学位論文要旨



No 211822
著者(漢字) 田辺,光男
著者(英字)
著者(カナ) タナベ,ミツオ
標題(和) 新規イソキサゾロン系中枢性筋弛緩薬の薬理
標題(洋)
報告番号 211822
報告番号 乙11822
学位授与日 1994.06.08
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第11822号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長尾,拓
 東京大学 助教授 小野,秀樹
 東京大学 助教授 松木,則夫
 東京大学 助教授 漆谷,徹郎
 東京大学 助教授 岩坪,威
内容要旨 緒言

 脳卒中,頭部損傷あるいは脊髄損傷の後遺症の中で,体の一部または広範囲の筋肉の緊張が異常に亢進する症状がある.こういった痙縮を伴う運動障害が痙性麻痺である.痙縮の治療には主に中枢性筋弛緩薬が使われてきたが,しばしば上位中枢を抑制し,眠気や鎮静等の副作用を引き起こす.そこで上位中枢抑制のできるだけ少ない中枢性筋弛緩薬を作ろうと試み,イソキサゾロン誘導体(R)-4-chloro-2-(2-hydroxy-3-morpholinoproryl)-5-phenyl-4-isoxazolin-3-one hydrochloride(CS-722,図1)を見い出した.本研究ではCS-722の運動系に対する作用を調べ,その作用機序ならびに作用部位を検討した.さらに,主作用の筋弛緩が,副作用として眠気を伴う可能性が少ないことを実験的に予測しようとした.これらを可能にするため,本研究では,上位中枢の運動系および意識レベルとの関与を調べる実験系を工夫している.

図1.CS-722の構造式
本論(I)CS-722のprofile(I-1)運動系に対する作用

 以下の項目をtizanidineを対照薬として調べた.

 (I-1-1)除脳固縮に対する緩解作用

 高周波電流で上丘-下丘間の脳幹部位を両側性に破壊して作製したラットの除脳固縮モデルにおいて,CS-722は,12.5mg/kg,p.o.から用量依存的に筋緊張を緩解した(図2A).一方,tizanidine-HClは0.5mg/kg,p.o.から緩解作用を示した(図2B).

図2.除脳固縮に対するCS-722(A,n=4-6)およびtizanidine(B,n=3-4)の抑制作用

 (I-1-2)-運動系に対する抑制作用

 ラットをurethaneおよび-chloraloseで麻酔し,下腿三頭筋を支配する神経以外の除神経を行ない,同側のL5後根フィラメントから求心性神経発射を導出し,アキレス腱に加えた張力で活動が増加するスパイクの放電頻度を記録した.-系の活動は,脳幹網様体を電気刺激した時の筋紡錘放電頻度の変化として検出した.CS-722 25mg/kg,i.v.は-系の活動を抑制した(図3).Tizanidineも同様に抑制した.自発性の骨格筋求心性神経発射をCS-722は変化させなかったが,伝導麻酔作用を持つlidocaineは顕著に抑制した.

図3.-神経活動に対するCS-722の抑制作用5分毎に脳幹網様体を電気刺激(20Hz,0.2msec duration,0.2-0.3mA,a train of 300 pulses)した.

 (I-1-3)脊髄反射に対する抑制作用

 Urethaneおよび-chloraloseで麻酔したintactおよび第8胸髄で脊髄を切断したspinalラットにおいて,CS-722は,12.5mg/kg,i.v.から用量依存的に脊髄反射を抑制した.多シナプス反射(PSR)の方が単シナプス反射(MSR)に比べて強く抑制され,また,intactの方が強い抑制が見られた(図4A,B).一方,intact標本でtizanidineはPSRを強く抑制したが,MSRをほとんど変化させなかった(図4C).

図4.脊髄反射に対するCS-722(A:intact,B:spinal)およびtizanidine(C:intact)の抑制作用(n=4)
(I-2)副作用との分離

 CS-722により眠気等の副作用が起こり得る可能性を,以下の項目で検討した.対照薬としてtizanidineを用いた.

 (I-2-1)thiopental麻酔増強

 CS-722 100ないし200mg/kg,p.o.10分後,または,tizanidine-HCl 1.5ないし3mg/kg,p.o.20分後にthiopental-Na 20mg/kg,i.v.し,正向反射の消失している時間を測定した.CS-722はこれを変化させなかったが,tizanidineは有意に延長させた(Table 1).

Table 1.CS-722はラットのthiopentalによる睡眠時間を延長しなかった.しかし,tizanidineは有意に延長した(n=5-12).

 (I-2-2)脳幹網様体刺激による脳波覚醒閾値に対する影響

 ラットをhalothane麻酔下,大脳皮質感覚野から脳波を記録し,脳幹網様体を電気刺激して脳波覚醒反応を引き起こし,覚醒閾値に対するCS-722の効果を調べた.刺激前の高振幅徐波の睡眠型脳波は,電気刺激強度を強めていくと,低振輻速波化して覚醒型になった.脳波を周波数解析して,脳波覚醒の刺激閾値を定量的に求めた.CS-722は,25および50mg/kg,i.v.において覚醒閾値を変化させなかったが,tizanidine-HCl 0.3mg/kg,i.v.は有意に閾値を上げた(図5).

図5.脳波覚醒閾値に対する影響Tizanidineとは違い,CS-722は脳波覚醒閾値を上げない.

 以上2つの実験結果から,CS-722は眠気を伴い難いと予想できる.

(II)作用部位の検討

 CS-722を第4脳室または脊髄クモ膜下腔内に投与して除脳固縮を緩解するかどうかを調べた.固縮を緩解する用量を全身投与した時の脳幹および脊髄のCS-722濃度を参考に,第4脳室内には50,100gを,脊髄クモ膜下腔内には200および400gを注入した.何れの投与経路でも除脳固縮は緩解し,CS-722は脳幹,脊髄の両方に作用して筋弛緩を引き起こすと結論した(図6).

図6.局所投与したCS-722の除脳固縮緩解作用(a)第4脳室内投与,(b)脊髄クモ膜下腔内投与(n=4-6).
(III)脊髄に対する作用(III-1)CS-722の脊髄反射抑制機構

 ラットはspinal標本を用い,eperisone-HClとbaclofenを対照に用いた.CS-722は安定した抑制を得るために50mg/kg,i.v.という用量を用いた.

 (III-1-1)前根反射および後根反射

 前述(I-1-3)の通り,CS-722は前根反射を抑制し,MSRに比べPSRを強く抑制した.EperisoneおよびbaclofenはMSRもPSRも共に強く抑制した.また,後根反射は何れの化合物によっても抑制された.

 (III-1-2)興奮性試験

 運動ニューロンプールを電気刺激し,L5前根からは運動ニューロンの興奮性(MN)と単シナプス性の反射(MS)を,また,L5後根からは一次求心性神経終末の興奮性(PAF)を記録した.CS-722は何れの反応も抑制し,それらの持続時間は一致した(図7).一方,eperisoneはMNとMSを抑制し,baclofenはMSのみを強く抑制した.

図7.興奮性試験(n=4-5)MN:運動ニューロン直接刺激による電位 MS:単シナプス性の反射電位 PAF:一次求心性神経終末の興奮性を反映する逆行性の活動電位

 (III-1-3)フィールドポテンシャルに対する作用

 L5後根を電気刺激し,脊髄内から2つのピークを持つフィールドポテンシャルを記録した.潜時の短い方は神経終末を伝導してくるpresynapticのインパルスであり,潜時の長い方が興奮性シナプス後電位(EPSP)を反映する局所シナプス電位である.CS-722はこれらを変化させなかったので,一次求心性線維終末から運動ニューロンへのシナプス伝達に影響を与えないことがわかる.Eperisoneも作用を示さなかったが,Baclofenは局所シナプス電位を抑制した.

 以上からCS-722は,EPSPの発生は抑えないが,運動ニューロンのinitial segmentの膜を安定化してEPSPからのスパイクの発生を抑制すると考えられる.この機序が介在ニューロンにも適用できると仮定すると,介在するシナプス数が多いほど伝達は抑制され,CS-722によりMSRよりもPSRの方が強く抑制されることが説明できる.

 次に,ネコの脊髄介在ニューロンにCS-722を電気泳動的に適用し,その活動を抑制することを明らかにした.

(III-2)ネコ脊髄介在ニューロンに対する作用

 ネコをether麻酔下,除脳して脊髄を下位胸髄で切断後,腰仙髄部の脊髄を露出した.動物は手術後,不動化して人工呼吸下に維持した.CS-722を脊髄介在ニューロンに適用すると,記録した介在ニューロンのうち約80%で抑制が見られた(Table 2).従って,CS-722が脊髄介在ニューロンを直接抑制することが明らかになった.この脊髄介在ニューロンの抑制ならびに,膜の安定化作用を持つことが脊髄反射の抑制に関与し,また,筋緊張亢進の緩解にも大きな役割を果たしていると考えられる.

Table 2.CS-722の脊髄介在ニューロンに対する効果
総括

 1.CS-722は経口で速やかに筋弛緩作用を示す中枢性筋弛緩薬である.

 2.CS-722によるニューロンの興奮性の低下が筋弛緩作用に寄与すると思われる.

 3.CS-722は眠気を起こしにくいと予想され,痙縮の治療ならびに脳脊髄疾患のリハビリテーションに有用であると考えられる.

審査要旨

 この論文は,新規に開発した中枢性筋弛緩薬に関する研究成績をまとめたものである.

 脳卒中,頭部損傷あるいは脊髄損傷の後遺症の一つで痙縮があるが,その治療には主に中枢性筋弛緩薬が使われている.しかし,これらはしばしば上位中枢を抑制し,眠気や鎮静等の副作用を引き起こしてリハビリテーションの障害になることがある.そこで上位中枢抑制のできるだけ少ない中枢性筋弛緩薬を作ろうと試み,イソキサゾロン誘導体(R)-4-chloro-2-(2-hydroxy-3-morpholinoproryl)-5-phenyl-4-isoxazolin-3-one hydrochloride(CS-722,図)を見い出した.本研究ではCS-722の運動系に対する作用を調べ,その作用機序ならびに作用部位を検討した.さらに,主作用の筋弛緩が,副作用として眠気を伴う可能性が少ないことを実験的に予測しようとした.これらを可能にするため,本研究では,上位中枢の運動系および意識レベルとの関与を調べる実験系を工夫している.

図 CS-722の化学構造

 以下にその主な結果を示す.特に示さない限りラットを用いた.

1)運動系に対する作用

 痙縮の動物モデルである除脳固縮に対して,CS-722は経口で速やかな緩解作用を示した.また,脊髄反射に対して,単シナプス反射に比べて多シナプス反射をより選択的に抑制し,脳幹網様体を電気刺激することによって誘発した-運動系活動を抑制した.

2)眠気を引き起こす可能性の検討

 チオペンタールによる睡眠時間をCS-722が延長するかしないか,また,脳幹網様体の電気刺激で誘発される大脳皮質脳波の覚醒の閾値をCS-722が引き上げるか否かを検討した.CS-722はいずれに対しても影響を及ぼさなかった.これらから,CS-722は臨床においても眠気を引き起こしにくいと予想できる.

3)作用部位の検討

 CS-722を第4脳室内または脊髄クモ膜下腔内に注入して除脳固縮緩解作用を検討したところ,いずれの経路でも固縮は緩解された.従って,CS-722は脳幹および脊髄の両方に作用して筋弛緩を引き起こすと考えられる.

4)脊髄反射抑制機序の検討

 興奮性試験から,CS-722はニューロンの興奮性を落とすと考えられた.CS-722は集合の興奮性電位を抑制しなかったので,興奮性シナプス伝達を抑制せずにそこからスパイク発生に至る経路を抑制すると予想された.実際,ネコ脊髄介在ニューロンにCS-722を電気泳動的に適用するとその活動は抑制された.従って,介在するニューロンの多い多シナプス反射の方が抑制されやすいと考えられる.

 これらの結果より,CS-722は眠気等の副作用の可能性の少ない中枢性筋弛緩薬であり,リハビリテーションに有用であると考えられる.

 以上,本研究は脳幹から脊髄に下行する経路と上行する賦活系経路とを用いて,薬物の主作用副作用を分離しようと試み,今後の中枢性筋弛緩薬の開発に寄与することが多大であると考えられ,博士(薬学)の学位を授与するに値するものと認めた.

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