学位論文要旨



No 211812
著者(漢字) 古川,信夫
著者(英字)
著者(カナ) フルカワ,ノブオ
標題(和) 2次元ハバード模型の金属・絶縁体転移の数値的研究
標題(洋) Numerical Study of the Metal-Insulator Transition in the Two-Dimensional Hubbard Model
報告番号 211812
報告番号 乙11812
学位授与日 1994.05.23
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第11812号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 青木,秀夫
 東京大学 教授 福山,秀敏
 東京大学 助教授 小形,正男
 東京大学 助教授 高田,康民
 東京大学 教授 十倉,好紀
内容要旨

 強い電子相関による金属-絶縁体転移の概念は40年以上も前から提唱されているが、その統計力学的な取り扱いは一次元系などごく一部のものにしかなされていなかった。近年の計算機能力の発展とアルゴリズムの改良の結果、2次元ハバード模型の金属-絶縁体転移を計算することができるようになった。その結果、転移点近傍の臨界的なふるまいとして、以下に記すことがらがわかった。まず、系が絶縁体になる直前の電荷自由度の異常として、2次元では電荷感受率Xcが電子濃度nの関数として

 

 という形で発散することが示された。ここで=1-nはドープされたホールの濃度を表す。電荷感受率の異常は電荷励起の有効質量が発散するためと解釈される。したがって電気伝導率がハーフフィルドでゼロになるのは、たとえばハバード近似が示唆するように有効キャリア濃度がゼロになるためではなく、有効質量の発散によりキャリアが動けなくなるためだということが示された。また2次元系ではハーフフィルドの絶縁体相では反強磁性長距離秩序が存在し、また金属相は常磁性的であると考えられているが、電子濃度を変化させて系をハーフフィルドに近づけていったときのスピン相関関数S(Q)の臨界的ふるまいが計算された。その結果、電子濃度の関数として

 

 で表されることが示された。これはRPAのような系の金属的なふるまいに起因するスピン相関の発達よりも強い発散を示しており、むしろハイゼンベルグ的局在スピン間の反強磁性相関がドープされたホールにより乱されその結果相関長がホール間距離程度に制限されるためと説明される。これらの計算結果は金属-絶縁体転移点近傍における電子の遍歴的な性質から局在的な性質への移り変わりを理解する上で、非常に重要な結果をもたらした。またハーフフィルドでの有効質量の発散は一次元や無限次元の系においても示されており、ハバード模型における金属-絶縁体転移の普遍的な臨界現象であると考えられる。

審査要旨

 強い電子間相互作用をもつ系における金属-絶縁体転移は、1930年代にニッケル酸化物が伝統的なバンド理論によれば金属のはずが実際には絶縁体であることが謎となり、1940年代にモットによりこれが多体相互作用の為ではないか、と提唱されて以来固体物理学の基本的な問題の一つとして興味がもたれてきた。しかし、その本質は意外にも未だに解明されたとは云い難い。特に1980年代に発見された銅酸化物高温超伝導体が強い電子間相互作用をもつ系であることから、この問題は新たな興味から精力的に研究されてきたが、それでもなお、明確な理解は一次元系のような特殊な極限でのみ得られているにすぎない。高温超伝導体が層状物質であることもあり、理論的に直ちに問題となるのは、2次元系で強く相互作用する電子系の性質である。相互作用が強いと、電子は互いに相関して強く避け合い、一般にこの様な非摂動的問題は、平均場近似、変分法等の伝統的な方法は分子場や変分関数の取り方に依存するので簡単ではないことが分かっている。ここにおいて、近年の計算機の進歩とアルゴリズムの改良の結果、このような強相関系を有限系に対して大型計算機を用いて数値的に計算することができるようになり、第一原理的な方法として注目されている。本論文は、この観点から、2次元強相関系を、結晶格子上で同じ原子上に2電子が来た場合Uというエネルギーで斥力相互作用するという簡単化された模型(ハバード模型)を用いて金属-絶縁体転移の本質を解明することを目的とした。

 1次元、2次元系での強相関有限系の計算機実験は多々あるが、ここでの眼目は2点ある。(1)2次元ハバード模型では、1原子当たり平均1個の電子がある、という電子密度(これを、原子は最大2個まで電子を収納できる故、半分詰まった状態と称する)はUの値にかかわらず常に特異点で、ここで系は反強磁性をもつ絶縁体である。よって、金属-絶縁体転移を調べるためにはUの各値に対して電子密度を変化させた場合に半分詰まった点近傍でどのような相転移が起きるかを見ねばならない。これは、実際の物質においては母体結晶に異なる元素を混ぜる(ドーピング)に対応する。2次元強相関系に対して、そのように電子密度依存性を調べた数値計算は本研究が初めてである。(2)その際に用いる方法は、量子モンテカルロ法である。この方法は系の状態を量子揺らぎを含めて正しく考慮すべく、状態のとり得る径路に亙る和をとる方法であり、厳密対角化の方法より大きな有限系を扱える利点がある。しかし量子モンテカルロ法にも様々なアルゴリズムがある。普通のアルゴリズムでは2次元系において径路の足し算が、正の確率をもつものと負の確率をもつものの和がわずかに正の値の答となる、という構造をしており、数値的に誤差が大きく、これは負符号問題としてよく知られた大きな障害となる。本研究では、これに対して、スピン自由度を考慮した平均場解を出発点とすれば負符号問題は改善されることを見いだし、それによりこの問題を乗り越えた。

 その結果、転移点近傍の臨界的なふるまいとして、以下に記すことがらがわかった。まず、系が絶縁体になる直前の電荷自由度の異常として、2次元では電荷感受率Xc(化学ポテンシャルを変化させたときの電子密度nの変化の微係数)がnの関数として

 211812f03.gif

 という形で発散することが示された。ここで=1-nはドープされた正孔の濃度を表す。

 この結果の解釈が直ちに問題となる。3次元電子気体に対しては、電子間相互作用があっても系を繰り込まれた粒子の集合と見なせば通常のフェルミ液体で記述されることが、ランダウにより提案されている。1、2次元系のように低次元系では、量子力学的状態のとり得る位相空間の制限が強くなるため、このランダウ理論が崩れる可能性が期待される。実際、1次元系では多くの系がユニバーサルに、フェルミ液体とは異なる朝永・ラッティンジャー液体と呼ばれる状態であることが知られている。2次元系ではどうなるかは、未解決問題である。ここで、仮に2次元ではフェルミ液体理論が成り立つとすると、ここで得られた電荷感受率の異常は電荷励起の有効質量が発散するためと解釈される。したがって電気伝導率が半分詰まった状態でゼロになる(絶縁体になる)のは、有効キャリア濃度がゼロになるためではなく、有効質量の発散によりキャリアが動けなくなるためだということが示された。

 またスピン自由度に関しては、半分詰まった絶縁体相では反強磁性長距離秩序が存在し、金属相は常磁性的であると考えられるが、電子濃度を変化させて系を半分詰まった状態に近づけたときのスピン相関関数S(Q)の臨界的ふるまいも計算された。その結果、S(Q)のピーク値は電子濃度の関数として

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 のように発散することが示された。これは金属的な系に標準的な近似法を用いた結果から期待されるスピン相関よりも強い発散を示しており、むしろハイゼンベルグ的磁性体の局在スピン間の反強磁性相関がドープされたホールにより乱され、その結果相関長が平均ホール間隔程度に制限されるためと解釈される。これが本研究の第2の重要な結論である。

 これらの計算結果は金属-絶縁体転移点近傍における電子の遍歴的な性質から局在的な性質への移り変わりを理解する上で、重要な結果をもたらした。また半分詰まった状態での有効質量の発散は一次元や無限次元の系においても示されており、ハバード模型における金属-絶縁体転移の普遍的な臨界現象であると考えられる。実験的にも、チタン酸化物において、ここで示されたような有効質量の増大が観測されており、実際の物質との対応の解明が今後期待される。このように、本論文は固体物理学の重要な問題に新たな光を投じたものである。本研究は今田正俊物性研助教授との共同研究であるが、論文提出者の寄与は本質的であると認められる。よって、審査員一同は本論文が博士論文にふさわしいものであると認定した。

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