学位論文要旨



No 211844
著者(漢字) 黒木,和彦
著者(英字)
著者(カナ) クロキ,カズヒコ
標題(和) 多バンド電子系における超伝導機構の研究
標題(洋) MECHANISM OF SUPERCONDUCTIVITY IN MULTIBAND FERMION SYSTEMS
報告番号 211844
報告番号 乙11844
学位授与日 1994.06.27
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第11844号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 今田,正俊
 東京大学 教授 福山,秀敏
 東京大学 助教授 藤森,淳
 東京大学 助教授 永長,直人
 東京大学 助教授 小形,正男
内容要旨

 超伝導機構の本質がフォノンを媒介とする電子間の有効引力にあることを解きあかしたBCS理論以来、より高い転移温度を実現する可能性として非フォノン機構、すなわち電子機構に関心が持たれてきた。銅酸化物における高温超伝導の発見は電子機構の可能性の理論的研究に一層の拍車をかけ、単一バンド系、多バンド系の様々なモデルにおける超伝導の電子機構が提案されてきている。

 一つのモデルにおいて超伝導が起こるか否かを調べるのは容易ではない。電子相関の効果を正確に取り入れてこの問題を扱う方法としては、有限系の数値計算や1次元における厳密解を用いることが考えられる。本論文の主なる目的は、これらの方法で、斥力相互作用する多バンド電子系において超伝導が起こり得るかを調べることにある。

 まず最初に、離散格子上において金属バンド()と絶縁体バンド()が斥力相互作用する系を考える。ここで、金属(絶縁体)バンドとはバンド間相互作用がないときにバンドが金属(絶縁体)になっているという意味である。絶縁体バンドとしては電荷移動型絶縁体やモット・ハバード絶縁体等を考えることができる。これらの系に対してバンド電荷ギャップがバンド内transfer に比べて大きい極限において、バンドの電荷自由度を消すような正準変換をハミルトニアンに施すと、有効ハミルトニアンとして有効相互作用を持つ単一バンド模型が得られる。特にバンド内の生の斥力が0の場合を考えると、1次元の場合はon-siteに引力を持つ単一バンド引力ハバード模型(single band attractive Hubbard model、以下AHMと略す)となり、2次元の場合は引力を異なるサイト間にも持つ拡張された単一バシドAHMが得られる。バンドギャップが大きい極限で得られる引力は摂動的に小さいので、バンド内に実際には存在するはずの生の斥力に打ち勝つのは困難である。したがって、より一般的にバンド電荷ギャップとが同程度の大きさになった場合に上記のような描像がどこまで成立するかを非摂動的方法により調べる必要がある。そこで我々は量子モンテカルロ法により、1次元の有限系に対して我々の模型のバンドにおけるクーパー対、CDW、SDW相関関数を計算し、それを同じサイズの単一バンド模型の相関関数と比較した。その結果、意外にもバンド電荷ギャップがと同程度になっても、我々のモデルのバンド相関関数は単一バンド模型のそれと一致することがわかった。この場合、単一バンド模型の有効相互作用は生の斥力とバンド揺らぎを媒介とする引力との代数和になっていることも数値計算の結果から確認される。特に生のバンド斥力が0のときは引力ハバード模型の相関関数と一致することから、(i)スピン・ギャップの存在によりSDW相関は指数関数的に減衰する、(ii)超伝導相関がCDW相関よりも支配的になっている、と考えられる。すなわち、純斥力系において超伝導、スピン・ギャップという興味深い現象が示唆される。ただし、ここでの引力は〜-0.1のオーダーであり、小さい。

 バンドを金属にする(あるいは電荷ギャップを小さくし過ぎる)と、クーパー対相関は単一バンド模型のそれと一致しなくなるが、SDW相関は依然として似た振る舞いを示す。特にバンド内斥力を0にした場合は、SDW相関はAHMのそれと似た振る舞いを示し、クーパー対相関がAHMのそれからずれた場合でも、スピン・ギャップが存在していることを示唆している。しかもこの場合のギャップは、クーパー対相関がAHMに一致している場合に比べて大きいと考えられるので、有限系における最低スピン励起エネルギーの1/N依存性をみることで、検出可能となり得る。(これは、クーパー対相関の、AHMとの一致がよい場合にはスピン・ギャップが小さすぎて不可能である。)そこで、6、18、30、42単位胞の2バンド模型に対して、最低スピン励起エネルギーを量子モンテカルロ法(6単位胞は厳密対角化)により計算し、その1/N依存性からスピン・ギャップの存在を示唆する結果を得た。

 さて、ここで、現実的なパラメーター領域での超伝導の可能性について議論する。まず、1次元に関しては、単一バンドに写像される場合、引力はon-siteのみに存在し、その大きさは〜-O(0.1)と、生のon-site斥力の現実的な値に比べて小さい。従って現実には引力は斥力に打ち消されてしまい、超伝導相関が支配的になるのは難しそうである。

 2次元に関しては、少なくとも摂動描像がよいときには、off-siteにも引力がはたらき得るような単一バンド模型に写像される。この描像が1次元の場合のように非摂動領域においても成立するのであれば、現実的なパラメーター領域で、on-siteは斥力だが、off-siteに引力がはたらくような単一バンド模型に帰着する可能性がある。本研究ではこのような単一バンド模型がどのようなパラメーター領域で超伝導になるかを平均場近似を用いて調べたが、相関の効果を正しく取り入れた手法での解析は将来の課題である。

 一方、単一バンドに写像されない場合についても超伝導の可能性がある。これについては量子モンテカルロ計算による判定は困難であるので、ここでは1次元連続体(Fermi gas)模型をボゾン化法により考察した。離散格子上の系と連続体系は低エネルギー励起に関しては同等と考えられるので、後者を考えることで前者の低温におけるふるまいについて情報を得ることができる。ただし、その定量的な対応については将来の課題であるので、ここでは少なくとも1次元連続体系ではどうであるかを調べるにとどめることとする。

 さて、考える1次元系は2バンド(,)の連続体系で、相互作用の種類としてはバンド内後方散乱(g-ologyによるパラメーターでいえば,,)、バンド内前方散乱(バンド内ウムクラップ散乱()、そしてバンド間前方散乱()がある。バンド間後方散乱は二つのバンドでフェルミ波数が異なる場合には運動量を保存しないので存在しない。また、バンド間hybridizationは無視する。

 全ての相互作用が斥力である場合を考えると、バンド内後方散乱はirrelevantになる。さらに、バンドがhalf-filledでないときを考える。これは格子系との対応でいうと、バンドのfillingがずれていて、AHMとの一致が良くない場合に相当すると考えられる。half-filledでなければウムクラップ散乱()が効かないので、結果として前方散乱だけの系になる。この系は厳密に解くことができ、相関関数が解析的に求められる。我々はバンド内の斥力が弱く、バンド内の斥力が強い場合に焦点を当てて相図を描き、バンド内超伝導相関が最も支配的になる領域が存在することを示した。ただし、この超伝導はバンド間・バンド内秩序、それと両方のバンドが関与する相分離領域とにはさまれて存在し、それは「バンド間斥力>(または)バンド内斥力」という領域に限られる。

 現実的なパラメーター領域では「バンド間斥力<バンド内斥力」であるから、少なくとも1次元連続体系に関していえば、現実的領域での超伝導は難しいと考えられる。離散格子上の系や高次元の系においてこの状況がどう変わるかを調べることが今後の課題となる。

審査要旨

 理学修士黒木和彦提出の論文は多バンド電子系における超伝導機構について、いくつかの理論模型を対象にして、量子モンテカルロ法とボゾン化法を用いた計算を行ない、超伝導メカニズムを追究したもので、英文で6章からなる。

 多バンド系での超伝導メカニズムは高温超伝導体の発見以降、にわかに現実的な問題として広範に研究されるようになってきた。特に銅酸化物の特徴をもとに、物理的直観による理想化によって構成した種々の多バンドの理論模型での超伝導の可能性が大規模な数値計算などで追究され、電子相関を原因とする超伝導のメカニズム研究の中の一つの潮流を形成している。しかしながら、バンドの数がふえ、模型が複雑になってくるに従って、パラメタの数も増え、確固たる基礎に立った理論的理解や直観的解釈、さらに現実の実験とのつながり、のいずれをとっても研究を進展させるのに多くの困難が待ち受けている。特に、多バンド系に特有なメカニズムの解明には、新たな物理的描像の提出と確立を欠かすことはできない。

 本論文では計算上の困難を避けるために1次元系に限定して研究している。1次元系には長距離秩序は生じないから、超伝導相関関数と他の相関関数の大小を比較することによって、対応する多次元系での超伝導メカニズムについての知見を得ようというのが研究目的である。特に本論文ではバンド間混成を持たない多バンド系についてしらべ、伝導を担うバンド(以下バンドと呼ぶ)の電子間に他のバンド(以下バンドと呼ぶ)の電子のゆらぎを通じた有効引力が生ずることによって、超伝導相関が発達するメカニズムを、信頼性のある理論的手法によって明らかにしている。このメカニズムは広義の励起子メカニズムと呼んでよかろう。まず本研究ではバンドとバンドの間の斥力相互作用とバンドの電子相関を通じて、バンドの種々の相関関数と適当なパラメタ値を採用したときの引力型ハバード模型のそれとが一致したふるまいを示すことを、量子モンテカルロ計算により明らかにした。また適当なパラメタ値での数値計算結果を系のサイズ無限大へと外挿することによって、バンドが金属の場合にバンドにスピンギャップが生ずることを示した。これらの知見は一次元系とは言え、はじめて得られたものである。また現実的にはバンドに何がしかの斥力が働いているはずであることを考えると、このメカニズムでの超伝導は、容易にこのバンド内斥力によって打ち消されることも指摘している。

 本研究では1次元格子模型の連続体極限をとることによって、ボゾン化法による研究も行なっている。2バンド模型でボゾン化を行なって相図を計算し、バンド内の斥力が弱くバンド内の斥力が強い場合には、バンド内超伝導相関が最も支配的になる領域が存在することを示した。またこの領域はバンド間斥力の方がバンド内斥力よりも大きいときに限られていることも示している。現実的なパラメタ領域ではバンド間斥力<バンド内斥力であることを考えにいれると、このメカニズムでの超伝導が少なくとも1次元系では困難であることが、前記の考察と整合して確認された。

 このように本研究はバンド間混成のない2バンド模型を、1次元系に限られるとはいえ大規模なモンテカルロ計算や、弱結合の連続体極限で信頼できるボゾン化法で徹底的にしらべた最初の例である。現実的なパラメタでの超伝導の可能性については否定的であるものの、メカニズムの具体的物理的描像も含めてくわしく調べ明らかにしたものであると言える。

 以上述べてきたように、学位論文提出者による本研究は、今後この方面でのさらなる研究の進展に貢献するものと認められ、審査員全員により、博士(理学)の学位論文として合格と判定された。

 なお本研究は、指導教官青木秀夫助教授との共同研究の部分があるが、主要部分について論文提出者が主たる寄与をなしたものであることが認められた。

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