学位論文要旨



No 211853
著者(漢字) 福島,直
著者(英字)
著者(カナ) フクシマ,ナオシ
標題(和) rG-CSFによる造血機能亢進を支持する脾臓間質細胞に関する研究
標題(洋) Enhanced Hematopoiesis by Splenic Stromal Cells Derived from the Mouse with rG-CSF
報告番号 211853
報告番号 乙11853
学位授与日 1994.06.27
学位種別 論文博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 第11853号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 林,良博
 東京大学 教授 長谷川,篤彦
 東京大学 教授 高橋,迪雄
 東京大学 教授 土井,邦雄
 東京大学 助教授 九郎丸,正道
内容要旨

 生体の造血機構は、造血細胞とそれを支持する造血域間質細胞より成り立っている。この造血域間質細胞が各種の液性因子を産生し、あるいは造血細胞との接着により造血細胞の分化・増殖を支持していることは多くの報告より明らかになっている。しかし、生体外から投与された液性因子が、造血域間質細胞にどの様な作用を及ぼすか、また、間質細胞が造血機能亢進にどの様な役割を果たすかについては未だ明らかになっていない。

 著者は、rG-CSFがin vivoの脾臓で造血幹細胞および前駆細胞を著明の増加させることに着目し、この造血機能充進を解析する目的で、rG-CSFの脾臓間質細胞に及ぼす作用、また、これらの間質細胞が造血機能亢進に果たす役割について検討を行った。そのため、rG-CSF連続投与マウス脾臓より脾臓間質細胞株(CF-1細胞)を樹立し、rG-CSFのCF-1細胞に対する作用およびCF-1細胞の造血支持能について、さらに、CF-1細胞を抗原とする単クローナル抗体(GSPST-1)を作製し、rG-CSFの造血域間質細胞への作用について検討した。

第1章

 1.脾臓間質細胞株(CF-1細胞)は、rG-CSF100g/kgを5日間連続投与したC57BL/6Jマウスの脾臓間質細胞の初代培養から継代を繰り返すことで樹立した。すなわちrG-CSFを投与後に無菌条件下に脾臓を摘出し6週間培養した後、この間質細胞を20代継代し限界希釈法にて細胞のクローニングを2回繰り返しCF-1細胞株を樹立した。CF-1細胞の対照としては、正常C57BL/6Jマウスの脾臓からCF-1細胞と同じ方法により樹立した脾臓間質細胞株を用いた。

 2.CF-1細胞の特性を細胞化学的および免疫組織化学的に検討した。その結果、アルカリ・ホスファターゼ、第VIII因子関連抗原、マックIおよび貪食能は陰性、酸性ホスファターセ、I型コラーゲン、III型コラーゲンおよびフィブロネクチンは陽性であった。また、10-6/molハイドロコルチゾン存在下でコンフルエント状態で1カ月間培養しても脂肪細胞には分化しなかった。従って、CF-1細胞は、前脂肪細胞、マクロファージおよび血管内皮細胞ではない間質系の細胞であることが判明した。

 3.CF-1細胞へのrG-CSFの特異的結合を[35S]rG-CSFを用いたBinding Assayにより検討した。その結果、[35S]rG-CSFは増殖期のCF-1細胞に結合するが、静止期のCF-1細胞にはほとんど結合しなかった。

 4.CF-1細胞および対照の間質細胞をフィーダーレーヤーとしたCFU-Cassayで増殖因子の非存在下で、CF-1細胞は対照の間質細胞よりも強い刺激効果を示し、より多数のコロニー(顆粒球-マクロファージ、顆粒球、マクロファージのコロニー)を形成させた。

 5.IL-3,GM-CSF,IL-6の間質細胞からの産生を、これらの液性因子依存性細胞株を用い検討した。その結果、CF-1細胞にはIL-3およびGM-CSFの産生が見られたが、対照の間質細胞には認められなかった。IL-6の産生についてはCF-1細胞および対照の間質細胞ともにその産生が認められた。

 6.CF-1細胞と骨髄細胞との共存培養を行い3週間に亙ってコブルストーンの形成を観察した。CF-1細胞に接着してコブルストーンの形成が認められ、この細胞がin vitroで造血細胞を付着、増殖させる能力があることが明らかとなった。

 7.CF-1細胞が造血幹細胞を支持する能力があるか否かをin vivoで検討した。すなわち、骨髄細胞とCF-1細胞を放射線照射マウスに移植すると、脾臓コロニー数はCF-1細胞を移植しなかったマウスに比べて有意に増加し(1.4〜1.8倍)、また骨髄細胞とCF-1細胞移植マウスの移植後12日目の生存率は骨髄細胞単独移植マウスよりも高かった。これに対し、骨髄細胞と対照の間質細胞移植マウスの脾臓コロニー数は骨髄細胞単独移植マウスに比べ増加することはなかった。従って、CF-1細胞は造血幹細胞をin vivoで支持することが明らかとなった。

 8.CF-1細胞の静脈内投与後の脾臓および骨髄への生着を、Chromium51(51Cr)または3H-thymidine標識CF-1細胞を用いて検討した。51Cr標識CF-1細胞の生着が脾臓、骨髄(大腿骨)、肺、肝臓および腎臓に認められたが、脳、精巣、胸腺および心臓には見られなかった。脾臓と骨髄(大腿骨)のCF-1細胞数は経時的(2,4,24,48時間)に有意に増加した。他方、肺では細胞数は多いものの、その数は時間と共に著しく減少し、肝臓および腎臓では経時的変化は認められなかった。従って、CF-1細胞は脾臓と骨髄に特異的に生着することが明らかになった。また、3H-thymidine標識CF-1細胞を用いたオートラヂオグラフィーにより検索したところ、静脈内投与直後、脾臓、肺、肝臓および腎臓に生着が認められた(骨髄は未検索)。

第2章

 CF-1細胞がin vivoで造血幹細胞を支持することは、上記に記載した通りである。このメカニズムについて-galactosidase遺伝子を導入したCF-1細胞を用い、骨髄細胞と共にこの細胞を致死量の放射線を受けたマウスに静脈内投与により移植し、脾臓コロニーの形成あるいは骨髄の再生とCF-1細胞の生着との関連を抗-galactosidase抗体による免疫組織化学により検討した。脾臓および骨髄について、移植後脾臓コロニーが形成される8日目および12日目に材料を採取し検索した。

 その結果、移植後8日目および12日目共にCF-1細胞が脾臓コロニー内あるいはコロニーを囲んで生着しているのが認められ、これらの部位では未分化の造血細胞も見られる場合があるものの、多くの部位ではCF-1細胞の生着部位と一致して顆粒球系細胞の増殖が認められた。一方、骨髄では造血の再生は十分ではないが、骨髄にCF-1細胞が生着していることが認められた。これらの結果から、骨髄細胞と共にレシピエント・マウスに移植したCF-1細胞は脾臓および骨髄に生着し、造血を支持することが明らかとなった。

第3章

 CF-1細胞は、rG-CSFを連続投与したマウス脾臓間質細胞より樹立された細胞株であり、rG-CSFのレセプターを持ちrG-CSFによりin vitroで増殖し、造血支持能を有することが明らかとなった。この結果から、rG-CSFが造血細胞だけではなく造血域間質細胞にも作用し、その分化・増殖を促すことにより造血微小環境に変化を与え造血支持を亢進させていることが推測された。この仮説を証明するために、CF-1細胞に対する単クローナル抗体を作製し、rG-CSFを連続投与した脾臓・骨髄を免疫組織化学により検索し間質細胞の増殖を検討した。

 1.CF-1細胞を抗原にしウィスター・イマミチ系ラットに免疫し、常法に従ってポリエチレングリコールによりその脾臓細胞をSP-2骨髄腫細胞と融合し、ヒポキサンチン-アミノプテリン-サイミヂン(HAT)によりハイブリドーマを選択した。ハイブリドーマの培養上清について、CF-1細胞および骨髄細胞、脾臓細胞との反応性をFACScanを用いた間接免疫蛍光抗体法によりスクリーニングし、CF-1細胞に反応し骨髄・脾臓細胞と反応しないハイブリドーマ(GSPST-1)を選択した。この抗体のサブクラスをタイピングしたところ、ラットIgG2aであることが明らかとなった。

 2.C57BL/6JマウスにrG-CSF100g/kgを5日ないし12日間連続投与し、このマウスの脾臓および骨髄についてGSPST-1抗体を用いて免疫組織化学的に検討を行なった。脾臓での髄外造血を起こすことが知られている赤血球系の造血因子エリスロポエチンをその対照として検討を行なった。その結果、無処置の脾臓では、極く稀にGSPST-1抗体に反応する部位が脾膜および脾柱周囲に見られたのみであったが、rG-CSFを投与していくに従い脾膜および脾柱を中心に陽性部位が増殖していることが認められた。これらのGSPST-1抗体陽性部位では、著明に顆粒球系細胞の増殖が認められた。骨髄については、無処置およびrG-CSF処置の骨髄ともにGSPST-1抗体には反応しなかった。また、エリスロポエチンによる赤芽球系の髄外造血ではGSPST-1抗体に反応する部位は増加しなかった。従って、CF-1細胞を抗原としたGSPST-1抗体の反応する細胞は骨髄ではなく脾臓間質細胞由来の細胞であり、これらの細胞はrG-CSFの刺激により増殖し、顆粒球系細胞の増殖を支持するものと考えられた。

 以上の結果から、rG-CSFは造血細胞だけではなく造血域間質細胞をも刺激し、その増殖を促すことにより造血支持能力のある造血微小環境を創り、この環境によりさらに造血が支持されることが明らかとなった。

審査要旨

 生体の造血機構は,造血細胞とそれを支持する造血域間質細胞より成り立っている。この造血域間質細胞が各種の液性因子を産生し,あるいは造血細胞との接着により造血細胞の分化・増殖を支持することは多くの報告より明らかである。しかし,生体外から投与された液性因子が,造血域間質細胞にどのような作用を及ぼすか,また,間質細胞が造血機能亢進にどのような役割を果たすかについては未だ明らかになっていない。著者は,rG-CSFがin vivoの脾臓で造血幹細胞および前駆細胞を著明に増加させることに着目し,この造血機能亢進を解析する目的で,rG-CSFの脾臓間質細胞に及ぼす作用,また,これらの間質細胞が造血機能亢進に果たす役割について検討を行った。そのため,rG-CSFを5日間連続投与したC57BL/6Jマウス脾臓より脾臓間質細胞株(CF-1細胞)を樹立し,rG-CSFのCF-1細胞に対する作用およびCF-1細胞の造血支持能について,さらに,CF-1細胞を抗原とする単クローナル抗体(GSPST-1)を作製し,rG-CSFの造血域間質細胞への作用について検討した。

 CF-1細胞はアルカリ・ホスファターゼ,第VIII因子関連抗原,マックIおよび貪食能は陰性,酸性ホスファターゼ,I型コラーゲン,III型コラーゲンおよびフィブロネクチンは陽性であり,脂肪細胞への分化は認められなかった。従って,CF-1細胞は,前脂肪細胞,マクロファージおよび血管内皮細胞でない間質系細胞である。〔35S〕rG-CSFは増殖期のCF-1細胞に結合するが,静止期のCF-1細胞にはほとんど結合しなかった。CF-1細胞および対照の間質細胞をフィーダーレーヤーとしたCFU-Cassayで,CF1細胞は正常脾臓細胞より樹立した間質細胞よりも強い刺激効果を示し,より多数のコロニーを形成させた。骨髄細胞とCF-1細胞を放射線照射マウスに移植すると,脾臓コロニー数はCF-1細胞を移植しなかったマウスに比べて有意に増加し(1.4〜1.8倍),また骨髄細胞とCF-1細胞移植マウスの移植後12日目の生存率は骨髄細胞単独移植マウスよりも高く,一方,対照の間質細胞にはこの活性は認められなかった。従って,CF-1細胞は造血幹細胞をin vivoで支持することが明らかとなった。CF-1細胞がin vivoで造血幹細胞を支持するメカニズムについて-galactosidase遺伝子を導入したCF-1細胞を用い,骨髄細胞と共にこの細胞を致死量の放射線を受けたマウスに静脈内投与により移植し,脾臓コロニーの形成あるいは骨髄の再生とCF-1細胞の生着との関連を抗-galactosidase抗体による免疫組織化学により検討した。その結果,移植後8日目および12日目共にCF-1細胞が脾臓コロニー内あるいはコロニーを囲んで生着しているのが認められ,これらの部位では未分化の造血細胞も見られる場合があるものの,多くの部位ではCF-1細胞の生着部位と一致して顆粒球系細胞の増殖が認められた。一方,骨髄では造血の再生は十分ではないが,骨髄にCF-1細胞が生着していることが認められた。

 rG-CSFが造血域間質細胞に作用し,その分化・増殖を促進し造血微小環境の造血支持を亢進させることを明確にするために,CF-1細胞に対する単クローナル抗体を作製し,rG-CSFを連続投与した脾臓・骨髄について免疫組織化学的に間質細胞の増殖を検討した。すなわち,CF-1細胞を抗原としたウィスター・イマミチ系ラットに免疫,常法に従ってハイブリドーマを作製,さらにCF-1細胞に反応し骨髄・脾臓細胞と反応しない抗体を産生するハイブリドーマ(GSPST-1)を選択した。このGSPST-1抗体を用いて,C57BL/6Jマウスの脾臓および骨髄について免疫組織化学的に検討を行った。その結果,無処置の脾臓では,極く稀にGSPST-1抗体に反応する部位が脾膜および脾柱周囲に見られるのみであったが,rG-CSFを投与していくに従い脾膜および脾柱を中心に陽性部位が増殖することが認められた。これらGSPST-1抗体陽性部位では,著明に顆粒球系細胞の増殖が認められた。骨髄では,無処置およびrG-CSF処置の骨髄ともにGSPST-1抗体には反応せず,従って,GSPST-1抗体の反応する細胞は骨髄ではなく脾臓間質細胞由来の細胞であり,これらの細胞はrG-CSFの刺激により増殖し,顆粒球系細胞の増殖を支持するものと考えられた。

 以上の結果から,rG-CSFは造血細胞だけではなく造血域間質細胞をも刺激し,その増殖を促すことにより造血支持能力のある造血微小環境を創り,この環境によりさらに造血が支持されることが明らかとなった。

 このように,本研究は学術的に貢献するところが大であり,審査員一同社本論文が博士(獣医学)に価すると判定した。

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