肝臓腫瘍に対する肝部分切除術は手術手技や補助手段などの進歩により比較的安全に施行できるようになった.しかし肝実質を切除するため肝部分切除術後の肝不全は重要な問題である。特に広範な切除の場合や障害のある肝臓を切除する場合には特に問題になる。通常、切除範囲は腫瘍の位置や大きさと、術前の肝備能あるいは肝予備能の双方により決定されている。そのため術後の肝不全回避を考慮した縮小手術とより高い根治性をめざす広範切除とは治療方針を考える上でしばしば考慮しなくてはならない問題になっている。術後の肝不全を積極的に回避する有効な手段は殆どなかった。さらに、肝細胞癌に高率に合併する肝硬変症では肝部分切除術後の再生が障害・遅延していると考えられている。 本研究では細胞増殖因子を肝部分切除術後の残存肝の増殖因子として使用して、術後の残存肝の再生を促進することにより肝部分切除術後の肝不全の回避の可能性を検討した。すなわち細胞増殖因子による肝部分切除後の再生促進効果を単離した肝細胞とin vivoモデルの両方で検討した。また、肝細胞の増殖において細胞増殖因子の作用の阻害やin vivoで肝再生の阻害効果が認められているsomatostatinについて肝部分切除術に対する効果を単離した培養細胞とin vivoモデルの両方で検討した。 培養細胞の検討では、正常ラットと70%肝部分切除術(以下、肝部分切除術)後、2時間、6時間、24時間および72時間で残存する肝臓から2段階コラゲナーゼ灌流法により肝細胞を単離し培養した。これらの培養細胞に対し細胞増殖因子であるTGF の細胞増殖促進効果とsomatostatinの細胞増殖抑制効果を経時的に検討した。すなわち、MEMのみによる24時間の培養後、次の6種類の培養液に交換し[3H]thymidineのDNAへの取り込みを測定した。MEMのみの培養液、TGF (10ng/ml、または50ng/ml)を含む培養液、TGF (10ng/ml、または50ng/ml)にsomatostatin(10nM)を添加した培養液、およびsomatostatin(10nM)の培養液である。培養液交換後24時間で細胞を回収し、DNA合成は[3H]thymidineのDNAへの取り込みおよびオートラジオグラフィーによるlabeling indexにより評価した。 ラットのin vivoでの検討では、四塩化炭素とフェノバルビタールの経口投与により微細結節性肝硬変症を作成し、正常肝臓と肝硬変肝臓で肝部分切除術後の肝再生をDNA合成で定量的に評価した。さらに、細胞増殖因子であるEGFとTGF を肝再生促進因子として使用し、肝部分切除後の肝再生に対する促進効果を定量的に評価した。またsomatostatinの肝再生に対する抑制効果もin vivoのDNA合成の測定で定量的に検討した。方法はラットを術後24時間で犠牲死させ、肝臓のDNA合成率を術後23時間から24時間までの1時間の[3H]thymidineのDNAへの取り込み、およびオートラジオグラフィーによるlabeling indexにより評価した。 培養単離肝細胞に対し培養液交換後、MEM単独では正常単離肝細胞の[3H]thymidineのDNAへの取り込みは978±139cpm/ gDNAであった.肝部分切除後に単離した肝細胞では肝部分切除術後24時間の[3H]thymidineのDNAへの取り込みは正常単離肝細胞の約4倍(4341±679cpm/ g DNA)に増加した。しかし、肝部分切除術後72時間で単離した肝細胞は正常細胞より低い[3H]thymidineのDNAへの取り込みであった(344±29cpm/ g DNA)。 正常単離肝細胞ではTGF (10ng/mlまたは50ng/ml)により[3H]thymidineのDNAへの取り込みは約2倍に増加した(978±139cpm/ gDNAから1857±371cpm/ gDNAまたは1818±284cpm/ gDNA)。しかし、肝部分切除術後の単離肝細胞では肝部分切除術後2時間の単離肝細胞のみがTGF により[3H]thymidineのDNAへの取り込みが増加した(2091±426cpm/ gDNAから3291±495cpm/ gDNAまたは4095±637cpm/ gDNA).肝部分切除術後6時間以後の単離肝細胞ではTGF による[3H]thymidineのDNAへの取り込み促進効果は認められなかった(6時間:3086±511cpm/ gDNAから3680±494cpm/ gDNAまたは3748±755cpm/ gDNA)。TGF の肝部分切除術後の単離肝細胞に対する増殖促進効果は肝部分切除術後の時間とともに減弱し、肝部分切除術後24時間ではその効果は消失した。これらの結果はオートラジオグラフィーによる検討でも同様であった。 一方、正常単離肝細胞あるいは肝部分切除術後の各時期の単離肝細胞に対しては、somatostatin単独では[3H]thymidineのDNAへの取り込みに対し有意な影響を及ぼさなかった。しかしTGF (10ng/mlまたは50ng/ml)によりDNAの合成促進が認められた正常単離肝細胞ではsomatostatinにより[3H]thymidineのDNAへの取り込みは有意に抑制された(1857±371cpm/ g DNAまたは1818±284cpm/ g DNAより781±221cpm/ g DNAまたは918±234cpm/ g DNA)。しかし、肝部分切除術後2時間以後の単離肝細胞に対しては、somatostatinはTGF の効果に影響を及ぼさなかった。これらの結果はオートラジオグラフィーによる検討でも同様であった。 ラットのin vivoでの検討では、四塩化炭素とフェノバルビタールの経口投与により微細結節性肝硬変症が79.2%に作成された。肝部分切除術後24時間でのDNA合成促進効果の検討では、正常ラットでは、肝部分切除術後24時間での[3H]thymidineのDNAへの取り込みは、単開腹術に比べ約9倍に増加していた(100±3%→928±148%)。EGFとinsulinの投与により[3H]thymidineのDNAへの取り込みは増加したが、この増加は有意なものではなかった(928±148%→1625±515%)。EGFの単独投与では[3H]thymidineのDNAへの取り込みに対する効果は認められなかった(928±148%→857±101%)。TGF の投与にても[3H]thymidineのDNAへの取り込みに対する効果は認められなかった(928±148%→862±176%)。一方、肝硬変ラットでは、同様に肝部分切除術後24時間での[3H]thymidineのDNAへの取り込みは、単開腹術に比べ有意に増加してい(77±8%→284±59%)。しかし、この[3H]thymidineのDNAへの取り込みは正常ラットの肝部分切除術後24時間での[3H]thymidineのDNAへの取り込みに比べ有意に低値であった。EGFとinsulinの投与により[3H]thymidineのDNAへの取り込みは有意に増加した(284±59%→706土186%)。EGFの単独投与では[3H]thymidineのDNAへの取り込みに対する効果は認められなかった(284±59%→204±57%)。TGF の投与でも[3H]thymidineのDNAへの取り込みは有意に増加した(284±59%→636±91%)。これらの結果はオートラジオグラフィーによる検討でも同様であった。 長時間作用性のsomatostatinであるoctoreotideを肝部分切除術前1時間あるいは術後1時間でラットに投与し、肝部分切除術後24時間のDNA合成を[3H]thymidineのDNAへの取り込みの測定により検討した。肝部分切除術後24時間での[3H]thymidineのDNAへの取り込みは、単開腹術に比べ約13倍に増加していた(98±5%→1330±106%)。肝部分切除術後1時間でのoctoreotideの投与では肝部分切除術後24時間での[3H]thymidineのDNAへの取り込みに有意な変化は与えなかった(1181±54%)。ところが、肝部分切除術前1時間でのoctoreotideの投与では肝部分切除後24時間の[3H]thymidineのDNAへの取り込みを有意に抑制した(1005±54%)。 結論:培養単離肝細胞の検討ででは、正常肝臓あるいは肝部分切除術後早期の肝臓から単離した細胞のみTGF はDNA合成を促進した。しかし、肝部分切除術後8時間以後に単離された肝細胞に対してはDNA合成の促進効果は認められなかった。正常肝臓から単離された細胞に対するTGF のDNA合成促進効果をsomatostatinは阻害したが、肝部分切除術後に単離された細胞に対しては効果は認めなかった。また、in vivoモデルでのsomatostatinの検討では肝部分切除術前に投与した場合のみ、術後24時間のDNA合成を阻害した。 in vivoモデルにおける正常肝臓および肝硬変肝臓に対する肝部分切除術での検討では、肝再生を術後24時間のDNA合成で定量的に評価した。四塩化炭素とフエノバルビタールによる肝硬変ラットモデルでの肝部分切除術後の肝再生の障害が定量的に示された。正常肝臓では細胞増殖因子を投与しても肝再生時のDNA合成の促進効果は認められなかった。しかし、EGFとinsulinの併用またはTGF の投与により、この肝硬変肝臓の肝部分切除術後のDNA合成は有意に改善された。 以上より、細胞増殖因子が肝硬変症などの肝再生の障害例で、肝部分切除後の肝再生を促進し術後肝不全の回避につながることが示唆された。 |