本研究では、眼球内で最も血管に富む組織である脈絡膜の最内層に位置する脈絡膜毛細管板血管のこれまで解明されていなかった微細構造について観察を行った結果を報告した。 日本人25例白人22例、計47例47眼の正常状態の人眼について観察を行った結果、全例の脈絡膜毛細管板において、その毛細血管内皮細胞が基底膜の断裂部より突出する像を認めた。これまで、脈絡膜毛細血管基底膜の断裂部から突出する血管内皮細胞は種々の疾患の発生原因である血管新生の初期段階に認められる病的所見として報告されていたが、私は本所見がすべての正常状態の眼球の脈絡膜毛細管板に存在することを確認し、本血管内皮細胞突起を偽足様突起と称した。さらに、透過型、走査型電子顕微鏡を用いて本突起の解剖学的特徴を観察するとともに、人種、年齢、周囲組織(ブルッフ膜)の変化との関連について検討した。 【透過型電子顕微鏡による観察】 偽足様突起は脈絡膜毛細管板毛細血管の基底膜の断裂部から突出する血管内皮細胞突起として観察され、その径は0.1 m〜0.5 m、長さは0.2 m〜2 mであった。突起の内部構造は大きく次の5型に分類された。 1.突起の長軸方向と平行に走る径約7nmの細線維が充満している。 2.径約7nmの顆粒状構造物がみられる。 3.径約12nmのリボゾーム様顆粒がみられる。 4.小胞体様構造物がみられる。 5.細線維、顆粒、細胞内小器官が認められず突起以外の内皮細胞の細胞質と同様の電子密度で満たされる。 細胞内構造が明確に観察し得た39眼について以上の5型に従って分類した結果、1型に示した突起と平行に走る径7nmの細線維で満たされたものが他の4型と比較し最も多く全突起数の53%を占めた。 【走査型電子顕微鏡による所見】 網膜側毛細血管壁表面に径0.1 m〜0.3 m、長さ0.2 m〜0.8 mの指状、コブ状、枝分かれした偽足様突起の散在を認めた。若年者と高齢者の偽足様突起の形態、出現頻度に差はなかった。脈絡膜毛細管板毛細血管の強膜側では網膜側と異なり偽足様突起はほとんどみられなかった。 【死後時間、眼底部位、人種、性、年齢】 偽足様突起の出現頻度と種々の因子との関係について観察を行った。この結果、死後時間、異なる眼底部位(後極部、周辺部)、日本人と白人、男性と女性、若年者から高齢者までの各年齢における偽足様突起の出現頻度に差がないことから、本突起は脈絡膜毛細管板の基本的な構造物であると思われた。 【眼球内組織別の偽足様突起の出現頻度】 眼球内各組織(脈絡膜毛細管板、毛様体、虹彩、網膜)において、偽足様突起は脈絡膜毛細管板に最も多く認められた。 【脈絡膜毛細管板における偽足様突起の出現部位】 脈絡膜毛細管板においては側方、脈絡膜側と比較し、網膜色素上皮側に有意に多くの偽足様突起を認めた。 【脈絡膜毛細管板のfenestrationとブルッフ膜内沈着物】 脈絡膜毛細管板の活動性の指標であるfenestrationおよび周囲組織の加齢性変化(ブルッフ膜内沈着物)と偽足様突起の出現頻度との間に関連はなかった。 以上、偽足様突起は正常な眼球内において脈絡膜毛細管板にかなり特異的にみられ、人種、年齢等による影響をほとんど受けないことから、脈絡膜毛細管板の基本的な構造物であると思われた。今回の観察により、病的所見とされていた脈絡膜毛細管板の血管内皮細胞突起は正常な組織にみられる構造物であり、これまで解明されていなかった脈絡膜毛細管板の微細構造の一つであると思われた。本研究は、今後、脈絡膜毛細管板の正常、異常所見についての認識、さらに、血管受容体、物質輸送としての機能の解明に影響を与えると考えられ、学位の授与に値するものと思われる。 |