学位論文要旨



No 211805
著者(漢字) 加藤,吉彦
著者(英字)
著者(カナ) カトウ,ヨシヒコ
標題(和) マイクロ波放射計測技術の高度化に関する研究
標題(洋)
報告番号 211805
報告番号 乙11805
学位授与日 1994.05.19
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第11805号
研究科 工学系研究科
専攻 計数工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤村,貞夫
 東京大学 教授 北森,俊行
 東京大学 教授 森下,巌
 東京大学 教授 水町,守志
 東京大学 教授 廣澤,春任
内容要旨

 「マイクロ波放射計測」は、リモートセンシングや電波天文におけるように物体からの熱放射波を受信しその強度(「アンテナ雑音温度」)を測定したり、また、それらや、通信、放送などに用いられる受信機や回路素子の雑音特性(「入力端換算雑音温度」、「雑音指数」)の測定に必要な「標準雑音源」の出力(「雑音温度」)を測定することである。また、「マイクロ波放射計測技術」は、この「標準雑音源」と、リモートセンシングや電波天文で用いる受信機や標準雑音源の測定に用いる比較装置としての「放射計」に係わる技術である。このようなマイクロ波放射計測技術に対して、近年、マイクロ波の利用技術の著しい発達に伴う受信機器のより一層の低雑音化、広帯域化、高周波化(ミリ波を含む)や、リモートセンシングや電波天文における観測対象の多様化や複雑化に伴う受信周波数の多重化、高周波化、受信偏波(水平・垂直)の多重化などによって、より一層高度化が要求されるようになった。本論文は、これに応えるべく行った研究をまとめたものであり、全体が10章から構成されている。なお、本論文では、電波天文は研究の対象としていないが、その理由は、電波天文では、一般に、扱う電波の強度が極めて小さく、また、スペクトル分析による物質の同定を重視するため、放射計の規模や性能が、標準雑音源の測定やリモートセンシングに用いるものと大きく異なるからである。

 第1章は「序論」で、マイクロ波放射計測技術の「高度化」、その技術内容、高度化内容、本論文で取り上げる研究内容について述べている。マイクロ波放射計測技術の「高度化」は、計測技術における高度化との関連に基づく考察から、測定装置である標準雑音源と放射計に係わる基本的な機能、性能である「信号特性(雑音温度、周波数、偏波)測定能力」、「測定範囲」、「精度」、「感度」、「安定度」を高めることとしている。マイクロ波放射計測技術は「標準雑音源の測定技術」と「放射計の回路技術」に分け、その技術内容を、前者においては、一次標準としての高低2つの熱雑音源(「高温標準」と「低温標準」)の「製作」とその雑音温度の「評価」、ならびに、それによる二次標準の「校正」とし、後者においては、雑音源の精密測定用ならびにリモートセンシング用に適した回路構成方式の研究としている。高度化内容は、冒頭に述べたマイクロ波機器や利用における近年の状況を踏まえ、標準雑音源の測定技術においては「高精度化」を基本に据え、さらに雑音温度の「低レベル化(100K程度以下)」、「高安定化」、周波数の「広帯域化」、また、放射計の回路技術においては「高安定化」を基本に据え、さらに用途に応じて、雑音温度の「低レベル化」、「高精度化」、「高感度化」、周波数における「広帯域化」あるいは「多重化」ならびに「高周波化(ミリ波化)」、偏波の「多重化」としている。本論文における具体的な研究内容は、前述の技術内容と高度化内容、ならびに、以下に述べる標準雑音源と放射計を構成する線路(「導波管」と「同軸」)の特性、現状技術との関連において定めている。すなわち、導波管は構造が単純、堅牢で、周波数帯は狭帯域ではあるがミリ波まで用いられ、一方、同軸は構造は複雑であるが小型・軽量、広帯域であり、この結果、導波管は高精度化が重視される場合あるいはミリ波において、また、同軸は広帯域化、小型化が重視される場合に用いられる。このことから、標準雑音源においては、ミリ波までの導波管と同軸に適用できる高精度な評価法、導波管同士間での高精度な校正法、導波管標準による同軸雑音源の高精度な校正法、高低2つの高精度、高安定な一次標準が必要であり、また、放射計においては、安定度の点から望まれる差動型(ディッケ型あるいは相関型)における、低雑音測定の高精度化(主要誤差要因の影響の軽減化あるいは除去)、広帯域化、高周波化(ミリ波化)、偏波多重化に適した回路構成方式の開発が必要である。

 以上の事柄より、具体的な研究内容を、雑音源の測定技術においては、「導波管低雑音源の製作ならびに校正の高精度化技術」、「導波管標準による同軸雑音源の高精度校正法」、「室温同軸雑音源の高安定化と評価の高精度化技術」、「同軸ならびにミリ波導波管雑音源の高精度評価法」、また、放射計の回路技術においては、「広帯域化のための放射計の回路構成方式」、「反射に無関係に校正を行うための放射計の回路構成方式」(低雑音測定における誤差要因の一つである雑音源と反射係数による誤差の影響の除去を目的とする)、「ミリ波受信のための放射計の回路構成方式」、「水平・垂直偏波同時受信のための放射計の回路構成方式」としている。

 第2章「導波管低雑音源の製作ならびに校正の高精度化技術」においては、雑音温度が100K程度以下の雑音源の校正の高精度化を実現するために、2つの一次標準として高精度化と安定化の点から液体窒素と氷点による熱雑音源が適していること、また、放射計として、雑音源の評価、校正の際の主要な誤差要因である感度と安定度を高め、かつ雑音源の反射係数と比較用減衰器の誤差の影響を軽減するため、零位平衡方式によるディッケ型とし、そのフロントエンド部のアイソレータ、サーキュレータスイッチ、レファレンス雑音源などを液体窒素で冷却することが必要であることを示し、さらに、これらを用いた高精度な校正手法を示している。これに基づき、周波数として高精度化が望まれている商用宇宙通信のダウンリンクバンドである4GHz帯を選び、液体窒素冷却ならびに氷点標準雑音源と放射計を製作し、評価の高精度化と、100K以下の雑音温度での校正の高精度化(0.13K)を実現している。

 第3章「導波管標準による同軸雑音源の高精度校正法」においては、低雑音温度の同軸雑音源を導波管標準により校正する際に、同軸・導波管変換器の有能電力比の測定誤差が主要な誤差要因となる従来の方法に代わり、有能電力比の測定を不要とし、放射計による雑音源の比較測定のみにより直接、高精度に校正を行う方法を提案し、解析により、本方法が従来の方法に比べ優れていることを示している。

 第4章「室温同軸雑音源の高安定化と評価の高精度化技術」においては、同軸による高温標準雑音源の温度として、高安定化、高精度化の点から氷点より室温により近いフェノキシベンゼンの温度三重点(300.1K)が適していることを示し、SMA3mm同軸系による雑音源を用いた試験により、従来に比べ長時間安定性、精度、再現性に優れていることを示している。

 第5章「同軸ならびにミリ波導波管雑音源の高精度評価法」においては、測定と誤差評価が複雑なため構造が複雑な同軸やサイズが小さいミリ波導波管熱雑音源の高精度化が困難な従来の評価法に代わり、測定と誤差評価が比較的容易で高精度化が実現できる新しい方法を提案している。これは、評価すべき雑音源の伝送線路と類似の補助線路を用い、雑音の比較測定と雑音源の終端抵抗の物理温度の測定だけから直接、雑音温度を求めるもので、解析により従来の方法に比べ優れていることを示している。

 第6章「広帯域化のための放射計の回路構成方式」においては、サーキュレータスイッチの周波数帯域(比帯域が10〜15%)により制約を受け広帯域化が困難なディッケ型に代わり、スイッチを用いる必要のない相関型に注目し、前段部のハイブリッド結合器として、従来の3dB、0°/180°型に代わり、これより本質的に広帯域化に適した特性を有する3dB、0°/90°型を用いて実現する方式を提案している。これにより、2〜12GHzを1式で、1〜18GHzを2式で実現可能としている。

 第7章「反射に無関係に校正を行うための放射計の回路構成方式」においては、低雑音源の校正において主要な誤差要因となる雑音源と放射計の反射係数の無視あるいはその測定誤差の影響を軽減するため、第6章で提案した広帯域相関型放射計に、内部より入力側に雑音を供給する回路を設け、この雑音と入力からの雑音とを平衡させることにより、雑音源の反射に無関係に零位比較を行う方式を提案している。これは、雑音供給回路中のサーキュレータの周波数特性に主に依存するが,広帯域化も可能である。

 第8章「ミリ波受信のための放射計の回路構成方式」においては、低損失なミリ波スイッチが得られず実現できないディッケ型を、入力信号とレファレンス信号に異なる周波数を割り当て区別し、両者を中間周波帯で切り換え受信することにより実現する方式を提案している。100GHz帯での試験により、その有用性を実証している。

 第9章「水平・垂直偏波同時受信のための放射計の回路構成方式」においては、ディッケ型に、リモートセンシングにおいて望まれる水平・垂直偏波信号の同時受信機能を持たせるため、時分割受信としながらそれに伴う感度の低下を抑制し、かつ、低コスト化、小型・軽量化を図った方式を提案している。これは、各偏波のディッケモードに異なる周波数を割り当て区別し、主要なマイクロ波回路素子を共用することにより実現するものである。製作した放射計を用い、野外水槽実験によりその有用性を実証している。

 第10章は「結論」で、本研究の成果をまとめ、今後の課題と展望を述べている。

審査要旨

 近年,マイクロ波の利用技術の著しい発展に伴う受信機器の低雑音化,広帯域化,高周波化の要請により,また,一方ではリモートセンシングや電波天文における観測対象の多様化・複雑化に伴う受信周波数の多重化,高周波化,受信偏波の多重化などの要請によりマイクロ波放射計測技術に一層の高度化が要求されるようになっている.

 本論文は,マイクロ波帯において,熱放射波を受信してその強度を測定する技術と,通信・放送用の受信機や回路素子の雑音特性の測定に必要な標準雑音源の作成や出力測定の技術を対象として,その高度化を実現する新しい手法を述べている.すなわち,標準雑音源と,受信機や雑音源の測定に用いる放射計に係わる技術を扱っており全体が10章から構成されている.

 第1章は「序論」で,マイクロ波放射計測技術における従来技術の問題点を概観し,その機能・性能同上に要求される高度化の内容とその技術的実現方法に関連させて本論文の構成を記述している.

 第2章は「導波管低雑音源の製作ならびに校正の高精度化技術」と題し,数十GHz以下の周波数帯で,雑音温度が100K以下の雑音源の校正の高精度化を実現する方法を示している.標準雑音源として液体窒素温度と氷点に冷却した無反射終端抵抗体を用い,また,放射計として主要回路素子を液体窒素で冷却した零位平衡方式(ディッケ型)を用いて,標準雑音源の反射係数と減衰器の誤差の影響を軽減し,雑音源の評価と校正の高精度化が実現できるとしている.これらに基づき具体的な校正手法を示し,実際に,4GHz帯において,液体窒素温度ならびに氷点での標準雑音源と放射計を製作し,校正の高精度化を達成している.

 第3章「導波管標準による同軸雑音源の高精度校正法」においては,同軸雑音源を導波管系で校正する際の高精度化を実現する方法を提案している.従来は,同軸雑音源の校正に際し同軸・導波管変換器を付け導波管系として測定し有能電力比を得ていたが,回路因子の影響を除くことが,特に低雑音源に対しては困難で,高精度が得られていなかった.本論文では,導波管系としての測定と,雑音源を導波管標準雑音源に付け換えて同軸系としての測定を行い,両有能電力比の比を求めることにより,誤差を生ずる回路因子の影響を互いに相殺することで高精度を実現するものである.解析により,本方法が従来に比べ精度の点で優れていることを示している.

 第4章「室温同軸雑音源の高安定化と評価の高精度化技術」においては,高安定性を考慮して,雑音源の出力端部温度である室温に近いフェノキシベンゼンの三重点(300.01K)を利用した同軸系標準雑音源を構成して試験を行い,長時間安定性,精度,再現性において氷点を用いる従来の方法に比べて優れていることを示している.

 第5章「同軸ならびにミリ波導波管雑音源の高精度評価法」においては,比較的容易な測定により高精度が実現できる新しい評価法を提案している.構造が複雑な同軸や寸法の小さいミリ波導波管熱雑音源(無反射終端器と伝送線路)に対して,従来の方法では雑音温度の評価と誤差評価が困難であった.ここでの方法は,評価すべき雑音源の伝送線路の他に類似の2本の補助線路を用意し,雑音源の無反射終端抵抗体にこれら3本の線路を順次付け換えてできる雑音源の測定を行うことにより,未知数の数に等しい数の独立な方程式を得て,放射計の出力値と雑音源の物理温度などから,伝送線路の雑音温度への寄与の大きさを求めて評価を行うものである.

 第6章「広帯域化のための放射計の回路構成方式」においては,相関型受信方式にハイブリッド結合器を適用して広帯域化を実現する回路方式を提案している.従来用いられてきたディッケ型ではサーキュレータスイッチの周波数帯域により制約を受け広帯域化が困難であった.同じ差動型で,スイッチを用いる必要のない相関型を用い,前段部のハイブリッド結合器として,従来用いられてきた0°/180゜型の反射の影響を軽減して,広帯域化が実現できる0°/90゜型を用いる方式を提案し,実験によりその有用性を検証している.これにより,1〜18GHzに亙る広帯域化が容易に実現できるとしている.

 第7章は「反射に無関係に校正を行うための放射計の回路構成方式」と題し,雑音源の反射に無関係に雑音温度の比較を直接行う方式を提案している.低雑音源の校正における主要な誤差要因の一つは雑音源と放射計の反射係数を無視することと,反射係数の測定誤差によって生じている.前章で述べた広帯域相関型放射計を基本構成とし,内部より入力端に雑音を供給する回路を設け,この雑音と入力端での雑音源からの雑音とを平衡させることにより,上述の反射係数を測定に無関係とし,誤差要因を避けることができる.

 第8章「ミリ波受信のための放射計の回路構成方式」においては,入力信号と参照信号に異なる周波数を割り当てて区別し,両者を中間周波帯で時間的に切り換えて受信することによりミリ波受信を実現する方式を提案している.従来は低損失なミリ波スイッチが得られずに実現できなかった差動型を,周波数分割方式とすることにより実現し,100GHz帯で実際に放射計を構成して試験を行い,その有用性を示している.

 第9章は「水平・垂直偏波同時受信のための放射計の回路構成方式」と題し,時分割方式で水平・垂直偏波を同時受信する方法を示している.これは,リモートセンシングで用いられるディッケ型放射計に水平・垂直偏波信号に異なる周波数を割り当てて区別し,S/Nを低下させずに同時受信機能を持たせ,また,主要なマイクロ波回路素子を共用することにより低価格化,小型・軽量化を図るものである.15GHz帯で放射計を製作し,野外水槽実験によりその機能を確認している.

 第10章は「結論」で,本研究の成果をまとめ,今後の課題と展望を述べている.

 以上要するに,本論文は,マイクロ波放射計測技術の高度化を目的として,安定な標準雑音源や高精度校正技術の実現,および,放射計の回路構成における高精度化や複合機能実現のために新たな方法を開発してその有用性を示したもので,計測工学に寄与するところが大きい.よって,博士(工学)の学位論文として合格と認める.

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