本研究はリポ蛋白代謝に於て重要な役割を果たしていると考えられるリポ蛋白リパーゼ(LPL)の生体内での役割を明らかにする為に、ヒトリポ蛋白リパーゼ(LPL)を筋肉組織、心臓、脂肪組織をはじめ広範囲の組織で過剰発現しているトランスジェニックマウスを自ら作製し解析をおこなった結果、下記の結果を得ている。 1.LPL活性の上昇に伴い、有意に空腹時血漿中性脂肪値の低下、VLDL粒子の消失、LDLコレステロールの上昇を認めた。各組織の血管内皮上に存在するLPLはリポ蛋白中の中性脂肪の加水分解およびVLDLからLDLへのConversionを規定していることを示唆している。 2.LPLによる加水分解の過程に生じるカイロミクロンあるいはVLDLの表皮成分がHDL3に送られ結合してHDL2様の粒子に変化すると考えられていた。普通食での超遠心法によるリポ蛋白分画分析の結果はトランスジェニックマウス群では対照群に比べ血漿HDL2レベルの増加傾向が認められ、LPLの過剰発現がHDL代謝にも影響を与えている可能性を示唆し、上記の仮説を初めてin vivoで支持する結果となった。 3.トランスジェニックマウス群はカイロミクロン、VLDLの代謝が促進し、内因性(10%ショ糖添加食)および外因性(脂肪負荷、retinyl palmitate負荷)の中性脂肪の食事性負荷に対して空腹時血漿中性脂肪値の上昇に対して著しい抵抗性を示すことを明らかにした。 4.高コレステロール食の負荷に対してもトランスジェニックマウス群は空腹時コレステロール値の上昇に対して有意の抵抗性を示すことを明らかにした。トランスジェニックマウス群では過剰のLPLの作用により加水分解をうけたカイロミクロン、VLDLはLDL受容体依存性、非依存性経路を介する取り込みが亢進し、LDLの産生が減じており、高コレステロール食の負荷に対しても高コレステロール血症に至らないと考えられた。 5.LPLと耐糖能異常、インスリン抵抗性、肥満との関係について検討を加えたがトランスジェニックマウス群において有意な結果は得られなかった。従来より主張されていた肥満の成因としてのLPLの過剰発現は本トランスジェニックマウスにおいては否定的と考えられた。 以上、本論文はヒトLPLを過剰発現するトランスジェニックマウスの解析から、従来より示唆されてきたLPLの役割が生体内で実際に果されていることを示し、また、LPLが中性脂肪のみならずコレステロール代謝にも関わっている可能性を示唆した点で意義深い。また、これまで肥満の成因としてのLPLの過剰発現が指摘されていたが、本トランスジェニックマウスは肥満傾向を来たさず、肥満とLPLの過剰発現という図式に改めて疑問を投げかけた。従って、本研究はLPLと生体内のリポ蛋白代謝の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 |