はじめに 近年、冠動脈閉塞性病変に対し経皮経管的にballoonを用いて狭窄部を拡張する血管形成術(PTCA:Percutaneous transluminal coronary balloon angioplasty)が汎用されているが、急性冠閉塞および再狭窄がこの治療法における問題となっている。近年これらの急性冠閉塞や再狭窄を防ぐことを目的として各種のレーザーを用いた血管形成術が冠動脈病変に対して行われているが、先端加熱型レーザープローベにより冠動脈を焼灼した場合、正常冠動脈の狭小化が出現することが認められておりこの手技は汎用されるまでにはいたっていない。本研究は先端加熱型レーザーにより生じる冠狭窄の機序を探ると共にその予防法および治療法の検討を行い臨床応用への可能性を研究したものである。 方法1)レーザー装置及びレーザープローベ レーザー装置はトリメダイン社製argonレーザー発振装置(実験1、3、4、5)およびプローベの温度を制御できるオリンパス社製Nd:YAGレーザー発振装置(実験2)を用いた。いずれのレーザーも先端加熱型レーザープローベに接続された。 2)手技 体重8〜15kgの雄雌雑犬100頭を用い、pentobarbital静注により麻酔し、空気を用いて加圧人工呼吸を行った。ついで右頚部の皮膚を切開し、右総頚動脈を露出、剥離した。右総頚動脈より逆行性にカテーテルを挿入し、冠動脈造影を行った後、レーザープローベを経管的に左冠動脈内に挿入し焼灼を行った。 3)レーザー焼灼法実験1.レーザー焼灼による造影上、内視鏡上、光顕組織上の変化 2W〜8Wの出力で3秒間の焼灼を行いし各出力における焼灼部位の冠動脈造影所見、光顕組織所見、血管内視鏡所見を調べた。 実験2.プローベ温度と冠狭窄度の関係 プローベ温度を治療温度/危険温度で自動制御しつつレーザー焼灼を行ないA群60℃/80℃、B群80℃/100℃、C群100℃/150℃、D群120℃/170℃の4群間で冠動脈造影所見、組織所見を比較した。 実験3.冠拡張薬の前投与の効果 以下の4種類の冠拡張薬前投薬下で、実験1で求められた冠攣縮を誘発する条件でのレーザー焼灼を行い予防効果を冠動脈造影により検討した。 Nitroglycerin Nicorandil(nitroglycerin作用とK channel opener作用を併せもつ薬物) AE-0047(新規dihydropyridine系Ca拮抗薬) RR-nipradilol(nitroglycerin作用と blockerの作用を併せもつ薬物nipradilolの光学異性体) 実験4.冠拡張薬の寛解効果 実験1で求められた条件下で生じた冠攣に対するnitroglycerineおよびnicorandilの寛解効果を冠動脈造影により検討した。 実験5.攣縮に対するballoonの拡張効果 実験1で求められた条件下で生じた冠攣縮に対するballoonによる拡張効果を造影所見、組織所見より調べた。 成績実験1.レーザー焼灼による造影上、内視鏡上、光顕組織上の変化 レーザー焼灼により高度の冠狭窄が出現が冠動脈造影にて確認された。高出力(5W以上)においては冠動脈穿孔や冠動脈瘤の発生も認められた。血管内視鏡では低出力(4.5W以下)では冠狭窄は内膜面の盛り上がりとして観察され、部分的に内皮の剥脱を伴っていた。高出力(5W以上)では内膜面は褐色で炭化の所見と考えられた。穿孔例においては血管内視鏡にて穿孔部位の同定が可能であった。組織学的には低出力(4.5W以下)では内皮の剥脱と攣縮に特徴的な中膜平滑筋細胞の立ち上がりが冠狭窄の主体で、高出力(5W以上)では凝固壊死及び炭化がそれらに加えて認められた。 実験2.プローベ温度と冠狭窄度の関係 焼灼部位の狭窄度は平均、A群42%、B群30%、C群77%、D群85%であり、C群およびD群はA群あるいはB群に比し有意に高かった。組織学的にはA群、B群では中膜平滑筋細胞の立ち上がり、C群、D群ではそれに加えて凝固壊死や炭化が認められた。 実験3.冠拡張薬の前投与の効果 Nicorandil,AE-0047,RR-nipradilolにおいて無処置群と比べ有意に狭窄度は減少したが、nitroglycerin前投与下では有意な減少は認めなかった。 実験4.冠拡張薬の寛解効果 Nicorandil,nitroglycerinとも有意な寛解効果は認めなかった。 実験5.攣縮に対するballoonの拡張効果 Balloon拡張群の拡張直後、10分、30分後の狭窄度はそれぞれ平均24%、21%、13%で無処置群に比し有意に低かった。組織学的には中膜平滑筋層の断裂を伴った伸展が観察された。 考察 先端加熱型レーザープローベを用いたレーザー冠動脈形成術では、当初術後24時間以内に高率に冠攣縮が本体と思われる術後冠閉塞が出現し問題となった。その後、エキシマーレーザーのような熱効果の少ないレーザーを用いた場合、冠攣縮が起こりにくいことが報告され、現在では血管壁に加えられる熱エネルギーが冠攣縮の大きな誘因であると考えられている。実験1、2の結果は、造影上認められた冠狭窄は低出力においては冠攣縮がその本体であることを組織学的、内視鏡学的に示した。 実験2の結果より、プローベ温度が冠攣縮に大きく関与していることが示され、プローベ温度を制御するシステムにより攣縮を予防する可能性が示唆された。しかし臨床的に治療目的で使われるためには動脈硬化組織を焼灼するのに必要なプローベ温度の検討がさらに必要であると考えられた。 実験1で得られた条件を用い、実験3において各種の冠拡張薬の前投与の効果を検討した。冠攣縮はnitroglycerinの前投与では予防されなかったが、nicorandil、AE-0047、RR-nipradilolの前投与にて予防された。その予防の機序としてはそれぞれの薬物の直接的な冠拡張作用の他に、冠血量増大に伴うレーザー先端温度の低下が考えられた。Nitroglycerinが無効であったのに対してdihydropyridine系のCa拮抗薬であるAE-0047や、K channel openerの作用を有するnicorandilが有効であった明確な機序に関しては今後の検討をまたねばならない。 冠攣縮はいったん起こると冠拡張薬に抵抗性であるがballoonによる拡張が有効である事が実験4、5により示された。この現象はPTCAにおいてみられる冠拡張薬抵抗性の冠攣縮と同様の結果であった。 結語 1)先端加熱型レーザープローベによる焼灼後の冠狭窄はプローベ温度に依存性であった。 2)その冠狭窄はおもに冠攣縮により惹起されていたが凝固壊死の関与も認められた。 3)冠攣縮はnitroglycerinの前投与では予防されなかったが、AE-0047nicorandil、RR-nipradilolの前投与により予防された。 4)Nitroglycerinとnicorandilには攣縮発生後の寛解効果は認められなかった。 5)Balloonによる拡張は攣縮の治療に有効であった。 6)血管内視鏡はレーザー焼灼による血管内膜面変化の観察に有効であった。 |