GaAsはSiの約5倍という高い電子移動度を持ち、しかも半絶縁性と呼ばれる高抵抗基板結晶が得られることからSiに勝る高性能トランジスタ用基板として注目を集めた。GaAsを用いて高性能の集積回路を作製するためには基板結晶に直接不純物イオンを注入し、活性化アニールで能動層を形成するいわゆるプレーナープロセスが不可欠である。この様なプロセスで集積回路を形成するには大口径で材料の性質が場所的に均一なウエハが必要であり、そのためLEC(Liquid Encapsulated Czochralski)法と呼ばれる引き上げ法による高品質結晶の育成の研究が盛んに行なわれるようになった。しかしこのLEC結晶には、1×104cm-2以上の転位や1×1016cm-3以上の高密度のEL2と呼ばれる固有欠陥に起因する電子捕獲準位が残留しており、均一性の制御に関する課題が多い。 ところで半絶縁性GaAsウエハを用いて高性能集積回路を作製する場合、基本素子となるのがMESFET(MEtal Semiconductor FET)と呼ばれる電界効果型のトランジスタである。この素子の最も基本的なパラメターはトランジスタのオン,オフを決めるゲート電極への印加電圧、即ちしきい電圧Vthで、注入したイオンの活性化率に大きく影響を受ける。従来注入イオンの活性化率の変動は主に基板転位との関わりを基に解析され、高性能集積回路作製の為には基板結晶の無転位化が不可欠と言われてきた。一方、しきい電圧分布に関しては必ずしも転位分布と相関を持たない例も数多く報告されている。これらの例を丁寧に調べると、不純物や深い準位の不均一分布等の影響とも言えず転位が直接不純物の活性化に影響を与えているとする考え方に疑問が出てくる。 本研究では従来イオン注入した不純物原子の活性化率に影響を与える重要な要因として認識されていたにも係わらず、適当な評価方法が無いことから解析されていなかった結晶のノンストイキオメトリと活性化率の関係を中心に解析を進めた。 始めにGaAs結晶の組成と密接に関係するEL2の評価方法について検討した。これまで、素子作製に用いられる0.5mm程度の厚さの半絶縁性GaAsウエハ中に含まれるEL2濃度を求めることは難しいため、素子特性に与える影響などを正確に把握することが困難であった。本研究においてマイクロ波のインピーダンス変化を測定することにより、非破壊でEL2濃度を評価する方法を開発した。図1にマイクロ波インピーダンス法を用いて測定した半絶縁性ウエハ内のEL2濃度分布測定例を示す。図に示す様なEL2濃度の定量測定を非破壊且つ短時間に行うことが可能となり、EL2の素子特性に与える影響を明らかにすることが出来た。 図1 マイクロ波法によるEL2濃度分布測定例 次にGaAs結晶の組成の評価法について検討した。X線2結晶法を基本とし、結晶格子の傾きによる影響を完全に除去可能なX線2結晶ダブルビーム法を用い格子定数を精密測定したところ、GaAsの格子定数は組成と密接な関係があることが分かった。図2にX線2結晶ダブルビーム法を用いて測定した格子歪みの結晶インゴット内分布を示す。図中2本の曲線A,Bは初期の融液組成がそれぞれAsリッチ及びGaリッチの条件から成長した結晶に対応する。Asリッチ融液から成長した場合結晶中の組成もAsリッチとなり格子歪みは増加し、逆にGaリッチ組成の融液から成長すると格子歪みは減少する。即ち、格子歪み測定により結晶中の組成の情報を得ることを可能とした。 図2 LECGaAsの結晶育成方向の格子歪み分布 これらの評価法を用いて半絶縁性GaAs結晶を評価し、結晶の成長条件との対応関係を調べた。図3にインゴットの外形と格子歪み分布の関係を示す。図からインゴットの外形が大きくなる場所で格子歪みも増大していることがわかる。これから、融液中の過剰Asは不純物の偏析の式に従い結晶中に取り込まれる事が明らかとなった。即ち ここで、Keffは過剰のAsの実効偏析係数,K0は過剰Asの平衡偏析係数,は固液界面の拡散層の厚み,Dは融液中のAsの拡散係数,fは結晶の固化速度である。 図3 結晶の外形と格子歪みの関係 図3と同様の組成分布は図4に示すようにストリエーション、即ちミクロな成長縞に沿っても同じように存在し、ウエハ面内のEL2濃度変動等を引き起こすことが結晶組成分布及び化学エッチングによるストリエーション観察等から明らかとなった。 図4 インゴット内の組成変動を示すモデル 一方結晶組成は図5に示すように、ウエハ上に作製したFET素子のしきい電圧分布に大きな影響を与える。これはイオン注入した不純物の活性化率が結晶組成に大きく依存するためと考えられる。そこでGaAs集積回路の基板結晶として好適な組成分布の少ない結晶を得るために結晶育成中の成長速度変動を最小限に抑制し、図6に示す様に格子歪み及びしきい電圧の均一な結晶を育成することを可能とした。 図5 格子歪みとしきい電圧の関係図6 成長条件を改良して育成したGaAs結晶のウエハ面内格子歪みとしきい電圧分布 |