学位論文要旨



No 211828
著者(漢字) 鮎澤,信家
著者(英字)
著者(カナ) アユザワ,ノブイエ
標題(和) 火山灰土壌によるリン含有めっき排水の吸着処理
標題(洋)
報告番号 211828
報告番号 乙11828
学位授与日 1994.06.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第11828号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大垣,真一郎
 東京大学 教授 藤田,賢二
 東京大学 教授 鈴木,基之
 東京大学 教授 松尾,友矩
 東京大学 助教授 山本,和夫
内容要旨

 近年、湖沼等の富栄養化現象が顕在化したことから、湖沼水質保全特別措置法に基づいて、昭和60年にリン、窒素の排水規制が実施された。

 種々の加工工程でリン化合物を多量に使用し、且つ排出するめっき業、特に電子技術を基盤とする先端産業の発展にともなって大幅に需要が増加した化学ニッケルめっきでは、処理困難な次亜リン酸、亜リン酸を排出するため、この対策に苦慮することとなった。しかし化学ニッケルめっき排水処理に関する報告は、酸化処理を行った後、水酸化カルシウムで沈澱処理する2段法という極めて限られたもので、酸化設備の増設,沈降槽の拡大、等を必要とし、さらに生じた汚泥の処分の問題が残るという状況であった。

 本研究は、リン含有めっき排水の吸着処理に関して、火山灰土壌を一つの無機系リン吸着剤として利用するために、リン吸着能を有する火山灰土壌を明らかにすると共に、火山灰土壌による化学ニッケルめっき系排水中のリン(次亜リン酸,亜リン酸)の吸着特性、ならびに実用的システム化のための検討を行い、めっき排水中のリン吸着処理技術の確立を図ろうとしたものである。

第1章リン含有めっき排水処理の背景

 機能性を重視した電子,精密機械関連産業でのめっきの需要は、全部門の50%以上を占める。このため、これ等のめっきとして多く利用される化学ニッケルめっきに係る薬品類は、平成2年に17,000トンに達した。化学ニッケルめっき加工工程でのリンの排出は(1)めっき洗浄水(常時排水)(2)老化めっき液の2系統からである。プリント配線基板に施す化学ニッケルめっき工程の常時排水、老化液中のリン濃度を調査した結果、常時排水中の全リン濃度は時間経過に伴い増加し、最大112mg/lとなった。また老化液中の全リン濃度は67g/lで、H3PO3/H3PO2は13.4であった。

第2章山梨県内の代表的火山灰土壌の特性評価

 火山から噴出した火山灰は長期的な物理的、化学的風化作用により変化して土壌化するが、この土壌は風化条件によって異なる。本章ではリン吸着剤として優れた土壌を選択するため、八ケ岳,富士山系火山灰土壌を2種ずつ採取し、これ等でH3PO3,H3PO2の吸着実験を行なった。その結果を表1に示した。表から両者のH3PO3,H3PO2に対する吸着量に明らかな差が認められ、リンの吸着剤として、まず八ケ岳系火山灰土壌(Y-1(暗褐色), Y-2(黄褐色)と称す)を選択した。次に、Y-1,Y-2に対する化学成分分析,熱分析,粉末X線回折等の検討結果から、最終的にアロフェンの1種であることを確認したY-2を本研究の試料とした。このY-2は、物理的特性の測定結果、比表面積が213 m2/g,平均細孔直径が40Aと大きく、吸着剤として有用である。さらに地質調査の結果からY-2の推定埋蔵量は、6×10〓m2であったが、採掘可能量は,この中の2〜3%と考える。

表1 八ケ岳系,富士山系火山灰土壌でのH3PO3,H3PO2の吸着挙動
第3章Y-2による亜リン酸,次亜リン酸の吸着特性

 火山灰土壌をリン吸着剤として利用するための基礎的条件の確立を図る目的で、リン吸着に及ぼす溶液のpH,火山灰土壌の熱処理の影響を検討した。Y-2のゼータ電位の測定結果、ゼータ電位はpHの上昇に伴い正から負に変化し、pHが2.5のとき+30mV,pH8では-40mVとなった。このように変異荷電を有する火山灰土壌でのリンの吸着は、溶液系のpHによって影響される。図1に600℃で5時間熱処理したY-2による種々pH溶液系でのH3PO2の吸着挙動を示した。図から明らかなように、H3PO3の吸着量は、溶液のPH値が4と低い時、最大となった。また熱処理温度が400〜600℃の時、H3PO2の吸着量は増大した。さらに火山灰土壌によるリンの吸着は火山灰土壌中のOH-基とのイオン交換反応であり、両者の反応は比較的速く、律速段階は境膜拡散過程であった。これ等を基にして求めたH3PO3,H3PO2の物質移動係数(kt値)は、それぞれ1.2×10-4,4.7×10-5cm/sとなった。

図1Y-2によるH3PO2の吸着等温線
第4章火山灰土壌によるリン吸着除去のための実用的システム化の検討

 本章では、Y-2でのリン吸着処理の実用化を図るための検討を行なった。

 1)試作リン吸着実験装置での模擬化学ニッケルめっき排水中のリン(H3PO3,H3PO2)、およびNi2+イオンの吸着特性は、試験液とスラリー状Y-2の全量を通液速度25ml/minに固定し、反応槽中の火山灰土壌濃度を0.5〜12.0g/lとなるように変化させて検討した。図2に示した様に、各系とも流出量が1,000mlまでほぼ一定値であり、Y-2濃度が高くなるにつれて放流槽から流出する液中のリン濃度は減少した。この結果は物質収支式を展開して得られた計算値と一致し、火山灰土壌によるリン吸着除去装置作製のための実用的情報として提供できる。この時、ニッケルの吸着量はせいぜい0.1mg/g程であった。従ってリンを吸着した火山灰土壌はそのまま土壌に還元できる。

図2試作実験装置によるリンの吸着挙動

 2)火山灰土壌の沈降特性の検討では、粉末状Y-2だけの沈降は非凝集性沈降(最大沈降速度0.3m/hr)であり、固液分離が不利である。しかしポリアクリルアミドが主成分のアニオン系高分子凝集剤、およびポリアルミニウム・シリケート・サルフェート(PASS)を添加すると、Y-2の沈降速度は、前者で13.2m/hr,後者では2.1m/hrとなった。従って、これ等の凝集剤を添加すると固液分離が十分可能であることが判明した。

 3)火山灰土壌をカラム法,あるいはリンの高度処理用フイルターとして利用することを目的として、粒状火山灰土壌(Y-2)、ならびに火山灰土壌(Y-2)漉き込み和紙でのH3PO2吸着特性の検討を行なった。

 混合攪拌造粒法により作製した粒状Y-2(粒子径1mm)を直径10mmのカラムに3g充填して、通液速度2ml/minで通じた時の破過曲線を図3に示した。流入液の初期リン濃度が100mg/lの時、H3PO3の吸着量は10.2mg/gであった。

図3 粒状Y-2によるH3PO3に対する破過曲線

 またリン吸着和紙では、種々量の粉末Y-2をパルプと一緒に漉き込んで作製したリン吸着和紙(直径24mmの和紙10枚)を取り付けたカラムにリン濃度10mg/lの溶液を流速1.5ml/minで通じ、リンの吸着挙動を検討した。Y-2を漉き込まない和紙の場合、リンを全く吸着しないこと、またY-2漉き込み量の増加に伴いリン吸着量は増加することが明らかになった。このことは、リン吸着が和紙中のY-2によるものであることを示すもので、各和紙ともリン吸着量は3.5mg/g(漉き込みY-2)であった。すなわち火山灰土壌漉き込み和紙はリン吸着機能を有するフィルターとして利用可能であることが判明した。

第5章火山灰土壌の利用拡大のための有害イオン吸着除去

 本章は、火山灰土壌の利用拡大を図ることを目的とし、有害物質として厳しい規制値が定められている鉛-スズ合金めっき排水中のフッ素,鉛の吸着除去を検討した。その結果、F-イオン,BF4-イオン、ならびにPb2+イオンの吸着量は、平衡濃度の増加に伴い増加し、平衡濃度が500mg/lの時、それぞれ20mg/g,25mg/g,100mg/gであった。すなわち火山灰土壌はF-,BF4-等の陰イオンばかりでなく有害陽イオンであるPb2+イオンに対しても、優れた選択的吸着剤として有用であることが明らかとなった。

審査要旨

 種々の加工工程でリン化合物を多量に使用し、且つ排出するめっき業、その中でも特に電子技術を基盤とする先端産業の発展にともなって大幅に需要が増加した化学ニッケルめっきでは、処理困難な次亜リン酸、亜リン酸を排出するため、この対策に苦慮している。しかし、化学ニッケルめっき排水処理に関する報告は、酸化処理を行った後、水酸化カルシウムで沈澱処理する2段法という極めて限られたもので、酸化設備の増設,沈降槽の拡大、等を必要とし、さらに生じた汚泥の処分の問題が残るという状況である。

 本研究は「火山灰土壌によるリン含有めっき排水の吸着処理」と題し、リン含有めっき排水の吸着処理に関して、火山灰土壌を一つの無機系リン吸着剤として利用するために、リン吸着能を有する火山灰土壌を明らかにすると共に、火山灰土壌による化学ニッケルめっき系排水中のリン(次亜リン酸,亜リン酸)の吸着特性、ならびに実用的システム化のための検討を行ない、めっき排水中のリン吸着処理技術を確立した。

 第1章は、リン含有めっき排水処理の背景を示している。

 第2章では、山梨県内の代表的火山灰土壌の特性評価を行ない、リンの吸着剤として、まず八ケ岳系火山灰土壌{Y-1(暗褐色),Y-2(黄褐色)と称す}を選択し、化学成分分析,熱分析,粉末X線回折等の検討結果から、最終的にアロフェンの1種であることを確認したY-2を吸着剤として有用なものであるとしている。

 第3章では、Y-2による亜リン酸,次亜リン酸の吸着特性を明らかにしている。リン吸着に及ぼす溶液のpH,火山灰土壌の熱処理の影響を検討し、溶液系のpHによって影響され、H3PO3の吸着量は、溶液のpH値が4と低い時、最大となることを示している。また熱処理温度が400〜600℃の時、H3PO2の吸着量が大きくなることを示している。さらに火山灰土壌によるリンの吸着は火山灰土壌中のOH-基とのイオン交換反応であり、両者の反応は比較的速く、律速段階は境膜拡散過程であることを明らかにしている。

 第4章では、火山灰土壌によるリン吸着除去のための種々の実用化の検討を行なっている。模擬化学ニッケルめっき排水中のリン(H3PO3,H3PO2)、およびNi2+イオンの吸着特性は、Y-2濃度が高くなるにつれて流出液中のリン濃度は減少し、物質収支式を展開して得られた計算値と一致した。また、ニッケルの吸着量はせいぜい0.1mg/g程であり、処理に用いた火山灰土壌はそのまま土壌に還元できることを明らかにした。

 粉末状のY-2を用いる場合には、ポリアクリルアミドが主成分のアニオン系高分子凝集剤、およびポリアルミニウム・シリケート・サルフェート(PASS)の添加が有効であり、これらの凝集剤を添加すると固液分離が十分可能であることを明らかにした。

 混合攪拌造粒法により作製した粒状のY-2(粒子径1mm)については、流入液の初期リン濃度が100mg/lの時、H3PO3の吸着量は10.2mg/gであることを示している。

 種々量の粉末Y-2をパルプと一緒に漉き込んで作製したリン吸着和紙を開発し、実験データとしてリン吸着量3.5mg/g(漉き込みY-2)を得て、火山灰土壌漉き込み和紙はリン吸着機能を有するフィルターとして利用可能であることを明らかにしている。

 第5章は火山灰土壌の利用拡大のための有害イオン吸着除去を検討したものである。厳しい規制値が定められている鉛-スズ合金めっき排水中のフッ素,鉛の吸着除去を検討し、火山灰土壌はF-,BF4-等の陰イオンばかりでなく有害陽イオンであるPb2+イオンに対しても、優れた選択的吸着剤として有用であることを明らかにしている。

 第6章は総括である。

 以上を要するに、本論文は、火山灰土壌によるリン含有めっき排水の吸着処理の手法を開発したものであり、都市環境工学の分野の発展に大いに貢献する成果である。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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