パーベーパレーションは、水/エタノール系など共沸混合物の分離に対して特に有効な膜分離法であり、これ迄に分離性と透過性の両者を高める努力がなされて一部は実用化されるに至っている。 この方法の分離メカニズムは基本的に溶解拡散説によって説明される。この内、溶解段階、即ち分離膜の膨潤については、高分子網目の混合液体中での膨潤に関するFlory-Huggins(F-H)モデルが有効である。本研究では、水/アルコール系のパーベーパレーションを対象とし、従来検討されていなかった膜高分子のイオン解離の効果を膨潤モデルに含ませて、膜の分離性能(分離性・透過性)発現のメカニズムに対して考察を行った。現在まで多くのイオン性高分子分離膜が知られており、これらの膜の膨潤について解析するためには、イオン基の効果を無視できないと考えられるからである。またこの様な考察は、膜分離性能向上のための指針を得る目的のためにも不可欠である。 [膨潤モデルの提案] 分離膜の膨潤においては、膨潤度と選択溶解性の二つの観点から評価することが必要てある。この目的のために、第2章では、イオン性高分子網目の混合液体中での膨潤現象を記述するF-Hモデルを提案した。このモデルは従来知られていた純粋液体中におけるイオン性高分子網目の膨潤に関する自由エネルギ-Fを混合液体中での膨潤に拡張したものに対応する。これから導かれる膨潤平衡式∂F/∂n,=0から、混合液体中に存在する膨潤体内部での各液体の溶解量(体積分率)1,2を計算できる。これにより、外部液体組成変化による膨潤度V/と選択溶解性Rの変化を計算したところ次の結果を得た。 (2-1)外部液体組成の変化によって起こる体積転移を、単一液体近似を用いることなく、直接的に説明することができた。 (2-2)外部液体組成の変化に対して選択溶解性が不連続に変化するという実験事実に対しても説明を与えることができた。これは単一液体近似では説明できなかったことである。 以上のように、ここで提案されたモデルにより、従来報告されている幾つかの実験事実を、従来モデルに較べてより合理的に説明することが可能である。従って、本膨潤モデルは混合液体中でのイオン性高分子網目の膨潤特性を一般的に解析するために有効であることが認められた。 [選択溶解性向上のための指針を把握] 第3章では、拡張された本膨潤モデルを分離膜の膨潤に適用し、分離対象物に対して高い選択溶解性を得るための条件(膜素材選択・膜構造制御指針)について知見を集めることとした。選択溶解性Rと膨潤度の関係式を導き、これに基づいて、水/エタノール混合物による膜の膨潤を解析した結果、液体分子の体積比sと1の大小関係により選択溶解性向上のための指針が異なることが見いだされた。具体的にはs<1(水選択溶解)、s>1(エタノール選択溶解)に対して、 (3-1)水選択溶解性は、低膨潤度において非常に高くなること (3-2)エタノール選択溶解性の条件として、 a)パラメータijが2つの不等式を満たし、 b)膜が適度な膨潤度を持つ必要があること が明らかにされた。(3-1),(3-2)はいずれも架橋やイオン処理による膜の膨潤度制御が重要であることを意味し、さらに(3-2)-a)の不等式は膜素材選択の指針を与えるものである。(3-1)は、高い分離性を持つ水選択分離膜の選択溶解性が架橋により増加するという既往の実験結集により支持された。一方、エタノール分離膜であるシリコーンゴム膜の膨潤実験を行い、その結果から推算したijの値が上記(3-2)-a)の不等式を満たすことを確認した。 また、水およびエタノールの平均的な拡散係数DW,DEを用い、一般にDW>DEを考慮して、分離性を=(DE/DW)Rと評価することの妥当性を検討した。実験を行ったシリコーンゴム膜においてDE/DWはほぼ0.6〜0.8と推定された。これは既往の報告と比較して妥当な値であり、その結果、この様な評価法により上記(3-1),(3-2)の選択溶解性向上のための指針は、膜の分離性向上に関しても有効な知見であることが示された。 [水選択分離膜の分離性と透過性の関係を明確化] 第4章では、前章迄の考察に基づき、水選択分離膜のパーベーパレーションにおける分離性と透過性の反比例的関係式∝J1-1/sを提案し、キトサン膜及びその酸処理膜を用いた実験からその妥当性を評価した。この膜に対して、アルコールの種類、酸イオンの種類・量を変えてこの関係を検証した結果は次の通りであった。 (4-1)水/エタノール系に対して、予想通り上記の関係式が成立した。さらに水/メタノール系に関してもこの関係が成立し、アルコールの分子体積V2のsへの依存性が確認された。 (4-2)酸処理によるキトサン膜の選択性の増加と透過性の減少は、膜中のアミノ基の解離度が減少し膨潤度が低下したものとして解釈できた。 これらのことはイオン性高分子網目モデルがキトサン膜に適用されることを表している。以上、従来知られていたとJの反比例的関係を定量的に説明しうることからも、拡張したF-Hモデルにる膨潤平衡の解析が有効であることが認められた。 さらにこのモデルに基づけば、J1/s-1を増加させるためには、 (4-3)水の拡散係数DWを高めること、 (4-4)水とアルコールの膜高分子に対する親和性の差を高めること、 が必要があることも示された。即ち、膜素材選択に当たって、これ迄にも一般的指針となっている上記(4-3),(4-4)の点が膨潤モデルの上から確認された。 [膜中濃度分布測定と∝J1-1/sの関係における拡散の効果の評価] 第5章では、膜の膨潤が透過物質の膜内拡散係数に及ぼす効果について検討を行った。パーベーパレーションにおける膜中の透過物質濃度、即ち膜の膨潤度は膜厚方向で変化するが、これを透過速度の2次圧依存性から求める方法を提案した。本方法により、水およびエタノールが単独に透過する状態での、膜中における濃度分布を求めることに成功した。 この濃度分布から膜内拡散係数DW,DEを計算したところ、その値自体は従来得られている値と比較して妥当なものであり、その濃度依存性は自由体積モデルによって合理的に説明された。さらに、 (5-1)セルロースアセテート膜内ではDE<DWであり、膨潤度の増加によりDE,DWいずれも増加する (5-2)シリコーンゴム膜内ではDEは膨潤度によらずほぼ一定であり、セルロースアセテート内に比べ数十倍大きい 等の知見も得られた。 このことを基に、前章で得た関係∝J1-1/sにおける拡散の効果を評価した結果、この分離性と透過性の関係式は拡散係数が濃度に依存する場合でも矛盾なく成立することが支持された。 以上、はじめに提起した問題と目的に即して研究を行った結果、次の結論を得た。 パーベーパレーションによる水/エタノール分離においては、膜分離性能は主として膜の膨潤特性に支配され、一般化されたF-Hモデルはその様な膨潤特性を良く説明することが明確となった。またこのモデルに基づき、エタノール選択分離膜に関するパラメータijの条件、膨潤度制御の重要性等の、高い膜分離性能を得るための幾つかの、膜素材選択・膜構造制御指針を得ることができた。 |