学位論文要旨



No 211821
著者(漢字) 山下,豊春
著者(英字)
著者(カナ) ヤマシタ,トヨハル
標題(和) 4位置換シクロヘキサノン類の触媒的不斉脱プロトン化反応の試み
標題(洋)
報告番号 211821
報告番号 乙11821
学位授与日 1994.06.08
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第11821号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 古賀,憲司
 東京大学 教授 柴崎,正勝
 東京大学 助教授 遠藤,泰之
 東京大学 助教授 小田嶋,和徳
 東京大学 講師 笹井,宏明
内容要旨

 LDA(リチウムジイソプロピルアミド)を代表とするリチウムジアルキルアミドは、求核性の弱い強塩基としてカルボアニオンの生成において汎用されている。

 1986年に白井らは不斉炭素を有し、さらに内部配位子を有するBidentate型リチウムアミド(1)を用いる、4位置換シクロヘキサノン類のエナンチオ選択的不斉脱プロトン化反応を報告した。それ以来キラルリチウムアミドを用いて種々のエナンチオ選択的不斉反応が開発され、また本不斉脱プロトン化反応においてもキラルリチウムアミドのX線結晶構造解析及びNMRを用いた溶液中での構造研究が行われ構造と反応性との相関が明らかになり、2a,3aのようなよりエナンチオ選択性の高いキラルリチウムアミドが開発されてきた(Figure 1)。

Figure 1図表

 過剰のTMSCl存在下に4を加える、CoreyのInternal Quench法(IQ)で反応を行うと、高収率かつ高エナンチオ選択的に5を与えることが示されていた。

 さらに2aにおいて内部配位子を1つ増やしTridentate型(6,7)にすると反応性が顕著に低下することも示されていた(Figure 2)。

 そこで筆者は、不斉脱プロトン化反応によって生じるキラルアミンをキラルリチウムアミドに再生するためのリチウム源として、反応性のよくないTridentate型アキラルリチウムアミドを用いれば、キラルアミンを触媒化できるのではないかと考えた。以後、触媒系の構築を目指して検討した結果、4を加えた後一定時間後にTMSClを加える、External Quench法で含フッ素キラルアミンを用いた場合に量論量使用時のデータをほとんど損なうことなく、4位置換シクロヘキサノン類に対して0.3eqにまで減らすことができた(Figure 3)。なおInternal Quench法ではリチウムアミドのシリル化という問題を解決できず量論量使用時のデータに遠く及ばなかった。

図表Figure 2 / Figure 3

 Tridentate型アキラルリチウムアミドがBidentate型キラルアミンをリチオ化することが可能か否かはTHF-d8中での1H-NMR測定及び実際に反応を行うことにより検証した。なおその際にリチウムアミドの調製法としてA法とB法とを用いた(Figure 4)。

Figure 4

 まずHMPA-d18の共存下A法条件に対応させてアキラルリチウムアミド(8a)とキラルリチウムアミド(3a)とを1:1で共存させて1H-NMRを測定すると、両者を重ね合わせたチャートになったことから、両者がaggregationしていない、従って量論量のキラルリチウムアミド使用時の値を触媒化における目標値にしてよいであろうと考えた。

 次にB法条件に対応させてアキラルリチウムアミド(8a)にキラルアミンを2:1になるように加えると、3bは8aによってリチオ化されたが2bはリチオ化されなかった。むしろ逆に、キラルリチウムアミド(2a)にアキラルアミン(8b)を2:1になるように加えると、8bが2aによってリチオ化された(Figure 5)。

Figure 5

 実際に反応を行ってみた(Figure 6)。3a(1.2eq使用)に比べ、8a(2eq使用)は顕著に反応性が低下していた。A法とB法とを比較することにより、アキラルリチウムアミドとして8a、キラルアミンとして3bを用いればNMRデータで示したようにほぼ3aにリチオ化できると判断された。それに対しキラルアミンとして3bを用いるとほとんどリチオ化されなかった。

Figure 6

 最初、8a(3.6eq)及び3b(0.3eq)を用いる触媒系で検討してみた。この場合HMPAの当量数のみ変えてみると、4に対して1.8〜3.6eqにかけてピークになるようなカーブを描くことがわかった。

 8a及びそれに連動させてHMPAの当量数をそれぞれ減らしてもe.e.が上昇していくことはなかったのでadditiveの効果を検討してみた(Figure 7)。

Figure 7

 8bを1.2eq残してリチウムアミドを調製した場合73%e.e.、この条件でさらにTMEDA(1.2eq)を加えても73%e.e.と動かないが、DABCO(1.2eq)を加えると76%e.e.、ついで8bを除くと収率83%、78%e.e.に上昇し、ここに量論量使用時(Figure 6)に比べても遜色のないレベルに達した。

 最後に他の4位置換シクロヘキサノンに対しも4の場合と同様に、量論量での結果をそれ程損なうことなく触媒化することができた。

 以上のように、反応性のよくないTridentate型アキラルリチウムアミドをリチウム源に用いることにより、External Quench法ではあるが触媒量のキラルアミンで4位置換シクロヘキサノン類の不斉脱プロトン化反応を行うことに初めて成功した。

 ここでの成果は、Internal Quench法での触媒化、さらには他の不斉反応でのキラルアミンの触媒化へ向けた基礎的知見になるものと確信している。

審査要旨

 エノラートイオンは有機合成化学において繁用される反応活性種である。二配座型のキラルリチウムアミド(1)を用いることによりプロキラルな4-置換シクロヘキサノン類は不斉脱プロトン化され、塩化トリメチルシリルの存在下に対応するシリルエノールエーテルを光学活性体として与えることは既に報告されており、高いエナンチオ選択性を示す1a、1bのようなキラルリチウムアミドが開発されていた。本論文は、この不斉脱プロトン化反応を、1に関して不斉触媒反応とすることに初めて成功した経緯を記したものである。

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 本研究の発想は、三配座型キラルリチウムアミド(例えば3)が、二配座型キラルリチウムアミドに比べて低い反応性しか示さない実験事実に基づいている。即ち、二配座型キラルリチウムアミド(1)を用いて不斉脱プロトン化するとき、生成するキラルアミン(2)を反応系内で1に再生する方法として、反応性の低い三配座型のアキラルリチウムアミドを用いるというものである。このとき、アミンとリチウムアミドの間でリチウム-水素交換反応が望む方向に効率良く起これば、本不斉反応を化学量論量以下のキラルアミンで行える筈である。

 三配座型のアキラルリチウムアミドとして最終的に4を選択し、これが二配座型のキラルアミン(2a、2b)をリチオ化し得るかどうかを1H-NMRによって検討した。その結果、2aは殆どリチオ化されないが、2bは速やかにリチオ化されることが判明し、このときの平衡は一方的にキラルリチウムアミド(1b)の方に片寄っていることが示された。この大きな差異の原因は、電子吸引性置換基であるトリフルオロエチル基によって、2bのアミノ基水素のpKa値が小さくなっている(酸性が強くなっている)ため、よりリチオ化されやすくなっている事にあると考えられる。

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 化学量論量以下の2bと十分量の4を用いて4-置換シクロヘキサノン類(6)を脱プロトン化し、塩化トリメチルシリルによって対応するエノールエーテル(7)として単離した結果、2bが反応系中で反復使用されていることが判明した。反応条件を検討し、2bを0.3当量、4を2.4当量用い、DABCO(1.5当量)存在下にTHF中で脱プロトン化反応を行えば、1bを化学量論量用いたときと比べて化学収率、不斉収率を殆ど損なうことなく目的のエノールエーテルが得られることを見出した。この不斉脱プロトン化反応は、図のように示すことができる。

 以上本研究は、不斉脱プロトン化反応を不斉触媒反応とする途を拓いた最初の例であり、有機合成化学の発展に寄与するものであり、博士(薬学)の学位に値する論文であると認めた。

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