本研究は外科的障害としての動脈外膜損傷が、動脈壁にいかなる影響を及ぼし得るかを明らかにするため、家兎の総頚動脈を用いて外膜のみの損傷モデルを作成し、その経時的変化について形態的解析を試みたものである。電子顕微鏡による解析に加え、血管壁平滑筋細胞の同定及び細胞形質の指標として平滑筋ミオシン重鎖(MHC)アイソフォーム(SM1,胎児型SM)の発現形式を用い、またマクロファージの局在やInterleukin-1(IL-1)の分布の解析により血管周囲の免疫学的反応を検討しており、下記の結果を得ている。 1.予備実験として外膜損傷後の内皮細胞の形態を損傷直後から損傷後5日目まで経時的に走査電子顕微鏡で観察した結果、本研究モデルの外膜損傷では形態的には内皮細胞の脱落及び損傷は発生せず、内皮細胞表面には有意な白血球及び血小板の付着も認められなかった。 2.外膜損傷後の動脈外膜においては免疫組織化学的解析の結果、損傷後7日目にはマクロファージの浸潤と散在性のIL-1陽性細胞の存在が認められ、損傷後7日目と14日目を中心に本来中膜の平滑筋細胞中に存在しているSM1が外膜にも斑状に発現するようになる事が示された。 3.外膜損傷後の動脈中膜においては免疫組織化学染色により、損傷後4日目と7日目に全層にわたり割合均等に胎児型SMが弱陽性となり、有意な中膜の肥厚も認められた。透過電子顕微鏡でも損傷後7日目に中膜全層にわたり平滑筋細胞中の粗面小胞体が増加して合成型の形態を帯び、周囲の細胞外マトリックスの増量が認められた。 4.外膜損傷後の動脈内膜においては、免疫組織化学染色で損傷後4日目より内皮細胞と内弾性板との間に少量の胎児型SM陽性細胞が出現し、損傷後7日目にはSM1及び胎児型SMの両方を発現する厚さ数十ミクロンの有意な内膜肥厚が認められる様になった。その後、14日目になるとこの内膜肥厚は減弱する傾向となる事が示された。 5.外膜損傷による中外膜に発現する胎児型SMの量的な変化をウエスタンブロット法で解析した結果、損傷後7日目から14日目にかけて胎児型SM発現は増強し、28日目にはほとんど正常レベルに回復する事が示された。 以上、本論文は家兎総頚動脈の外膜損傷モデルにおいて、免疫組織化学及び電子顕微鏡による形態的解析により、外膜損傷が内膜肥厚を含む動脈全層にわたる各種の反応を惹起し得る事を明らかにした。本研究は、これまで未知の領域であった外科的外膜損傷による血管障害機転の解明に重要な貢献をなし得ると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 |