学位論文要旨



No 211830
著者(漢字) 宇津野,秀夫
著者(英字)
著者(カナ) ウツノ,ヒデオ
標題(和) 防音材料の減衰性能に関する研究
標題(洋)
報告番号 211830
報告番号 乙11830
学位授与日 1994.06.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第11830号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 近藤,恭平
 東京大学 教授 小野田,淳次郎
 東京大学 教授 塩谷,義
 東京大学 助教授 鈴木,真二
 東京大学 助教授 武田,展雄
内容要旨

 近年生活が豊かになるにつれ、これまでは副次的とされていた感性や快適性に着目した製品が開発されるようになってきた。騒音もその対象の一つで、実際に静粛性や快適音をセールスポイントとした技術、製品を身近に見い出すことは容易である。もちろん高速化、小型化などの機能面の充実も引き続き企図されるため、静音化を図る上での技術的課題は、増加すると共に困難の度合いを強めていると言える。このため、静音化と高機能化との両立が、今後機械技術者にとって重要な技術課題になってくると予想される。

 機械の静音化設計では、吸音材料や制振材料などの防音材料がよく使用される。吸音材料は空気の波動を、制振材料は固体の振動を対象とするが、どちらも減衰効果を利用して振動エネルギの低減を図り、最終的に騒音を防止する機能を有する。これらの防音材料を用いると、比較的容易に大きな減衰効果を実現でき、大幅な形状変更や重量の増加を招くことなく、振動や音響特性の改善が図れる場合が多い。そこで本研究では、代表的な防音材料である多孔質吸音材と制振鋼板の減衰特性に焦点を当て、減衰特性を考慮した静音化設計技術の開発と、その実用化とを目的とする一連の研究を実施した。

 まず始めに、吸音材料中を伝播する音波の伝播速度と実効密度とを、広範な周波数域で一括して測定するimproved two-cavity法(図1)を開発した。本手法では、減衰を考慮した1次元波動方程式より、実効密度と伝播速度とを吸音材両端の境界条件を用いて表現する式を提案している。ここで一端を剛壁で閉じた音響管内に、空気層を設けて吸音材を配置すると、吸音材後面の境界条件は閉管の音響インピーダンスとして解析的に与えられ、前面の境界条件は、2点マイク法で測定可能である。グラスウール、ウレタンフォームなどを供試体に用い、実効密度と伝播速度とを測定した。結果の妥当性を検証するため、吸音材厚と背後空気層深さとを任意に設定し、その条件における吸音率と音響インピーダンスとを、求めた伝播速度と実効密度とから計算した。次に設定条件を満たすように実際に吸音材を切り出し、吸音率と音響インピーダンスとを測定した。計算値と測定値とは図2に示すように極めて良く一致しており、提案する手法の妥当性を検証できる。なお本手法は、伝播速度と実効密度の測定効率を従来法に比べ飛躍的に向上させただけでなく、任意厚・任意空気層深さの吸音材特性を計算で求めることができ、吸音材選定における有効な手法とも言える。

図表図1 improved two-cavity法 / 図2 吸音率の比較

 次に3次元の境界要素法の定式化を行い、実物大の自動車車室音場を対象に境界要素法の適用可能性を検討した。剛壁で構成される車室空間に対しては、既に有限要素法を用いた研究が報告されているが、境界要素法を用いても同等な精度で車室の音響共鳴周波数や共鳴モードを計算できることを示した。さらに石膏製車室(図3)を用いた実験とも比較して、計算手法の妥当性を検証した。続いて内壁の一部に実車仕様の吸音材を装着した吸音性音場(図4)を検討した。この場合、吸音材効果を局所作用的であると仮定し、2点マイク法で測定した吸音材表面の音響インピーダンスを境界条件と課した。吸音性車室空間に対しても、共鳴周波数の計算値と実験値とはほぼ一致する結果を得ることができ、車室共鳴問題に3次元境界要素法が有効であることを報告した。ただし前席のように空気中に浮いた吸音材のモデル化には、局所作用効果ではなく、吸音材を音波が伝播する一つの媒質と見なした、体積作用効果の取扱いが必要となることを指摘した。

図表図3 石膏製車室 / 図4 吸音性音場

 吸音材の体積作用効果を考慮した研究は、主に消音ダクトの性能解析の分野で進められてきた。体積作用効果を示す吸音性音場の共鳴問題では、周波数毎に高精度の実効密度データと伝播速度データとが必要なことも一因して、共鳴周波数の予測精度は充分ではなかった。そこで境界要素法プログラムを、吸音材と空気とが混在する多媒質の音場に適用できるように拡張し、吸音材の特性データとしてimproved two-cavity法で測定した実効密度と伝播速度とを利用する吸音性音場解析手法を提案した。自動車前席のように吸音材が空中に浮いた音場空間(図5)と、吸音材で仕切られた2つの部屋からなる音場空間とを対象に、周波数応答関数、共鳴周波数、減衰比などを計算し、実験との比較を行った。図6に示すように計算と実験とは極めて良く一致しており、体積作用効果を示す吸音性音場が、提案する手法で精度良く解析できることを報告した。また多層型吸音材の吸音性能解析にも提案する手法が有効であることを示した。

図表図5 吸音音場モデル / 図6 計算と実験との比較

 本研究のもう一つの課題である制振鋼板は、2枚の鋼板の間に粘弾性体を挟んだ三層構造で、自動車、家電、建材などの騒音低減に広く用いられている。三層梁の減衰性能は、正弦状の振動モードを前提に導かれたRKUモデルと、任意の振動モードに適用できるDTMMモデルとが提案されている。本研究のように可聴域の騒音を対象とする場合、RKUモデルの前提は必ずしも不合理とは言えず、逆に三層梁の減衰特性を複素曲げ剛性で簡潔に表現できる点は魅力である。そこで工学的見地からRKUモデルの有用性に検討を加えた。

 始めに三層梁の振動を、DTMMモデルに従って定式化する。Euler-Bernoulli梁の仮定をおき、面外方向の慣性力を考慮すると、三層梁の曲げ振動は撓み変位wの6階の微分方程式となる。ここで境界条件として両端単純支持条件を与えると、最終的に撓みに関する4階の微分方程式を得、RKUモデルと完全に一致する結果を得た。次に図7に示す両端が自由で中央を加振支持された三層梁の駆動点モビリティを、複素曲げ剛性EI(1+j)を用いて表現する式を導いた。実験に際しては、事前に試験片の切り出し方法を検討し、シャーリングでも切断面を機械加工で仕上げれば、レーザ切断に遜色無い傾向を示す。その後で、駆動点モビリティの周波数応答関数計算値と測定値とを比較すると、両者は極めて良い一致性(図8)を示した。正弦波振動モードを仮定して導かれたRKUモデルが、一例ではあるが他境界条件にも充分有効であることを検証した。

図表図7 中央加振支持梁 / 図8 駆動点モビリティの比較

 次に歪エネルギの平衡条件に着目してもRKUモデルが導かれることを示す。その後で粘弾性体の複素せん断弾性係数G(1+j)と三層梁の損失係数との関係を検討し、制振鋼板用の粘弾性体に望まれる特性を明確にした。粘弾性体のせん断弾性係数は、損失係数が極大値を示す周波数に関連することを数値実験により見いだし、可聴域周波数に極大値をもたらすせん断弾性係数の値を例示した。またせん断弾性係数の値に周波数特性を与えれば、損失係数が周波数に依存せず一定となる可能性があることを見い出した。実際に使用されている粘弾性体の特性が、上述の指針にほぼ合致していることを確認した。さらに、制振鋼板損失係数の温度依存性や周波数依存性が、粘弾性体の複素せん断弾性係数の挙動から説明できることを示した。

 続いて、制振鋼板梁の損失係数を、広範な周波数域にわたり一括して測定する手法を提案した。対象とする制振梁の中央を加振して、駆動点モビリティを計測し、前述した駆動点モビリティ計算式の逆問題を解くことにより複素曲げ剛性EI(1+j)を同定した。本手法により、損失係数と曲げ剛性とが周波数に対して連続的に求める事ができた(図9,10)。ただし共振周波数近傍においては従来法と同程度の精度が得られたが、それ以外の周波数では誤差が生じており今後に課題を残した。また正しく求まった共振周波数近傍の複素曲げ剛性データから、中間層粘弾性体のせん断弾性係数を算出できる事を示した。

図表図9 損失係数の同定結果 / 図10 曲げ剛性の同定結果

 最後に、制振鋼板成形品の振動低減効果を概算する手法(図11)を提案した。普通鋼板から制振鋼板への置換効果を、形状に起因する項と材料定数の違いによる項とに分けて考え、前者を普通鋼板成形品の振動実験より求めたモーダルパラメータ、後者は曲げ剛性EIから複素曲げ剛性EI(1+j)への変更として表現する。両者を結合すると、制振鋼板成形品のモーダルパラメータを概算可能となる。成形品としてファンケースを取り上げ、本手法を適用して振動低減効果を推定したところ、計算と実験とはほぼ一致し(図12)、本手法が概算手法として工学上有用であることを検証できた。また求めた伝達モビリティ関数からインパルス応答を計算し、実時間畳み込み積分器を利用して、普通鋼板と制振鋼板との音質の違いを試聴するシステムを提案した。さらに伝達モビリティを格子状の多数点で求め、境界要素法音場解析プログラムに境界条件として代入する事で、制振鋼板製成形品の放射音を計算できる事を示した。

図表図11 概算手法の概念 / 図12 計算と実験との比較

 以上に示した吸音材料と制振鋼板に関する研究により、吸音材料を利用する自動車車室などの吸音性音場の解析と、制振鋼板を使用するプレス成形品などの減衰振動の解析に、有効な手法を提示する事ができた。機械騒音の低減が強く望まれるなか、本研究で開発した防音材料の利用技術は、今後その有用性を高めていくものと思われる。

審査要旨

 工学修士宇津野秀夫提出の論文は、「防音材料の減衰性能に関する研究」と題し、9章からなっている。

 機械の静音化設計では、防音材料である吸音材料および制振材料の減衰効果が利用される。これは、防音材料を用いると、比較的容易に大きな減衰効果を実現でき、大幅な形状変更や重量の増加を招くことなく、騒音や音響特性の改善が図れるからである。本論文では、代表的な防音材料である多孔質吸音材料と制振鋼板の減衰性能を解析し、その減衰特性を考慮した音場の解析法を導き、静音化設計のための指針を提示している。

 第1章は緒論であり、防音材料についての従来の研究を概説し、減衰特性を厳密に考慮した静音化設計技術を確立するという本論文の目的を述べている。

 第2章では、複素数で表わされる吸音材料中の音波の伝播速度と実効密度を、広範な周波数域に亘って測定する方法を提案している。後端を剛壁で閉じた音響管内に吸音材を配置し、管の前端で白色雑音により加振する。そして吸音材の位置を変え、吸音材前方の二点での音圧の伝達関数を計測することにより伝播速度と実効密度を求めており、その有効性を実験により検証している。

 第3章では、壁面に吸音材料を用いた音場を、境界要素法によって解析している。吸音材料の効果を「局所作用効果」と考え、境界条件としては吸音材表面の音響インピーダンスを与えている。自動車車室の音場の解析結果と実験との比較から、後席のみに吸音材を用いた場合には、この解析法が有効であることが示されている。しかし、前席にも吸音材を用いた場合には、吸音材中を音波が伝播する媒質であると見なした「体積作用効果」を考慮する必要があることを指摘している。

 第4章は、第3章で指摘された「体積作用効果」を考慮しなければならない場合の音場を、境界要素法で解析している。すなわち、吸音材と空気とからなる多媒質の音場と見なす解析方法を提案し、数値解析結果が実験結果とよく一致することを示している。

 第5章では、制振材料である二枚の鋼板の間に粘弾性体を挟んだ三層梁の振動を、複素曲げ剛性を用いて解析している。両端が自由で中央を加振支持された梁の実験を行い、理論解析結果を検証している。

 第6章では、三層梁の損失係数と粘弾性体の複素せん断弾性係数との間の関係を理論的に検討し、制振鋼板の粘弾性体に望まれる特性を明確にしている。また、制振鋼板の温度依存性や周波数依存性が、粘弾性体の複素せん断弾性係数の挙動から説明できることを明らかにしている。

 第7章では、制振鋼板梁の複素曲げ剛性を広範な周波数域に亘って測定する方法を提案している。すなわち、梁の中央を加振して駆動点モビリティを求め、逆問題を解くことによって複素曲げ剛性を同定できることを示している。

 第8章では、普通鋼板を制振鋼板に置き換えたときの効果を予測する方法を提案している。普通鋼板成形品のモーダルパラメータである等価質量、等価剛性、等価損失係数を加振実験より求め、次に曲げ剛性を複素曲げ剛性に変更することにより置換効果を予測している。そして、実験によりその予測法の有効性を明らかにしている。また、求めた伝達モビリティを多数点で求め境界要素法の境界条件として代入することで、制振鋼板成形品の放射音を計算できることを示している。

 第9章は結論であり、本研究で得られた成果を要約している。

 以上要するに、本論文は吸音材料および制振材料の減衰特性を考慮した音場解析法を示し、実験によりその有効性を検証しており、機械騒音の低減技術の確立のために貢献するところが大きい。

 よって本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/50889