学位論文要旨



No 211864
著者(漢字) 三ヶ田,均
著者(英字)
著者(カナ) ミカダ,ヒトシ
標題(和) 弾性波散乱理論と伊豆大島火山地下構造探求への応用
標題(洋) An Elastic Scattering Theory and Its Application to the Understanding of Subsurface Structure of Izu-Oshima Volcano
報告番号 211864
報告番号 乙11864
学位授与日 1994.07.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第11864号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 武尾,実
 東京大学 教授 井田,喜明
 東京大学 教授 浜野,洋三
 東京大学 助教授 岩崎,貴哉
 東京大学 助教授 渡辺,秀文
内容要旨

 トモグラフィーに代表される地震波を利用した地下構造探査の技術の発展は近年目覚しい。なかでも,走時トモグラフィーや減衰トモグラフィーはそれぞれ地震波速度や減衰常数を媒介とした地下構造を察像する技術としての地位を築きあげつつある。しかしながら,現在用いられている情報は走時或いは地震波立ち上がり部分のスペクトルなど記録され得る情報の極く一部にすぎない。走時や立ち上がり部分のみのスペクトル構造に注目した解析理論は,その基礎を波線理論に置いているためである。地震波動を地下構造と波形の関連に結びつけ,一部の情報のみならず波形に含まれる情報を活用するためには,トモグラフィーの基礎となっている波線理論を更に厳密な波動理論に置き換える必要があるが,現状ではこの点での研究が希薄なまま残っている。波形を考慮したトモグラフィーへの理論の一般化という観点から,少なくとも現在の走時トモグラフィーを満足し,波動理論を用いた探査技術として挙げられる反射法地震探査技術との関連を理解できる理論の発展が必要な段階にある。

 火山の地下構造探査の必要性が提唱されて久しいが,これまでの研究では,低周波の遠地地震を用いた走時トモグラフィーが最も多用されている。近地地震による走時トモグラフィーや人工震源による反射法では。本来分解能に繋がる筈の高周波成分に地下での透過性という難があるためと推察される。波線理論ではこうした周波数の違いによる透過性の差異は説明できないため,やはり波動を考慮する必要性が示唆される。また,走時トモグラフィーの結果で求まる速度異常とラメの常数,溶融体量などの岩石学的な物理量の関係の記述は不充分であり,この記述の方法に留意する必要もある。

 媒質の不均質のスケールと弾性波の波長の関係により波動の透過性が説明し得ること,散乱理論が非斉次波動方程式に帰着することが予想されたため,我々は特に火山の地下構造探査の理論として弾性波の散乱の定式化,さらに逆問題としての散乱現象の定式化を行い,そしてその理論を伊豆大島火山で得られた観測データの解析に応用した。研究の推移に従い,次の結果が得られた。

走時トモグラフィー

 伊豆大島での走時トモグラフィーの結果,山本(1993)による遠地地震走時トモグラフィーでは数パーセント,本論文の近地地震走時トモグラフィーでは10数パーセントの速度異常が検出された。この異常の差異が周波数によると仮定し,Devaney(1984)の波動トモグラフィーの基本式を弱い散乱という近似で変形したところ,走時トモグラフィーの観測式が波動方程式から導かれること,その観測式の導入過程で走時トモグラフィーの分解能が平面波入射を仮定し波線に垂直な方向に約波長分,波線方向にほぼ無分解能であることが得られた。傾いた波線のデータを集めた場合,最も理想的には,波線方向にも約波長分の分解能が得られることも推察された。また波動としての分解能は単一平面波入射に関し波動伝播に垂直な方向及び伝播方向に約半波長分であった。従って条件さえ整えば,波動を用いることにより分解能を上げられることが示された。

弾性波散乱理論

 波動をトモグラフィーで用いる場合に基礎となる観測式はこれまでDevaney(1984)あるいはBerkhout(1980)により提起されているが,いずれも音響学的に導入され,弾性体では検討されていない。弾性体の不均質性を球形異種均質体で近似し,充分に長い波長の平面波入射を仮定すると,球形異種均質体による周囲との体積弾性率,密度,剛性率の差異がそれぞれ零次の球状転位,一次の単一体積力,二次の体積力対のポテンシャルとして機能することが導かれた。球形異種均質体の径の小さい極限で点散乱体を定義しても,入射波と散乱波の関係は線型である。また平面波動場中に無限長弾性板を平面波の波面方向に置いたこの点散乱体の解析実験で,このポテンシャルによる散乱波動場は(1)前方に平面波の位相遅れを(2)後方に弾性板と周囲の媒質の音響インピーダンス差に応じた反射波動場を形成することが確認され,この点散乱体の有用性が確認された。即ち,この点散乱体の集合による散乱波動場は,波動の伝播方向を基準として,角度0度に対しては走時遅れ(従って,走時トモグラフィー)の観測式,角度180度に対しては地震反射法の基本式(Exploding Reflector Model)を満たすこともこれにより確認される。

散乱問題における逆伝播法

 順問題としての散乱問題を基礎として,次に散乱現象から散乱体の情報(位置及びその性質)を得る逆問題を考えた。点散乱体を被う閉曲面中の体積積分をその表面積分で置換するグリーンの定理から,逆の解が逆伝播法により求められることが示された。即ち順問題における三種のポテンシャルは無限平画での観測波動から逆問題で解析的に分離可能であり且つ任意の座標での散乱体情報が得られる。しかし,実際の観測は空間領域制限及び離散化の影響を受け,空間領域制限は散乱強度の評価に対する乗数項となり,離散化は逆伝播法における数値的な安定性要求から空間的な分解能制限として機能する。結果として,乗数項が三種のポテンシャルに共通として比をもって消去可能としても,本論文の逆散乱問題の分解能は様々の入射方向の平面波を用いた場合に四半波長,即ち観測点間距離の半分と確認された。この逆散乱問題が本研究での波形トモグラフィーに他ならない。

伊豆大島での観測波形を用いた逆散乱問題

 逆散乱問題として前方散乱及び後方散乱のそれぞれを試研した。先ず前方散乱の逆問題として遠地地震による散乱を扱った。

 伊豆大島で観測された遠地地震は観測点間での波形の差異が小さく,平面波近似にも都合が良い。また本研究の対象となった1988年から1992年の間最多29点の短周期地震計が設置され,上記の逆伝播法を試すに最適な条件を備えていた。この期間に観測された1104個の遠地地震の中から50個の地震を選び,個々の遠地地震につきその波形から共通の平面波成分を減じ,この平面波成分を入力として逆伝播法をそれぞれ施しその結果の和をとった。本研究では観測点がまだ少ないと判断し,三種のポテンシャルのうち零次の球状転位,一次の単一体積力のポテンシャルを対象としその比を散乱強度として議論した。その結果,(1)浅部にカルデラの外周に沿う半円周状の薄い散乱層とカルデラ北西部に北東南西に延びた薄い散乱層,(2)カルデラ外周部北,西,南西部,火山南東部,伊豆大島南南東海岸部それぞれ深度3から6kmの間に小さいが強い散乱体,(3)深度6-10の間にカルデラから南東そして東岸に沿って南方向に延びるチャネル状の散乱体,(4)伊豆大島西北西9-12kmの弱いが広く深い散乱体などが特徴的に認められた。上記(2)及び(3)の散乱強度は既に得られている新期大島玄武岩の溶融体と震源決定に用いられる速度構造から推察される地殼物質の体積弾性率/密度の比に近い。条件が十分でないため,一意ではないが,深度とその強度は溶融玄武岩の存在を示唆する。

 次に後方散乱問題として,伊豆大島南東部に群発する地震を用いた反射法を吟味した。発震機構と地震の震源が精度良く求まり,比較的密に震源が分布すると,上記の逆散乱問題は各散乱点から各観測点,各震源までの距離の重みの入ったセンプランス法と等価になる。本研究では,伊豆大島南東部の群発地震786個のうち,この震源域を取り囲む三観測点すべてでのS波の立ち上がりを用いて震源が決定され且つ屈折波初動の含まれない15個の地震の発震機構を最小二乗法で求め,逆散乱法を適用した。結果は震源域を含む南北及び山頂を含む東西の測線での垂直断面に表示した。南北断面には震源域の浅い部分を頂点とする背斜構造が,東西には複雑な変形(おそらく張力場)の影響を受けた構造が図示された。広域応力場は北西-南東に主軸を持つと考えられており,南北のみにその影響が出ていると考えるのは困難である。しかし,カルデラ或いは山頂付近が地殼の弱点である可能性は否めず,カルデラ付近のごく挟い地域応力場の影響が加わったか,あるいは伊豆大島の古い火山体の構造の名残を暗示しているのではないかと推察された。東西に複雑な構造は,測線に含まれる観測点が1点しかないこともあり,詳細な議論には無理があるが,山頂付近の張力によると思われる正断層的な水平方向の乱れの存在も認められた。

結語

 火山の地下は不均質であり,逆散乱法の妥当性を維持するためには,地震波の透過性に留意する必要がある。本研究はトモグラフィーの理論を発展させ,現在の波線理論による走時トモグラフィーから波動理論に基礎を置く波形トモグラフィー,そして反射法地震探査までを網羅する弾性波散乱の理論を構築した。また走時トモグラフィーにこれまで欠けていた分解能の考察を加えることに成功した。逆散乱法は弾性波散乱問題の逆を与え,将来の地下構造研究に役立つと期待される。

審査要旨

 火山の地下構造探査のには,これまで主として遠地地震を用いた走時トモグラフィーが最も多く用いられてきた.一方,近地地震による走時トモグラフィーや人工震源による反射法では,火山体周辺の強い不均質構造の影響で,地震波の減衰が激しく,本来分解能があがる筈の高周波成分を利用する上で難がある.この論文は,火山の地下構造探査の理論として弾性波の散乱の定式化し,さらに逆問題としての散乱現象の定式化を行い,その理論を伊豆大島火山で得られた観測データの解析に応用したものである.

 本論文では,弾性波散乱理論をトモグラフィーで用いる場合に基礎となる観測式を,弾性体の領域まで拡張した.その結果,弾性体の不均質性を球形異種均質体で近似し充分に長い波長の平面波入射を仮定した場合,球形異種均質体による周囲との体積弾性率,密度,剛性率の差異がそれぞれ零次の球状転位,一次の単一体積力,二次の体積力対のポテンシャルとして機能することが示された.このような定式化はこれまで物理探査や地震学の分野ではきちんと行われておらず,本論文の著者によるものが初めてであり,高く評価できる.しかし,任意の形状・強度分布の散乱源を,球形異種均質体の重ね合わせで表現可能であるかどうかについては,未だ若干検討の余地が残されているようである.

 次にこの論文では,順問題としての散乱問題を基礎として散乱現象から散乱体の情報を得る逆問題を考えた.実際の観測は空間領域制限及び離散化の影響を受る.ここでは,上記の3種類のポテンシャルの比を散乱強度を示す目的関数とすることにより,空間的領域制限の影響を除去した.この目的関数の取り方は,解析手法としては工夫されているが,散乱強度を散乱源の物理的性質に結びつける上では不確定さが残される.また,逆散乱問題の分解能を吟味し,それが様々の入射方向の平面波を用いた場合に四半波長,即ち観測点間距離の半分であることが示された.

 伊豆大島で観測された遠地地震は観測点間での波形の差異が小さく,平面波近似にも都合が良い.この論文では1988年から1992年の間に観測された遠地地震の中から50個の地震を選び,個々の遠地地震につきその波形から共通の平面波成分を推定した.さらに,その成分を観測波形から減じたものが散乱体によるものと考えて,この平面波成分を入力として逆伝播法をそれぞれ施し,散乱源の強度分布を求めた.その結果,(1)浅部にカルデラの外周に沿う半円周状の薄い散乱層とカルデラ北西部に北東南西に延びた薄い散乱層,(2)カルデラ外周部北,西,南西部,火山南東部,伊豆大島南南東海岸部それぞれ深度3から6kmの間に小さいが強い散乱体,(3)深度6-10の間にカルデラから南東そして東岸に沿って南方向に延びるチャネル状の散乱体,(4)伊豆大島西北西9-12kmの弱いが広く深い散乱体などが特徴的に認められた.

 このように,従来の走時解析とは異なる地殼物質の体積弾性率/密度の比に関する情報が,この論文の新しい解析手法により得られるようになったことは,火山体の深部構造を解明する上で,貴重な成果である.

 次にこの論文では,伊豆大島南東部に群発する地震を用いた反射法を検討した.伊豆大島南東部の群発地震786個のうち,この震源域を取り囲む三観測点すべてでのS波の立ち上がりを用いて震源が決定され且つ屈折波初動の含まれない15個の地震の発震機構を最小二乗法で求め,逆散乱法を適用した.その結果,南北断面には震源域の浅い部分を頂点とする背斜構造が,東西には複雑な変形(おそらく張力場)の影響を受けた構造が推定された.

 火山の地下は不均質であり,逆散乱法の妥当性を維持するためには,地震波の透過性に留意する必要がある.本研究はトモグラフィーの理論を発展させ,現在の波線理論による走時トモグラフィーから波動理論に基礎を置く波形トモグラフィー,そして反射法地震探査までを網羅する弾性波散乱の理論を構築した.また走時トモグラフィーにこれまで欠けていた分解能の考察を加えることに成功した.逆散乱法は弾性波散乱問題の逆を与え,将来の地下構造研究に役立つと期待される.また,その解析手法を伊豆大島火山の深部構造探査に応用することにより,約深さ10kmまでの散乱源の強度分布を推定する事に成功した.得られた強度分布の物理的解釈には未だ任意性が残るものの,従来の枠を超えた新しい情報をもたらした点は,火山学的にも高く評価できる.

 従って、博士(理学)を授与できると認める.

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