学位論文要旨



No 211802
著者(漢字) 西脇,青児
著者(英字)
著者(カナ) ニシワキ,セイジ
標題(和) 同心円集光グレーティングカプラの光学特性と作製法の研究
標題(洋)
報告番号 211802
報告番号 乙11802
学位授与日 1994.05.19
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第11802号
研究科 工学系研究科
専攻 物理工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 黒田,和男
 東京大学 教授 伊藤,良一
 東京大学 教授 渡部,俊太郎
 東京大学 教授 藤井,陽一
 東京大学 教授 荒川,泰彦
内容要旨

 光を集光する素子の一つにFGC(Focusing Grating Coupler)があり、その集光特性の解析や試作、評価が行われている。またFGCを用いた光ヘッドの集積化が提案され、基本的な集光、受光の特性評価が行われている。しかしFGCはその放射光の回折角が光源の波長と導波層の等価屈折率に依存し、これらの誤差に伴う大きな収差(主に非点収差やコマ収差)の発生が指摘されている。また高精度で微細なグレーティングの加工が難しく、大開口が要求される光ヘッドへの応用は難しいとされている。このような背景のもとに著者らはグレーティングを同心円形状にしたカプラCFGC(Concentric-circular Focusing Grating Coupler,同心円集光グレーティングカプラ)と、その加工法である円錐波面干渉法を提案した。図1はCFGCを用いた光ヘッドの断面構成を示している。半導体レーザーから出射した光は液晶を用いた偏光変換素子によって同心円偏光(電気ベクトルが円接線方向にある偏光)に変換され、同心円状グレーティングの円形カプラCGC(Concentric-circular Grating Coupler)に入力し、導波層内を中心Oから径方向に沿って伝播するTEモード導波光を励起する。この光はCGCに同心して形成された輪帯カプラCFGCより放射され、中心Oを通る導波層法線上の点F(光ディスク反射面)に集光する。CFGCからの放射光は同心円偏光であり、その集光性を高めるため偏光変換素子で直線偏光に変換されている。光ディスクからの反射光は偏光変換素子により再び放射時の偏光状態に戻されてCFGCに入力し、導波層内を中心Oに向かうTEモード導波光を励起する。この帰還光はCGC,CFGC間の輪帯領域に形成された平面Y分岐で分離され、Si基板上に形成された受光素子で検出される。

図1.CFGCを用いた光ヘッド

 正弦条件を満たさない光学系での回折式の取り扱いを議論した後に収差特性を解析した結果、著者はCFGCに以下の特徴を見いだしている。

(特徴1)波長,等価屈折率の誤差に強い。

 CFGCは回転対称な構成であり、回転非対称な収差は除去される。さらに波長や等価屈折率の誤差によって発生する収差も輪帯開口の最適化によりStrehl強度劣化の少ない焦点移動として作用するので、焦点制御下にある光ヘッドでは問題が少ない。例えば、軸上光強度の劣化が5%まで許容できるものとすれば、NA=0.46〜0.61の輪帯開口で波長誤差、等価屈折率誤差とも同時に±1.3%まで許容でき、これらの誤差に弱かった従来のFGCに対し大きな利点である。

(特徴2)高い集光性を得るには偏光変換が必要。

 CFGCから放射する光は電気ベクトルの方位が揃っていないので集光性能は悪い。従って偏光状態を直線偏光に変換する必要がある。図2は液晶を用いてこの変換を実現する素子の構成図である。素子は表面をラビング処理した2枚のガラス基板A,Bの間にネマティック液晶を充填することで構成される。各ガラス基板表面のポリイミド膜をラビング処理(A側を回転方向,B側を直線方向に処理)することで、液晶層がA側で円接線方向に、B側で直線方向に配向している。一般に膜厚の最適化されたTN型液晶層に直線偏光の光が入射すると、液晶分子のねじれに沿って光の振動面が回転する。試作の結果、B側から入射する直線偏光の同心円偏光への変換、A側から入射する同心円偏光の直線偏光への変換が確認され、変換に伴う収差も小さい。

図2.液晶を用いた偏光変換素子
(特徴3)高密度信号再生の可能性。

 CFGCは大開口で輪帯の設計(例えばNA=0.45〜0.70)が可能である。輪帯開口はサイドローブは盛り上がるがメインローブ径の小さいスポットが得られる。サイドローブの盛り上がりはクロストークや符号間干渉の増大を起こすが、2階微分検出法の採用でキャンセルでき、メインローブ径に応じた高密度信号の再生が可能である。計算によれば、円形開口(NA=0.70)の1.5倍、CD光学系(NA=0.45)の3倍以上の高密度信号を再生できる。さらにCFGCは焦点位置に置かれた発光点の変位が入力結合における位相整合条件を乱し結合効率の低下を起こすので、共焦点光学系に類似した効果を示す。計算の結果、この効果でdefocusによる検出特性の劣化を圧縮できることが示されている。

 以上の特徴の確認に並行して、CFGCの回転非対称な誤差に対しても解析を進め、その誤差の許容値を明らかにする一方、光ディスク基板を通過する際に発生する収差についても考察を加えた。特に回転非対称な誤差に関する解析ではグレーティングの加工に高い精度が要求されることが明らかになり、円錐波面干渉法提案の伏線となっている。図3は円錐波面干渉法の原理図であり、レーザー光はピンホール付きのビームエクスパンダーでノイズを除去しながら拡大され、円錐体に近い形状のレンズ(干渉レンズ)に導かれる。干渉レンズを屈折する回転対称な光線群(aとB,Aとb等)は試料基板上で干渉し、挟ピッチの同心円干渉縞を形成する。この干渉縞を用いて試料基板上のフォトレジストを感光し、これを現像,エッチングすれば、同心円状の周期的グレーティングパターンが得られる。本論では干渉レンズの母線形状とCFGCの収差の関係を明らかにした後、実際に干渉レンズの設計と加工を実行し、導波層上のレジストを露光して、直径0.4mmのCGCと焦点距離2mm,直径2.0〜4.0mmのCFGCのサンプルを作製した。半導体レーザー(波長820nm)を光源とした実験では、液晶を用いた偏光変換素子と組み合わせて、回折限界に近い強度半値径0.5×0.7mの集光スポットを得ている。

図3.円錐波面干渉法の原理
審査要旨

 情報分野における光技術の進歩はめざましく、通信や、コンピューターの入出力機器、大容量メモリーなどに光応用機器が広く使われるようになってきた。なかでも光メモリーはコンピューターだけではなく、音楽や映像の記録、再生機器として広く普及するに至っている。本研究はこの光メモリーの中枢をなす光ピックアップヘッドに関するものである。現在、光ヘッドは個別部品のアセンブリーで作られているが、エレクトロニクスの例を持ち出すまでもなく、集積化を果たすことは長年の夢である。小型軽量化、低コスト化、信頼性の向上など集積化によって得られるメリットは少なくない。これを実現する方法の一つに光導波路の利用が提案され、これまで多くの研究がなされてきたが、技術的に困難な点がいくつか残されており、実用化を阻んでいる。その一つに光源の波長変動の許容幅が非常に狭いことが挙げられ、現状の半導体レーザー技術では波長変動やばらつきをその許容範囲内に収めることはできない。また導波路の等価屈折率が変動しても同様の集光特性の劣化が生じる。これらの困難は、回折現象を使っている導波路型光ヘッドでは避けることのできない本質的な問題であると考えられてきた。ところが本論文の著者は、同心円集光グレーティングカプラという新しいアイディアに基づいた光ヘッドを提案し、回折を使っていても許容幅を格段に広げられることを見いだし、その光学特性を詳細に解析した。さらに、この光ヘッドの作製法について研究し、実際に主要部分を試作し、高い性能を実証した。

 本論文は9章からなる。

 第1章「序論」では、研究の背景と、本研究の概略が述べられている。

 第2章「グレーティングレンズの収差解析」では、回折格子を用いたレンズ一般に適用できる、波面収差論に基づいた収差解析が行われている。本章における解析はグレーティングレンズが正弦条件を満足しないことを認めるところから出発している。つまり、結像を目的とする屈折系のレンズはほとんど例外なしに正弦条件を満足するため、従来の結像の回折理論は正弦条件を前提としていた。著者はこのような理論をグレーティングレンズに適用するのは間違えであり、正弦条件を外したより一般的な理論が必要であることを看破し、回折式の修正を提案した。この新しい理論を用いて、球面収差、色収差、軸外の収差などを論じている。

 第3章「同心円集光グレーティングカプラ(以降CFGCと略記する)の集光特性解析」では、幾何光学的な取り扱いから出発し、前章の議論を加味し、CFGCの集光特性を論じている。ここで、レーザー光源の波長変動に対してCFGCが広い許容幅を持つことが明解に述べられている。また、CFGCの特徴として、通常の直線偏光と、局所的には直線偏光であるがその直線の向きが同心の円に接するように空間的に変化する偏光(これを著者は同心円偏光と呼んでいる)を変換する素子が必要になることを指摘している。この素子の具体的な実現例については第7章で述べられる。

 第4章「回転非対称な誤差に対するCFGCの収差解析」では、製作過程で発生する回転対称ではない誤差の許容範囲を論じている。この解析から製造公差の見積が可能になる。

 第5章「輪帯開口と光ディスク基板で発生する収差の解析」では、基板の厚さや屈折率の揺らぎなど基板に起因する誤差の収差解析がなされ、現行方式との性能比較が行われた。

 第6章「CFGCの入力結合効率」では、外部からの光の結合効率について論じている。以上、第3章から第6章にかけて、CFGCの基本的な光学特性の解析が述べられている。

 第7章「CFGCを用いた光ヘッドの特徴」では、従来型光ヘッドとの比較においてCFGC光ヘッドの興味深い特徴を述べている。第1に、グレーティングカプラを液晶と組み合わせ、液晶の屈折率を変化させることにより、焦点距離を変えることが可能であることを指摘している。これが可能であれば、従来アクチエーターでレンズを移動させて制御していたオートフォーカス機構から機械的な部分を取り除くことができる。次に、液晶を用いた直線偏光と同心円偏光を変換する素子について、それを試作し、特性を調べた結果が述べられている。続いて、CFGCを用いた信号の検出について、理論的な考察がなされている。

 第8章「円錐波面干渉法によるCFGCの作製と集光実験」は、本研究の中核となる実験部分を記述したものである。従来よりグレーティングの作製法としては、ホログラフィック干渉法と電子ビーム描画法がよく用いられている。著者はこの2つの方法を詳細に吟味し、作製精度とくに周期精度と製作可能な面積などの点においてホログラフィック干渉法のほうがより適しているとの結論に達した。著者は円錐型の波面の干渉により所望のグレーティングピッチの分布を得ることを目的に、特殊な母線形状をもった円錐レンズの設計を行った。これに基づき実際にCFGCを製作し、その集光スポットの形状を測定した。始めは不満足な結果であったが、種々の改良を加えて加工精度を上げ、最終的には回折限界に近い0.5m×0.7mのスポットを得た。これは、集光グレーティングカプラとしてはこれまでの最小の記録である。

 第9章はまとめに充てられている。

 以上を要するに、本研究は同心円集光グレーティングカプラという新しい着想に基づき、従来の回折型素子に共通の弱点であった波長変動に対する厳しい制約条件を大幅に緩和し、導波路型光ピックアップヘッドの実用化の道を開いた点において工学的価値が認められる。また、その研究の過程で、直線偏光-同心円偏光変換素子や、円錐状波面の干渉によるグレーティング作製法など、物理工学の観点から興味深く、応用の可能性の高い技術の開発が行われた。これらの結果は物理工学とくに応用光学の研究に貢献するところ大である。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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