学位論文要旨



No 211809
著者(漢字) 井口,正
著者(英字)
著者(カナ) イグチ,タダシ
標題(和) PWR再冠水期の熱水力学的挙動に関する研究
標題(洋) Study on Thermal-hydraulics during a PWR reflood phase
報告番号 211809
報告番号 乙11809
学位授与日 1994.05.19
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第11809号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 秋山,守
 東京大学 教授 矢川,元基
 東京大学 教授 岡,芳明
 東京大学 教授 班目,春樹
 東京大学 助教授 大橋,弘忠
内容要旨

 PWR大破断冷却水喪失事故時の再冠水期における炉心内の熱水力挙動は、流路が管群であることや水流速が極めて小さく停滞水条件に近いことなどのために、従来広く研究対象とされてきた2相流挙動と異質な面がある。このため、上記の熱水力挙動を構成する素現象のうちには、原子炉安全評価の観点から重要であるにもかかわらず、現象の理解が不十分で、かつ予測精度が充分ではないかまたは適切な予測モデルがないものがあり、事故時の状況を高精度に予測するのに対し障害となっている。そこで、著者は定量的予測を達成する上で重要な素現象を抽出し、現象の解明と計算モデルの構築を行った。最終的には、代表的なPWR形式であるコールドレグ注入型PWR及び複合注入型PWRにおける再冠水挙動を充分な精度で予測する手法を確立することを目標とした。従来の再冠水挙動に関する研究成果を検討することにより、下記の3個の課題が重要であると考え、本研究の対象とした。それぞれの課題に対しては、小規模試験装置による試験結果とPWR模擬の優れた大規模試験装置による試験結果を検討して、以下の結論を得た。

(1)コールドレグ注入型PWRの再冠水期における炉心内ボイド率

 コールドレグ注入型PWRの再冠水期における炉心内ボイド率に関しては、管群流路であることや停滞水条件に近いことのために、研究例は僅かであった。そこで、先ず停滞水条件下の管群流路でのボイド率と、研究例の多い管状流路でのボイド率との差を検討した。その結果、管群流路でのボイド率は管状流路でのボイド率より小さいこと、及びこの差は見かけ気相流速が小さいほど著しく、逆に気相流速が大きくなり気液の乱れが大きくなると小さくなることを明らかにした。このように、管群流路と管状流路とでボイド率に差があるため、再冠水期の管群内のボイド率は、管状流路を基礎にした相関式では予測できない。これに対し、管群内のボイルオフ実験を基礎にしたCunningham-Yeh式は、再冠水期の炉心内ボイド率を比較的高精度で予測する。しかし、高蒸気流量及び高水流量条件の気液の乱れが大きくなった場合に対しては、式の適用範囲外となり予測精度はよくない。そこで、高蒸気流量及び高水流量条件では管群流路と管状流路のボイド率の差は小さくなるという実験的知見を基礎として、蒸気流量効果及び水流量効果を取り込んだ相関式を開発した。開発された相関式は、高蒸気流量、高水流量の場合を含んだ再冠水期に想定される流動条件下で高精度(±20%以下)でボイド率を予測した。また、多様なPWR炉心設計に対応できるように、管群の水力相当直径がボイド率に及ぼす影響を評価した。その結果、再冠水期のように停滞水条件下では、管群の水力相当直径が大きくなるとボイド率は小さくなり、その影響の程度は管状流路における管径の影響に対して従来の研究で求められている無次元項と同じ無次元項で表現できること、及び現PWRの設計範囲では水力相当直径のボイド率に及ぼす影響は高々2.5%であり無視できることを明らかにした。

 管群流路と管状流路のボイド率の違いの理由に関しては、流動状況観察結果から、流動様式が環状流に至らないような見かけ気相流速が小さいときには、管群流路では上昇気相に引かれて上昇する液相とマスバランスを維持するために下降する液相とが別々のサブチャンネルに形成されることができ、その結果気相が上方に抜けやすくなること、及び管群流路では周辺サブチャンネルのボイドが中央サブチャンネルに集まることにより気相が上方に抜けやすくなることが寄与していると考えられる。また、同様な考えで、気相流速が大きくなると管群流路と管状流路でボイド率の差が小さくなることを説明できた。

(2)コールドレグ注入型PWRの再冠水期の炉心内熱水力挙動に及ぼす炉心出力分布の効果

 従来原子炉安全評価では炉心内の気液の流れは1次元流動とみなされ解析されてきたが、PWRのような大規模炉心で、かつ炉心出力分布がある場合には、水平方向の流れのある3次元流動となり、炉心冷却に影響が及ぶことが想定される。そこで、炉心出力分布を与えた大規模模擬炉心で、炉心出力分布比が最大1.37の範囲で実験を行い、炉心出力分布条件がボイド率分布に及ぼす影響を調べた。その結果、ボイド率は管群流路壁の極く近傍で小さいが、そこを除いた大部分のサブチャンネルでは蒸気発生量分布にかかわらず一様であった。この理由として、再冠水期のように停滞水条件下では、停滞水に作用する力は気相の剪断力よりも重力の影響が強いことから、静水頭が一様化するべく停滞水が容易に水平移動することが考えられる。

 次に、出力分布炉心における炉心冷却挙動を予測するためにはボイド率の一様化を予測することが肝要であると考え、蒸気流量及び水流量が一様化し全サブチャンネルで等しいと仮定する計算モデルを作成した。先に開発したボイド率相関式を用い本モデルにより、炉心出力分布が非一様な炉心に対してボイド率を良好に予測できることを確認した。また、燃料被覆管温度に対してもほぼよい予測結果を得て、上記の考えの妥当性を確認した。炉心出力分布効果は本来3次元解析で行われるべきであると考えられるが、3次元解析による炉心出力分布効果の予測が達成されていない現状では、本モデルは大規模炉心における炉心出力分布効果を簡便に予測するモデルとして有用である。

 ただし、詳細には本モデルでは被覆管最高温度をやや高めに予測したが、これは岩村らが指摘している高炉心出力領域に流れが集中することに起因した熱伝達率の局所的増大をモデル化していないためであると考えられる。このことから、被覆管最高温度を必ず過大予測するがその程度ができるだけ小さいことが望ましい安全評価用コードとして、本モデルは特に有用であると考えられる。

 被覆管最高温度を更に精度よく予測するには、上記の熱伝達率の局所的増大効果をモデル化する必要があり、この効果を表わした経験式を本モデルに取り込むことにより、予測精度は更に向上した。

(3)複合注入型PWRの再冠水期における圧力容器内熱水力挙動

 複合注入型PWRでは、非常用冷却水をコールドレグのみに注入するコールドレグ注入型PWRに比べて、非常用冷却水をホットレグにも注入するので、特有の熱水力挙動が生ずる。このため、複合注入型PWRにおける再冠水挙動を定量的に予測するには、新たな解析モデルが必要になる。複合注入型PWRでは、沸騰加熱流路である炉心に上部から冷却水を注入するので、冷却水は局所的に炉心に侵入し、従って、炉心横幅が冷却水挙動に影響を及ぼすことが推定されるが、充分な規模の試験装置による実験例はなかった。そこで、PWR炉心半径と同一横幅の試験装置により試験を行い、複合注入型PWRの再冠水期における圧力容器内熱水力挙動の解明を行った。その結果、複合注入型PWRでは、冷却水は局所的に炉心に侵入し、炉心には冷却水が下降する領域と発生した蒸気により二相流が上昇する領域とが形成され、両領域の間で循環流が形成されるなどの、特有の状況が実現することが分かった。

 炉心に上部から侵入する冷却水の流量(下降流量)を見積るため、気液対向流による落下水制限機構及び落水域と二相上昇域との間の運動量平衡機構を考慮することにより、モデルを作成した。下降流量は、炉心において充分な蒸気発生があれば落下水制限機構で説明でき、そうでない場合運動量平衡機構で説明できた。

 落下水制限機構に対する装置の規模の影響を検討した。その結果、下降流量は装置の規模に依存し、規模が大きくなると増大することを明らかにした。その理由は装置の規模とともに落下水挙動が変化し、気液の干渉が弱まることに起因することを明らかにした。そして、PWR規模の体系に適用できる下降流量予測相関式を作成した。一方、運動量平衡機構に対して、落水域が水で満たされない場合冷却水の上部からの侵入は無制限に起きるとし、落水域が水で満たされた場合下降流は二相上昇域と落水域との流体密度差によって支配されるとする2様の解で、大規模試験装置による試験結果をよく予測できることを確かめた。

 複合注入型PWRでは、炉心冷却に対しては炉心の2領域化と循環流の形成の寄与が大きく、再冠水挙動の定量的な予測を達成するにはこれらの挙動のモデル化が肝要であると考え、それに基づき、循環流量、二相上昇域での熱水力挙動などを予測する解析モデルを作成した。本モデルに、先に開発したボイド率相関式、炉心出力分布モデル、下降流モデルを取り込むことにより、循環流量、二相上昇域における被覆管温度変化などに関して予測値とデータとのよい一致を得て、上記の考えの妥当性を確認した。

 以上の成果は原研で開発された再冠水現象解析コードREFLAに取り込まれ、予測精度の向上と適用性の拡大に寄与した。本研究では成果の実用的な活用を主眼としたため、計算モデルはいずれも簡略化されたものである。しかし、モデル開発の根拠として捕らえた物理現象が予測達成を目指した物理現象を中心的に支配しているとする考えは、将来の詳細な計算コードの開発や改善に十分活用できるものと考えられる。

審査要旨

 原子炉の過渡事象は多くの物理的な過程が相互に関連して発生する複雑な事象であり、原子や安全解析はこれらの多くの不確定性や不確実性を包含するような保守的な仮定をおいて行われ安全性が確認されている。これに対して、原子炉過渡事象をなるべく現実的に予測することによって安全余裕度を定量的に把握したり安全系統の合理的な設計に役立てていくニーズが高まっており、多くの実験と解析手法の開発が進められている。本研究はこのような観点から設計基準事故である冷却材喪失事故の定量的予測手法の確立を目的として行われたもので、加圧水型原子炉(PWR)の冷却材喪失事故時再冠水過程の熱流動挙動を取り上げ、実験による特性の把握と詳細な検討を通してこれらの挙動の解明とモデルの開発を行ったものである。本論文は6つの章から構成されている。

 第1章は序論で、冷却材喪失事故再冠水過程に関するこれまでの研究をまとめ、本研究で対象としたPWRの再冠水過程の熱流動挙動についての課題を管群内ボイド率、炉心内出力分布の効果、複合注入型PWRでの熱流動挙動、圧力容器内熱流動挙動の4つに整理している。

 第2章は再冠水過程のPWR管群内ボイド率について検討した章である。4×4ならびに7×7の管群試験装置で得られたデータと流動状況の観察から、ボイド率特性に与える蒸気流束、圧力、等価直径、熱流束などの影響を明らかにしている。これをもとに従来のボイド率相関式を評価してそれらに適用性の限界があることを示し、新しい相関式を作成・提唱してその広範な適用性を確認している。

 第3章では炉心出力分布の影響を検討している。2000本管群の大規模試験装置による出力分布を変えた実験データから、広くかつ出力分布のある炉心でのボイド率が示す特性とボイド率相関式の適用性を評価している。この結果から出力分布の影響をモデル化して解析コードREFLAに組み込み、また、水平方向出力分布による冷却促進効果を考慮することによって解析コードの予測がより高精度になることを示している。

 第4章は複合注入型PWRの再冠水挙動を検討したもので、大規模再冠水模擬試験によってコールドレグ注入型PWRとの挙動の差異を検討し、炉心の2領域化、循環流の発生、炉心入口での逆流の有無などの点で異なることを明らかにしている。循環流の発生については、特に対向流制限現象の装置規模による違いを中心としてメカニズムの点から議論し現象を解明している。また、運動量バランスに基づく循環流量の評価式を導出しこの適用性を確認している。

 第5章は複合注入型PWRの圧力容器内の伝熱流動挙動のモデル化に関する章である。まず、二相流上昇域の熱流動挙動についてコールドレグ注入型PWR用のボイド率相関式と熱伝達率相関式を確認し、つづいて複合注入型PWRに特有な炉心2領域化と循環流を質量保存とエネルギー保存からモデル化している。そしてこれらのモデルが良好な予測性能をもっていることを被覆管温度や炉心差圧の実験データとの比較で確認している。

 第6章は結論であり、第1章で整理した4つの研究課題について本研究で得られた知見をまとめるとともに、それらが定量的予測手法の確立に果たす意義を述べている。

 以上を要するに、本論文は原子炉安全解析の定量的予測手法の開発について重要となる熱流動挙動を解明すると同時に、相関式の作成とモデルの開発を通して予測手法の精度の向上と適用性の拡大に貢献したものであり、システム量子工学、特にシステム設計工学の分野に寄与するところが大きい。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク