学位論文要旨



No 211845
著者(漢字) 小西,達男
著者(英字)
著者(カナ) コニシ,タツオ
標題(和) 1991年台風第19号による瀬戸内海西部の高潮の解析
標題(洋) Analyses of the Storm Surges in the Western Part of the Seto Inland Sea Caused by the Typhoon 9119
報告番号 211845
報告番号 乙11845
学位授与日 1994.06.27
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第11845号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 都司,嘉宣
 東京大学 教授 平,啓介
 東京大学 教授 磯部,雅彦
 東京大学 教授 山岬,正紀
 東京大学 教授 杉原,伸夫
内容要旨

 1991年台風第19号は1959年の伊勢湾台風以来32年ぶりに3mを超す高潮を記録した。学問上、加えて防災上からもその実態を記録し、メカニズムを明らかにしておく必要がある。特に3mを超す高潮が発生し、被害も甚大であった瀬戸内海西部の高潮の解析を詳細に行った。

 本論文では、まず、検潮記録、浸水資料、現地調査から高潮の実態を明らかにした。その結果、a.周防灘北西部で3mを超す高潮が生じている事、b.南部でも2m近い高潮を生じている事、c.高潮の起時は東部ほど遅れるが、安芸灘、国東半島周辺で周囲より特に遅れている事、d.安芸灘、伊予灘では1.5m程度の高潮であったが、満潮と重なってT.P.3mを超す潮位となり、大きな浸水被害を生じている事、e.広域で浸水を生じた竹原市、広島市で浸水高を決定した結果によれば、浸水高の陸上での勾配は1/2300〜1/1500と伊勢湾台風より小さくなっている事、f.浸水時の写真や証言などから広島市周辺では浸水時に強風は吹いていない事、などが明らかになった。図1に、各検潮所で観測された最大偏差及びその起時を示す。

図1 観測された最大偏差(下段数値、単位cm)とその起時(上段数値、1991年9月27日の時、分を示す)。実線は最大偏差の等値線、破線は起時の等値線

 従来防災計画に用いられている、風分布に宮崎の式を仮定したバロトロピックモデルを用いたシミュレーションを行った結果、a.高潮の大勢は再現できる事、b.3m規模の高潮でも抵抗係数は3.5×10-3で適当である事がわかった。一方、周防灘南岸や安芸灘で高潮の大きさや起時が観測値と一致しないことがわかった。それは風モデルの精度に問題がある事が原因と推定された。

 台風内の風の構造を適切に表し得るモデルが存在しないことから、Schwab(1982)を拡張して潮位偏差を使って台風の中の風を推定する手法を開発した。推定した風を観測値と比較した結果、ほぼ妥当であることがわかった。宮崎の式と推定した風を比較すると、a.地形性の風の収束場が局地的に現れること、b.吹き返しの強い西風が存在したこと、c.時間的な風速の弱まり等が従来用いられている宮崎の式では表現できない事がわかった。例として図2に大分県高田におけるこの手法で推定された風、観測された風、及び宮崎の式による風を示す。20時頃に顕著な西風が推定されていることがわかる。

 風速が弱まった時点で、この海域に特有の固有振動が現れる。瀬戸内海西部の固有振動は過去に求められていなかったため、固有振動の周期及び振動分布を本研究の中で明らかにした。これらのモードのうち、400分周期の第2モード、242分周期の第3モード、周防灘での58分周期の振動パターンが台風19号の高潮時に顕著に現れた。特に第3モードは従来、広島湾で1/6日周潮として観測されていたものの実態を示すものと思われた。図3に第3モードの振動パターンを示す。安芸灘及び斎(いつき)灘に局在して顕著な振動が存在することがわかる。

図表図2 大分県高田での風速値推定結果。上段;風速値(●推定値、〇宮崎の式、×観測値)下段;風速ベクトル(実線推定値、破線宮崎の式、矢羽観測値) / 図3 瀬戸内海西部の固有振動第3モード。影を付した部分は無い部分と逆の極性を持つことを示す。

 推定した風速場と固有振動モードにより1991年台風第19号による瀬戸内海西部の高潮を合理的に説明できた。

審査要旨

 本論文は1991年台風19号による、瀬戸内海西部の高潮の発生のメカニズムについて論じられたものである。本論文は11章からなっている。第1章から5章までには、高潮に関する過去の研究のレビュー、日本に起きた高潮の統計データ、1991年の19台風の道路、中心気圧、半径などの特性、検潮儀で観測された水位変化のデータ、沿岸都市浸水状況と被災者看の証言に現れた特徴について述べられている。被災地での証言調査はこの論文の著者自身が行っている。著者の理学的な分析考察は、第6章から第9章までの4つの章に分けて述べられている。

 第6章では台風域内の風の分布として宮崎の式で与え、海面での抵抗係数を変えた数個のケースについておのおの数値的に高潮を再現している。その結果、抵抗係数をCd=3.5×10-3としたとき最も観測事実と合うことが示された。しかし、現実の風の場がモデルのように単純でないため、周防灘などの水位変化は数値計算結果では再現できないことが見いだされた。

 第7章では、風の場を仮定して海面上昇(高潮)を数値的に再現するのではなく、検潮儀で得られた海面水位変化記録から逆に風の場を推定する手法が提案された。この手法は、Schwab(1982)の方法を拡張したものであるが、ほとんどこの論文の著者が独自に新たに開発したものと評価することができる。この手法で得られた風の場が実際の風の観測値とよく合うことが示された。このようにして求められた風の場を用いて再度高潮の再現計算が行われており、全体として現実によく合う結果が得られた。これによって、単純な宮崎モデルでは再現されない局地的な風が高潮発生に強く影響する場合があることが示された。

 第8章では、瀬戸内海西部という閉塞海域内の固有振動が議論されている。すなわち著者はこの海域で、周期400分の第2モードのほか、242分、58分の振動モードがあることを、固有値問題を解くことによって求めた。これらの振動に相当する水位変化が、台風によって誘発されて現実の検潮記録上にも現れ、台風が去ったあとににも長時間継続していることが見いだされた。このような固有振動のために、台風中心が瀬戸内海西部地方から遠ざかり、風も収まり天候が回復した後に、海水位が再度上昇して市街地に海水が浸入する事態を生じた場所があった。

 第9章では、台風によってどのように固有振動が誘導されるかが数値的に検証されている。すなわち、台風が接近してきて高潮が誘発されている最中に突然風を止め、そのあとにどの様な海面振動が残るのかが検証されており、確かにいくつかのモードの固有振動による海面変動が現れていることが示された。その際、基本振動(第1モード)は励起されず、第2モード以下、特定のモードのみが励起されていることが見いだされた。基本振動は数学的には固有振動の解の1つではあるが、数値計算でも実測でも現実にはほとんど励起されない。その理由として著者は、基本振動は開口部で外洋との海水交換を伴うモードであり、そのような外洋側と影響しあうようなモードは現実には起きにくいのであろうと考察している。第2モード以下で、開口部で水位変化ゼロかつ海水交換ゼロの、外洋からの影響を遮断したモードだけが閉塞海域内部で自立して存在しうるのであろうというのである。この論文の独自の成果を要約すると次のようになるであろう。

 (1)高潮の数値計算の抵抗係数Cdは3.5×10-3とするのが妥当である。

 (2)台風内の風の場は宮崎モデルによるもので大勢は説明しうるが、それでは表現されない局地的な風の場も高潮の現実の状況に大きく影響する。

 (3)閉塞海域の水位変動記録から風の場を逆に推定する方法を確立した。

 (4)台風通過後には、やや長時間閉塞海域内で固有振動が残る。

 (5)その固有振動は、外洋との海水交換の伴わないモードだけが現れる。

 以上の各項目はそれぞれ海洋物理学上、あるいは高潮の予測防災事業の実務上にも大きな意味を持つ新知見である。

 手法の独自性という立場で評価すると、(1)、(2)、(4)および(5)はそれぞれ重要な内容を含んでいるが、いわば従来広く知られている手法を具体的な高潮事例に適応して見いだされた法則であって、手法のものは高く独自性あるものと評価することはできない。しかし、(3)の項目は研究手法そのものが著者によって独自に開発されたものであると言うことができ、本審査委員会の各委員が本論文中で最も高く評価する部分である。以上の評価により、本審査委員会は全員一致して本論文の著者、小西達男氏にたいして博士(理学)を授与するに値すると認めた。

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