学位論文要旨



No 211850
著者(漢字) 向後,雄二
著者(英字)
著者(カナ) コウゴ,ユウジ
標題(和) 不飽和土の土質力学的特性と土質構造物の安定性に関する研究
標題(洋)
報告番号 211850
報告番号 乙11850
学位授与日 1994.06.27
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第11850号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中野,政詩
 東京大学 教授 田渕,俊雄
 東京大学 教授 石原,研而
 東京大学 助教授 宮崎,毅
 東京大学 助教授 山路,永司
内容要旨

 傾斜地での斜面やフィルダム等の盛土構造物は、土粒子とその隙間に存在する水及び空気からなる不飽和土で構成される。このような土質構造物の安定性をより合理的に検討するためには、不飽和土の力学的特性を十分に知ることが肝要である。不飽和土の力学的特性は土中の水分量によって大きな影響を受けることはよく知られているが、その力学的特性を十分に表現可能な論理的な取り扱いは未だ行われていない。また、不飽和土からなる土質構造物の安全性をより高い精度でより合理的に検討するためには、構造物内部での水の移動を考慮する必要もある。本研究の目的は、不飽和土からなる土質構造物に対する変形と破壊を同時に考慮可能な総合的に安全性を評価する方法を提案することである。そのため、次の二つの点について検討を加えた。

 (1)土質構造物は一般に不飽和土によって構成されるから、不飽和土の力学的特性を明らかにし、そのモデル化について検討する。

 (2)不飽和土の力学的挙動は間隙水の運動(浸透)に大きく左右されるから、間隙水の浸透を考慮したいわゆる圧密解析手法について検討する。

 (1)の点については、不飽和土の力学的特性に対するサクションの影響について、微視的及び巨視的な構造視点から考察した。すなわち、まず、不飽和の形態を封入、過渡的及び懸垂水の三つの不飽和形態に分類し、それぞれの不飽和形態でサクション効果を明らかにした。間隙内の空気が水でおおわれた気泡としてのみ存在した封入不飽和では、サクションの増加は有効応力のみを増加させ、Terzaghiの有効応力式が有効である。間隙水が土粒子の接触点にメニスカスを作りその中に保持されている懸垂水不飽和では、サクションの増加は毛管力を増加させ、その結果、降伏応力及び塑性変形に対する土粒子骨格の剛性の増加を引き起こす。過渡的不飽和は封入から懸垂水不飽和へ移行する過渡的な不飽和形態で、封入及び懸垂水の両方の不飽和形態で見られる現象が生じる。すなわち、この不飽和形態では、サクションの増加は有効応力、降伏応力及び塑性変形に対する土粒子骨格の剛性の増加を引き起こす。これら上述したサクション効果は表-1にまとめられている。一つ目のサクション効果であるサクションの増加による有効応力の増加は、Critical stateよりwet側でのせん断強度を用いることによって見積ることができる。二つ目のサクション効果であるサクションの増加による降伏応力及び塑性変形に対する土粒子骨格の剛性の増加は、状態面を定式化することによって見積ることができる。

表-1不飽和形態とサクション効果

 上述したような二つのサクション効果を考慮した弾塑性モデルを提案した。このモデルは下負荷面を伴ったCritical stateモデルである。従って、弾性から塑性への移行がスムーズに行われるために、応力〜ひずみ関係は滑らかになる。この弾塑性モデルの性能については、より単純なモデル(修正Cam clayモデル)に上記二つのサクション効果を考慮したモデルを用いて定性的な検討を行った。修正Cam clayモデルを用いたのは、定性的な検討のためには単純なモデルの方が二つのサクション効果の影響をよりストレートに見通すことができるためである。定性的な検討によれば、上記二つのサクション効果を考慮したCritical stateタイプのモデルであれば、十分に矛盾なく不飽和土の力学的挙動を説明することができた。また、この弾塑性モデルによる定量的な評価の結果によれば、K0及び等方圧密状態での圧密挙動及び同圧密状態での水浸挙動(飽和コラップス)を十分な精度で予測することが可能であった。三軸圧縮試験結果のシミュレーションにおいても、正規、過圧密状態の挙動をともに十分な精度で予測することができた。

 上記の不飽和土のための弾塑性モデルを境界値問題へ適用するためには圧密解析手法が必要である。圧密解析手法について議論をするに際して、まず、不飽和形態に対して場の方程式をどのように設定することが適切であるかを検討した。その結果、土全体に対する力の釣り合い式と間隙水に対する質量保存則を用いることにした。次に、場の方程式を有限要素法へ定式化するとともに、非線形性を考慮できる解法手順(修正Newton-Raphson法)を示した。解の安定性に関する議論を行った後、土の構成関係について検討を加えた。ここで記述した弾塑性モデルの他に土質工学分野で良く用いられる弾塑性構成式について記述するとともに、透水及び保水特性についても定式化を行った。保水特性については、解析上有利となる保水特性曲線の接線勾配が一義的に滑らかに決定されるTangentialモデルを提案した。このモデルの適用性に関する検討によれば、どのような形の保水特性曲線も良く表現できることが示された。

 弾塑性構成式を用いた場合には、塑性領域での応力を適切に計算する手法が必要となる。ここではリターンマッピング法を用い、その方法について具体的な手順も含めて記述した。土質構造物の総合的な安定性を検討する解析では盛土過程を考慮した解析手法も必要である。この論文では、Cloughらの手法を圧密解析に導入する方法について記述した。

 圧密解析手法の基本的な検討として、解析解の求まっているいくつかの問題について解析した。飽和土を対象とした一次元及び二次元の圧密解析は解析解と比較され、十分な精度で解析することができた。盛土過程を考慮した解析も行われ、解析解との一致は良好であった。また、材料非線形性を考慮した解析では、三軸圧縮試験の排水から非排水状態への挙動を良くシミュレートすることができた。

 不飽和土の圧密解析では、圧縮性流体で飽和された土(封入不飽和状態を想定)を対象とした解析結果を示した。解析解との一致はこの場合も良好であった。

 有限要素法を用いた圧密解析手法を境界値問題へ適用した例として、アースダムの築堤時の安定性の解析、初期湛水時の変形を主に検討した圧密解析及び実際のゾーン型ダムの築堤時のダム内部に発生する間隙水圧の予測のための解析の三つの解析結果を示した。

 アースダムの築堤解析では、その解析結果はスライス間力を考慮した極限平衡法による安定解析の結果と比較され、ここで提案した解析法が破壊に達する強度を十分な精度で計算できると同時に、スベリ面をかなりの精度で推定できることが示された。また、Penmanによって提案された最大水平変位速度が築堤時の盛土の安定性を検討する指標として有効であることが示された。

 アースダムの初期湛水時の変形解析は、Lower Cromer Tillを盛土材料とし、不飽和土を対象とした弾塑性モデルを用いて行われた。初期湛水時には水圧の作用、水浸に伴う変形(飽和コラップス)及びダム内部の間隙水圧変化によって、ダムは非常に複雑に挙動する。解析結果はNobariらにより指摘された初期湛水時の典型的な挙動をある程度シミュレートすることが可能であることを示した。

 ゾーン型ダムの築堤時の間隙水圧の予測解析は、構成関係として体積弾性係数のみ非線形亜弾性モデルとした非常に簡単な構成則を用いて行われた。それにもかかわらず、予測された間隙水圧は計測値と良く一致した。

 以上の結果より、ここで提案した不飽和土のための弾塑性モデルと圧密解析手法を組合わせることによって、不飽和土からなる土質構造物に対する変形と破壊を同時に考慮可能な総合的に安全性を評価する一方法が提案できた。

審査要旨

 農地の改良では,地域の保全上また防災上の観点から土質構造物を安定的に,しかも経済的に造成することが不可欠である。その際,不飽和土という条件におかれた土質構造物の変形と破壊,そして圧密等を考慮した安全性の評価を正確に行うことが求められる。しかし,不飽和土の力学的な取扱い方は,いまだ検討を要するところが少なくない。

 本論文は,不飽和土の水分状態を考察し,これを取り込んで土の力学挙動を表現する弾塑性モデルを構成し,フィルダム等の土質構造物の力学挙動を解明しながら,その安全性を解析する手法を構築しようとしたもので,論文は,8章から構成されている。

 第1章は,序論であり,研究の背景と目的を述べている。第2章は,不飽和土の力学に関わる既往の研究のレビューを行い,現在の問題点および解明すべき課題を指摘している。

 第3章で,サクションによって不飽和状態の力学効果を取り込み,これを加えた弾塑性モデルの構築をしている。すなわち,サクションの作用は土の塑性変形を抑制するので,不飽和土の圧密・圧縮における体積変化挙動や直接せん断強度および応力ひずみ関係,また水浸過程の体積減少(飽和コラップス)や膨張などがサクション効果を取り上げることで全て説明ができると証明したのち,サクションを加えた有効応力式を新しく定義して,状態面,正規降伏面,下負荷面などを定式化している。

 第4章では,このサクションを考慮した有効応力式を加えて力の釣合式を作り,不飽和土の保水特性を取り込んだ土中水の質量保存則を提案し,その解析手法を示している。すなわち,この両式の重み付き残差法による有限要素法への定式化と修正ニュートン・ラプソン法による解法,そこで使われる亜弾性モデル,塑性モデル,タンジェンシャル保水モデルなどについて述べ,リターン・マッピング法による弾塑性力学挙動の計算手順を述べている。

 第5章では,不飽和シルト質土(DLクレー)の排気非排水および排水条件下の三軸圧縮試験を行い,密詰め,ゆる詰めそれぞれの場合の体積変化挙動,せん断挙動の特徴について明らかにしている。すなわち,体積変化は,密詰めではサクションの影響は少ないが,ゆる詰めではサクションの影響が大きく出る。せん断挙動では,密詰めではピーク強度はサクションの大きいものほど大きく,限界状態強度はサクションの影響を受けない。ゆる詰めではサクションが大きい場合,初期剛性がサクションの大きいものほど大きく,強度ではサクションの影響を受けない。そして,不飽和土でも終局状態の存在があることを明らかにしている。

 第6章では,第4章で提案した弾塑性モデルの計算法に基づいてシュミレーションを行い,その結果が実験結果と良く一致することを述べ,このモデルの妥当性が高いことを証明している。すなわち,まずシュミレーション計算を不飽和シルト質土(DLクレー)の三軸圧縮試験について行い,第5章で得た実験結果と対比し,良く実験結果を表現することを示し,さらに低塑性砂質粘土(ロウワー・クラマー・ティル)の水浸過程で体積減少を伴うK0圧密および等方圧密試験についてシュミレーション計算を行い,その結果が間隙比変化や応力経路に関する既存の著名な実験結果を良く表すことを示している。

 第7章では,高含水比の粘性土からなる均一型アースダムの築堤時および貯水時の変形,応力,間隙水圧の経時変化のシュミレーション計算を行い,これを例として提案した弾塑性モデルによる土質構造物の安全性の評価法を示している。すなわち,築堤時では,透水係数が大きいとゼロ間隙水圧線が天端付近に達し,破壊領域が上下法面にほぼ対称に広がり,せん断ひずみが下流側法面に集中したところにすべり面が発生して破壊の危険性が増し,水平変位の変化が盛土の不安定性の増加を良く表現する。また貯水時には,水浸による体積減少が発生して上流側で下流方向への変形と沈下が進み,せん断ひずみも大きくなる。完了時にはクレスト部が上流側に移動し,下流側クレスト付近に引っ張りクラックが発生し,全体が下流側に変位する。このような現象の大きさを見て貯水時の安全性を評価することができると述べている。第8章は,結論をまとめている。

 以上を要するに,本論又は,不飽和土の力学挙動を記述する弾塑性モデルと圧密解析手法とを組み合わせ,不飽和土からなる土質構造物の変形と破壊を同時に考慮することができる数理モデルを構築し,その総合的な安全性の評価手法を確立したもので,土質力学,農業工学の学術上,応用上貢献するところが少なくない。よって,審査員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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