学位論文要旨



No 211814
著者(漢字) 菅原,修
著者(英字)
著者(カナ) スガワラ,オサム
標題(和) 軟部肉腫の病理組織学的診断の再検討ならびに免疫組織化学的及び組織計測的研究
標題(洋)
報告番号 211814
報告番号 乙11814
学位授与日 1994.05.25
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第11814号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 森,茂郎
 東京大学 教授 石川,隆俊
 東京大学 助教授 村上,俊一
 東京大学 助教授 永井,良三
 東京大学 講師 名川,弘一
内容要旨

 Malignant fibrous histiocytoma(MFH)という主として軟部に多い肉腫が疾患概念として報告されたのは1960年代であるが、一般に広く知られるようになったのは1970年代後半になってからである。その頃から多数の研究がなされて、現在ではMFHは軟部肉腫のなかでは頻度の最も高い成人の腫瘍であることが明らかになっている。しかしその組織起源に関してはまだ不明な点が多く、線維芽細胞由来の腫瘍であるという考えと未分化な間葉細胞由来の腫瘍であるという考えが主な説となっている。実際の病理診断でMFHと鑑別が必要な腫瘍は多数あり、HE標本だけでは確定診断に至らないことも多い。そのために電子顕微鏡や免疫組織化学による検索がなされている。またMFHの悪性度は概して高いことになっているが、悪性度の低い例も見られる。軟部腫瘍の悪性度を客観化しようとする試みも多くなされているが、細胞密度、腫瘍の分化度、多形性、核分裂像、壊死の有無などの悪性度を決定する際の要素の選択に関しても研究者の間で相違がみられる。

 本研究では主としてMFHが一般に知られるようになる以前の軟部肉腫から、代表的且つMFHと鑑別する必要のある腫瘍型の症例を選び出し、HE標本で診断をしなおし、各腫瘍型毎の頻度やMFHについて検討を行った。一般に軟部肉腫は癌腫に比べて頻度が非常に低く、なおかつMFHが提唱されて以来、いくつかの新しい疾患概念が確立されたので今回このような検索を行うことに意味があると考えられる。次に各腫瘍型毎に腫瘍細胞の抗原の発現にどのような特徴があるかを検討するために、市販の抗体を用い免疫組織学的検索を行った。その上で、HE標本で診断できなかった症例について、免疫組織化学的検索によってどの程度まで診断が出来るかを検討した。

 次に軟部肉腫では同一腫瘍型でも悪性度が種々である症例があることが多いので、腫瘍型毎の悪性度を決定することには限界があると思われるが、腫瘍の組織学的悪性度の客観的な指標を得ることを目的として、光顕で核分裂数を計測し、更に画像解析装置を用い、単位面積あたりの細胞数、核面積及び核の真円度の計測を行った。これらの検討の際、症例数が少なかったので各腫瘍の亜型は考慮にいれなかった。

 1955年から1975年までの期間に、東京大学医学部付属病院中央検査部病理検査室及び病理部で軟部肉腫と診断された腫瘍のうちrhabdomyosarcoma(25例)、leiomyosarcoma(19例)、liposarcoma(16例)、fibrosarcoma(14例)、malignant schwannoma(14例)、synovial sarcoma(12例)、dermatofibrosarcoma protuberans(DFSP)(10例)、myogenic sarcoma(5例)、MFH(1例)の116例を検索の対象とした。これらの症例の生検例、再発例を含めた全HE標本を見直し病理組織学的診断の再検討を行なった。

 HE標本を見直し、病理組織学的診断を再検討した結果、過去の診断通りであったのは1例のMFHを含め確定診断のついた56例中23例(34.8%)(表-1)であった。その結果以下のことがわかった。

表-1 診断が確定できた腫瘍の症例数及び全肉腫に対する割合

 1970年代後半に疾患概念の確立されたMFHは軟部で最も頻度の高い肉腫である。MFHは過去においてliposarcoma及びrhabdomyosarcomaと診断されていたものが多い。Fibrosarcoma、leiomyosarcoma、malignant schwannoma及びsynovial sarcomaと診断されていたspindle cell sarcomaは、現在でもHE標本のみでは診断不可能な例が多い。HE標本では腫瘍の良悪の判定は腫瘍型の決定より容易である。

 これらの腫瘍116例全例を、免疫組織化学的に検索した。検索に用いた抗体は抗vimentin抗体、抗epithelial membrane antigen(EMA)抗体、抗cytokeratin(CK)抗体、抗desmin抗体、抗S-100蛋白抗体、抗1-antitrypsin(AAT)抗体、抗1-antichymotrypsin(AACT)抗体、抗lysozyme抗体、抗laminin抗体及び抗fibronectin抗体である。免疫染色はPAP法によった。確定診断のついた症例の免疫染色の結果を表-2に示す。なおfibronectinは全例で陰性であった。

表-2 確定診断のついた症例の免疫染色の結果

 表-2からわかることは、今回検索した抗体のなかで腫瘍の鑑別に比較的有用であったのはcytokeratin、EMA、desmin、S-100 protein及びlamininであった。Cytokeratin及びEMAはepithelioid sarcoma及びsynovial sarcomaを他の腫瘍から区別するのに有用であることがわかったが、EMAの方がより特異性が高いように思われる。Desminはrhabdomyosarcoma、leiomyosarcoma及びMFHを他の腫瘍から区別するのに有用である。S-100proteinは一部のMFH及びepithelioid sarcomaでも陽性になったが、malignant schwannomaでは3例全例で陽性になり、他の紡錘形細胞肉腫との鑑別に役立つと思われる。LamininはMFH、leiomyosarcoma、malignant schwannoma及びepithelioid sarcomaで比較的高率に陽性であったが、他の腫瘍でも陽性になることがあるので、他の抗体による検索を併用することが必要と思われる。AAT、AACT、lysozyme、vimentin及びfibronectinは腫瘍を鑑別する上では殆ど役にたたなかった.

 以上より、各抗体は以前に考えられていたほどある腫瘍に特異的ではないことがわかったので、腫瘍の組織学的診断のためにはHE標本の詳細な観察、電顕的検索の併用、複数の抗原を同時に検索することが必要と思われる。

 HE標本で診断が確定できない症例は免疫組織化学的検索を用いても抗体の特異性が以前に考えられていたよりも低いので、診断が確定できなかった。しかし紡錘形細胞肉腫でS〜100 proteinが陽性になった場合はmalignant schwannomaで、また多形細胞肉腫でdesminが陽性になった場合はpleomorphic rhabdomyosarcomaまたはMFHである可能性がかなり高いと思われる。手術材料についてはできるだけ多くの標本をつくり、ある腫瘍に特異的な所見を探すと同時に臨床的事項を考慮にいれて診断を下すことが必要と思われる。

 また、確定診断のついた66例については核分裂像の数を測定した。400倍の視野で4視野の合計を計測した。

 更に確定診断のついた66例の内から無作為に37例を選び出し、コンピュータを用い、ヘマトキシリンで核染したスライドで核面積と核の真円度を測定した。また同一のソフトウェアを用い、顕微鏡の倍率を400倍にして画面に現われる核の数を4画面について計測し、和を出し、その数値を腫瘍に於ける細胞密度の指標とした。検討した腫瘍の種類及び数は、MFHが14例、leiomyosarcoma及びliposarcomaが各4例、rhabdomyosarcoma及びfibrosarcomaが各3例、DFSP及びdesmoidが各2例、synovial sarcoma、clear cell sarcoma、epithelioid sarcoma、malignant schwannoma、chordoid sarcomaが各1例であった。

 核分裂数、細胞密度、核面積、核面積の変動係数、真円度及び真円度の変動係数については一元配置分散分析により腫瘍型により差があるかを検討した。差があった場合はRyanの対比較によりどの平均値に有意差があるのかを検討した。ともに有意水準5%で検定した。

 核分裂数については単位面積あたりのものと一定細胞数あたりのものを検討したが、これまで報告されてきた腫瘍の悪性度とかなりよく相関するように思われる。腫瘍型により核分裂数に差があるかどうかを一元配置分析で検定した結果、有意差はみられなかった。

 細胞密度についてはrhabdomyosarcoma及びleiomyosarcomaが他のいくつかの腫瘍より有意に高かった。核分裂数と細胞密度では核分裂数の方がより強く腫瘍の悪性度と相関するように思われる。

 コンピュータを用いて核の面積及び真円度を測定し、有意差があるかどうかを検定した結果、核面積の平均値ではMFHとliposarcomaの間でのみ有意差がみられた。また核面積の変動係数ではMFHとliposarcoma、rhabdomyosarcoma及びleiomyosarcomaの間で有意差がみられた。すなわちMFHは他のいくつかの腫瘍よりも大小不同が高度であることがわかった。

審査要旨

 Malignant fibrous histicytoma(MFH)という主として軟部に多い肉腫が疾患概念として報告されたのは1960年代であるが、一般に広く知られるようになったのは1970年代後半になってからである。そのころから多数の研究がなされて、現在ではMFHは軟部肉腫の中では頻度のもっとも高い成人の腫瘍であることが明らかになっている。しかしその組織起源に関してはまだ不明な点が多い。また実際の病理診断でMFHと鑑別が必要な腫瘍は多数あり、HE標本だけでは確定診断にいたらないことも多い。そのために電子顕微鏡や免疫組織化学による検索がなされている。またMFHの悪性度は概して高いことになっているが、悪性度の低い例もみられる。軟部腫瘍の悪性度を客観化しようとする試みも多くなされているが、悪性度を決定する際の要素の選択に関しても研究者の間で相違がみられる。

 本研究は主としてMFHが一般に知られるようになる以前の軟部肉腫から、代表的且つMFHと鑑別する必要のある腫瘍型の症例を選び出し、HE標本で診断をし直し、各腫瘍型毎の頻度やMFHについて検討を行った。このような検討はすでにいくつかなされているが、正しい予後の判定及び治療法の選択ができるためには、正しい病理組織学的診断に基づいた症例の積み重ねが必要である。従ってMFHの概念導入により混乱している肉腫の診断が大きく変わったので、再分類することは意義のあることと思われる。次に各腫瘍型毎に腫瘍細胞の抗原の発現にどのような特徴があるかを検討するために、市販の抗体を用い免疫組織化学的検索を行った。軟部肉腫でも多数の組織型に対してかなりの数の抗体を用いた検索結果の報告はまだ少ない。次に軟部肉腫では同一腫瘍型でも悪性度が種々である症例が多いので、腫瘍型毎の悪性度を決定することには限界があると思われるが、腫瘍の組織学的悪性度の客観的な指標を得ることを目的として、光顕で核分裂数を計測し、更に画像解析装置を用い、単位面積当たりの細胞数、核面積及び核の真円度の計測を行った。

 以上の検索の結果、以下のことがわかった。1)1970年代後半に疾患概念の確立されたMFHは軟部でもっとも頻度の高い肉腫である。MFHは過去においてliposarcoma及びrhabdomyosarcomaと診断されていたものが多い。Fibrosarcoma、leiomyosarcoma、malignant Schwannoma及びsynovial sarcomaと診断されていたspindle cell sarcomaは、現在でもHE標本のみでは診断不可能な例が多い。HE標本では腫瘍の良悪の判定は腫瘍型の決定より容易である。2)検索した抗体のうち、cytokeratin及びEMAはepithelioid sarcoma及びsynovial sarcomaを他の腫瘍から区別するのに有用であることがわかったが、EMAの方がより特異性が高いように思われた。Desminはrhabdomyosarcoma、leiomyosarcoma及びMFHを他の腫瘍から区別するのに有用である。S-100proteinは一部のMFH及びepithelioid sarcomaでも陽性になったが、malignant schwannomaでは3例全例で陽性になり、他の紡錘形細胞肉腫との鑑別に役立つと思われた。AAT、AACT、lysozyme、vimentin及びfibronectinは腫瘍を鑑別する上では殆ど役に立たなかった。またclear cell sarcomaがcytokeratin陽性、epithelioid sarcoma及びchordoid sarcomaがlaminin陽性という新知見を報告した。3)核分裂数の多少はこれまで報告されてきた腫瘍の悪性度とかなりよく相関するように思われた。細胞密度はrhabdomyosarcoma及びleiomyosarcomaが他のいくつかの腫瘍より有意に高かった.最後に核面積の測定により、MFHは他のいくつかの腫瘍より核の大小不同が高度であることがわかった。

 以上より成人の軟部肉腫では先ずMFHを考慮すべきこと、免疫組織化学的検索で腫瘍型を決定することには限界があること、コンピュータを用いて軟部肉腫の細胞密度、核面積及び真円度の測定を施行していくつかの有意差がでることがわかった。特に軟部肉腫における組織計測的な研究はまだほとんどなく、本研究は学位の授与に値するものと考えられる。

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