本研究は酸化物高温超電導体のデバイス応用への基礎となる薄膜プロセシングに関するもので、特に有機金属を用いた化学的蒸気堆積法(MOCVD法)による単位格子レベルの超薄膜堆積技術の確立とその堆積機構解明を目指したものである。 本論文は全6章から構成されている。 第1章は序論であり、本研究の背景となる酸化物超電導体の超薄膜作製例やその成長機構に関する研究現状を概観し、Y-Ba-Cu-O系に比べBi-Sr-Ca-Cu-O系(以下Bi-系)に関する研究例が殆ど無いこと、及びMOCVD法が本研究に最も適していることを指摘するとともに本研究の位置付けを明示し、その目的及び本論文の構成が述べられている。 第2章はMOCVD法によるBi-系超電導薄膜堆積における堆積速度、基板温度、酸素分圧等のプロセスパラメタと堆積膜の超電導特性や結晶性との関連について述べ、最適条件下(0.3nm/min,800℃,8.8Torr)で、Bi-系超電導体の1単位格子長にほぼ相当する平均膜厚3.5nmで臨界温度が60K以上を示す2223相単相の超薄膜が堆積可能であることを世界で初めて示すとともに、超薄膜の劣化防止にはBiO保護膜のその場堆積が有効であることなどを示した。 第3章は配向制御に関する実験結果がまとめられており、MgO基板を用い堆積速度、基板温度、及びBi又はCuの化学量論組成比からのズレを制御することによりa軸またはc軸配向制御が可能であることを示した。特に、Bi-系ではそれまで困難とされていたa軸配向膜の堆積を可能としたことは高く評価されている。更に(110)SrTiO3基板を用いることにより基板面に対してc軸が41-45゜傾斜した薄膜の堆積条件も見出し、更に[110]方向に5゜傾斜した(110)SrTiO3基板を用いることにより、基板面に対してc軸が41-45°傾斜しているばかりでなく、基板面内においてもほぼ一方向に配向した薄膜堆積も可能とし、これら堆積条件による配向制御に関しては配向結晶面の原子配列及び基板との格子整合により統一的な説明を試みている。 第4章はMOCVD法によるBi-系超電導超薄膜の成長モードを明らかにするための実験手法及び結果が詳細にまとめられている。(100)MgO基板上に堆積した膜の成長初期表面の高分解能SEM観察及びXPSスペクトルの堆積時間依存からMOCVD法によるBi-糸薄膜成長は単位格子長の半ユニット(1.5nm)を最小単位とする二次元核の形成を伴った多核二次元成長モードで進行することを明示するとともに、この最小単位の端面がBiO面である可能性が強いことを示した。又、[001]方向に5゜又は1°微傾斜した表面を有する(100)MgO及び(100)SrTiO3基板上への堆積から、5°傾斜基板ではステップ状の特徴的な表面形状を有する薄膜の成長を、他方1゜傾斜基板ではステップ状表面のテラスに2次元核又は2次元島を常に観察したこと、及び両者のステップ間隔の違いをしめす原子間力顕微鏡測定の結果等から微傾斜基板上ではBi-系超薄膜はステップフローモードで成長することを実証した。 第5章は超電導特性評価の詳細とそれらに基づく薄膜の微細組織構造が議論されている。特に、c軸配向膜や第3章で示した各種配向膜の臨界電流値の温度および磁場依存が磁束クリープモデルに従うことから、これらの膜中の弱結合粒界の存在は無視し得ることを示し、本法がデバイスに応用可能な超電導超薄膜堆積プロセスとして有望であると提言している。 第6章は結論であり、本論文の成果が総括されている。 以上、本研究はMOCVD法によるBi-系超電導超薄膜プロセスの基盤、要素技術を多様な実験手法により確立しようとしたものであり、材料学における薄膜並びに超伝導に関する学問分野の進歩発展に寄与するところが大きい。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |