学位論文要旨



No 211849
著者(漢字) 佐々木,長市
著者(英字)
著者(カナ) ササキ,チョウイチ
標題(和) 水田土層における浸透型と層内諸現象に関する研究
標題(洋)
報告番号 211849
報告番号 乙11849
学位授与日 1994.06.27
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第11849号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 田渕,俊雄
 東京大学 教授 中野,政詩
 東京大学 教授 中村,良太
 東京大学 助教授 宮崎,毅
 東京大学 助教授 山路,永司
内容要旨

 水田には低平地のように地下水位が高く、常時飽和状態の閉鎖浸透条件下の水田と河岸・扇状地などのように湛水期にも地下水位が低く、下層が開放浸透条件下の水田の2タイプが存在する可能性は、広く知られている。しかし、これらの水田において浸透型が開放か閉鎖かの検証および浸透型により土壌断面内に付与される特性については明らかにされていない。この検証および特性の解明は、水田の改良等において認識されねばならない農地工学的重要課題である。

 この課題の解明のため、具体的に以下のような目的を設定した。

 この浸透型は砂柱モデル実験において発見され、その相違は層内への大気疎通の有無あるいは大気と連続する気相と併存する流れであるか否かである。しかしながら、実際の水田土層におけるこれらの浸透型の存在は未だ明らかにされていない。ゆえに、本研究の第1の目的は、実際の水田における開放浸透の検証を行うこととした。また、浸透型の本質は、見方を変えるならば、浸透型の如何により、層内へ侵入した大気中の酸素の影響を受ける環境となるか否かを規定するものと推測される。つまり、開放浸透層は、層内への大気疎通による酸素が酸化的条件をつくり、ひいては酸化層を形成する。これに対し、閉鎖浸透は層内への大気疎通が遮断され、かつ層内の微生物等による酸素消費により還元的条件を醸成し、やがては還元層を形成すると考えられる。この推論に基づき層内の諸現象とそのメカニズムを明らかにすることを第2の目的とした。さらに、第3の目的は、上記の浸透型の判別指標としての限界負圧の有用性を検証することとした。

 以上の目的の究明を本論文では、7章構成で行った。

 第I章では、本研究の目的と既往の研究成果、特に開放浸透流の研究とこれがもたらす影響を層内の酸化還元という土層分化を規定する一要因であると言う観点においたので、土壌肥料学的な酸化還元に関する研究についても述べた。

 第II章では、水田土層における開放浸透流の実証とその検証方法について、述べた。

 開放浸透流の調査は、岩手山麓傾斜地にあり、地下水位が低い、浸透抑制耕盤をもつ火山灰ローム質の水田(約50a区画)について行った。

 その結果、耕土、耕盤、盛土部心土の圧力水頭pは正圧で閉鎖浸透流であり、切土部心土では動水勾配J≒1の負圧浸透で、かつ限界負圧pk≧pであった。また、新たに考案した「土中空気圧測定法」により、地盤土層中の空気圧を観測し、湛水期間中も切土部心土中の限界間隙量以上におよぶ粗間隙が開放状態にあることが判明した。このことから開放浸透流の存在が明らかになった。さらに、’ジピリジル反応により閉鎖浸透層は還元状態が明瞭で、開放浸透層は酸化状態であることを明らかにした。

 第III章では、第II章で実証した開放浸透層の間隙レベルでの特性およびこの浸透型判別の指標としての限界負圧の役割を、間隙のX線影像としてとらえることおよびこの限界負圧が降下浸透水のDO値増減特性に対し有用性の高い指標であることの検証を行った。

 間隙レベルの特性は、開放浸透流の実在を検証した水田土(岩手ローム)および異なる地点の土(安達太良ローム、愛鳥ローム)を用いて、限界間隙の実態を飽和土壌基質中で最初に試料全長にわたり脱水が完了する孔隙(=貫通開放孔隙)と、その周囲の孔隙に分類したX線透写像としてとらえること、および限界負圧の浸透型の判別指標としての有用性を究明することを試みた。

 その結果、貫通開放孔隙およびその周囲の粗孔隙は根系状の管路から成り、その径の広狭の発達は植物根の形態的特徴あるいは異径根の連結により形成されている傾向がみられた。また、限界負圧測定時には試料内に均一に多数発達した粗孔隙の多くが開放され、限界負圧の浸透型の判別指標としての有用性が高いと推定された。

 限界負圧の有用性は、開放降下浸透流を持つ水田(上述)土層(不攪乱採土、岩手ローム)を用い、成層水田モデル土柱(3層構造)を作製し、深度別の降下浸透水のDO値と圧力水頭を測定しさらに検討した。

 その結果、排水位の低い条件下では降下浸透水のDO値が第I層(耕土、黒ボク)および第II層(耕盤、黒ボク)で2ppm前後であったが、第III層(心土、ローム)に降下するや否や高DO値(6ppm)台に上昇、維持される流れとなることを確認した。かつ、このような降下浸透水のDO値増減は、各層の限界負圧を境界として生じていることを検証した。

 第IV章では、第III章と同じく成層水田のモデル土柱(3層構成)を心土の有機物含有量を変えて2タイプを作製し、浸透型と土層の酸化還元の対応関係を酸化還元電位測定等により定量的に明らかとすることを試みた。2タイプのモデル土柱は、開放浸透条件下にある火山灰地水田(第II章と同じ)から全て採土した。モデル土柱の耕土・耕盤層は肥培管理されている黒ボク土を用い、心土層は不攪乱採土した黄褐色ロームの場合と肥培管理されている黒ボク土を用いた場合の2種とした。有機物含有量はそれぞれ10%、2%程度であった。なお、モデル土柱の浸透強度は20mm/d、50mm/d、100mm/dとした。

 その結果、排水位の低い条件(70cm以下)では、閉鎖浸透層は低DO水(1ppm台)でかつ還元層を呈し、開放浸透層は高DO水(7ppm台)でかつ酸化層となった。しかし、排水位を上昇(25cm以上)させ、全層閉鎖浸透とした場合、全層低DO水となりかつ還元層となった。この現象は、有機物含有量の多寡および浸透強度の大小にかかわらず成り立つことが明らかとなった。ただし、無機質土の場合は、還元化に長期間(約3ヶ月)を要すことが分かった。

 第V章では、前章と同じ装置を用い水田の層構成材料をかえ、降下浸透水中の酸化還元に対応し動態を変える物質、特に鉄、マンガンについて浸透型を素因とした動態としてとらえうるか否かを攻究した。

 成層水田のモデルは、砂礫水田、全層黒ボク土水田、下層に集積層を持つ水田を想定して作製し、その浸透型と土層の酸化還元状態および降下浸透水中の物質(鉄、マンガン)の濃度を深度別に測定した。

 その結果、いずれのモデルでも排水位が低く耕土・耕盤層が閉鎖浸透、心土層を開放浸透とした場合、耕土・耕盤層は還元層となり、鉄、マンガンの検出がなされた。しかし、心土層では検出がなされなかった。この同一モデルの排水位を上昇させ、全層閉鎖浸透とした場合、心土層は徐々に還元化し、鉄、マンガンが浸透水中に検出されるようになった。なお、実験終了後に降下浸透水中の鉄、マンガン検出深とこの物質の層内での増減および土色変化に対応関係が認められた。

 第VI章では、上記の諸特性の根本物質である開放浸透層内の酸素濃度および二酸化炭素濃度の実態および変動特性について、第II章で述べた圃場を用いて解明した。

 調査は、開放浸透層となっている火山灰地水田心土層内の土中空気を採取(5地点で)し、周年行った。

 その結果、酸素濃度は水田中央部(畦から約22m地点)でも10%程度と高く、この濃度は畦から水田中央部に向かうにしたがい低下する傾向が認められた。二酸化炭素は、水田中央部も畦付近の値も類似した傾向で5〜9%の値となった。その濃度は、酸素濃度とは逆に畦から水田中央部に向かうにしたがい距離に比例し増大する傾向がみられた。また、酸素濃度は、湛水開始とともにその濃度を低下させ、非潅漑期に再び値を上昇させた。しかし、二酸化炭素はこれとは逆に湛水開始後から徐々に値を上昇させ、非灌漑期には値を低下させる周年変動が確認された。

 上記の浸透型と土層の酸化還元の対応についての視点は、既にカドミウム汚染水田の更正に援用されているが、本研究の成果により、今後は科学的根拠を持って積極的な適用が期待される。また、汎用水田として成功している地域の水田の圃場条件として、下層における酸化層の存在が重要であるとの指摘に対し、浸透型の面から実証がなされ、農業土木的視点からの裏付けがなされたといえよう。

 このように、浸透型が閉鎖か開放かということは、浸透条件下の層内諸現象に非常に大きな影響を与え、かつその知見は実用的立場で水田の農地工学的改良に役立つものである。

審査要旨

 水田には低平地のように地下水位が高く,常時飽和状態の閉鎖浸透条件下の水田と河岸・扇状地などのように湛水期にも地下水位が低く,下層が開放浸透条件下の水田の2タイプが存在する可能性は,広く知られている。しかし,これらの水田において浸透型が開放か閉鎖かの検証,および浸透型により土層断面内に付与される特性については明らかにされていない。この検証および特性の解明は,水田の改良等における農地工学的重要課題である。

 そこで,著者は実際の水田における開放浸透の検証と,浸透型による層内諸現象の相違とそのメカニズムを明らかにしようとした。

 論文は7章から成り,以下のようなものである。

 第1章では,研究の目的と既往の研究成果,特に開放浸透流の研究とこれがもたらす影響についての研究成果を総括した。

 第2章では,水田士層における開放浸透流の実証とその検証方法について述べた。

 その結果,耕土,耕磐,盛土部心土の圧力水頭pは正圧で閉鎖浸透流であったが,切土部心土では動水勾配J=Iの負圧浸透で,かつ限界負圧Pk≧Pであった。また,新たに考案した「土中空気圧測定法」により,地盤土層中の空気圧を観測し,湛水期間中も切土部心土では大気とつながった開放状態にあることが判明した。

 第3章では,限界負圧の役割を間隙のX線影像としてとらえること,およびこの限界負圧が降下浸透水のDO値増減特性に対し有用性の高い指標であることの検証を行った。

 その結果,貫通開放孔隙およびその周囲の粗孔隙は根系状の管路から成り,その径の広狭の発達は植物根の形態的特徴あるいは異径根の連結により形成されている傾向がみられた。また,限界負圧測定時には試料内に均一に多数発達した粗孔隙の多くが開放された。

 第4章では,浸透型と土層の酸化還元の対応関係を酸化還元電位測定等により定量的に明らかにすることを試みた。

 その結果,閉鎖浸透層は低DO水(1ppm台)でかつ還元層を呈し,開放浸透層は高DO水(7ppm台)でかつ酸化層となった。この現象は,有機物含有量の多寡および浸透強度の大小にかかわらず成り立つことが明らかとなった。ただし,無機質土の場合は,還元化に長期間(約3カ月)を要することが分かった。

 第5章では,降下浸透水中の酸化還元に対応し動態を変える物質,特に鉄,マンガンについて浸透型を素因とした動態としてとらえうるか否かを攻究した。

 その結果,いずれのモデルでも排水位が低く耕土・耕盤層が閉鎖浸透,心土層を開放浸透とした場合,耕士・耕盤層は還元層となり,鉄,マンガンの検出がなされた。しかし,心土層では検出がなされなかった。

 第6章では,上記の諸特性の根本物質である開放浸透層の酸素濃度および二酸化炭素濃度の実熊および変動特性について解明した。

 その結果,酸素濃度は水田中央部(畦から約22m地点)でも10%程度と高く,この濃度は畦から水田中央部に向かうにしたがい低下する傾向が認められた。二酸化炭素の濃度は,酸素濃度とは逆に畦から水田中央部に向かうにしたがい距離に比例し増大する傾向がみられた。また,酸素濃度歯,湛水開始とともにその濃度を低下させ,非灌漑期に再び値を上昇させた。しかし,二酸化炭素はこれとは逆に湛水開始後から徐々に値を上昇させ,非灌漑期には値を低下させる周年変動が確認された。

 以上を要するに,本論文は水田下層において開放浸透が存在することを実証し,さらに開放か閉鎖かという浸透型が浸透条件下の水田土層内の酸化還元や溶存酸素などの諸現象に大きな影響を与えていることを明らかにした。この知見は水田の農地工学的改良に大いに役立つものである。よって,審査委員一同は,本論文は博士(農学)の学位を与える価値があるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/50891