学位論文要旨



No 211824
著者(漢字) 尾崎,晴男
著者(英字)
著者(カナ) オザキ,ハルオ
標題(和) 車両の追従挙動とサグの隘路現象
標題(洋)
報告番号 211824
報告番号 乙11824
学位授与日 1994.06.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第11824号
研究科 工学系研究科
専攻 土木工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 越,正毅
 東京大学 助教授 島崎,敏一
 東京大学 助教授 桑原,雅夫
 東京大学 助教授 柴崎,亮介
 東京大学 助教授 清水,英範
内容要旨

 道路交通における渋滞の原因にはさまざまなものがある。確かに交通需要が多すぎるということは理由のひとつである。しかし多くの場合、渋滞の先頭には交差点運用の不備、駐車車両や道路工事、さらには交通事故等による車線の閉塞など、目に見えて通りにくいと解るものが存在しているものである。

 ところが高速道路で行楽シーズンともなるとほぼ休日毎に生じ、道路利用者を悩ませている渋滞はこれと様相を異にする。見かけ上は単なる一本道にすぎないはずの、ある特定の縦断勾配が増加に転じるサグ地点を先頭にした渋滞が日本中の各所でみられるのである。渋滞の先頭は車線数が減少しているわけでも、他の路線との合流地点でもない。渋滞の中を走ってゆくにつれて、何が原因か解らないうちにいつの間にか通り過ぎてしまう、というのがドライバーの実感である。これらの渋滞は、特段の原因がドライバーにも、また実のところ交通技術者にも把握されていないのである。というのは、一本道の途中に位置するサグが隘路になるとは、交通工学の知見では想定されていなかったからである。道路交通の調査研究が最も進み、現在もなお世界で道路の設計と運用のマニュアルの手本となっている米国Highway Capacity Manualにはそのようなことはまったく記載されていない。残念ながらわが国の道路構造令にも見られないのである。

 本研究の目的は高速道路のサグにおける隘路現象を理解し、これが生ずる原因を解明することにある。サグにおける隘路現象は、サグという道路構造における自動車運転者の自然な走行挙動の集積として生じると考えられる。しかしながら、現状ではどのような道路構造ならば隘路現象を回避または軽減できるか、という知見を我々は持ち合わせていない。このようなことから本書では二つのトピックに分けて論を進めている。

 ひとつは、自動車運転者の自然な追従走行挙動を把握し、この挙動をモデル化することである。これは1台1台の車両の走行挙動を再現し、なおかつ数キロメートルにわたる長い区間を対象とした実用的なモデルは依然として未開拓の分野となっていることを理由とする。

 もうひとつは、現在までのところその原因が解明されていないサグの隘路現象についてその原因の仮説を提示し、開発した追従走行モデルを利用しながらこの仮説を検証することにある。これにより、隘路となりにくいサグを設計してゆく上で今後の指針となる知見を見いだそうとするわけである。

 現在供用されている道路を最大限利用するためには、現状で隘路となるサグをどのように改良したらよいか。また令後建設する高速道路においてこのような隘路の発生を極力抑えるためにはどのような設計をすべきなのか。本研究は1980年代からなされてきたこの問題に対する交通技術者からの回答のひとつに位置づけられる。

 本書の構成は次のようである。

 第2章では、本研究の背景となる事項に関する既往の研究のレビューを行っている。ここではまず、サグが交通容量上の隘路となりうることが現行の道路の設計基準では想定されていないことを確認している。また、サグの隘路現象の事例調査は過去いくつかなされているものの、その原因をつきとめるまでには至っていないことを指摘した。

 次に自動車の追従走行挙動の研究には過去いくつかの事例があるが、運転者の操作を充分に反映し、なおかつ実用的な追従走行モデルはいまだ開発されていないことを指摘している。さらに運転者の追従挙動特性とサグの隘路現象との関係を定量的に明らかにし、サグの隘路現象を規定している要因を究明した研究例もないのが現状であることを述べている。

 第3章では、交通流を理解する第1歩となる路側からの観測によるデータをもとに、サグを原因とする隘路現象の特徴を分析している。そしてサグにおいて隘路現象が発生してから低い交通容量で安定し、サグを通過した車両の速度回復が極端に緩慢であることをビデオと車両感知器による実測データをもとに明らかにしている。

 このように、サグの隘路現象の大局的な概要は道路断面における観測によって把握することができる。しかし、路側から道路断面を通過する車両の速度や台数を計測するだけでは、隘路現象の原因に迫るには限界がある。すなわち渋滞が定常的にサグを隘路とする理由や、状況が変化しそうになっても安定した状況に引き戻される理由を知るためには、交通流を構成する各車両がどのような加速や減速を行いながら追従走行を行っているかを把握しなくては明らかにすることができない。したがって車両の走行挙動を観測するためには、ある程度の区間において車両の動きを連続して計測する必要があることを指摘している。

 そこで第4章では、交通流を構成する個々の自動車車両の走行データの収集と分析について述べている。収集した交通流データは、試験走行車両を用いた追従走行実験による特定の運転者の走行挙動と、実際の交通流を高所からビデオ撮影し、この映像から画像処理によって得た不特定多数の運転者の走行挙動である。これらのデータについて、その収集の方法、解析、実検と実交通とのデータと比較した議論を展開している。

 試験走路における追従走行実験では、5人の運転者について昼間・夜間それぞれ20分間程度にわたる追従運転挙動の実測データを収集している。データの分析から、車間距離-走行速度関係については、走行速度に対する運転者の選択する車間距離の自由度はさほど大きいものではないが、これには個人差が現れることを確かめた。一方、昼と夜との相違は個人差ほど大きくないことが明らかとなった。

 中央高速道路において隘路となる中野サグを含む区間の走行実験からは、隘路の上流では渋滞した交通流特有の速度変動が大きいものの、サグ地点の隘路を通過するとごく弱い加速で速度を回復する実態を把握している。この弱い加速度による速度上昇パターンは渋滞の継続中において定常的であることも確かめられた。

 首都高速道路における交通流のビデオ観測と画像処理手法によって不特定多数の車両の加減速行動のデータからは、相対速度に反応する追従車の加減速の構造を分析している。その結果加減速のタイムラグは一定値ではなく、前方車両の加速度への依存度合いが高いことが確かめられた。また、相対速度の大きさに対する加速度の反応感度も一定値ではなく、車間距離と走行速度に依存することを明らかにした。これらの依存度合いは加速時と減速時とでは異なることがわかった。

 第5章では、実用的な追従走行モデルの有すべき特徴について議論を深め、相対速度を解消しようとする行動と、希望する車間距離に接近しようとする行動、さらに前方車の加減速に合わせようとする補正項とでモデルを構築した。そして、この追従走行モデルの基本構造をもとに、試験走路において走行データが計測された5人の運転者の追従走行モデルのパラメータを推定した。さらに推定されたパラメータを用いて実際の追従挙動を再現を試みたところ、実測で得られた各運転者の車間距離-走行速度の関係を良好に再現することに成功している。

 第6章では、運転者の走行挙動に対するサグの影響とは、縦断勾配変化への対応が必然的に遅れることであるとの仮説を提起している。この仮説を縦断勾配変化の補償対応遅れとしてモデル化し、追従走行モデルを用いてサグの隘路現象の再現を試みた。その結果、初期条件に依存することなくサグに隘路が停留し、ここからの各車両のごく弱い加速行動が定常的に継続するという、実測から得られているサグの隘路現象の特徴がシミュレーションでも再現されることを確認した。

 第7章は本研究の結論と今後の課題について述べている。今後の課題として以下の8項目を挙げている。

 1)本研究で提示した、縦断勾配の車両走行に対する影響とは勾配変化の補償対応遅れである、という仮説を人間の実際の加減速行動と対応付けること

 2)自動車ドライバーの視環境として、サグであると充分認識が可能な道路構造設計基準を定量化すること

 3)運転者の予測行動を含め、人間の行動のさらに深い洞察とモデル化により近接走行時の追従走行モデルを改善すること

 4)人間の行動を模擬した追従走行モデルのパラメータの個人間、および個人内のランダム特性を明らかにすること

 5)自動車ドライバーの追従走行の意欲という精神状況に依存する、追従走行モデルのパラメータの「人間くささ」を明らかにすること

 6)自動車のインテリジェント化技術を利用し、人間の運転操作を支援することによって隘路現象を回避、または軽減するための研究開発

 7)わが国の道路交通でとりわけ構成率の高い大型車の追従走行特性の把握

 8)もう一つの問題箇所である長大トンネルの隘路現象への得られた知見の応用

審査要旨

 1953年の名神高速道路の一部供用を皮切りにわが国の高速道路網は着々とその整備が進められ、国民の生活水準の向上に多大な貢献を果たしてきた。今日では、物資の輸送を中心とする経済活動の基盤として、また、週休二日制の広がりから、行楽活動の移動手段として国民生活に欠くべからざるものとなっている。

 ところが、1980年代から高速道路における渋滞問題が顕在化し、10数年を経た現在でも未解決となっている。これは、長大トンネルや、縦断勾配が増加方向に転じる道路構造であるサグを隘路とするものである。ことに行楽シーズンにおいては、全国の高速道路で数10キロメートルにもわたる渋滞を生じる深刻な問題となっている。

 本論文は、サグ構造を隘路とする渋滞問題に焦点を当て、道路構造と自動車運転者の走行挙動との関係を分析することから問題解決の糸口を探ったものである。

 本論文は全7章より構成されている。

 第1章では、研究の目的と、論文の構成が述べられている。

 第2章では、本研究の背景となる事項を、道路の交通容量、単路部の隘路現象の観測、及び車両の追従走行モデルの三つの観点から取りまとめている。

 第3章では、路側からの観測によるデータをもとに、サグを原因とする隘路現象の特徴を分析している。サグにおいては勾配変化のために大きな車群の通過に伴って渋滞が発生しやすく、ひとたび渋滞が発生すると、サグの交通容量はさらに低下して安定し、ここからの車両の加速が非常に緩慢であることをデータから明らかにしている。

 第4章では、交通流を構成する個々の自動車車両の走行挙動データの収集と分析について述べている。走行挙動データは、試験走行車両を用いた追従走行実験と実際の交通流をビデオ撮影した映像の画像処理の2種類の方法から計測している。また、これらの方法をそれぞれ平坦路とサグ部に適用している。

 データの分析からさまざまな追従走行挙動の特徴を指摘しており、特に運転者の加減速挙動のタイムラグが走行状況に依存している事を明らかにしている。

 第5章では、前章の結果に基づいて、過去においてまだ成功していない実用的な追従走行モデルとして、著者独自のモデルを提案している。このモデルは、相対速度を解消しようとする行動と、希望する車間距離に接近しようとする行動、及び前方車の加減速に合わせようとする補正項から構成されている。更に、モデルパラメータの推定方法とその結果について述べている。

 第6章では、運転者の走行挙動に対するサグ部の影響とは、縦断勾配変化への対応が遅れることである、との仮説を提起している。この仮説を縦断勾配変化の補償対応遅れとしてモデル化し、第5章で提案した追従走行モデルにこの項を加えてサグの隘路現象の再現をシミュレーションによって試みている。その結果、シミュレーションの初期条件に依存することなくサグに隘路地点が停留し、ここからの車両のごく弱い加速行動が定常的に継続するという、実測から得られているサグの隘路現象の特徴が再現されることを確認している。

 第7章では、結論として、本研究により得られた知見をとりまとめ、今後の課題を述べている。

 本論文は、人間が操作する自動車の走行挙動が様々な諸元を持つサグ部においてどのような交通流現象を生じせしめるかを推定する手段を提供するものである。本論文による知見は、今後の道路の構造基準の改訂や、道路-車両のインテリジェント化の策定に際して大きく寄与することが期待され、その成果は高く評価できる。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/50888