学位論文要旨



No 211819
著者(漢字) 今野,礼二
著者(英字)
著者(カナ) コンノ,レイジ
標題(和) 多様体上のシュレーディンガー方程式の解の増大度
標題(洋) Growth Property of Solutions of the Schrodinger Equation on Manifolds
報告番号 211819
報告番号 乙11819
学位授与日 1994.05.27
学位種別 論文博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 第11819号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小松,彦三郎
 東京大学 教授 俣野,博
 東京大学 教授 谷島,賢二
 東京大学 助教授 北田,均
 東京大学 助教授 岩崎,克則
内容要旨

 本論文は、リーマン多様体上で考えた2階楕円型作用素-および-+q(x)が正の固有値をもたないための条件を解の増大度の評価という形で論じたものである。(はラプラス・ベルトラミ作用素。)この種の問題はユークリッド空間における問題として、Rellich,Katoらの研究を端緒に詳しく調べられていたが、筆者はその問題の研究を通じて、用いられた手法がリーマン多様体の場合にも適用可能であることを発見した。一方、McKean,Donnelly,Pinskyらはリーマン多様体上の-のスペクトルの構造について多くの結果を発表している。彼らの扱ったのは完備な、負の断面曲率をもつ多様体である。-のスペクトルを完備な多様体全体の上で考えることの微分幾何学ならびに応用上の重要性はいうまでもないが、正固有値の不存在に限るならば、メトリックの無限遠における様子のみに依存する場合が少なくない。この事実の指摘が本研究の1つのポイントである。すなわち、本研究は無限遠におけるlocal theoryであると位置づけられる。

 §1の序論につづいて§2では、以降に示されるすべての定理の証明の共通部分がまとめられる。そのため、問題を抽象化し、ヒルベルト空間の中に値をとるベクトル値関数に対するある種の微分方程式を扱う。骨子は、解から作られる或るスカラー値関数F(r)(Tはパラメータ)を考え、(i)(たとえば)rr1でF’(r)0が成り立つことを示す、(ii)F(r2)>0となるr2の存在を示す、(iii)解の2乗の積分がF(r)の積分より大きいことを示す、の3段階を経て解の増大度を得ることにある。((i)の段階にはいろいろのvariantがあり、それに応じて評価式が変わる。)(ii)の段階がlocal theoryのかなめであって、回転対称でない項を含む場合に応用するために、ゆるい条件のもとに証明されている。以後の定理の証明は、この節の条件の成立を確かめることに帰着される。

 §3では、回転対称なメトリックをもつn次元多様体M=(r0,∞)×Sn-1上の方程式-u+q(x)u=u(は正の定数、q(x)は有界な関数)を考察する。メトリックは

 

 と表現されているとする。(はn-1球における線素。)この節の主要な定理は、(r)が単調に発散、’(r)/(r)→0,"(r)/’(r)→0(いずれもr→∞のとき)およびq(x)に対する二三の条件を仮定して解の増大度を求めるものである。したがって、Mの断面曲率|"|/が遠方で小さいことは必要とされるが、その符号については何も仮定しない。上述の条件にさらに強い条件を付加することにより、評価をsharpにしたものも示される。この節の定理は、ユークリッド空間((r)=r)の場合に知られていた多くの定理を含む。

 §4は上記のq(x)が非有界関数である場合を扱う。q(x)については同次関数に準じた性質が仮定され、これはユークリッド空間における多体問題について知られていた結果を含む。

 §5では,’,"がに比して小さいという条件を除く試みがなされる。ここでは一般の次元を扱うために、技術上の理由でメトリック、ポテンシャルともに回転対称な場合を考察する。ds2=dr2+(r)2に対し、が単調かつ発散、(r)-(n-1)が区間(r0,∞)で非可積分という条件のもとに、解の増大度、特に2乗非可積分性が導かれる。手法は対称性に強く依存している。

 §6は、同じく’,"に対する条件なしに論ずるための手法として、2次元のいわゆる等温座標系を用いたときの方程式を扱う。この方法は対称性をもたない場合にも有力であり、次節への準備ともなっている。等温座標系はメトリックをds2=r(u,)(du2+d2)の形で与える座標系u,のことである。このときによって与えられる。一般に-f+qf=fを考察する際は解の1階微分を含まない形に変形することが有力である。§3,§4では未知関数の変換(n-1)/2×もとの解を導入することにより、このことが実現された。しかしこのとき、必然的に"が式の中に現れる。他方、多様体が等温座標系をもつ場合には、r,→u,なる変数変換によって、上式に見るように直ちに1階の項を含まない式が得られる。の導関数を用いずに変数変換が実現されれば、結果として理論の中に"は現れない。このことが§5,§6および§7における1つの大きな主張である。

 §7は本論文の主要部分であって、§6の定理を応用して、2次元の非対称な多様体を考察したものである。とメトリックとの関係が特に重要であるので、ヘルムホルツ型の方程式-f=fがとりあげられる。メトリックは

 

 であるとし、遠方で回転対称なものに十分に速く漸近するものとする。§6に記述した性質をもつ等温座標系の存在を示すために、HartmanおよびWintnerによるベルトラミの方程式

 

 の解の存在定理を援用し、そのうえで上記のr(u,)が希望する性質をもつことを示す。その結果として、自明でない2乗可積分解の不存在が結論される。

審査要旨

 1943年F.Rellichは、Rnからコンパクト集合を除いた外部領域においては、>0に対する

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 のL2()解uが0しかないことを証明した.このことは、の外においていかなる条件を付加しようとも、の中で外力のない量子力学においては正のエネルギーをもつ束縛状態がないことを意味する.

 この正の固有値の非存在はポテンシャルq(x)を付加した-+qについてもq(x)=o(1),|x|→∞,の下でなりたつことが期待されたが1929年J.von Neumann-E.P.Wignerが反例を与えた.これに対し、1959年加藤敏夫はq(x)=o(|x|-1),|x|→∞,まで条件を強めると正の固有値の非存在が成立することを示し、量子散乱理論の数学的基礎づけの一つとした.現在では、q=q0+q1と分解されてq0=o(1),∂q0/∂r=o(|x|-1)かつq1=o(|x|-1)ならばよいというS.Agmon(1970年)の結果、多体問題に対応しq=o(1)は成立しないが、同次条件をみたすポテンシャルの場合のJ.Weidmann(1966年)、内山淳(1975年)などの結果が知られている.

 本論文の主要な成果は以上の結果をRiemann多様体Mの場合に拡張したことである.Mが完備で曲率に条件が付されている場合には矢野健太郎-S.Bochner以来さまざまな結果が得られているが、ここでの関心はRnの場合と同様、コンパクトな部分においてはいかなる条件を付加しようとも、無限遠点の近傍の性質のみで正の固有値の非存在乃至は解のL2ノルムの増大度の下からの評価を導くことにあり、微分幾何学的な結果とは条件も証明方法も全く異なっている.

 典型的な場合は、M={r∈R|r0<r<∞}×Sn-1

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 という計量を持つ場合である.ここで(r)は正の値を持つrの函数であり、2はSn-1の標準的計量とする.Rnの外部領域は(r)=rの場合に相当する.

 §3で与えられたAgmonの結果の拡張は次の通りである:

 (r)はC2((r0,∞))に属する函数であって、’(r)>0かつr→∞のとき条件(r)→∞,’(r)/(r)→0,"(r)/(r)→0をみたし、かつあるa>0に対し

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 となるとする.

 ポテンシャルq(r,)はq0+q1と分解され、q0(r,)は実数値局所有界可測函数であり、殆んどすべてのに対しrの函数として絶対連続かつ、r→∞のときe(r)→0となる正値函数e(r)があり

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 をみたす.q1

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 をみたす複素数値有界函数である.

 このとき、>0に対する

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 の無限遠のいかなる近傍でも0でない局所2乗可積分解uと任意の>0に対し定数C>0,r1があり、R>r1ならば

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 が成立する.但し、dM=(r)n-1drd.

 とqがさらに強い条件をみたす場合には(4)の右辺をCRにおきかえて成立することも示している.

 §4では多体問題に適用できる非有界なポテンシャルの場合の結果を与え、特にRnの場合0<<2とする-次ポテンシャルならば、(4)の右辺をCdr-Cとする評価が成立することを示した.

 最後の3節ではMの計量が(2)の形の球対称を持たない場合を論じている.主に2次元の場合に等温座標を導入することにより、その困難を克服している.

 証明は加藤、Agmon、増田久弥の方法にならい、(1)または(3)の解u(x)にL2(Sn-1)に値をもつrの函数(r)を対応させ、

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 の形の方程式をみたすことから、目指す評価(4)等を導く.

 最初の§2において、ごく弱い意味で(5)をみたす(r)の評価について一般的な理論を展開し、§3以後の結果はここでの定理の条件を確かめることによって得られている.

 この抽象理論における諸条件は微分幾何学での曲率に対する条件のように意味のとりやすいものではないが、これによってこれまで個別に工夫をこらすことによりようやく証明できていた諸結果を統一的に導くことができ、しかも、主として球対称の空間に限られるとはいえ、Riemann多様体にまで諸結果を拡張できることになったのは著しい進歩である.

 よって論文提出者今野礼二は博士(数理科学)の学位を受けるに十分な資格があるものと認める.

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