学位論文要旨



No 211869
著者(漢字) 山口,正雄
著者(英字)
著者(カナ) ヤマグチ,マサオ
標題(和) 血液細胞増殖因子と好塩基球 : 遊走および生存の制御に関する検討
標題(洋)
報告番号 211869
報告番号 乙11869
学位授与日 1994.07.27
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第11869号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高津,聖志
 東京大学 教授 荒井,賢一
 東京大学 助教授 早川,浩
 東京大学 助教授 横田,崇
 東京大学 講師 平井,久丸
内容要旨 <緒言>

 好塩基球は、ヒト末梢血白血球の0.5〜1%を占める最少の血球成分である。好塩基球の細胞表面のFcRIが抗原と結合する刺激で細胞外に放出されるヒスタミン、ロイコトリエン等の化学伝達物質は、血管透過性亢進、血球成分の局所への集簇・活性化や平滑筋収縮を惹起し、様々な過敏反応に関与していると考えられる。特に即時型アレルギー反応のうちでも抗原刺激の数時間後に生ずる遅発相(late phase reaction,LPR)に於いて、炎症局所に好塩基球が集簇していること、局所の組織液或いは分泌液中の化学伝達物質の組成を検討すると、ヒスタミンは増加するがプロスタグランジンD2は増加せず、この組成が好塩基球由来と考えられることが報告され、LPRにおける好塩基球の重要性が脚光を浴びるに至った。しかしLPRにおいてヒト好塩基球がいかなる機序で局所に集簇し活性化されるのか、その機序は最近まで不明であった。

 近年血液細胞増殖因子が成熟好中球・好酸球に作用し、その活性化、遊走、生存延長をきたすことが報告されている。好塩基球については、当研究室より1988年にIL-3とGM-CSF90年にIL-5がヒスタミン遊離反応増強作用を有することが発表された。しかし好塩基球の生存や遊走に関しての体系的検討はなされていなかった。本実験に於では、LPRで認められる好塩基球の一連の集簇・活性化を局所で産生された血液細胞増殖因子が制御するとの作業仮説をたて、まずそのin vitroでの好塩基球遊走活性に関し検討した。

 更に、既に我々は血液細胞増殖因子による好塩基球のviability維持を見出したが、本研究はそれに引き続き、生存の延長した好塩基球が成熟好塩基球の形態及び機能を保持しているかについて検討を加えた。

<方法>1.健常人末梢血からの好塩基球の純化

 好塩基球はPercoll密度勾配法とnegative panning法を併用して健常人の末梢血から純化した。得られた好塩基球の純度は83.0%(48〜98%) 血液からの回収率は20.9%(7.9〜43.9%)であった。trypan blueによる細胞のviabilityは92%以上であった。

2.好塩基球の遊走

 好塩基球の遊走実験には48-well modified Boyden chamberと径5m poreを有するpolycarbonate膜を用いた。各wellには好塩基球104個を入れて37℃5%CO2で2時間静置したのち膜を取り出し、自然乾燥後膜をalcian blue染色して、光顕400倍15視野の遊走好塩基球数の合計を遊走細胞数とした。

 また、好塩基球遊走に対するステロイドの影響を調べるため、前処理として好塩基球をdexamethasone(DEX)存在下で30分間37℃に保った後、DEXを含んだまま遊走実験を行なった。

3.好塩基球の培養

 純化した好塩基球を、10%FCS、2mM L-glutamine、抗生物質およびIL-3 300pMを含むRPMI1640mediumに浮遊させ、37℃5%CO2の条件下で培養した。

4.ヒスタミン遊離反応

 末梢血から純化直後或いは培養後の好塩基球を洗浄後、2mM Ca2+,0.5mM Mg2+を含むPipes bufferに浮遊させ、各種刺激物質を加えて37℃45分間ヒスタミン遊離反応を惹起させたのち、上清中のヒスタミンをオートアナライザーで測定した。

<結果>

 1.血液細胞増殖因子によるヒト好塩基球の遊走

 好塩基球は、刺激物質非存在下では殆ど遊走しないが、GM-CSFおよびIL-3は単独で好塩基球遊走を強力に惹起した。両因子の遊走活性は濃度依存的であり、pMオーダーの低濃度でも活性を認めた。GM-CSF,IL-3共に100-300pMで効果は最大で、それらの遊走活性は、既に報告されているC5a、IL-8,FMLPよりも強力であった。一方、IL-4,G-CSF,M-CSFには遊走活性はまったくみられなかった。

 checkerboard法による検討では、GM-CSF、IL-3はいずれも、細胞側・遊走因子側の両方に等濃度に存在していても強力な遊走を惹起し、その遊走活性には走性(chemokinesis)の関与が大きいと考えられた。

 2.DEXによる好塩基球遊走の抑制

 30分間のDEX前処理後に遊走実験を行なったところDEXは濃度依存的にIL-3、IL-8、C5aによる好塩基球遊走を抑制した。DEXは1 nMの低濃度でも3因子の遊走活性を約30%抑制した。また、DEXは前処理時間を設けなくても40〜70%の抑制率を示し、前処理を120分まで延ばしても完全抑制には至らないことが確認された。更に、前処理後にDEXを除去しても、除去しない場合と同等の遊走抑制が認められ、DEXの効果が不可逆であることが示された。

 3.IL-3により生存延長した好塩基球の形態・機能

 好塩基球のviability維持作用の強力なIL-3を用い生存の延長した好塩基球の形態・機能を検討した。

 IL-3 300 pM存在下で1週間後の好塩基球は、分葉核と好塩基性顆粒を有していた。電顕でも、1週間培養後の好塩基球は分葉核と特徴的な顆粒を保持しており、成熟好塩基球の形態を保っていると考えられた。

 好塩基球のヒスタミン含量は、末梢血から純化直後で1.30pg/cell、1週間培養維持後に1.14pg/cellで有意差はなかった。また、1週間培養維持された好塩基球はFMLP,Ca ionophore A23187、抗IgE抗体に対するヒスタミン遊離能を保持していた。

 4.好塩基球の抗IgE抗体への反応性の培養後の変化

 好塩基球を抗原や抗IgE抗体で刺激した際のヒスタミンの遊離しやすさはreleasabilityと呼ばれ、各個人で異なるが、一部の例ではヒスタミンを殆ど遊離しないことが知られている。抗IgE抗体刺激時の最大ヒスタミン遊離率が5%以上(responder)の群と5%未満(non-responder)の群とでIL-3存在下培養後のヒスタミン遊離を比較したところ、responder群は1週間後にも抗IgE抗体刺激により遊離を起こす一方、non-responder群も1週間培養後にはresponderと同等のヒスタミン遊離を示した。また、FMLP、イオノフォアA23187の刺激に対しては純化直後のnon-responder群でもヒスタミンを遊離した。non-responder好塩基球は1日の培養ではヒスタミン遊離を生じず、3〜7日後に遊離能を獲得した。従ってnon-responderの好塩基球の遊離能獲得は短時間で得られるIL-3のpriming作用とは異なると考えられた。

<考案>

 好塩基球の遊走については、従来より補体(C5a)、リンパ球培養上清、更に近年IL-8が遊走活性を有することが報告されているが、血液細胞増殖因子の好塩基球遊走活性の体系的な検討はなされていなかった。本研究は血液細胞増殖因子の好塩基球遊走活性を検討しIL-3、GM-CSFが遊走活性をもつことを見出した。両因子は1〜10pMの低濃度でも遊走活性を有した。一方、ヒスタミン遊離に影響しないIL-4、G-CSF,M-CSFは遊走活性をもたなかった。

 血液細胞増殖因子の好塩基球生存に対する作用としては既にIL-3、GM-CSF、IL-5が好塩基球のviabilityを維持することが報告されている。-好塩基球は血液細胞増殖因子の非存在下では2日で半減し、7日後には10%に減少するがIL-3存在下では、7日後で70%、14日後でも50%に保たれる。またGM-CSFとIL-5はIL-3よりは弱いが好塩基球のviabilityを維持する(7日後で約30%)。本研究では、IL-3の存在下で7日間維持された好塩基球が形態的には分葉核と好塩基性顆粒を有し、機能的には各種刺激でヒスタミン遊離反応を起こすことを確認し成熟好塩基球の特徴を維持していることが判明した。

 以上の実験事実は、好塩基球の増殖分化を誘導する因子が、成熟好塩基球にも作用してヒスタミン遊離増強と共に遊走、生存を制御することを示している。

 ヒトやマウス・ラット等の皮膚或は上下気道に抗原刺激を加えて生ずる実験的アレルギーモデルにおいて抗原刺激の数時間後に生ずるLPRは炎症細胞の浸潤を伴うことが特徴とされ、臨床的なアレルギー疾患に近い病態とみなされている。近年、このLPR局所において好塩基球が集簇していること、局所の組織液・分泌液にヒスタミンが認められるが肥満細胞の放出するPGD2は認めないことが報告されている。これらの実験事実は好塩基球がLPRの症状発現に深く関与することを示唆している。本研究は、LPR局所において産生されうる血液細胞増殖因子が好塩基球の遊走及び生存延長作用を有することを示した。好塩基球に作用するこれらの因子は活性化Tリンパ球や上皮細胞・肥満細胞などから産生されうることから、LPR局所で好塩基球に作用していることが強く推察される。

 LPRにおける好塩基球集簇はステロイド剤の全身或いは局所投与により強力に抑制することが報告されている。本実験ではその機序の一つとして、DEXが好塩基球に直接作用して遊走を抑制することを示した。

 更に、本研究において好塩基球の一週間培養維持後のヒスタミン遊離能を検討している間に、興味ある結果が得られた。健常人の一部がnon-responderであることが従来より知られているが、その好塩基球はIL-3存在下での培養後に抗IgE抗体に反応してヒスタミン遊離を起こすことを見出した。non-responderの好塩基球に関しては、抗IgE抗体が細胞表面のIgEと結合しているにもかかわらずCa流入が起こらないこと、細胞表面のIgE数の差はないこと、ionophore A23187、TPA刺激ではヒスタミン遊離を生ずることが今までに報告されている。本研究より、non-responderの好塩基球ではFcRI或いはそれ以降の刺激伝達の早期の段階が障害されており、IL-3存在下培養後にはその障害が解除されるものと推測される。

審査要旨

 本研究は、健常人末梢血から純化された成熟好塩基球に対する血液細胞増殖因子の作用を、好塩基球の遊走および生存の観点から検討したものであり下記の結果を得ている。

 1.各種血液細胞増殖因子の存在下で遊走した好塩基球数を計測した結果、血液細胞増殖因子のうち、IL-4、G-CSF、M-CSFは好塩基球遊走作用を示さなかったが、IL-3およびGM-CSFは単独で好塩基球遊走を惹起することが示された。また、IL-3、GM-CSFの好塩基球遊走活性は、熱処理或いは抗体処理で消失することから、エンドトキシン等の混入物質の作用ではないことが示された。Checkerboard解析では、IL-3およびGM-CSFの好塩基球遊走活性は、主にchemokinesisを介する作用であることが示された。

 2.Corticosteroidの1種であるdexamethasoneは、dose-dependentにIL-3による好塩基球遊走を抑制することが示された。また、その抑制率はIL-8、C5aによる好塩基球遊走に対する抑制率と同等であることが示された。さらに、dexamethasoneは、好塩基球の前処理時間を設けなくてもIL-3、IL-8、C5aによる好塩基球遊走を抑制すること、30分の前処理後にwash outした後でも遊走抑制が解除されないことから、dexamethasoneの遊走抑制作用は急性でありかつ不可逆であることが示された。

 3.好塩基球に対し強力な生存延長作用を有するIL-3を用い、その存在下で、末梢血から純化された好塩基球を培養した。一週間培養された好塩基球は、形態的には、光顕・電顕的に末梢血好塩基球と同様の細胞質内顆粒・分葉核を保持していることが示された。また、一週間培養された好塩基球は、機能的にも、末梢血好塩基球と同様に抗IgE抗体、ionophore A23187、FMLPの各刺激によりヒスタミンを遊離することが示された。

 4.好塩基球を抗IgE抗体で刺激した場合、大部分の個体(responder)ではヒスタミン遊離が起こるが、健常人の一部に、ほとんどヒスタミン遊離を起こさない個体(nonresponder)が認められる。健常なnonresponder(抗IgE刺激に対する最大ヒスタミン遊離率が5%末満)の好塩基球に対し、IL-3存在下で一週間培養した後に抗IgE抗体刺激を行なうと、responderの好塩基球と同程度にヒスタミン遊離が起こることが示された。また、抗IgE抗体刺激に対するこのような遊離能獲得には、15分で完結するpriming作用とは異なり、3日間以上の培養を必要とすることが示された。次に、nonresponderの好塩基球細胞表面のIgE分子数を検討したところ、末梢血からの純化直後・1週間培養後ともにresponderとの差を認めなかった。さらに、nonresponderの好塩基球は、IgE非依存性の刺激であるionophore A23187、FMLPに対してはヒスタミン遊離を起こすことから、遊離能の獲得はIgE依存性の刺激に関してのみ認められる現象であることが示された。したがって、nonresponderの好塩基球は、抗IgE抗体により惹起される刺激伝達系に障害を有し、IL-3存在下での培養によりその障害が解除されるものと考えられた。

 以上、本論文は、ヒト末梢血の成熟好塩基球に対し、血液細胞増殖因子が遊走活性を有すること、培養後に形態・機能を維持する、或いはIgE依存性刺激に対する反応性に影響を与えること、さらに、副腎皮質ステロイド薬が血液細胞増殖因子による好塩基球遊走を抑制することを明らかにした。本研究は、これまで知見の乏しかった、好塩基球のアレルギー反応に関与するメカニズムの解明に重要な貢献をすると考えられ、学位の授与に値すると考えられる。

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