学位論文要旨



No 211835
著者(漢字) 岩坪,隆
著者(英字)
著者(カナ) イワツボ,タカシ
標題(和) パーベーパレーションにおける膜の膨潤と物質透過について
標題(洋)
報告番号 211835
報告番号 乙11835
学位授与日 1994.06.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第11835号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 木村,尚史
 東京大学 教授 古崎,新太郎
 東京大学 教授 幸田,清一郎
 東京大学 教授 西,敏夫
 東京大学 助教授 中尾,真一
内容要旨

 パーベーパレーションは、水/エタノール系など共沸混合物の分離に対して特に有効な膜分離法であり、これ迄に分離性と透過性の両者を高める努力がなされて一部は実用化されるに至っている。

 この方法の分離メカニズムは基本的に溶解拡散説によって説明される。この内、溶解段階、即ち分離膜の膨潤については、高分子網目の混合液体中での膨潤に関するFlory-Huggins(F-H)モデルが有効である。本研究では、水/アルコール系のパーベーパレーションを対象とし、従来検討されていなかった膜高分子のイオン解離の効果を膨潤モデルに含ませて、膜の分離性能(分離性・透過性)発現のメカニズムに対して考察を行った。現在まで多くのイオン性高分子分離膜が知られており、これらの膜の膨潤について解析するためには、イオン基の効果を無視できないと考えられるからである。またこの様な考察は、膜分離性能向上のための指針を得る目的のためにも不可欠である。

[膨潤モデルの提案]

 分離膜の膨潤においては、膨潤度と選択溶解性の二つの観点から評価することが必要てある。この目的のために、第2章では、イオン性高分子網目の混合液体中での膨潤現象を記述するF-Hモデルを提案した。このモデルは従来知られていた純粋液体中におけるイオン性高分子網目の膨潤に関する自由エネルギ-Fを混合液体中での膨潤に拡張したものに対応する。これから導かれる膨潤平衡式∂F/∂n,=0から、混合液体中に存在する膨潤体内部での各液体の溶解量(体積分率)1,2を計算できる。これにより、外部液体組成変化による膨潤度V/と選択溶解性Rの変化を計算したところ次の結果を得た。

 (2-1)外部液体組成の変化によって起こる体積転移を、単一液体近似を用いることなく、直接的に説明することができた。

 (2-2)外部液体組成の変化に対して選択溶解性が不連続に変化するという実験事実に対しても説明を与えることができた。これは単一液体近似では説明できなかったことである。

 以上のように、ここで提案されたモデルにより、従来報告されている幾つかの実験事実を、従来モデルに較べてより合理的に説明することが可能である。従って、本膨潤モデルは混合液体中でのイオン性高分子網目の膨潤特性を一般的に解析するために有効であることが認められた。

[選択溶解性向上のための指針を把握]

 第3章では、拡張された本膨潤モデルを分離膜の膨潤に適用し、分離対象物に対して高い選択溶解性を得るための条件(膜素材選択・膜構造制御指針)について知見を集めることとした。選択溶解性Rと膨潤度の関係式を導き、これに基づいて、水/エタノール混合物による膜の膨潤を解析した結果、液体分子の体積比sと1の大小関係により選択溶解性向上のための指針が異なることが見いだされた。具体的にはs<1(水選択溶解)、s>1(エタノール選択溶解)に対して、

 (3-1)水選択溶解性は、低膨潤度において非常に高くなること

 (3-2)エタノール選択溶解性の条件として、

 a)パラメータijが2つの不等式を満たし、

 b)膜が適度な膨潤度を持つ必要があること

 が明らかにされた。(3-1),(3-2)はいずれも架橋やイオン処理による膜の膨潤度制御が重要であることを意味し、さらに(3-2)-a)の不等式は膜素材選択の指針を与えるものである。(3-1)は、高い分離性を持つ水選択分離膜の選択溶解性が架橋により増加するという既往の実験結集により支持された。一方、エタノール分離膜であるシリコーンゴム膜の膨潤実験を行い、その結果から推算したijの値が上記(3-2)-a)の不等式を満たすことを確認した。

 また、水およびエタノールの平均的な拡散係数DW,DEを用い、一般にDW>DEを考慮して、分離性を=(DE/DW)Rと評価することの妥当性を検討した。実験を行ったシリコーンゴム膜においてDE/DWはほぼ0.6〜0.8と推定された。これは既往の報告と比較して妥当な値であり、その結果、この様な評価法により上記(3-1),(3-2)の選択溶解性向上のための指針は、膜の分離性向上に関しても有効な知見であることが示された。

[水選択分離膜の分離性と透過性の関係を明確化]

 第4章では、前章迄の考察に基づき、水選択分離膜のパーベーパレーションにおける分離性と透過性の反比例的関係式∝J1-1/sを提案し、キトサン膜及びその酸処理膜を用いた実験からその妥当性を評価した。この膜に対して、アルコールの種類、酸イオンの種類・量を変えてこの関係を検証した結果は次の通りであった。

 (4-1)水/エタノール系に対して、予想通り上記の関係式が成立した。さらに水/メタノール系に関してもこの関係が成立し、アルコールの分子体積V2のsへの依存性が確認された。

 (4-2)酸処理によるキトサン膜の選択性の増加と透過性の減少は、膜中のアミノ基の解離度が減少し膨潤度が低下したものとして解釈できた。

 これらのことはイオン性高分子網目モデルがキトサン膜に適用されることを表している。以上、従来知られていたとJの反比例的関係を定量的に説明しうることからも、拡張したF-Hモデルにる膨潤平衡の解析が有効であることが認められた。

 さらにこのモデルに基づけば、J1/s-1を増加させるためには、

 (4-3)水の拡散係数DWを高めること、

 (4-4)水とアルコールの膜高分子に対する親和性の差を高めること、

 が必要があることも示された。即ち、膜素材選択に当たって、これ迄にも一般的指針となっている上記(4-3),(4-4)の点が膨潤モデルの上から確認された。

[膜中濃度分布測定と∝J1-1/sの関係における拡散の効果の評価]

 第5章では、膜の膨潤が透過物質の膜内拡散係数に及ぼす効果について検討を行った。パーベーパレーションにおける膜中の透過物質濃度、即ち膜の膨潤度は膜厚方向で変化するが、これを透過速度の2次圧依存性から求める方法を提案した。本方法により、水およびエタノールが単独に透過する状態での、膜中における濃度分布を求めることに成功した。

 この濃度分布から膜内拡散係数DW,DEを計算したところ、その値自体は従来得られている値と比較して妥当なものであり、その濃度依存性は自由体積モデルによって合理的に説明された。さらに、

 (5-1)セルロースアセテート膜内ではDE<DWであり、膨潤度の増加によりDE,DWいずれも増加する

 (5-2)シリコーンゴム膜内ではDEは膨潤度によらずほぼ一定であり、セルロースアセテート内に比べ数十倍大きい

 等の知見も得られた。

 このことを基に、前章で得た関係∝J1-1/sにおける拡散の効果を評価した結果、この分離性と透過性の関係式は拡散係数が濃度に依存する場合でも矛盾なく成立することが支持された。

 以上、はじめに提起した問題と目的に即して研究を行った結果、次の結論を得た。

 パーベーパレーションによる水/エタノール分離においては、膜分離性能は主として膜の膨潤特性に支配され、一般化されたF-Hモデルはその様な膨潤特性を良く説明することが明確となった。またこのモデルに基づき、エタノール選択分離膜に関するパラメータijの条件、膨潤度制御の重要性等の、高い膜分離性能を得るための幾つかの、膜素材選択・膜構造制御指針を得ることができた。

審査要旨

 本論文は、最近実用化が進められつつある膜分離法の一つである、パーベーパレーション法における、膜の膨潤と選択透過性との関係について研究したものであり、全体で6章より構成されている。

 第1章は本研究の目的を述べたものである。パーベーパレーション法は選択透過性に優れた膜分離法として、分離濃縮が困難である水/アルコール系への適用が期待されている。これに用いられる膜の選択透過性と膨潤性との関係に関し、従来の研究ではFlory-Hugginsのモデルを用いて議論されてきたが、膜性能の向上に関しては特に明確な指針が得られていないことを本章で指摘している。そして本論文では、このモデルによる膜選択性向上に関する、汎用的な指針を得る方法を確立することが目的であることを述べている。

 第2章では、Flory-Hugginsのモデルを解離イオンの効果を含むように一般化し、混合溶媒中でのモデルの特性を明かにすることにより、膨潤度と選択溶解性に対する解離イオンの効果を明かにし、従来の単一液体近似では不可能であった高分子網目の2成分混合液体中での膨潤度変化の説明を可能にし、膨潤度変化に伴う不連続的な選択溶解性の変化に関して従来得られている実験結果を矛盾なく説明できることを示した。

 第3章では、一般化された高分子網目の膨潤モデルから膨澗度と選択溶解性との関係を導き、これに基づいて分離対象成分に対する高い選択溶解性を得る条件について検討している。この結果、2成分分子の体積比、s、が、拡散性に効くことは容易に予想されるが、選択溶解性に対しても極めて大きな影響を持つことを明きらかにしている。具体的には、s=1を境として、選択性向上の指針として、1)水分離膜(s<1)においては、高い選択溶解性を得るためには、一般的に膜は低膨潤度であること、2)エタノール分離膜(s>1)では、Flory-Huggins式のパラメータの間にある不等式が成立すべきこと、また膨潤度に最適値があること、を導いている。さらにエタノール選択透過性のシリコンゴム膜を用いて、膨潤実験とパーベーパレーション実験を行い、以上の結論を実験的に確認している。

 第4章では、水選択透過性のパーベーパレーション膜に関する第3章での結論に関してさらに検討を加えている。そして膨潤度を変化させたときの透過流束、J、と分離係数、、との間の近似的な関係として、J∽-s(1-s)、を得ている。この関係の妥当性をキトサン膜およびその酸処理膜を用いて検討し、エタノール、メタノールについてこの式が成立することを確認している。

 第5章では、膜の膨潤が膜内拡散係数に及ぼす効果について検討を行っている。パーベーパレーション状態における膜内の濃度分布によって、膜の膨潤度が膜厚方向に変化するが、これを膜透過速度の2次圧依存性から求める方法を提案し、これにより水及びアルコールの膜内拡散係数の濃度依存性を測定することに成功している。これによりセルロースアセテート膜内では水の拡散係数がアルコールの値よりも大きく、膨潤度の増加によりいずれの値も増加すること、シリコンゴム膜ではアルコールの拡散係数は膨潤度によらず一定で、水の値に比べて10〜100倍大きいこと、を見いだし、これらは自由体積理論によって矛盾なく説明できることを示している。

 第6章は結論であり、以上の各章において得られた結論を総合して、水/アルコール系におけるパーベーパレーション法を用いる分離における膨潤度制御の重要性と、高い分離性を得るための膜材料選択、膜構造制御、に関する指針をまとめている。以上、本論文は膜分離工学の分野に対して多大の貢献をするものである。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格とみとめられる。

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