学位論文要旨



No 211838
著者(漢字) 劉,文雄
著者(英字)
著者(カナ) リュウ,フミオ
標題(和) 台湾における医療被ばくによる国民線量およびリスクの評価に関する研究
標題(洋) Estimation of Population Doses from Medical Exposure in Taiwan in 1993
報告番号 211838
報告番号 乙11838
学位授与日 1994.06.22
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第11838号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 青木,芳朗
 東京大学 教授 佐々木,康人
 東京大学 教授 大井,玄
 東京大学 教授 梅内,拓生
 東京大学 助教授 草間,朋子
内容要旨 1.研究目的

 放射線診断あるいは放射線治療による患者としての放射線被ばくすなわち医療被ばくによる線量が人工放射線源の中でもっとも大きな被ばく源であり、国民線量の大部分を占めていることは日本をはじめ欧米諸国における調査ではすでに明らかにされている。しかし、台湾においては全ての放射線源からの国民線量の評価が実施されはじめたところであり、医療被ばくによる国民線量に関してはほとんど調査が実施されていないのが現状である。

 医療被ばくに限らず、放射線利用に伴う被ばく線量をできるだけ減少させ、放射線防護の最適化を図ることが放射線利用の際の最重要課題となっている。このためには、実態を正確に把握し、対策をとることが不可欠である。とくに、台湾においては、1994年から医療社会保険制度が導入されることになっており医療被ばくによる国民線量の増加が懸念される。本研究では、台湾における医療被ばくに伴う国民線量およびそのリスクを評価し、日本、イギリス、アメリカのそれらと比較検討することとした。

2.研究方法2-1台湾における放射線診療の頻度等に関する調査(1)調査対象とした放射線診療

 放射線診療としては、X線診断および核医学検査(インビボ診断)を調査対象とし、放射線治療および歯科診療は調査対象から除外した。放射線治療は、患者一人当たりの線量は高いが、実施対象者が少ないために国民線量に占める割合は小さいからであり、歯科診療に伴う被ばくは実施件数は多いが、1回当たりの実効線量が低いために国民線量に占める割合は小さいからである。

(2)調査期間

 X線診断に関しては1993年5月3日から9日までの1週間とした。核医学診断に関しては1993年5月の1ヶ月間を調査期間として選択した。核医学診断は、X線診断に比べて実施件数が少ないために調査期間を長くした。

(3)調査対象とした医療機関

 台湾の場合は、医療施設は、(1)メディカルセンター、(2)エリアホスピタル、(3)ローカルホスピタル、(4)クリニックの4つに大別される。しかし、(4)に属する医療施設では放射線診療はほとんど行われていない。そこで本研究は、(1)〜(3)各群の医療施設からそれぞれTable1に示す抽出率で調査対象の医療施設を無作為に抽出し、X線診断の実施頻度等を調査した。核医学診断はインビボ核医学診療を実施している全ての医療機関(18病院)を対象とした。ただし、回答のあった医療機関は14施設(77.8%)である。

Table 1 Classification of hospitals in Taiwan
(4)調査方法

 X線診断に関しては、3群の医療機関別の調査表を作成し、各医療機関に送付し、上記(2)の調査期間内に実施されたX線診断をprospcctiveに調査した。調査項目は、X線診断の種類、年齢、性別、撮影枚数、透視時間である。核医学検査用の調査表を作成し、調査対象機関の1ヶ月間の実施件数、投与した放射性医薬品名、投与量、患者の年齢、性別をrctrospcctiveに調査した。

2-2台湾における放射線診療に伴う患者の線量測定および評価(1)X線診断の際の患者の線量

 上記の頻度調査とは別に、各部位のX線診断の際の撮影条件、透視条件などを調査した。その調査結果をもとに、ファントム実験によりX線診断の際の患者の臓器線量および実効線量を求めた。実効線量の算定には、ICRP Publication 60の組織荷重係数を用いた。

(2)核医学検査の際の患者の線量

 ICRP Publication 53に記載されている各臓器毎の線量換算係数(mSv/MBq)と、ICRP Publication 60の組織荷重係数を用いて実効線量を算定した。

2-3台湾における放射線診療に伴うリスク評価

 ICRPの相乗リスク予測モデルを用いて、医療被ばくに伴う致死ガンのリスク評価を行った。自然発生のガンによる死亡率は、1992年の台湾の国民衛生統計を用いた。

3研究結果3-1放射線診断(X線診断およびインビボ核医学診断)の実施件数

 調査期間中に実施されたX線診断の件数およびこの調査結果をもとに評価した台湾の国民1万人当たりの1年間のX線検査の実施件数をTable2に示す。台湾の国民1万人当たりの年間のX線検査の実施件数は5309件である。検査の種類としては、胸部検査がもっとも多く全体の検査の約1/2を占める。次いで腹部、四肢の順に多く実施されている。X線診断の実施件数の合計は、施設数の多いローカルホスピタルがっとも多く、検査の種類としては胸部および腹部が大部分である。1年間の100万人当たりの核医学検査の実施件数を評価した結果をTable3に示す。1年間の100万人当たりの核医学検査の実施件数は4903件である。インビボの核医学検査の実施件数はX線検査に比べ少ない。使用されている放射性医薬品としては、99mTcが圧倒的に多い。

Table 2 Frequencies of each X-ray diagnosis in Taiwan in 1993
3-2放射線診断(X線診断およびインビボ核医学診断)による実効線量と国民線量

 各X線診断による集団実効線量をTable4に示す。CT検査による実効線量が全体の25%を占めている。KUB,UGI,LGI,IVPによる実効線量も高く、腹部が照射野に含まれる検査が国民線量に大きく寄与していることが明らかである。胸部検査は実施件数が高いにもかかわらず実効線量は全体の3%である。X線診断による集団実効線量は4705.5man・Svであり、一人当たり線量(per caput dose)は、0.23mSv/年である。核医学診断による集団実効線量は、418man・Svであり、一人当たり線量(per caput dose)は、0.02mSv/年である。

Table 3 Annual frequencies of nuclear medicine in Taiwan in 1993 / Table 4 Annual population dose from X-ray diagnosis in Taiwan
3-3放射線診断(X線診断およびインビボ核医学診断)に伴うリスク

 X線診断およびインビボ核医学診断に伴う放射線リスク(致死ガンの発生確率)をICRP1990年勧告のガン死亡確率係数を用いて求めると269人であり、これは1992年の台湾の自然発生のガンによる死亡率の約1%に相当する。

4考察4-1放射線診断(X線診断およびインビボ核医学診断)の実施件数

 台湾の国民1万人当たりの年間のX線検査の実施件数は、日本に比べて約1/2、アメリカに比べ70%、イギリスとほぼ同数である。1年間の100万人当たりの核医学検査の実施件数は、日本に比べて約1/2、アメリカに比べ15%、イギリスの80%である。

4-2放射線診断(X線診断およびインビボ核医学診断)による実効線量と国民線量

 台湾におけるX線診断による一人当たり線量(per caput dose)は、0.23mSv/年であり、日本の15%、アメリカの50%に相当し、イギリスとほぼ同程度である。核医学診断による一人当たりの線量は、0.02mSv/年で、日本の約50%、アメリカの15%に相当し、イギリスとほぼ同程度である。患者の被ばく線量が高くなるために日本や欧米諸国では現在は用いられていない131Iが台湾では現在も頻度多く用いられている。

審査要旨

 医療被ばくによる線量が人工放射線源の中でもっとも大きな被ばく源であり、国民線量の大部分を占めている。しかし、台湾においては全ての放射線源からの国民線量の評価が実施されはじめたところであり、医療被ばくによる国民線量に関してはほとんど調査が実施されていないのが現状である。とくに、台湾においては、1994年から医療社会保険制度が導入されることになっており医療被ばくによる国民線量の増加が懸念される。本研究では、台湾における1993年の放射線診断(X線診断およびインビボ核医学診断)の実施件数を調査し、医療被ばくに伴う国民線量およびそのリスクを評価し、日本、イギリス、アメリカのそれらと比較検討して、下記の結果を得ている。

 (1)放射線診断(X線診断およびインビボ核医学診断)の実施頻度

 調査期間中に実施されたX線診断の件数およびこの調査結果をもとに評価した台湾における1年間のX線検査の実施頻度は国民1万人当たり5309件で、日本に比べて約1/2、アメリカに比べ70%、イギリスとほぼ同数である。検査の種類としては、胸部検査がもっとも多く全体の検査の約1/2を占める。次いで腹部、四肢の順である。X線診断の実施件数の合計は、施設数の多いローカルホスピタルがっとも多く、検査の種類としては胸部および腹部が大部分である。1年間核医学検査の実施頻度は100万人当たり4903件で、日本に比べて約1/2、アメリカに比べ15%、イギリスの80%である。インビボの核医学検査の実施頻度はX線検査に比べ少ない。使用されている放射性医薬品としては、99mTcが圧倒的に多い。患者の被ばく線量が高くなるために日本や欧米諸国では現在は用いられていない131Iが台湾では現在も頻度多く用いられていることも特徴的なことである。

 (2)放射線診断(X線診断およびインビボ核医学診断)による国民線量

 台湾におけるX線診断による集団実効線量は4705.5man・Svであり、一人当たり線量(per caput dose)は、0.23mSv/年であり、日本の15%、アメリカの50%に相当し、イギリスとほぼ同程度である。核医学診断による集団実効線量は、418man・Svであり、一人当たりの線量は、0.020mSv/年で、日本の1/2、アメリカの15%に相当し、イギリスとほぼ同程度である。

 (3)放射線診断(X線診断およびインビボ核医学診断)に伴うリスク

 X線診断およびインビボ核医学診断に伴う放射線リスク(致死ガンの発生確率)をICRP1990年勧告のガン死亡確率係数を用いて求めると、269人である。これは1992年台湾の自然発生のガンによる死亡数の約1%に相当する。

 以上、本論文は台湾における1993年の放射線診断(X線診断およびインビボ核医学診断)の実施件数を調査し、それによる国民線量、リスクを評価し、台湾医療被ばくの現状を明らかにしたものである。今まで、全く情報がなかった台湾の医療被ばくの実態が本論文により明らかにされ、医療被ばくに対する放射線防護の正当化、最適化の判断のための極めて貴重な情報が提供された。本論文の研究成果は台湾における医療被ばくの放射線防護・管理のためだけではなく、世界全体の放射線利用、放射線防護に対する重要な貢献をなすものであり、学位の授与に値するものと考えられる。

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