、という考えを提示している。

 第5章は「結言」であって得られた研究成果を要約している。

 以上を要するに、本研究は高性能GaAs集積回路作製の基礎として不可欠な高均質半絶縁性GaAs基板結晶を得るために、深い欠陥準位の空間分布を評価するマイクロ波インピーダンス光伝導測定法の考案、2結晶X線回折による格子ひずみ精密測定法の改良、をおこない、これらとトランジスタしきい値電圧分布との相関を詳しく調べることによって化学量論的組成変動が素子特性変動の主原因であることを明らかにするとともに、結晶成長条件の改善方針を示して、ばらつきの顕著な低減をもたらすことに成功したものであって、半導体電子工学に多大な貢献をなしたものである。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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