学位論文要旨



No 211848
著者(漢字) 松村,博文
著者(英字)
著者(カナ) マツムラ,ヒロフミ
標題(和) 歯の形態からみた日本人集団の小進化史
標題(洋) A microevolutional history of the Japanese people as viewed from dental morphology.
報告番号 211848
報告番号 乙11848
学位授与日 1994.06.27
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第11848号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 講師 諏訪,元
 東京大学 教授 遠藤,萬里
 東京大学 教授 平井,百樹
 東京大学 教授 青木,健一
 東京大学 教授 赤沢,威
内容要旨

 形質人類学において日本人の成立過程をめぐり、移行説と渡来説を土台とした数々の論議がなされているのは周知のとおりである。従来は主に頭骨計測値の分析に基づく論議が多かったが、最近になってやや違った観点、すなわち頭骨の非計測的特徴の出現率の分析から日本人の成立過程が論じられるようになり、渡来説を強く支持する結果が導かれている。一方、歯の形態に関しては、渡来系とされる土井ヶ浜弥生人や現代日本人が縄文人よりも大きな歯をもつという意外な事実が明らかにされ論議を呼んだ。また最近では、モンゴロイド系集団の歯について、より広い視野からの分類が試みられ、日本の縄文人の歯は、スンダドントと称される南方系モンゴロイドの歯の特徴を持つことが明らかにされている。日本人の歯の形態に関する研究は決して少なくはないが、断片的ないし散発的なものが多く、継続した時代的変化や地理的変異の全体像が明確になっているとは言い難い。そこで本研究では、日本人起源論における上記の2大仮説について歯の形態の観点から検証することを目的として、日本国内外の先史時代から現代までの人骨4440個体の永久歯を調査し、計測的形質28項目ならびに非計測的形質21項目のデータを採取した。計測的形質についてはサイズおよびプロポーション、非計測的形質についてはその出現頻度の観点から、種々の統計学的手法を応用して分析をおこなった。第一段階の分析として、地理的変異および時代的変化を明らかにし、日本人の歯の形態的特徴の総括を試みた。第二段階として、東アジア、オーストラリア、メラネシアおよびアメリカ地域のモンゴロイド系集団(オーストラロイド系集団を含む)との系統関係を明らかにし、日本人集団の由来を追求した。

 地理的変異:全ての時代の日本人について地理的変異を検証することは、資料が限られている現時点では困難であるので、比較的多数の地域からの資料が得られている縄文人ならびに古墳人について分析をおこなった。

 縄文人の地理的変異については北海道、東北、関東、東海、および山陽の5地域の間で比較をおこなった。サイズについて分析をおこなった結果、近遠心径は比較的安定しており、顕著な地域差は認められなかった。一方、頬舌径においては、東北地方の縄文人の歯がやや小さいという傾向が認められた。この傾向は、頬舌径のほうが近遠心径よりも環境による影響を受け易いことを示唆するものである。プロポーションに関しては、歯冠計測値にもとづくマハラノビスの距離を集団間で算出し比較した結果(図2)、本州の4集団においては地理的変異は小さいが、北海道の縄文人は、基本的には縄文人としての形態をもつものの、本州の縄文人とやや離れる傾向が認められた。この結果は、北海道の縄文人の生活環境が本州とは異なっていたことを反映しているものと推定されるが、これに関連して最近、北海道と本州の縄文人の食資源にかなりの相違があったことが指摘されており、歯の分析結果と考え合わせて興味深い。なお非計測的形質においては顕著な地理的変異は認められなかった。

 古墳人の地理的変異については、関東地方を中心とする東日本と北部九州から近畿地方までの西日本との間で比較をおこなった。計測的形質については東日本の古墳人が西日本の古墳人よりも若干小さな歯をもつことが明らかになったが、プロポーションおよび非計測的特徴(図2)においては顕著な地域差は認められなかった。これらの形質において、両地域の古墳人は現代日本人に類似し、縄文人とは顕著に異なることが示された。これまでの頭骨計測値などの分析によれば、東日本の古墳人には多少なりとも縄文人的な形質が残存するとされているが、歯の形態にはそのような傾向は認めらず、本分析結果は、大陸からの渡来者の遺伝的影響は西日本のみならず東日本においてもかなり大きかったことを示唆するものである。

図表図1 歯冠計測値16項目にもとづく縄文人の地域差。 / 図2 歯冠計測値28項目にもとづく古墳人の地域差。

 時代的変化:時代的変化に関しては、縄文、弥生、古墳、鎌倉、江戸、および現代の時代間を通して分析をおこなった。歯の計測的形質の時代的変化は図3に集約される。近遠心径と頬舌径に因子分析をおこない、算出された因子得点にもとづいて偏差折線を描いたもので、各集団(男性)の歯の全体的なサイズとプロポーションが同時に示されている。サイズとプロポーションのどちらの観点からも、日本列島の集団は、縄文人・種子島弥生人・アイヌの群と、北部九州弥生人・古墳人・鎌倉時代人・江戸時代人・現代日本人の群に明瞭に分離された。全体的なサイズは、前者の集団では小さく、後者の集団では明らかに大きい。プロポーションに関しては、前者の集団では犬歯、小臼歯および第2大臼歯が相対的に小さいのに対して、後者の集団ではそれらの歯がかなり大きい。後者の群内における弥生から歴史時代を経て現代までの集団の時代的変化についてさらに詳細に観てみると、全体的なサイズは北部九州弥生人が最も大きく、古墳人もそれに匹敵する。その後の時代の集団では若干小さくなる傾向が認められる。プロポーションについては弥生時代から現代までほとんど変化していないと言える。非計測的形質についても上記の2群の間に顕著な違いが認められた。北部九州弥生人・古墳人・歴史時代人・現代日本人が、シャベル、介在結節および屈曲隆線などにおいて高頻度の出現率を示すことで特徴づけられ、これらの時代間での変化は微微たるものであった。図4は、上記の因子得点を用いて計算したQモード相関係数にもとづく集団間の類縁関係であり、図5は非計測的形質21項目の出現頻度にもとづくスミスの距離によるものである。計測・非計測的形質による集団間の類縁関係はよく一致しているといえる。2つのクラスターにそれぞれ属する集団の歯の諸形質は図6のように対比される。本分析結果にみられた歴史時代から現代までの日本人と北部九州弥生人との強い類似から判断して、現代日本人の起源を北部九州弥生人に求めても無理はない。

図表図3 因子得点にもとづく偏差折線図。 / 図4 因子得点にもとづく日本人集団の類縁関係。図表図5 非計測的形質21項目にもとづく日本人集団の類縁関係。 / 図6 日本人集団2系譜間の歯の形態の対比。

 他のモンゴロイド系集団との系統関係:以上の分析では、日本人集団は、縄文人・アイヌおよび北部九州弥生人・弥生時代以後の本州日本人という2つの大きく異なる系譜から成り立つことが明瞭になったが、これら2つの系譜について他のモンゴロイド系集団との関係を明らかにするため東アジア・オーストラリア・メラネシア・アメリカに分布する23集団との比較をおこなった。その結果、北部九州弥生人はサイズにおいては、アメリカ・インデアンに類似し、プロポーションにおいては新石器時代のタイ人を除くアジア大陸のモンゴロイド系集団ならびに一部のアメリカ・インデアンに類似した。非計測的形質においては中国人を含む北東アジアの集団に強く類似した。一方、縄文人はプロポーションにおいては新石器時代タイ人ならびにオーストラリア原住民に類似したが、オーストラリア原住民とはサイズにおいて大きく異なっていた。非計測的形質においては新石器時代タイ人を含む東南アジアの集団、ニューブリテン島民ならびにオーストラリア原住民に類似した(図7)。以上のように、他のモンゴロイド系集団との類縁関係は、形質ごとによって必ずしも一致しない。一方、先の日本人の歯の形態の地理的変異ならびに時代的変化の分析では、非計測的形質が最も系統的一致ないし差異を表す傾向を示し、プロポーションも比較的系統関係を反映する形質として評価された。一方、サイズは環境による変異が比較的大きいことが示唆された。このことを考慮したうえで上記の他のモンゴロイド系集団との関係を再検討した結果、北部九州弥生人は、非計測的形質ならびにプロポーションの両方が同時に類似するモンゴリアンおよび北部中国人と、縄文人は新石器時代タイ人と系統的に最も近いことが示唆された。前者の関係から、北部九州弥生人がこれら東アジア北部の集団と祖先を共にしたことが示唆される。先の時代的変化の分析では、現代日本人の歯の形態が北部九州弥生人に由来することが明らかにされたが、このことも考え合わせると、日本人の成立に関して、北部九州弥生人すなわち渡来系弥生人の遺伝的影響は、かなり大きかつたことが強く示唆される。一方、種子島、奄美沖縄諸島の集団および北海道アイヌの歯には、縄文人の特徴が認められたが、このことは日本列島の辺縁部の集団には渡来者の遺伝的影響がさほど及んでいないことを示すものである。また縄文人が東南アジアに由来するという説は、縄文人と新石器タイ人との関係から支持される。なお、北部九州弥生人の歯は、縄文人よりも大きなサイズと複雑な形態をもつことで特徴づけられたが、この傾向は、渡来者の原郷が東アジア北部であるとすれば、後期更新世の氷期における厳しい環境ストレスが歯の退化を遅延させたことに起因するものと推察された。

図7 非計測的形質21項目にもとづくクラスター。
審査要旨

 日本人の成立課程に関する形態人類学的研究は数多くあるが、現在、提示されている諸仮説は主として頭蓋骨の計測あるいは非計測特徴の解析に基づく。これらの研究成果の多くは、渡来系弥生人が現代日本人の形成に大きく寄与した事を示唆している。一方、歯の形態を用いた日本人起源論は少なく、限られた標本群について報告されているに過ぎない。本論文はこうした知識の空白を埋め、地域差、時代差を考慮しながら十分な標本数について歯の形態を数量化し、日本人の起源に関する渡来説、移行説を新たなデータベースをもって評価する。さらに、日本の周囲に分布するアジア・アメリカ集団との比較を通じ、日本基層集団の系譜を検討する。

 本論文は7章からなり、第1章は緒言、第7章は結語、第2章は各章に共通する方法論の記述である。本研究は4400の個体を対象とし、この内、約半数が日本の古人骨、現代人骨であり、約半数が周辺集団の標本である。各標本群について各歯種28項目の歯冠近遠心径、頬舌径を計測し、21項目の形態小変異の発現を記録した。これらの原データを単変量、ペンローズの距離、マハラノビスの距離、スミスの距離、Qモード相関係数、主成分分析、多次元尺度法など、多変量的に解析し、歯冠の大きさ、歯種間のプロポーション、形態小変異の3観点から標本群間の比較を行った。

 第3章では、北海道、東北、関東、東海、山陽の5地域の縄文時代人資料を用い、地理的変異を調べた。その結果、サイズ、プロポーション、形態小変異の三点において地域差は小さく、縄文人の均一性が強調された。また、各縄文サンプルとも現代日本人よりも北海道アイヌとの類似を示す。

 第4章では東日本と西日本の古墳時代人の比較を行った。東西古墳人では形態小変異の出現様式および歯冠サイズのプロポーションで差が小さい。歯冠サイズでは西日本古墳人のほうが東日本古墳人より大きいものの、サイズ、プロポーション、形態小変異のいずれについても東西古墳人双方ともが縄文人と著しく異なり、現代日本人により近い。

 第5章では前2章の結果を踏まえ、各縄文人および古墳人の地域別サンプルをプールし、縄文、弥生、古墳、鎌倉、江戸および現代の時代差を検討した。その結果、サイズとプロポーション双方の観点から各サンプルは形態学上、2群に類別できることが判明した。縄文人、種子島弥生人、アイヌでは歯冠サイズが小さく、プロポーションでは犬歯、小臼歯、第二大臼歯が第一大臼歯に対して小さい。これに対し、北部九州弥生人、古墳人、鎌倉時代人、江戸時代人、現代日本人では歯冠サイズは大きく、プロポーションでは前群と逆の傾向を示す。また、後者の群内ではサイズのサンプル間差がみられるが(北九州弥生人と古墳人が特に大きい)、プロポーションではより均一である。形態小変異の解析も上記の2群を明快に分離した。即ち、後群ではシャベル型切歯、小臼歯の介在結節、大臼歯の屈曲隆線が高頻度で出現し、前群では低い。また、北部九州弥生、古墳、鎌倉、江戸、現代日本人間の時代差は小さい。このように、歴史時代から現代までの日本人と北部九州弥生人に強い類似が見られ、移行説、渡来説のうち後者が強く支持される。また、渡来系弥生人の形態特徴が古墳時代には既に東日本まで分布することが示された。

 第6章ではアジア、南北アメリカ、オーストラリアに分布する23集団と日本列島の基層2集団(縄文人、北九州弥生人)を比較した。この広範な比較ではサイズ、プロポーション、形態小変異の3指標で必ずしも一致した結果が得られなかった。しかし、日本人集団の分析で並行する結果が得られ、系統を反映すると解釈できるプロポーションと形態小変異の分析では縄文人は東南アジアおよびオーストラリアの集団、特に新石器時代タイ人に類似するという結果を得た。北九州弥生人はプロポーションではアメリカ大陸の一部とアジア大陸の諸集団に、形態小変異では北東アジア人に最も類似し、両分析で共通して北部中国、モンゴリアン集団との類縁関係が示唆された。また、北部九州弥生人の歯のサイズはアジア集団では目立って大きく、今後北東アジアでこうした大型の歯を保有する集団の認定に興味がもたれる。

 このように、本論文で提示された諸結果は日本人起源論に大きく貢献するものである。また、本研究は莫大な量の形態データを同一研究者が収集し、比較的軽微な形態差比較の信頼性に格段の進展をもたらし、レファレンス的業績としても意義が深い。以上により、充分に博士論文としての価値を有すると判定された。

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