将来のエネルギー原と考えられる核融合炉では、燃料として水素同位体である重水素、トリチウムが使用される。これらを燃料として使用していくためには、これらを含むガスの非同位体分離(水素精製)及び同位体分離の技術が必要である。本研究は、パラジウム合金膜透過速度が水素同位体によって異なることに着目して、水素同位体分離手法として用いるために必要な基礎的現象(透過速度、分離の際の拡散境膜の分離への影響、流れ様式の効果等)の測定・解明及び分離装置として膜塔を用いた場合の設計手法の確立を目指したものである。本論文は7章で構成され、以下に各々の内容を述べる。 第1章では種々の水素同位体分離について既往の研究について述べると共に、パラジウム合金膜が水素精製手法として実績があり、水素同位体分離についても装置が簡単で制御し易くインベントリーが小さいこと等、本分離方法が他の分離方法と比較し、優れていると予想されることから、本研究の位置づけ、意義と目的について述べた。 第2章では、パラジウム、パラジウム合金と水素同位体との相互作用として溶解度、透過速度、拡散係数について今までの研究データを調査し、本研究で用いたパラジウム合金膜の値と比較・検討した。その結果、同じオーダーの値であり、通常の性能であることを確認した。また水銀、ろう材の溶加材が永久被毒の原因となることについて示した。 第3章では実験装置・方法について述べた。被毒の問題からパラジウム合金膜の実験装置への取付は金ろうを用い、水銀は除去する機構を設けた。放射性同位元素であるトリチウムを取り扱うことから安全に取り扱えるためのグローブボックスの設計・製作を行い、十分に機能することを確かめた。トリチウムの測定装置として、減圧状態でも測定できる検出器を設計・製作した。検出下限は3×10-4Ci/ccであり十分な検出感度があった。 第4章では、本研究で用いたパラジウム合金膜に対する水素同位体の基本的な性質である溶解度、透過速度について明かにした。水素同位体の溶解度は平衡圧の0.52乗に比例し、Sieverts則である0.5とほぼ同様の値が得られた。水素同位体である水素(H)、重水素(D)、トリチウム(T)の溶解度の比はH:D:T=1.72:1.42:1であった。また、混合系の溶解度は、平衡圧の純成分の溶解度の成分比に比例した。透過速度については、上流側圧力の0.62乗に比例し、拡散係数の圧力依存性があることが推定された。透過速度の比はH:D:T=2.05:1.61:1であった。但し、Tについては純成分の測定ができないことから、同位体混合ガスの溶解度、透過速度を表す式を用いて純成分の値を計算により求めた。 第5章では、膜分離では拡散境膜の影響があると考えられることから、水素同位体、水素・ヘリウム系について、数値計算法を用いて実験データの解析を行った。 先ず境膜理論で境膜のある場合と無い場合について計算を行い、境膜の存在を明らかにした。しかし、境膜理論による解析では、境膜物質移動係数が3〜5cm/sとなり、境膜の厚みが鞘管の内径より大きくなることが判明し、これより実験条件とは物理的に合わないことが分かった。このため、より普遍性のある速度・濃度境界層方程式について、数値解法によりその解を求めた結果、実験データの解と良く合致し、本手法で膜分離現象を解析できることが分かった。 本実験条件下では、2つの方法による値は一見あっているように見えたが、透過速度が大きく(本研究で用いたパラジウム合金膜の5倍程度で十分)なると、境膜理論では境膜の厚みが鞘管より大きいことによる影響が大きくなり、速度・濃度境界層方程式で求めた値とは、はっきりした差異が認められた。また分離係数の差異は小さくてもカスケードを組んだ場合には、段数に大きく影響し正確に求める必要があることから、濃度・速度境解方程式を用いて解析することが必要であることが分かった。 次にH2・D2同位体分離におけるカットと分離係数の関係について、実験値及び数値計算の結果を比較討論した。その結果、流れ様式の効果が大きく現われてくるが1.0に近い部分では、が入口流速に大きく影響されることが分かった。また本実験での流量計の測定では精度が低く、流れ様式の効果についてははっきりした結論は得られなかった。またトリチウムについてものに対する依存性を求めた結果、H2-D2と同様にが増大すると共にが増大し、また同じに対してはトリチウム分率が大きい方がの大きいことが判明した。 第6章では、連続膜塔という概念を導入し、分離装置の設計・考察を行った。本実験及び解析で求めたH,D,Tのパラジウム合金膜透過速度のデータを用い、膜塔としての特性を、圧力及び圧力比、還流比、塔底流量等の変数を変えることにより調べた。 次に、膜塔を用いた分離の1例として、核融合炉での燃料同位体分離について概念設計に従い、膜塔をユニットセルとしてカスケードを組み、各組成と流量の計算を行った。その結果、H,D,Tは十分に分離でき、インベントリーも一日の処理量の約3倍となることが判明した。また、同位体分離の改良の一考察として、Double Membrane Column(DMC)を用いて解析を行い、その有効性を明かにした。 第7章では、本研究の総括を述べ、パラジウム合金膜による水素同位体分離装置を最適化していくための今後の課題について提案した。 (1)パラジウム合金膜の特性向上として処理量の増大、装置小型化の面から、単位面積当たりの透過量の大きい膜が求められる。また、展延性の大きい、膜に形成し易い性質や、耐水素性の良い膜材料が望まれる。 (2)同位体分離現象解析方法の改良として、実際の分離装置に合致した、パラジウム管1本毎に鞘管をかぶせるのではなく多数のパラジウム管を束ねて鞘管1つで構成される装置について、水素同位体ガスの流れ方や拡散境膜の形成についてのモデルを考察し、解析することが望まれる。 (3)分離カスケードの最適化として、膜塔自体の構成方法、カスケードを組む際の条件として膜塔に適した1ユニットあたりの分離程度、操作圧力・温度等、また膜塔ユニットやポンプ台数を考慮した装置の適性化、更にはエネルギーやコスト、使いやすさ等を総合的に考慮したシステムとしての最適化が望まれる。 |