学位論文要旨



No 211857
著者(漢字) 西田,秀利
著者(英字)
著者(カナ) ニシダ,ヒデトシ
標題(和) 高次精度線の方法による非圧縮性粘性流れの数値計算に関する研究
標題(洋)
報告番号 211857
報告番号 乙11857
学位授与日 1994.07.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第11857号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小林,敏雄
 東京大学 教授 佐藤,淳造
 東京大学 教授 久保田,弘敏
 東京大学 助教授 荒川,忠一
 東京大学 助教授 谷口,伸行
内容要旨

 非圧縮性粘性流れ、特に、乱流現象のような複雑な物理現象を数値解析するための高次精度数値計算法として、高次精度線の方法を提案し、層流から乱流に至るまでの幾つかの流れ場を対象として、新たに提案した手法の信頼性を検討することを目的として研究を行った。効率の良い高次精度数値計算法を開発することは、乱流現象が本質的に3次元非定常であり、多大な計算時間を要することを考慮すると工学上非常に有用である。

 新たに提案した高次精度線の方法は、非圧縮性粘性流れを支配するナビェ・ストークス方程式系において、発展型方程式の解法には高次精度線の方法を、楕円型方程式の解法には可変精度多重格子法を各々適用する方法である。発展型方程式の解法である高次精度線の方法は、空間微分項を1つのパラメータを変化させることにより任意の精度が得られる修正微分求積法により離散化し、時間に関する連立常微分方程式に帰着させ、この常微分方程式を4次精度ルンゲ・クッタ型の時間積分法により時間進行させる方法であり、楕円型方程式の解法として提案した可変精度多重格子法は、非定常項を付加した擬似時間発展型方程式を高次精度線の方法で解くものであり、収束解への収束を加速するために多重格子法及び局所時間刻み幅法を組み合わせることにより、非常に高速に収束解を求めることができる。この場合、収束解のみに意味があるために擬似時間積分法の精度は問題ではなく、そのために安定性の制限の緩やかな有理ルンゲ・クッタ法を採用し,収束性能の向上を図っている。

 高次精度線の方法においては、時間積分法として古典的なルンゲ・クッタ・ギル法、及び、縮退ルンゲ・クッタ法を採用し、精度・安定性の検討を行った。その結果、両方法共4次精度を有することが確認され、安定性の面では、粘性の影響が大きい場合には縮退ルンゲ・クッタ法が、逆に、粘性の影響が小さい場合にはルンゲ・クッタ・ギル法が高い安定性を有することが確認された。一般に、工学上重要となる流れの多くは粘性の影響が小さい、即ち、レイノルズ数が高い流れであることが多く、この様な流れを解析するためには時間積分法としてルンゲ・クッタ・ギル法を採用することが最善の選択であるとの結論を得た。

 可変精度多重格子法においては、検定問題として2次元、及び、3次元ポアソン方程式を取り上げ、精度・収束性の検討を行った。精度に関しては任意の指定精度が得られることが、収束性に関しては従来の多重格子法と同一の収束加速効果が得られ、SOR法と比較しても大幅な収束加速効果が得られることが確認された。さらに、空間精度を高次にした際にも、各々の空間精度に右いて格子点数依存性は認められなかった。また、粗格子において緩和法として群陽的反復法を採用する方法の検討も行ったが、プログラミングの容易さと汎用性の2つの面から、全格子系で有理ルンゲ・クッタ法を用いた高次精度線の方法を採用することが最善の選択であるとの結論を得た。

 層流の直接数値シミュレーションとして取り上げた正方形、及び、立方体キャビティ内流れにおいては、レイノルズ数が高くなるに従って、低次精度解と高次精度解との差が拡大する傾向が認められ、高レイノルズ数流れの解析における高次精度数値計算法の必要性が確認された。さらに、空間精度を高次にすることによる収束性能の劣化は認められず、高次精度解は格子点数の多い低次精度解、及び、実験結果と良好に一致した。

 層流から乱流への遷移現象として2次元剪断層中に存在する渦の巻き上がり、及び、合体の直接数値シミュレーションを行った結果、低次精度解と高次精度解との比較においては、空間微分項を離散化する際に生じる打切り誤差が数値分散・数値粘性として作用することに起因する低次精度解の時間遅れ・渦境界の拡散、及び、分解能不足により生じる低次精度解の振動が確認され、この種の数値解析における高次精度数値計算法の必要性を結論した。さらに、渦の巻き上がりや合体の現象は、平均流と攪乱流とのエネルギ授受と対応しており、平均流から攪乱流へのエネルギ供給は渦の成長を促し、攪乱流から平均流へのエネルギ供給は渦の引き伸ばしを促すことが確認され、流れ場の変遷はこの両者の間のエネルギ授受を繰り返しながら,エネルギがバランスした準平衡状態に至ることを明らかにした。

 2次元一様等方性乱流に対する直接数値シミュレーションを行った結果、低レイノルズ数シミュレーションにおいては、10次精度解が楕円型方程式をフーリェ級数展開法を用いて解いた数値解と完全に一致することを示し、本研究で提案した可変精度多重格子法の信頼性を確認した。また、低次精度で数値計算を行った場合、大規模渦構造は分解可能であるが、微小渦構造は分解することができず、乱流の直接シミュレーションにおける高次精度数値計算法の必要性を確認した。高レイノルズ数シミュレーションにおいては、流れ場の履歴が、渦層の伸長による渦の発達化過程・渦境界での渦度勾配の急激な変化による微小渦の発生に伴う流れ場の複雑化過程・大規模渦へのエネルギ集中に伴う流れ場の単純化過程、の3つの過程に分類することが可能であることを明らかにし、各々の過程において慣性小領域のエネルギ・スペクトルが満足すべき冪乗則は、k-4則・k-3則・k-4則となることが判明した。

 3次元一様等方性乱流に対する直接数値シミュレーションを行った結果、低レイノルズ数シミュレーションにおいては、比較のために採用した他者の結果と一致することが確認され、本研究において提案した高次精度数値計算法の有効性並びに信頼性が結論された。また、流れ場の変遷は2次元の場合と同様に、発達過程・複雑化過程・単純化過程に分類することが可能であり、各々の過程において満足すべきエネルギ・スペクトルの冪乗則はk-8.5/3則・k-5.9/3則・k-5/3則となり、単純化過程においてコルモゴロフ・スペクトルが得られることを確認した。中間レイノルズ数シミュレーションにおいては、レイノルズ数の違いによって流れ場の大規模構造に変化はなく、エネルギが低波数から高波数へ伝達されることにより生じる流れ場の微小構造に変化が起こることを確認した。さらに、エネルギ・スペクトルが満足する冪乗則は発達過程においてk-9/3則、複雑化過程においてk-5.9/3則であり、低レイノルズ数の場合と同様の結果を得た。

審査要旨

 本論文は、「高次精度線の方法による非圧縮性粘性流れの数値計算に関する研究」と題し、非圧縮性粘性流れ、特に、乱流現象のような複雑な物理現象を数値解析するための高次精度数値計算法として、高次精度線の方法を提案し、層流から乱流に至るまでの幾つかの流れ場を対象として、新たに提案した手法の信頼性を検討したものである。従来、高精度数値計算法としてはスペクトル法に代表される方法が用いられてきたが、この手法は基本的に周期性を仮定しているために適用範囲が限定されるという問題点を内在している。そこで、本論文では、差分法に立脚した任意の空間精度が得られる高次精度線の方法を提案し、その有効性を確認している。

 第1章では、フーリェ級数展開に基づくスペクトル法の限界を指摘し、汎用性に優れた高次精度数値計算法の必要性を述べている。

 第2章では、連続の式を厳密に満足する渦度-ベクトルポテンシャル(流れ関数)表示の支配方程式について述べている。

 第3章では、新たに提案する高次精度線の方法について詳述している。高次精度線の方法は、支配方程式であるナビェ・ストークス方程式系において、発展型方程式の解法には高次精度線の方法を、楕円型方程式の解法には可変精度多重格子法を各々適用する方法である。発展型方程式の解法である高次精度線の方法は、空間微分項を1つのパラメータを変化させることにより任意の精度が得られる修正微分求積法により離散化し、時間に関する連立常微分方程式に帰着させ、この常微分方程式を4次精度ルンゲ・クッタ型の時間積分法により時間進行させる方法であると述べている。楕円型方程式の解法として提案した可変精度多重格子法は、非定常項を付加した擬似時間発展型方程式を高次精度線の方法で解くものであり、収束解への収束を加速するために多重格子法及び局所時間刻み幅法を組み合わせることにより、非常に高速に収束解を求めることができると述べている。2次元及び3次元の検定問題に対して可変精度多重格子法を適用した結果、精度に関しては任意の指定精度が得られること、収束性に関しては従来の多重格子法と同一の収束加速効果が得られ、SOR法と比較しても大幅な収束加速効果が得られることを確かめている。さらに、空間精度を高次にした際にも、各々の空間精度において格子点数依存性は認められず、高次精度における本手法の有効性を確認している。

 第4章では、本論文において提案した手法を層流から乱流へ至る広い範囲の流れ場に適用した結果について述べている。層流の直接数値シミュレーションとして取り上げた正方形及び立方体キャビティ内流れにおいては、レイノルズ数が高くなるに従って低次精度解と高次精度解との差が拡大する傾向が認められること、空間精度を高次にすることによる収束性能の劣化は認められず、高次精度解は格子点数の多い低次精度解及び実験結果と良好に一致したことを述べている。層流から乱流への遷移現象として2次元剪断層中に存在する渦の巻き上がり及び合体の直接数値シミュレーションを行い、低次精度解と高次精度解との比較を試みた結果、低次精度解においては、空間微分項を離散化する際に生じる打切り誤差が数値分散・数値粘性として作用することに起因する時間遅れや渦境界の拡散及び分解能不足により生じる振動が確認され、高次精度数値計算法の必要性を結論している。さらに、この流れ場は平均流と攪乱流とのエネルギ授受の繰り返しによって変遷し、平均流から攪乱流へのエネルギ供給は渦の成長を促し、攪乱流から平均流へのエネルギ供給は渦の引き伸ばしを促すことが確認され、両者間のエネルギ授受を繰り返しながら、エネルギがバランスした準平衡状態に至ることを明らかにしている。

 乱流への適用例として2次元一様等方性乱流に対する直接数値シミュレーションを行った結果、低レイノルズ数シミュレーションにおいては、10次精度解が楕円型方程式をフーリェ級数展開法を用いて解いた数値解と完全に一致することを示し、本論文で提案した可変精度多重格子法の信頼性を確認している。また、低次精度で数値計算を行った場合、大規模渦構造は分解可能であるが、微小渦構造は分解することができず、乱流の直接シミュレーションにおける高次精度数値計算法の必要性を確認している。高レイノルズ数シミュレーションにおいては、流れ場の履歴が、発達化過程・複雑化過程・単純化過程の3つの過程に分類することが可能であることを明らかにし、各々の慣性小領域のエネルギ・スペクトルが満足すべき冪乗則は、k-4則・k-3則・k-4則となることを明らかにしている。

 3次元一様等方性乱流に対する直接数値シミュレーションを行った結果、低レイノルズ数シミュレーションにおいては、比較のために採用した他者の結果と一致すると述べている。また、流れ場は2次元の場合と同様に発達化・複雑化・単純化に相当する過程に分類することが可能であり、各々の過程で満足すべきエネルギ・スペクトルの冪乗則はk-8.5/3則・k-5.9/3則・k-5/3則となり、単純化相当過程においてKolmogorovスペクトルが得られることを確認している。中間レイノルズ数シミュレーションにおいては、レイノルズ数の違いによって流れ場の大規模構造に変化はなく、エネルギが低波数から高波数へ伝達されることにより流れ場の微小構造に変化が起こることを確認し、エネルギ・スペクトルが満足する冪乗則は発達化過程においてk-9/3則、複雑化過程においてk-5.9/3則であり、低レイノルズ数の場合と同様の結果を得たと述べている。

 第5章は結論であり、得られた成果をまとめている。

 以上を要約するに、本論文は、非圧縮性粘性流れ解析における数値計算法として高次精度線の方法を提案し、層流から乱流に至るまでの広い範囲の流れ場に適用した結果、本数値計算法は従来用いられてきた高精度数値計算法であるスペクトル法に比肩しうる数値計算法であることを示したものである。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/50892