情報分野における光技術の進歩はめざましく、通信や、コンピューターの入出力機器、大容量メモリーなどに光応用機器が広く使われるようになってきた。なかでも光メモリーはコンピューターだけではなく、音楽や映像の記録、再生機器として広く普及するに至っている。本研究はこの光メモリーの中枢をなす光ピックアップヘッドに関するものである。現在、光ヘッドは個別部品のアセンブリーで作られているが、エレクトロニクスの例を持ち出すまでもなく、集積化を果たすことは長年の夢である。小型軽量化、低コスト化、信頼性の向上など集積化によって得られるメリットは少なくない。これを実現する方法の一つに光導波路の利用が提案され、これまで多くの研究がなされてきたが、技術的に困難な点がいくつか残されており、実用化を阻んでいる。その一つに光源の波長変動の許容幅が非常に狭いことが挙げられ、現状の半導体レーザー技術では波長変動やばらつきをその許容範囲内に収めることはできない。また導波路の等価屈折率が変動しても同様の集光特性の劣化が生じる。これらの困難は、回折現象を使っている導波路型光ヘッドでは避けることのできない本質的な問題であると考えられてきた。ところが本論文の著者は、同心円集光グレーティングカプラという新しいアイディアに基づいた光ヘッドを提案し、回折を使っていても許容幅を格段に広げられることを見いだし、その光学特性を詳細に解析した。さらに、この光ヘッドの作製法について研究し、実際に主要部分を試作し、高い性能を実証した。 本論文は9章からなる。 第1章「序論」では、研究の背景と、本研究の概略が述べられている。 第2章「グレーティングレンズの収差解析」では、回折格子を用いたレンズ一般に適用できる、波面収差論に基づいた収差解析が行われている。本章における解析はグレーティングレンズが正弦条件を満足しないことを認めるところから出発している。つまり、結像を目的とする屈折系のレンズはほとんど例外なしに正弦条件を満足するため、従来の結像の回折理論は正弦条件を前提としていた。著者はこのような理論をグレーティングレンズに適用するのは間違えであり、正弦条件を外したより一般的な理論が必要であることを看破し、回折式の修正を提案した。この新しい理論を用いて、球面収差、色収差、軸外の収差などを論じている。 第3章「同心円集光グレーティングカプラ(以降CFGCと略記する)の集光特性解析」では、幾何光学的な取り扱いから出発し、前章の議論を加味し、CFGCの集光特性を論じている。ここで、レーザー光源の波長変動に対してCFGCが広い許容幅を持つことが明解に述べられている。また、CFGCの特徴として、通常の直線偏光と、局所的には直線偏光であるがその直線の向きが同心の円に接するように空間的に変化する偏光(これを著者は同心円偏光と呼んでいる)を変換する素子が必要になることを指摘している。この素子の具体的な実現例については第7章で述べられる。 第4章「回転非対称な誤差に対するCFGCの収差解析」では、製作過程で発生する回転対称ではない誤差の許容範囲を論じている。この解析から製造公差の見積が可能になる。 第5章「輪帯開口と光ディスク基板で発生する収差の解析」では、基板の厚さや屈折率の揺らぎなど基板に起因する誤差の収差解析がなされ、現行方式との性能比較が行われた。 第6章「CFGCの入力結合効率」では、外部からの光の結合効率について論じている。以上、第3章から第6章にかけて、CFGCの基本的な光学特性の解析が述べられている。 第7章「CFGCを用いた光ヘッドの特徴」では、従来型光ヘッドとの比較においてCFGC光ヘッドの興味深い特徴を述べている。第1に、グレーティングカプラを液晶と組み合わせ、液晶の屈折率を変化させることにより、焦点距離を変えることが可能であることを指摘している。これが可能であれば、従来アクチエーターでレンズを移動させて制御していたオートフォーカス機構から機械的な部分を取り除くことができる。次に、液晶を用いた直線偏光と同心円偏光を変換する素子について、それを試作し、特性を調べた結果が述べられている。続いて、CFGCを用いた信号の検出について、理論的な考察がなされている。 第8章「円錐波面干渉法によるCFGCの作製と集光実験」は、本研究の中核となる実験部分を記述したものである。従来よりグレーティングの作製法としては、ホログラフィック干渉法と電子ビーム描画法がよく用いられている。著者はこの2つの方法を詳細に吟味し、作製精度とくに周期精度と製作可能な面積などの点においてホログラフィック干渉法のほうがより適しているとの結論に達した。著者は円錐型の波面の干渉により所望のグレーティングピッチの分布を得ることを目的に、特殊な母線形状をもった円錐レンズの設計を行った。これに基づき実際にCFGCを製作し、その集光スポットの形状を測定した。始めは不満足な結果であったが、種々の改良を加えて加工精度を上げ、最終的には回折限界に近い0.5m×0.7mのスポットを得た。これは、集光グレーティングカプラとしてはこれまでの最小の記録である。 第9章はまとめに充てられている。 以上を要するに、本研究は同心円集光グレーティングカプラという新しい着想に基づき、従来の回折型素子に共通の弱点であった波長変動に対する厳しい制約条件を大幅に緩和し、導波路型光ピックアップヘッドの実用化の道を開いた点において工学的価値が認められる。また、その研究の過程で、直線偏光-同心円偏光変換素子や、円錐状波面の干渉によるグレーティング作製法など、物理工学の観点から興味深く、応用の可能性の高い技術の開発が行われた。これらの結果は物理工学とくに応用光学の研究に貢献するところ大である。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |