本研究は、冷延工場の合理化の切り札として、近年盛んに行われている薄板製造プロセスの連続化又は統合化の最適化技術について行ったものである。薄板製造プロセスの連続・統合化の代表例としては、電気清浄、箱型焼鈍、コイル冷却、調質圧延、精整の5工程を統合したCAPL(Continuous Annealing and Processing Line)やデスケーリング工程と冷間圧延機を統合したCDCM(Continuous Descaling and Cold Rolling Mill)、及び冷延工場の全設備を1工程に統合した薄板一貫製造プロセス(CDCM+CAPLと等価)が有る。これらの薄板製造プロセスの連続化・統合化を最適化するには、(1)プロセスを構成する個々の要素工程のコンパクト化、(2)コンパクト化されたこれら要素工程の合理的連結手法、(3)及び連続・統合化後の設備の生産能力を予測する手法の開発が必要であった。 本研究は,CDCMを例に取りこれらの課題を解決し、CDCMの最適設計法を工学的に体系化する事を目的としている。すなわちCDCMを構成するデスケーリング工程と冷間圧延機のコンパクト化手法を実験と理論により確立し、かつCDCMの生産能力を予測するダイナミックシミュレーションプログラムの開発を目的としている。具体的には、従来の酸洗工程に代わる湿式ブラストデスケーリング技術の確立、酸洗過程のメカニズム解明による塩酸酸洗法の抜本的改善、冷間圧延機のスタンド数削減法の確立、冷間圧延機駆動用モーターの削減手段の提供、酸洗工程と冷間圧延機を連結する際に生ずる生産能力の低下代を最小限にとどめる解析手法の確立、及びCDCMに限らず全ての連続・統合化プロセスに適用可能なダイナミックシミュレーション法の開発を目指している。 本論文は9章より構成されており、上記目的に沿った研究成果をそれぞれ述べているがその具体的な内容は下記に示す通りである。 第1章は序論であり、本研究の背景、工程連続・統合化の一般的目的と意義、論文の構成を説明している。 第2章では、特にCDCMの開発課題、開発意義を具体的に述べている。 第3章では、第1の課題である湿式ブラスト法によるデスケーリング技術に関する研究成果を述べている。この方式は高圧水で加速された砂鉄を鋼板表面に噴射して効率よくデスケールするもので、NID(Nippon Steel Ishikawajima Descaling Method)と略称されている。 NIDのベンチテスト、パイロットラインテスト、実機テストを通じて次のことが判明した。 1)NIDによるデスケーリング速度は砂鉄に付与されるエネルギーに比例し、これは砂鉄を含むスラリーと高圧水の比(スラリー比)のほぼ0.5乗に比例する。 2)NIDによるデスケーリング率はポアソン分布によりモデル化できる。従って脱スケール終了に近づくにつれ単位脱スケール量に必要なエネルギーが巨大となり、非効率となる。このためNIDを単独で完全デスケーラーとして用いることには無理がある。 3)NIDの脱スケールメカニズムに基づき、事前に圧延機により軽圧下を与えたり、スラリー比を最適化する事により、デスケール能力を大幅に改善できる。しかし、NID単独では、従来の塩酸酸洗法を経済的に凌駕できない。 第4章では、NIDが塩酸酸洗法を経済的に凌駕できない事実を受けて、塩酸酸洗法自体を抜本的に改善する方法についての研究成果を述べている。 塩酸によるホットコイルのデスケール過程を詳細に観察することにより、塩酸酸洗のメカニズムをモデル化するとともに、酸洗時間を支配する各種の要因を実験により定量化し、もって酸洗槽長の工学的な設計法を確立し、従来の酸洗法に比べ槽長を約1/2にする事に成功した。具体的には次のような研究成果を得た。 1)塩酸による脱スケールのメカニズムは鋼種や酸洗法(ディップ法、高速流法、スプレー法)によらず共通しており、第1ステージでケミカルなバーティカルクラックが地鉄に向かって進行し、第2ステージで地鉄とスケールの境界のラテラル溶解が進行することによって、スケールが脱落する.従来FeOリッチなスケールは脱スケール性に富むということが定説であったが、FeOリッチなスケールの場合バーティカルクラックが地鉄に向かって直進せず、途中でFeOの優先溶解を行いながらクラックが進行するためかえって脱スケール時間が長いことも判明した。この基本的脱スケールメカニズムを数式モデル化することにより効率的な塩酸酸洗法の指針を得た。即ち、 2)スケールに予めプレデスケーラーによりクラックを付与すると脱スケール性は著しく向上する。プレデスケーラーとしてはテンションレベラー(T/L)、スキンパス圧延、異周速圧延機が考えられるが、プレデスケーラーの効果はツールによらず、鋼板に与えられた伸びにより一義的に定まる。従って1番経済的なT/Lを選択すべきである。T/Lの伸び率増加に伴い脱スケール性も向上するが、伸び率3.5%で従来の酸洗槽長を約1/2にできることが判明した。 3)モデルによると、初期のスケール厚みを減ずることも有効な手段であるが、それを実現する手段として、熱延捲取温度の低下及びホットコイルの水冷が効果的であることを定量的に明らかにした。ホットコイルの水冷は従来FeOリッチのスケールを作るために脱スケール性が向上すると言われていたが、実は水冷はスケール厚みを減少させる効果により脱スケール性に寄与しているのである。 4)脱スケールモデルから鋼板に対する酸液のH+供給能力向上に着目し、スプレー酸洗、狭隙高速流酸洗法の研究を行ったが、いずれも酸洗時間を著しく短縮するものの経済的にペイせず、結局T/L+塩酸酸洗が一番優れていることが分かった。 5)境界層理論の観点から、通常塩酸酸洗の板速効果を明らかにするとともに、塩酸酸洗法の評価法として熱伝達率を評価指標として使えることを明らかにした。 6)以上の事実を体系化して、酸洗槽長、各槽のHCl濃度分布を予測できるモデルを開発し、酸洗設備仕様の最適化を可能とした。 第5章では、工程統合のための合理的な冷間圧延機設計に関する研究成果を述べているCDCM設計のキーポイントは、先ず最もコンパクトな完全連続圧延機を設計し、そのペイオフリールと圧延機の間に4章で述べたT/L付き塩酸酸洗を最も経済的な方法で挿入することにある。冷間圧延機コンパクト化の方法として次の3点を明確にした。 1)ワークロール径を制約する圧延理論式をもちいて、与えられた材料を全て圧延可能な最小スタンド数を決定する方法を確立した。 2)圧延機駆動用のモーターの定格出力における速度範囲を拡大すると一定量を生産するのに必要なモーターパワーは著しく減少する。そのためにはACモーターの採用が必須である。 3)圧延機ペイオフリールの速度を上昇させると、一定量を生産するのに必要なモーターバワーは減少する。 第6章では、酸洗工程と冷間圧延機の経済的な連結法について述べている。つまり、上記で述べた最もコンパクトな冷間圧延機に4章で述べた最も経済的な酸洗工程を連結すると最大効率のCDCMが自動的に出来上がるわけではない。例えば、ペイオフリールの速度を上昇させて圧延機のパワーを節約することは冷間圧延機単体に取っては意味があるが、CDCMの場合はそれは建屋の延長、酸洗槽長の延長、T/Lのパワーの増大等を招き必ずしも経済的な解とはならない。又、酸洗を連結すると必然的に統合設備の生産能力は圧延機単体より低下する。そこで冷延と酸洗のバランスを合理的に図る解析的方法を確立しCDCM最適設計法を案出した。 第7章では、それぞれ生産特性の異なる酸洗、冷延、更にはCAPLまでも一体化したプロセスにおいて、鋼板がどのような挙動を取るかを予測し得るシミュレーションプログラムの開発について述べている。生産特性の異なる生産ラインを統合すると統合後の全体としての生産能力を算出することは解析的には困難となる。そこで最も包括的なケースとして、薄板一貫製造プロセスを想定し、この設備又はその一部より成る設備内の鋼板の挙動を正確に記述できるシミュレーターの開発を行い、それによりいかなる統合設備の最適仕様の検討をも可能とした。シミュレーターの内容は以下の通りである。 1)生産計画どうりに鋼板を設備に投入する.各鋼板には板サイズ、コイル単重、出側でのコイル分割法、鋼種と熱延捲取温度、T/L伸び率等の情報が付与されている。 2)定常的又は突発的に生じる設備休止要因の時間的分布を計算機内ストアしておきコイル毎にどの時間を取るかをモンテカルロ法により選択する。 3)上記の環境の基で、速度制御テーブルとルーパー制御テーブル及び状態フラッグの3つの要素を組み合わせて、各観測点において板の進行量、板の残長、ルーパー内のコイル貯蔵量、隣接する設備の同期速度等をある時間毎に計算し、全コイルが観測点を通過する迄続行するならば、全コイルに生じた事象は自ずと明らかになり、結果として設備の生産能力が正確に判明し仕様の最適化が可能となる。 本ダイナミックシミュレーションの特徴は、時刻の進め方、ルーバーを挟んで相隣接する工程の同期速度の算出法等がユニークな点に有る。 第8章では、これらの究成果を種々のプロセス設計に適用し多大な経済的効果を上げた実例を紹介している。 第9章は結言であり、本研究の工学的意義、普遍性等について述べている。 本論分に示した連続・統合化設備の設計手段は、いずれも理論的なモデルを出発点としベンチテストやパイロットラインテストで得られた実験的事実でモデルを検証する手法を取っている。また、これらの理論や、小規模テストで得られた結果を実機に適用する際には必ず両者を橋渡しする実用的なシミュレーションプログラムを開発しており、現場のエンジニアがあらゆるケースに応用できるように体系化されており、当該分野の技術的発展に大いに貢献するものである。 |