日本人の成立課程に関する形態人類学的研究は数多くあるが、現在、提示されている諸仮説は主として頭蓋骨の計測あるいは非計測特徴の解析に基づく。これらの研究成果の多くは、渡来系弥生人が現代日本人の形成に大きく寄与した事を示唆している。一方、歯の形態を用いた日本人起源論は少なく、限られた標本群について報告されているに過ぎない。本論文はこうした知識の空白を埋め、地域差、時代差を考慮しながら十分な標本数について歯の形態を数量化し、日本人の起源に関する渡来説、移行説を新たなデータベースをもって評価する。さらに、日本の周囲に分布するアジア・アメリカ集団との比較を通じ、日本基層集団の系譜を検討する。 本論文は7章からなり、第1章は緒言、第7章は結語、第2章は各章に共通する方法論の記述である。本研究は4400の個体を対象とし、この内、約半数が日本の古人骨、現代人骨であり、約半数が周辺集団の標本である。各標本群について各歯種28項目の歯冠近遠心径、頬舌径を計測し、21項目の形態小変異の発現を記録した。これらの原データを単変量、ペンローズの距離、マハラノビスの距離、スミスの距離、Qモード相関係数、主成分分析、多次元尺度法など、多変量的に解析し、歯冠の大きさ、歯種間のプロポーション、形態小変異の3観点から標本群間の比較を行った。 第3章では、北海道、東北、関東、東海、山陽の5地域の縄文時代人資料を用い、地理的変異を調べた。その結果、サイズ、プロポーション、形態小変異の三点において地域差は小さく、縄文人の均一性が強調された。また、各縄文サンプルとも現代日本人よりも北海道アイヌとの類似を示す。 第4章では東日本と西日本の古墳時代人の比較を行った。東西古墳人では形態小変異の出現様式および歯冠サイズのプロポーションで差が小さい。歯冠サイズでは西日本古墳人のほうが東日本古墳人より大きいものの、サイズ、プロポーション、形態小変異のいずれについても東西古墳人双方ともが縄文人と著しく異なり、現代日本人により近い。 第5章では前2章の結果を踏まえ、各縄文人および古墳人の地域別サンプルをプールし、縄文、弥生、古墳、鎌倉、江戸および現代の時代差を検討した。その結果、サイズとプロポーション双方の観点から各サンプルは形態学上、2群に類別できることが判明した。縄文人、種子島弥生人、アイヌでは歯冠サイズが小さく、プロポーションでは犬歯、小臼歯、第二大臼歯が第一大臼歯に対して小さい。これに対し、北部九州弥生人、古墳人、鎌倉時代人、江戸時代人、現代日本人では歯冠サイズは大きく、プロポーションでは前群と逆の傾向を示す。また、後者の群内ではサイズのサンプル間差がみられるが(北九州弥生人と古墳人が特に大きい)、プロポーションではより均一である。形態小変異の解析も上記の2群を明快に分離した。即ち、後群ではシャベル型切歯、小臼歯の介在結節、大臼歯の屈曲隆線が高頻度で出現し、前群では低い。また、北部九州弥生、古墳、鎌倉、江戸、現代日本人間の時代差は小さい。このように、歴史時代から現代までの日本人と北部九州弥生人に強い類似が見られ、移行説、渡来説のうち後者が強く支持される。また、渡来系弥生人の形態特徴が古墳時代には既に東日本まで分布することが示された。 第6章ではアジア、南北アメリカ、オーストラリアに分布する23集団と日本列島の基層2集団(縄文人、北九州弥生人)を比較した。この広範な比較ではサイズ、プロポーション、形態小変異の3指標で必ずしも一致した結果が得られなかった。しかし、日本人集団の分析で並行する結果が得られ、系統を反映すると解釈できるプロポーションと形態小変異の分析では縄文人は東南アジアおよびオーストラリアの集団、特に新石器時代タイ人に類似するという結果を得た。北九州弥生人はプロポーションではアメリカ大陸の一部とアジア大陸の諸集団に、形態小変異では北東アジア人に最も類似し、両分析で共通して北部中国、モンゴリアン集団との類縁関係が示唆された。また、北部九州弥生人の歯のサイズはアジア集団では目立って大きく、今後北東アジアでこうした大型の歯を保有する集団の認定に興味がもたれる。 このように、本論文で提示された諸結果は日本人起源論に大きく貢献するものである。また、本研究は莫大な量の形態データを同一研究者が収集し、比較的軽微な形態差比較の信頼性に格段の進展をもたらし、レファレンス的業績としても意義が深い。以上により、充分に博士論文としての価値を有すると判定された。 |