学位論文要旨



No 211811
著者(漢字) 山崎,晴幸
著者(英字)
著者(カナ) ヤマザキ,ハルユキ
標題(和) パーフロロカーボンを用いた変圧器の冷却に関する研究
標題(洋)
報告番号 211811
報告番号 乙11811
学位授与日 1994.05.19
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第11811号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 平野,敏右
 東京大学 教授 田村,昌三
 東京大学 教授 柳田,博明
 東京大学 教授 河野,通方
 東京大学 助教授 石塚,悟
 東京大学 助教授 鶴田,俊
内容要旨 1.まえがき

 都市のビルや地下街などの人口密集地に設置する変圧器は,火災に対する安全性が要求され,その方式の一つとして,パーフロロカーボン(以下PFC)液を冷媒する変圧器が普及しつつある。このPFC液は,不燃性で燃焼しないこと,物理的,化学的に安定で人体に無害で環境にやさしいこと,絶縁特性および冷却特性が優れていることなど,変圧器の冷媒として優れた性質を有する。また,PFC液はこれまで使用されている変圧器油と比べて,およそ密度が2倍,比熱が1/2,動粘性係数が1/10,熱伝導率が1/2,体膨張係数が2倍,沸点が約373Kであり,物性値が大きく異なる。そこで,PFC液を変圧器の冷媒とするにあたり,基礎的なモデルにより,その冷却特性を実験で把握しておく必要があった。以下に,PFC液を冷媒とする巻線構造の研究課題を示す。

 (1)沸点が低いので発泡を防止するため,巻線間隙へ冷媒を一様に分配し,流れが滞留しないようにする。発泡すると巻線間の絶縁破壊の原因となる。

 (2)PFC液に適した巻線構成,間隙を選定する。PFC液は変圧器油に比べて,流動抵抗が小さいので,これまでの巻線構成をそのまま用いた場合は,巻線の間隙が大き過ぎて,一部に偏って流れ,滞留する部分ができるおそれがある。しかし,巻線の間隙が小さ過ぎると,流動抵抗が大きく,充分な流量を確保できなかったり,絶縁紙のふくらみによって流路が閉塞する可能性がある。

 なお,PFC液の冷却特性についての詳細なデータは,この研究の開始時点には,ほとんどなかった。そこで,本報告はPFC液を冷媒とする変圧器の巻線の冷却に関し,基礎的な巻線モデルにより冷却実験を行い,巻線の設計に必要な基礎データを蓄積しようとするものである。モデルには,これまで使用されている折流板方式の巻線モデル,および,将来の変圧器を考慮した新しい冷却構造の巻線モデルを用いる。

2.折流板方式の冷却構造と流動・伝熱特性の検討

 (1)既存の計算プログラムを用いて,折流板方式の種々の巻線モデルについて,巻線構成,巻線の間隙,流量などをパラメータとして,巻線間隙を流れるPFC液の圧力損失,流量の分配,円板状巻線(コイル)の平均温度上昇を計算し,流量が一様に分配され,圧力損失が比較的小さい,巻線モデルを選定した。

 (2)選定した巻線モデルにより,冷却実験を行い,流動・伝熱特性を把握し,計算に反映させるための整理方法や実験式を求めた。

 整理方法として,圧力損失,流量の分配,温度上昇のバラツキを表わすには温度上昇の偏差,巻線モデル全体の伝熱性能を表わには平均ヌッセルト数が,有効であることがわかった。また,

 (a)平均ヌッセルト数が,変数(lb/dc)/(RePr)の-1/3乗に比例すること,

 (b)平板で挟まれた単一の水平ダクトのモデルでは,伝熱面温度がほぼ直線的に増加し,Sellars等の伝熱面温度が直線的に増加する計算値と一致すること,

 (c)絶縁紙を被覆した巻線モデルでは,熱流束一定の計算値と一致すること,がわかり,実験式が得られた。

 (3)実験値と計算値を比較して,計算精度を調べ,以下の結果を得た。

 (a)流量が小さな領域においては,実験値と計算値の差異が大きくなる。

 (b)流量が比較的大きな領域においては,流量が比較的一様に分配される巻線モデルに対しては,実験値と計算値が比較的良く一致する。また,流量が偏って分配される巻線モデルについては,分配される流量の小さい水平ダクトにおいて,実験値と計算値の差異が大きくなることがわかった。

 (4)実験で新たに発見したこと,把握したこと,および,その考察を以下に示す。

 (a)流量が小さくなると,上方の水平ダクトへ分配される流量が減少し,本実験条件では,平均レイノルズ数が50以下になると,上方のコイルに異常温度上昇が発生し,温度上昇のバラツキが急激に増大することがわかった。したがって,流量が小さくなると,冷媒が加熱されることによって生じる循環力が流量の分配を支配することを示している。

 (b)絶縁紙を被覆した模擬電線で形成した巻線モデルにより,本実験が対象とするダクトの場合,凸部の流路断面積における相当直径を代表寸法にして,圧力損失および熱伝達率を計算すると実験値と一致することがわかった。これは本実験がレイノルズ数が1000以下の層流域であり,層流底層が厚く,凸部の先端が層流底層の外側に達していないため,ダクトの摩擦係数に及ぼす凹凸の影響が少ないためと考える。

 (c)種々の巻線モデルにおいて,全水平ダクトと垂直ダクトの流路断面積の比Rが小さいモデルは,巻線の損失係数が小さく,平均ヌッセルト数Numが大きい。Rが大きいモデルは,が大きく,Numが小さい。Rが同程度のモデルはとNumがほぼ等しい。ことがわかった。ここで,=(入口から出口までの流動抵抗)/(水平ダクト内の摩擦損失)である。

 (5)実験および計算結果から,巻線内の流量の分配を支配する機構について調べ,以下のように推察した。

 (a)流量が小さい領域では,冷媒が加熱されることによって,密度変化が生じ,この密度変化が巻線モデル内に循環力を形成し,循環力が流量の分配を支配する重要な因子となる。

 (b)流量が比較的大きい領域では,巻線1折流区内の全水平ダクトと垂直ダクトの流路断面積の比が,(垂直ダクトの流動抵抗)/(水平ダクトの摩擦損失)に大きな影響を及ぼし,この流動抵抗の比が流量の分配を支配する重要な因子となる。また,分配された流量がコイルの温度上昇のバラツキ,さらに巻線全体の伝熱性能を支配する。

 (6)間隙の狭い巻線モデルおよび冷却器をから成る,自冷式変圧器モデルを用いて,PFC液の自然循環実験を行い,冷却に充分な自然循環流量が得られること,および,自然循環時における巻線モデルは比較的均一に冷却されることがわかった。

 将来の変圧器を考慮して,PFC液を冷媒とする新しい高性能の冷却構造をいくつか検討し,その流動・伝熱特性を以下に示す。

3.U形フロー方式の冷却構造と流動・伝熱特性の検討

 (1)変圧器の巻線の冷却構造案として,熱交換器において,流量を均等に分配する方法として用いられるU形フロー方式の適用を検討した。また,既存の計算プログラムを使用して,巻線構成,巻線の間隙をパラメータとして,いくつかの巻線モデルを選定した。

 (2)選定した巻線モデルを,平板状の模擬コイルで構成し,圧力損失,流量の分配,各コイルの温度上昇を実験で把握し,以下の結果を得た。

 コイル10段程度の小形巻線の場合,コイルの最大温度上昇に関し,流量が大きな領域において,U形フロー方式と折流板方式はほぼ等しいが,流量が小さい領域では,U形フロー方式は折流板方式より明らかに小さくなることを確認した。この理由を以下のように推察した。流量が小さくなると,流量の分配を循環力が支配するようになる。折流板方式では,各水平ダクトを通る経路の長さが全て等しいのに対し,U形フロー方式では,循環力の小さな上方の水平ダクトを通る経路は距離が短く,下方の水平ダクトを通る経路は距離が長い。

4.糸状スペーサ方式の冷却構造と流動・伝熱特性の検討

 (1)周囲に糸状スペーサを巻き付けた電線で巻線を構成し,電線の周囲に微小間隙を設けて,全周囲から電線を冷却する糸状スペーサ方式を,冷却構造として検討した。

 (2)巻線モデルのターン間の間隙を,折流板方式のモデルの間隙と同程度にするため,直径が0.5mmと0.75mmの2種類の糸状スペーサを選定した。

 (3)選定した2種類の巻線モデルに対して,空気とPFC液を冷媒として,圧力損失および各導体の温度上昇を測定した結果を以下に示す。

 (a)糸状スペーサ方式の巻線モデルの温度上昇が,折流板方式の巻線モデルより大幅に小さくなり,また,各導体の温度上昇のばらつきが小さく,流量が小さな領域でも,異常な温度上昇が発生しにくいことがわかった。

 (a)糸状スペーサ方式の巻線モデルでは,ターン間の管摩擦係数が矩形ダクトより大きく,その勾配は緩やかである。これは,糸状スペーサの突起が高く,層流底層の外側に達しており,乱流を促進するためと推察される。

 (c)巻線の流路断面積における相当直径,および,流路長さを代表寸法にして,PFC液と空気に適用できる,巻線モデル内の圧力損失および熱伝達率に関する整理方法と実験式を求めた。これによって,実規模大の巻線モデルの流動・伝熱特性が試算できるようになった。

5.総括

 人体に無害で不燃性であり,しかも,絶縁特性および冷却特性が優れているPFC液を冷媒とする,変圧器の種々の形式の巻線の冷却に必要なデータを蓄積するために,(1)既存のプログラムや実験データを用いて,各種方式の巻線モデルを選定し,実験により巻線モデルの圧力損失,流量の分配,導体の温度上昇を把握し,巻線モデルの全体の伝熱性能を表す平均ヌッセルト数,および,導体の温度上昇のバラツキを表す温度上昇の偏差など,巻線内の流動・伝熱特性を評価する方法を検討した。また,(2)既存のプログラムの計算精度を向上させるための,あるいは,実規模モデルの冷却性能を予測するための,実験データや実験式を把握した。さらに,(3)折流板方式の巻線モデルについて,流量の分配を支配する機構について調べ,流量が小さい領域では,循環力が重要な因子であり,流量が比較的大きな領域では,水平ダクトの摩擦損失と垂直ダクトの流動抵抗の比が,流量分配を支配する重要な因子であると推察した。

審査要旨

 本論文は、「パーフロロカーボンを用いた変圧器の冷却に関する研究」と題し、現在変圧器に用いられている冷媒を、火災・爆発事故に対してより安全で、環境に悪影響を及ぼすおそれの少ない、パーフロロカーボン(C8F16OとC8F16の混合物)に代替するときに問題となる、冷却に影響する因子とその効果を的確に把握し、この冷媒を用いた変圧器の設計に役立てることを目的としたものであり、9章からなっている。

 第1章は、「序論」で、本研究の背景となっている社会的要請、技術的問題について概観し、本論文の位置づけと目標の設定について述べている。

 変圧器用の冷媒としては、絶縁特性に優れ、冷却特性のよいものでなければならないが、社会的要請に基づけば、同時に、人体に害がなく、不燃性であり、環境に悪影響を及ぼさないものでなければならない。パーフロロカーボンは、このような要請を満たすものである。しかし、これは、沸点、密度、比熱、粘性、熱伝導率、体膨張係数など、冷却効果に関係する諸性質が、これまでの冷媒とは異なるので、使用条件の設定の仕方によっては、泡が発生したり、流量が不足して、巻線の局所的な加熱が起こるなどの問題を起こす可能性がある。これらの問題を解決するには、各種方式の巻線に対して、巻線内の圧力損失、流量分布、および温度分布の的確な予測をし、その結果を生かして、パーフロロカーボンを冷媒に用いた場合に適する巻線構成、巻線間隙などの変圧器構造を決定する必要がある。このような目標を達成するためには、パーフロロカーボンを冷媒として用いた場合の変圧器内の各部の構造と流動・伝熱特性の関係の把握が不可欠であることを指摘している。

 第2章は、「変圧器モデルの流動・伝熱計算」で、パーフロロカーボンを冷媒とした各種巻線方式の変圧器における流動・伝熱計算に用いるプログラムの考え方と構成について述べている。

 第3章は、「水平ダクト内の層流熱伝達率」で、変圧器内の流動に強い影響をもつ水平ダクトにおける、圧力損失、流量分配、および温度上昇と各パラメタの関係を実験的に調べ、変圧器においても、層流熱伝達率を表すのに、ヌッセルト数が適していることを示し、実験式を導いている。

 第4章から第8章までにおいては、実用に供することを念頭に置いた、各種方式の変圧器における流動・伝熱特性を、実験的に調べた結果について述べている。

 折流板方式の各種巻線モデルにおいては、流量が小さい領域では、冷媒が加熱されることによって、密度変化が生じ、この密度変化が巻線モデル内に循環力を形成し、この循環力が、変圧器内の各流路への流量分配を支配する重要な因子となることを示している。また、流量が比較的大きい領域では、巻線1折流区内の全水平ダクトと垂直ダクトの流路断面積の比が、垂直ダクトの流動抵抗の水平ダクトの摩擦損失に対する比に大きな影響を及ぼし、この比が、流量分配を支配する重要な因子となることを示している。分配された流量が、コイルの温度上昇のバラツキ、さらに巻線全体の伝熱特性を支配することは、言うまでもない。

 自冷式変圧器のモデルについて、巻線の発熱部と冷却器の中心高さ、および巻線の平均熱流束をパラメタとして、自然循環流動特性および巻線モデルの伝熱特性を実験的に調べ、その結果に基づいた計算機用モデルを提案し、流動・伝熱特性の予測に成功している。

 変圧器の構造上、コイル間隙が大きくなる部分が生ずるが、このような場合、水平ダクト内に矩形抵抗体を挿入することによって、各コイルの温度上昇を均一にできること、平板を挿入すると、流量の大きいときにはコイルの温度上昇の均一化に有効であるが、流量が小さいときは異常温度上昇が発生しやすいことを指摘している。

 都市に設置する小形変圧器に適用するためのU形フロー方式について調べ、冷媒の流量が小さい範囲では、折流板方式より巻線の最大温度上昇が小さくなることを示している。また、糸状スペーサ方式においては、巻線の温度上昇が、折流板方式より大幅に小さくなり、流量が小さな領域でも異常な温度上昇が発生しにくいことを示している。

 第9章は、「総括」で、本研究で得られた結果をまとめている。

 以上要するに、本研究は、パーフロロカーボンを変圧器の冷媒として用いるにあたって、各種変圧器内の部分的な構造と流動・伝熱特性の関係を実験的に調べ、その結果を変圧器の設計に役立てる可能性を検討したものであり、熱工学ならびに安全工学の進歩に貢献するところ大である。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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