学位論文要旨



No 211834
著者(漢字) 杉本,常実
著者(英字)
著者(カナ) スギモト,ツネミ
標題(和) Bi-Sr-Ca-Cu-O系超電導超薄膜の化学的気相堆積および成長機構
標題(洋)
報告番号 211834
報告番号 乙11834
学位授与日 1994.06.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第11834号
研究科 工学系研究科
専攻 金属工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 吉田,豊信
 東京大学 教授 石田,洋一
 東京大学 教授 梅田,高照
 東京大学 教授 佐久間,健人
 東京大学 教授 牧島,亮男
内容要旨

 1986年、Bednorz & Mullerにより酸化物高温超電導体が発見されて以来、より高い臨界温度を有する超電導体の探索、超電導発現メカニズムの研究、さらに高温超電導体の産業・社会での応用を目指した研究開発が活発に行なわれ、その進展にはめざましいものがある。薄膜化プロセス技術は高温超電導体を電子デバイス等に応用するために不可欠なキーテクノロジーの一つであり、物理的気相堆積法である蒸着法、スッパタリング法、レーザーアブレーション法や化学的気相堆積(Chemical Vapor Deposition:CVD)法であるMOCVD(Metalorganic Chemical Vapor deposition)法、ハライドCVD法などの研究開発が行なわれている。これらの薄膜化プロセス技術の中でもMOCVD法は、原子層レベルから高速成膜に至る広範囲な成膜速度が実現できること、複雑な形状を有する基板への膜堆積が可能であること、容易な大型化、高い生産性、など多くの有望な特徴を備えている。

 酸化物超電導薄膜を電子デバイスに応用する場合、デバイス特性を満足する薄膜を作製するために種々の制御技術を開発していかなければならないが、それらの中でも1単位格子レベルの超薄膜の作製技術と配向制御技術は特に重要な要素技術である。さらに、薄膜成長メカニズムの理解や成長モード(二次元成長または三次元成長)のコントロールが超薄膜や高品質膜を実現する上で重要となるが、化学的気相堆積法で作製された薄膜の成長メカニズムの研究は少なく、これまでほとんど理解されていなかった。

 本研究では酸化物超電導体の中でも特に臨界温度の高いBi-Sr-Ca-Cu-O系超電導体の超薄膜の作製をMOCVD法で試みた結果、成膜速度および成膜温度を最適化することによりBi-Sr-Ca-Cu-O系超電導体の1単位格子長に近い平均膜厚3.5nmで60K以上の臨界温度を有する超薄膜を世界で初めて実現した。また、これまでBi-Sr-Ca-Cu-O系超電導体では困難と考えられていたa軸配向膜をMOCVD法により(100)MgO基板上に作製することに成功した。a軸配向膜は成膜温度が低く成膜速度が速い条件で優先形成し、逆に成膜温度が高いか、または成膜速度が遅い条件ではc軸配向膜が優先形成することを見いだした。さらに、BiまたはCuを化学量論組成よりも少なくすることでa軸配向膜が優先形成すること、逆に多くするとc軸配向膜が優先形成することを見いだした。これらの結果から、MOCVD法の場合にはa軸配向とc軸配向が成膜パラメーター(成膜温度、成膜速度、膜組成)により制御できることが明らかになった。一方、(110)SrTiO3基板を用いることにより、基板面に対してc軸が41〜45゜傾斜した薄膜の作製をMOCVD法で実現した。(110)SrTiO3基板に作製した薄膜にはc軸が基板面に対して41°傾斜した配向成分と45°傾斜した配向成分の2種類が存在していること、Bi組成により優先形成する配向成分が異なってくることを断面TEM観察、XRDのロッキングカーブ測定から明らかにした。Bi組成により優先形成する配向成分が異なってくる現象は(110)SrTiO3基板と2種類の配向成分の格子整合の違いから説明することができた。また、[110]方向に5°傾斜した表面を有する(110)SrTiO3基板を用いることにより、基板面に対してc軸が41〜45゜傾斜しているばかりでなく、基板面内においてもほぼ一方向に配向した薄膜の作製に成功した。

 MOCVD法で作製した薄膜の成長モードを初めて実験的に明らかにした。(100)MgO基板上に成長した薄膜の成長初期の表面モフォロジーをSEM観察した結果、平均膜厚1.5nmで基板表面がほぼ完全に被覆されることがわかった。さらに、薄膜の成長初期過程をXPSにより追跡した結果、Bi-Sr-Ca-Cu-O系超電導体の構成元素からの光電子スペクトル強度が平均膜厚の増加と共に直線的に増加し、1.5nmの整数倍の平均膜厚で直線の傾きが減少することがわかった。これらの結果から、MOCVD法による薄膜成長が2212相のc軸単位格子長の半ユニット(1.5nm)を最小単位とする二次元核の形成を伴った多核2次元成長モードで進行していることが明らかとなった。また、MOCVD法で成長した薄膜と真空中で劈開した2212相単結晶について、各構成元素からの光電子スペクトル強度を比較した結果、Biからの光電子スペクトル強度を基準とした各構成元素の光電子スペクトル強度比が一致していた。この結果はMOCVD法で成長した薄膜と真空中で劈開した2212相単結晶(最表面はBiO面)において、c軸方向における最表面からの原子配列が一致していることを示しており、このことから薄膜成長の最小単位がBiO面で終端することが推測された。

 [001]方向に微傾斜した表面を有する(100)MgO基板および(100)SrTiO3基板に薄膜成長した場合、MgO基板、SrTiO3基板ともに基板面傾斜角度が5゜の場合には特徴的なステップ状のモフォロジーを有する薄膜が成長したが、基板面傾斜角度が1°の場合にはステップ状表面のテラスに2次元核またはその成長中の2次元島が高分解能FE-SEMにより観察された。AFM測定の結果、基板面傾斜角度が1゜の基板に成長した薄膜のステップ間隔が基板面傾斜角度5゜の基板に成長した薄膜のステップ間隔よりも約2倍長くなっていることから、基板面傾斜角度が1゜の基板では成長表面のステップ間隔が長いために表面吸着分子が表面拡散によりステップ端面に到達する前に吸着分子どうしの合体による2次元核の形成が起こっていると考えられた。これらの実験結果から微傾斜基板表面上において薄膜がステップフロー成長モードで成長していることを実証した。

 MOCVD法で作製した種々の薄膜の抵抗-温度依存性、臨界電流密度(Jc)の温度依存性・磁場依存性を測定し、その結果に基づいて薄膜の微細組織構造を議論した。(100)MgO基板に作製した平均膜厚5〜200nmのc軸配向膜、5°傾斜した(100)SrTiO3基板に作製したc軸配向膜のJcの温度依存性、磁場依存性が磁束クリープモデルに従うことから、これらの薄膜がジョセフソン接合タイプの粒界のない薄膜であることが明らかになった。さらに、(110)SrTiO3基板に作製した薄膜のJcの温度依存性が磁束クリープモデルに一致することから、この薄膜中に多数存在している90゜に近い角度を有する大傾角粒界が弱結合性を有していないことが明らかとなった。

審査要旨

 本研究は酸化物高温超電導体のデバイス応用への基礎となる薄膜プロセシングに関するもので、特に有機金属を用いた化学的蒸気堆積法(MOCVD法)による単位格子レベルの超薄膜堆積技術の確立とその堆積機構解明を目指したものである。

 本論文は全6章から構成されている。

 第1章は序論であり、本研究の背景となる酸化物超電導体の超薄膜作製例やその成長機構に関する研究現状を概観し、Y-Ba-Cu-O系に比べBi-Sr-Ca-Cu-O系(以下Bi-系)に関する研究例が殆ど無いこと、及びMOCVD法が本研究に最も適していることを指摘するとともに本研究の位置付けを明示し、その目的及び本論文の構成が述べられている。

 第2章はMOCVD法によるBi-系超電導薄膜堆積における堆積速度、基板温度、酸素分圧等のプロセスパラメタと堆積膜の超電導特性や結晶性との関連について述べ、最適条件下(0.3nm/min,800℃,8.8Torr)で、Bi-系超電導体の1単位格子長にほぼ相当する平均膜厚3.5nmで臨界温度が60K以上を示す2223相単相の超薄膜が堆積可能であることを世界で初めて示すとともに、超薄膜の劣化防止にはBiO保護膜のその場堆積が有効であることなどを示した。

 第3章は配向制御に関する実験結果がまとめられており、MgO基板を用い堆積速度、基板温度、及びBi又はCuの化学量論組成比からのズレを制御することによりa軸またはc軸配向制御が可能であることを示した。特に、Bi-系ではそれまで困難とされていたa軸配向膜の堆積を可能としたことは高く評価されている。更に(110)SrTiO3基板を用いることにより基板面に対してc軸が41-45゜傾斜した薄膜の堆積条件も見出し、更に[110]方向に5゜傾斜した(110)SrTiO3基板を用いることにより、基板面に対してc軸が41-45°傾斜しているばかりでなく、基板面内においてもほぼ一方向に配向した薄膜堆積も可能とし、これら堆積条件による配向制御に関しては配向結晶面の原子配列及び基板との格子整合により統一的な説明を試みている。

 第4章はMOCVD法によるBi-系超電導超薄膜の成長モードを明らかにするための実験手法及び結果が詳細にまとめられている。(100)MgO基板上に堆積した膜の成長初期表面の高分解能SEM観察及びXPSスペクトルの堆積時間依存からMOCVD法によるBi-糸薄膜成長は単位格子長の半ユニット(1.5nm)を最小単位とする二次元核の形成を伴った多核二次元成長モードで進行することを明示するとともに、この最小単位の端面がBiO面である可能性が強いことを示した。又、[001]方向に5゜又は1°微傾斜した表面を有する(100)MgO及び(100)SrTiO3基板上への堆積から、5°傾斜基板ではステップ状の特徴的な表面形状を有する薄膜の成長を、他方1゜傾斜基板ではステップ状表面のテラスに2次元核又は2次元島を常に観察したこと、及び両者のステップ間隔の違いをしめす原子間力顕微鏡測定の結果等から微傾斜基板上ではBi-系超薄膜はステップフローモードで成長することを実証した。

 第5章は超電導特性評価の詳細とそれらに基づく薄膜の微細組織構造が議論されている。特に、c軸配向膜や第3章で示した各種配向膜の臨界電流値の温度および磁場依存が磁束クリープモデルに従うことから、これらの膜中の弱結合粒界の存在は無視し得ることを示し、本法がデバイスに応用可能な超電導超薄膜堆積プロセスとして有望であると提言している。

 第6章は結論であり、本論文の成果が総括されている。

 以上、本研究はMOCVD法によるBi-系超電導超薄膜プロセスの基盤、要素技術を多様な実験手法により確立しようとしたものであり、材料学における薄膜並びに超伝導に関する学問分野の進歩発展に寄与するところが大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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