本研究は、伝熱管として広く用いられている異形管材の引抜き加工技術に関する総合的な研究である。優れた伝熱性能を得るために伝熱管には、伝熱面積の増加、乱流の促進などの期待できる複雑な断面形状が要求される。伝熱管の中でも需要の多い空調・冷凍機用熱交換器の伝熱管としては、外面あるいは内面に直線状または螺旋状のフィンを有する異形管材が用いられている。 一方、フィンを有する異形管材の製造加工法は、ロール、ボールあるいはディスクを用いたいわゆる転造加工法が主流であり、転造法は一般的に加工速度が遅いためコストの高い加工法である。本研究の端諸は、著者がフィンを有する異形管材の製造コスト低減と小径化のために、加工速度が速く小径加工に有利な引抜き加工での異形管の製造に取り組んだことに始まる。 異形管を引抜き加工する場合最も問題となる点は、ダイキャビティー・プラグキャビティーへの被加工材の充満挙動である。引抜き加工では、被加工材は軸方向に流れ易いためダイキャビティー・プラグキャビティーに充満せず、所定の製品寸法の得られないことが懸念される。予め被加工材の充満挙動の予測が可能であれば、所定の製品寸法を得るための最適工具設計・最適工程設計の指針となり得る。異形管の引抜き加工における被加工材の変形挙動は複雑であり、三次元的な流れである。このような三次元の引抜き加工を対象とし、様々な形状の異形管材に適用可能な汎用的かつ簡便的な解析手法及び被加工材の充満挙動を解析する手法は見当たらない。そこで、著者はこれらの課題に対し、次の研究方針で取り組んだ。 まず、様々な形状の異形管材の引抜き加工に適用可能な汎用的かつ簡便的な「汎用解析法」の開発を試みた。次いで、開発された「汎用解析法」を利用して、ダイキャビティー・プラグキャビティーへの被加工材の充満挙動を予測する手法の開発を図った。「汎用解析法」を用いて、角/丸-矩形管、外面フィン付き管及び内面フィン付き管などの異形管材を引抜き加工する場合の具体的な解析モデルの提案と形状関数の定式化を行い、工具形状、リダクションなどの因子が被加工材の充満挙動に及ぼす影響の調査を通して、工具設計・工程設計の最適化を検討した。特に、内面フィン付き管の引抜き加工に関しては、様々な条件因子の影響を調査し、引抜き加工での製造の可能性を検討した。更に、小径スパイラル内面フィン付き管の新しい引抜き加工プロセスの開発を図った。 本論文は11章から構成されており、概要は以下の通りである。 第1章は序論であり、まず、円管及び異形管の引抜き加工技術と引抜き加工理論の現状を展望し、伝熱用異形管材の引抜き加工技術の課題を整理して、本研究の目的を示した。 第2章は、上界法による異形管材の引抜き加工理論に関するもので、本研究における理論解析の基本をなすものである。一般化三次元動的可容速度場、ひずみ速度成分の一般化計算式、各種仕事率の導出を通して「汎用解析法」を開発した。ここで、「汎用解析法」と称す意味は、ダイス表面形状及びプラグ表面形状が関数表示されれば、どのような形状でも解析が可能であるということである。「汎用解析法」の開発により、複雑な断面形状を有する異形管材において、一つ一つの断面形状毎に動的可容速度場を導出する必要はなくなった。「汎用解析法」を利用した具体的な解析モデルの構成事例として、円管から円管への同心引抜き解析モデル、素管が均肉の場合と偏肉の場合の偏肉を有する円管の偏心引抜き解析モデル及び円管から矩形管への非軸対称引抜き解析モデルの形状関数の定式化を示した。 第3章では、「汎用解析法」の利用技術の整備を行い、ダイキャビティー・プラグキャビティーへの被加工材の充満挙動を解析するための考え方を明らかにした。「汎用解析法」の利用技術の整備の一つは、ダイス内の被加工材形状の表現方法の拡張である。実用的なダイス・プラグのアプローチ形状は、一般的に平面で構成される場合が多く、平面を有するダイス・プラグの表面形状あるいは、ダイス・プラグ面に沿って流れる被加工材の形状関数の定式化を示した。もう一つは、ダイス・プラグあるいは、被加工材の表面形状が複数の形状関数で表現される場合、それぞれの界面において、内部せん断面を考慮する必要があり、それに伴う内部せん断仕事率の評価方法を示した。以上により、今まで試みられていなかった三次元引抜き加工におけるダイキャビティー・プラグキャビティーへの被加工材の充満挙動の解析が可能となった。 第4章では、「汎用解析法」を用いて角/丸-矩形管の引抜き加工の検討を行った。円管から矩形状のダイスと円錐形のプラグを用いて角/丸-矩形管を引抜き加工する場合、ダイスコーナ部への被加工材の充満挙動の予測が重要である。角/丸-矩形管解析モデルの構成と形状関数の定式化を行い、被加工材の充満限界の考え方を示した。角/丸-矩形管解析モデルを用いてリダクション、プラグ角度、摩擦条件などが被加工材の充満に及ぼす影響を解析し、最適工具設計・最適工程設計のための知見を示した。 第5章では、伝熱管に用いられる外面フィン付き管に関して「汎用解析法」を用いて引抜き加工の検討を行った。円管から外面に直線状のフィンを有し、内面が真円状のいわゆる外面フィン付き管を引抜き加工する場合、ダイスのフィン孔形部への被加工材の充満挙動の予測すなわち所定のフィン高さが得られるか否かの予測が重要である。外面フィン付き管解析モデルの構成と形状関数の定式化を行い、ダイス長さ、素管外径、摩擦条件などが被加工材の充満に及ぼす影響を解析し、最適工具設計・最適工程設計のための知見を示した。 第6章では、空調・冷凍機用伝熱管として最も多く用いられている内面フィン付き管に関して、「汎用解析法」を用いて引抜き加工の検討を行った。円管から内面に直線状のフィンを有し、外面が真円状のいわゆる内面フィン付き管を引抜き加工する場合においても外面フィン付き管と同様、プラグのフィン孔形部への被加工材の充満挙動の予測が重要である。内面フィン付き管解析モデルの構成と形状関数の定式化を行い、ダイス長さ、リダクション、摩擦条件などが被加工材の充満限界に及ぼす影響を解析した。更に、実験結果との比較を通して本解析モデルと解析手法の妥当性を示した。 第7章では、現在、空調・冷凍機用伝熱管として転造法により量産化されている内面フィン付き管の引抜き加工による製造の可能性を検討した。第6章で述べた内面フィン付き管解析モデルを用いて所定の寸法形状を得るため様々な条件因子の充満限界へ及ぼす影響を調査し、条件因子の体系化を図った。条件因子は、ダイス角度、溝プラグ形状、リダクション、原管の変形抵抗などである。解析結果と実験結果より、現在量産されている内面フィン付き管の寸法諸元を引抜き加工で得ることは困難であることが明かとなった。この結果は必ずしも本研究の価値を下げるものではなく、本来ならば膨大な工具費用と工数を費やし、実験により行うべきところを数値シミュレーションにより製作可否の可能性が十分に予測できたという点において評価されるべきと考える。 第8章では、近年要求の高まってきているエアコン用小径・薄肉内面フィン付き管の効率的な生産のための新しい引抜き加工プロセスの提案と実工程での適用結果を示した。第7章において、内面フィン付き管を引抜き加工で製造することが困難であることが明かとなったので、転造法により製造された内面フィン付き管を外径だけ縮径する空引き加工の検討を行った。空引き加工で問題となるのは、工具の制約のない内表面形状の変化と肉厚の増加である。肉厚の増加を抑制する方法として、後方張力を付加しつつ空引き加工を行うために多段ダイス空引き法を考案し実工程に導入した。この新しい引抜き加工プロセスにより小径・薄肉の内面フィン付き管の効率的な生産が可能となった。 第9章では、「汎用解析法」を用いて、転造法により製造された内面フィン付き管の空引き加工を検討した。内面フィン付き管の空引き解析モデルの構成と形状関数の定式化と解析結果の一例を示した。本解析モデルの開発により、製品形状を得るための原管形状の予測が可能となり、第8章で述べた新しい引抜き加工プロセスの最適工程設計に大いに貢献するものと考えられる。 第10章は、本研究の考察であり、「汎用解析法」の引抜き加工技術への適用と伝熱用異形管材の引抜き加工技術に関する考察を行うとともに、今後の課題と将来展望について述べた。 第11章は、本論文の結論である。 以上述べたように、本研究は様々な形状の異形管材の引抜き加工に適用可能な「汎用解析法」と、これを利用した被加工材充満挙動の解析法に基づく各種異形管解析モデルの開発により、異形管材の引抜き加工における最適工具設計・最適工程設計のために大きく貢献するものである。また、本研究において考案された新しい引抜き加工プロセスは、小径・薄肉内面フィン付き管の効率的な製造に大きく寄与した。 |