本論文は1991年台風19号による、瀬戸内海西部の高潮の発生のメカニズムについて論じられたものである。本論文は11章からなっている。第1章から5章までには、高潮に関する過去の研究のレビュー、日本に起きた高潮の統計データ、1991年の19台風の道路、中心気圧、半径などの特性、検潮儀で観測された水位変化のデータ、沿岸都市浸水状況と被災者看の証言に現れた特徴について述べられている。被災地での証言調査はこの論文の著者自身が行っている。著者の理学的な分析考察は、第6章から第9章までの4つの章に分けて述べられている。 第6章では台風域内の風の分布として宮崎の式で与え、海面での抵抗係数を変えた数個のケースについておのおの数値的に高潮を再現している。その結果、抵抗係数をCd=3.5×10-3としたとき最も観測事実と合うことが示された。しかし、現実の風の場がモデルのように単純でないため、周防灘などの水位変化は数値計算結果では再現できないことが見いだされた。 第7章では、風の場を仮定して海面上昇(高潮)を数値的に再現するのではなく、検潮儀で得られた海面水位変化記録から逆に風の場を推定する手法が提案された。この手法は、Schwab(1982)の方法を拡張したものであるが、ほとんどこの論文の著者が独自に新たに開発したものと評価することができる。この手法で得られた風の場が実際の風の観測値とよく合うことが示された。このようにして求められた風の場を用いて再度高潮の再現計算が行われており、全体として現実によく合う結果が得られた。これによって、単純な宮崎モデルでは再現されない局地的な風が高潮発生に強く影響する場合があることが示された。 第8章では、瀬戸内海西部という閉塞海域内の固有振動が議論されている。すなわち著者はこの海域で、周期400分の第2モードのほか、242分、58分の振動モードがあることを、固有値問題を解くことによって求めた。これらの振動に相当する水位変化が、台風によって誘発されて現実の検潮記録上にも現れ、台風が去ったあとににも長時間継続していることが見いだされた。このような固有振動のために、台風中心が瀬戸内海西部地方から遠ざかり、風も収まり天候が回復した後に、海水位が再度上昇して市街地に海水が浸入する事態を生じた場所があった。 第9章では、台風によってどのように固有振動が誘導されるかが数値的に検証されている。すなわち、台風が接近してきて高潮が誘発されている最中に突然風を止め、そのあとにどの様な海面振動が残るのかが検証されており、確かにいくつかのモードの固有振動による海面変動が現れていることが示された。その際、基本振動(第1モード)は励起されず、第2モード以下、特定のモードのみが励起されていることが見いだされた。基本振動は数学的には固有振動の解の1つではあるが、数値計算でも実測でも現実にはほとんど励起されない。その理由として著者は、基本振動は開口部で外洋との海水交換を伴うモードであり、そのような外洋側と影響しあうようなモードは現実には起きにくいのであろうと考察している。第2モード以下で、開口部で水位変化ゼロかつ海水交換ゼロの、外洋からの影響を遮断したモードだけが閉塞海域内部で自立して存在しうるのであろうというのである。この論文の独自の成果を要約すると次のようになるであろう。 (1)高潮の数値計算の抵抗係数Cdは3.5×10-3とするのが妥当である。 (2)台風内の風の場は宮崎モデルによるもので大勢は説明しうるが、それでは表現されない局地的な風の場も高潮の現実の状況に大きく影響する。 (3)閉塞海域の水位変動記録から風の場を逆に推定する方法を確立した。 (4)台風通過後には、やや長時間閉塞海域内で固有振動が残る。 (5)その固有振動は、外洋との海水交換の伴わないモードだけが現れる。 以上の各項目はそれぞれ海洋物理学上、あるいは高潮の予測防災事業の実務上にも大きな意味を持つ新知見である。 手法の独自性という立場で評価すると、(1)、(2)、(4)および(5)はそれぞれ重要な内容を含んでいるが、いわば従来広く知られている手法を具体的な高潮事例に適応して見いだされた法則であって、手法のものは高く独自性あるものと評価することはできない。しかし、(3)の項目は研究手法そのものが著者によって独自に開発されたものであると言うことができ、本審査委員会の各委員が本論文中で最も高く評価する部分である。以上の評価により、本審査委員会は全員一致して本論文の著者、小西達男氏にたいして博士(理学)を授与するに値すると認めた。 |