学位論文要旨



No 211836
著者(漢字) 仲,秀司
著者(英字)
著者(カナ) ナカ,シュウジ
標題(和) 大腸菌持続注入による腹膜炎ラットモデルにおけるアラニルグルタミン投与の評価 : 特に全身及び臓器蛋白代謝の検討を中心に
標題(洋)
報告番号 211836
報告番号 乙11836
学位授与日 1994.06.22
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第11836号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 脊山,洋右
 東京大学 助教授 三條,健昌
 東京大学 教授 大原,毅
 東京大学 教授 高井,克治
 東京大学 助教授 上西,紀夫
内容要旨 I、緒言

 グルタミンは通常では非必須アミノ酸とされているが、外科侵襲時や敗血症時にはグルタミンの筋肉内および血中濃度は低下し、必要量が増す。しかし、グルタミンは溶液中では不安定なために現在市販されている輸液用アミノ酸製剤には含有されていない。グルタミンのdipeptideであるアラニルグルタミン(Ala-Gln)は溶液中でも安定で、血液中で速やかにグルタミンとアラニンに分解するため、中心静脈栄養液へのAla-Gln添加はグルタミンを投与するために好都合である。しかも、Ala-Glnによってグルタミンと同時に供給されるアラニンは、糖原性アミノ酸であり、外科侵襲時には肝臓での糖新生に用いられる。このようにグルタミンの安定なdipeptideであるAla-Glnの投与は、重症外科侵襲生体の蛋白・アミノ酸代謝を円滑化することが考えられる。しかし、これまでのところ重症外科侵襲生体でのAla-Glnの経静脈的投与の効果を検討した報告はほとんどない。

 そこで本研究では、以下の検討を行った。

 (1)浸透圧ポンプによる持続的細菌注入腹膜炎モデルを作成した。

 (2)持続的細菌注入腹膜炎モデルでのAla-Gln添加アミノ酸製剤とFAO/WHO基準アミノ酸製剤を比較検討した。

 (3)同じモデルで、Ala-Gln添加アミノ酸製剤と高濃度分岐鎖アミノ酸(BCAA)含有アミノ酸製剤と比較検討した。

II、方法と成績1、実験1-ラット持続腹膜炎モデルの作成実験a)方法

 ウィスター系雄性ラットの腹腔内に細菌注入用の浸透圧ポンプを挿入した。E.coliの24時間注入量を107、108、109c.f.u.とした3群と、浸透圧ポンプにて生理食塩水のみを注入するControl群の4群に分けた。4群ともに手術後は、餌、水とも自由経口摂取とし、手術後6日間生存したものは犠死とした。

b)成績

 E.coli 107・108投与群のラットはすべて術後6日間生存したが、109投与群は全例2日以内に死亡した。腸粘膜高は細菌投与群ではControl群に比べ、近位小腸では107群が、中位小腸では108群が各々、有意に低かった。食餌摂取量は108群の方がControl群、107群に比べて少なく、脾臓重量は108群でControl群に比べ有意に増加していた。心臓採血血液培養では、108群で33%にE.coliが検出されたが、107群およびControl群では細菌は検出されなかった。

2、実験2-市販標準アミノ酸液とAla-Gln添加アミノ酸液の比較a)方法

 ウィスター系雄性ラットの腹腔内にE.coli 4×108c.f.u./日を注入するようにした浸透圧ポンプを挿入し、同時に右頚静脈より中心静脈カテーテルを挿入、絶飲食で完全経静脈栄養管理とした。

 手術終了後にグルタミンを含まないアミノ酸製剤を用いるCon群と、このアミノ酸製剤にAla-Glnを添加したAla-Gln群の2群に分けた。投与栄養輸液のアミノ酸濃度は、dipeptideであるAla-Glnが体内でアラニンとグルタミンに完全に分解したとすると、Con群のアミノ酸組成中でのグルタミンは0%、アラニンは7%、Ala-Gln群ではグルタミンが30%、アラニンが20%となるようにした。両群ともに輸液量、投与カロリー、投与窒素量は同じにし、5日間生存したものは犠死とした。犠死24時間前より99%重窒素標識グリシンを持続静注し、全身および臓器の蛋白代謝を測定した。

b)成績

 Ala-Gln群では生存率は86%であったのに対しCon群では44%で、Ala-Gln群での生存率が有意に良好であった。術後5日目の全身蛋白回転率、全身蛋白合成率、全身蛋白崩壊率はいずれもAla-G1n群でCon群より大きい傾向を認めた。肝、腓腹筋の蛋白合成率はCon群よりAla-Gln群の方が有意に大きかった他、胸腺と脾臓の蛋白合成率もAla-Gln群で高値を示した(p=0.08)。更に、血清グルタミン濃度と肝の蛋白合成率、血清中グルタミン濃度と筋肉の蛋白合成率との間には正の相関を認めた。また、腸粘膜は、近位小腸、中位小腸、遠位小腸,、大腸いずれもAla-Gln群に高い傾向を認め、とくに遠位小腸ではAla-Gln群の方がCon群より有意に高かった。

3、実験3-高BCAA含有アミノ酸液とAla-Gln添加アミノ酸液の比較a)方法

 実験2と同様の持続腹膜炎・完全経静脈栄養モデルを作成した。高BCAA含有アミノ酸製剤とAla-Gln添加アミノ酸製剤投与の比較実験では手術後3日目に犠死させる3日目犠死群と、手術後5日目に犠死させる5日目犠死群との2つの実験を行った。どちらの実験も完全経静脈輸液の内容により、高BCAA含有アミノ酸製剤を用いるBCAA群と、この高BCAA含有アミノ酸製剤にAla-Glnを添加したAla-Gln群の2群に分けた。各群のアミノ酸濃度については、dipeptideであるAla-Glnが体内でアラニンとグルタミンに完全に分解したとすると、BCAA群のアミノ酸組成でのグルタミンは0%、アラニンは8%、Ala-Gln群ではグルタミンが30%、アラニンが20%、そしてBCAA濃度はBCAA群でアミノ酸全体の31%、Ala-Gln群群で17%となるようにした。両群ともに輸液量、投与カロリー、投与窒素量は同じにした。

b)成績

 3日目犠死群では、全身蛋白回転率、全身蛋白合成率、全身蛋白崩壊率はいずれもAla-Gln群で有意に亢進していた。また5日目犠死群でも全身蛋白回転率は、Ala-Gln群で有意に亢進していた。3日目犠死群での肝蛋白合成率はAla-Gln群の方が有意に大きかった。3日目犠死群のラットでの肝蛋白合成率は全身蛋白合成率と有意な正の相関を認めた。

 5日目犠死群では遠位小腸の蛋白合成率がAla-Gln群の方が有意に大きかった。また、5日目犠死群で血清中グルタミン濃度と肝の蛋白合成率、血清中グルタミン濃度と筋肉の蛋白合成率との間には正の相関を認めた。腸粘膜の高さは、遠位小腸で3日目犠死群、5日目犠死群とも、Ala-Gln群の方がBCAA群より有意に高かった。中心静脈カテーテルの培養では、3日目犠死群で、BCAA群の88%、Ala-Gln群の33%が細菌培養陽性であり、Ala-Gln群で少ない傾向を認めた(p=0.07)。

III、考察1)持続腹膜炎モデル

 従来の腹膜炎モデルでは、栄養・代謝研究に必要な長期にわたる腹膜炎の持続が難しく、しかも長期観察の場合には個体による炎症の程度のばらつきが大きいなどの問題点があった。そこで本研究ではこのような欠点が少ない浸透圧ポンプによる持続細菌注入腹膜炎モデルを用いた。今回の検討では腹膜炎臨床例で検出頻度の高いE.coliを投与細菌として選び、実験1でE.coliの腹腔内投与量を107c.f.u、108c.f.u、109c.f.u./日で比較した。その結果、109c.f.u./日投与ではラットは2日以内に全て死亡した。そして食餌摂取量、脾臓重量、犠死時細菌培養所見、小腸粘膜高などから107群よりも強い侵襲を持続的に与えられると考えられた108c.f.u./日を以後の検討に用いることにした。

2)Ala-Gln添加の効果

 本検討では、持続腹膜炎モデルを用いて、まずAla-Gln添加アミノ酸輸液の効果をグルタミンを含有していない現在市販の標準アミノ酸組成のアミノ酸製剤と比較した。その結果、Ala-Gln添加によって腹膜炎ラットの生存率改善、小腸粘膜高や絨毛密度など腸管構造の維持、さらに肝と腓腹筋の蛋白合成率の増加などの優れた効果が認められた。また、Ala一Gln添加は高BCAAアミノ酸製剤と比べても、全身蛋白代謝の亢進、小腸や肝臓の臓器蛋白合成率の亢進、小腸粘膜高の維持の点で優れていることも判明した。

 グルタミンは腸粘膜細胞や免疫細胞など分裂速度の速い細胞の主要なエネルギー源となるほか、筋組織での蛋白合成促進、分解抑制などの作用があることが知られている。そして、侵襲時には筋肉から放出され、小腸や肝で摂取され、各臓器間での窒素の搬送に主要な役割を果たしている。本実験でもAla-Gln添加はグルタミンを含有していない標準組成のアミノ酸製剤と比べ、腸の構造が維持され、肝・筋・小腸の蛋白合成が促進され、全身の蛋白代謝も亢進した。

 一方、分岐鎖アミノ酸は筋組織で酸化され、グルタミンに変換されるため、結果的にグルタミンを供給した場合と同様の効果があるとされているが、侵襲時には分岐鎖アミノ酸をグルタミンに変換するのに必要な-ketogulutarateが不足しており、分岐鎖アミノ酸よりも直接グルタミンを投与した方が効率が良いとの仮説が出されている。今回の高BCAA含有アミノ酸輸液製剤との比較実験の成績はこれを裏付けるものと考えられる。

 Ala-Gln投与は上述のような蛋白代謝の改善をもたらしたのみならず、従来のアミノ酸と比べ、腹膜炎の際の生存率まで改善させた。その理由として、Ala-Gln投与が肝・筋肉・腸での蛋白合成促進、ひいては全身蛋白代謝も改善したこと、また、グルタミンは免疫臓器である胸腺や脾臓の蛋白代謝を高め、免疫能を賦活していることなどが考えられる。

IV、結語

 ラット腹膜炎モデルを用いて、Ala一Gln投与の効果を標準アミノ酸製剤及び侵襲時に有用とされる高BCAA含有アミノ酸製剤と比較検討した。Ala-Gln添加により、市販標準アミノ酸投与に比べて、生存率、肝・末梢骨格筋・胸腺・脾臓などの臓器蛋白合成率、小腸粘膜高に改善を認め、高BCAA含有アミノ酸製剤との比較では、Ala-Gln添加により、全身蛋白代謝回転率、全身蛋白合成率、全身蛋白崩壊率及び肝・小腸蛋白合成率、小腸粘膜高の改善がみられた。

 以上から、Ala-Glnは侵襲時の栄養管理、特に蛋白代謝改善に有用であると考えられる。

審査要旨

 本研究は、浸透圧ポンプを用いた、大腸菌持続注入によるラット持続腹膜炎モデルを使用して、重症外科侵襲生体の蛋白・アミノ酸代謝を円滑化すると考えられるアラニルグルタミンの腹膜炎侵襲時の経静脈的投与の効果を検討し、以下の結果を得ている.

 1、腹膜炎時に、完全経静脈栄養内のアミノ酸製剤として、グルタミンを含まないアミノ酸製剤を用いるCon群と、このアミノ酸製剤にアラニルグルタミンを添加したAla-Gln群の2群を比較すると、Ala-Gln群では生存率が有意に良好であり、更に全身蛋白代謝、および、肝、腓腹筋の蛋白合成率はCon群よりAla-Gln群の方が有意に大きかった他、胸腺と脾臓の蛋白合成率もAla-Gln群で高値を示した。また、小腸粘膜厚も、.Ala-Gln群の方がCon群より有意に大きくなっていることを示した。

 2、同様の持続腹膜炎・完全経静脈栄養モデルを用いて、侵襲時に有用とされている分岐鎖アミノ酸を高濃度に含むアミノ酸製剤を用いるBCAA群と、このアミノ酸製剤にアラニルグルタミンを添加したAla-Gln群との比較実験では、全身蛋白代謝はAla-Gln群で有意に亢進しており、肝および小腸の蛋白合成率はAla-Gln群の方が有意に大きかった。更に、小腸粘膜厚も、Ala-Gln群の方がBCAA群より有意に大きくなっていることを示した。

 以上、本論文は、腹膜炎侵襲時にアラニルグルタミン投与が、全身および肝・末梢骨格筋・胸腺・脾臓などの臓器蛋白合成を高めることを明らかにした。本研究はアラニルグルタミンの、今後の臨床応用に於ける有用性の根拠を示し、学位の授与に値するものと考えられる.

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/53868