学位論文要旨



No 211877
著者(漢字) 安達,京
著者(英字)
著者(カナ) アダチ,ミサト
標題(和) 新しい視野異常自覚検出法の開発
標題(洋)
報告番号 211877
報告番号 乙11877
学位授与日 1994.07.27
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第11877号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 加我,君孝
 東京大学 教授 神谷,瞭
 東京大学 教授 桐野,高明
 東京大学 助教授 新家,真
 東京大学 講師 宮田,和典
内容要旨

 緑内障は先進諸国の失明原因の上位を占め、且つ有病率の高い疾患でありながら未発見例が高率に存在する。緑内障による障害は不可逆的、進行性で放置すれば失明するため、失明を免れるためには早期発見が重要である。しかし、緑内障は自覚症状に乏しく、早期発見が困難で現在緑内障患者の8割は未発見と考えられる。この無自覚であることは治療にも影響し、障害に対する理解が不十分である例では薬物療法に対するコンプライアンスが低い事が知られている。従って、緑内障による視覚障害、即ち視野障害を自覚させられる検査法があれば臨床上有用であるが、現在、視野異常を自覚させる方法はない。

 本研究者は緑内障患者に家庭用テレビ受像機の未使用チャンネルに現れる熱雑音による白黒模様の点滅画面(ノイズ画面)を呈示すると、視野異常部に一致したノイズ画面の異常を自覚することを発見した。この方法をノイズフィールドテスト(Noise-Field Test:以下NFT)と命名し、検査精度を追及し、新しい視野異常検出法としての有用性を確立した。

 NFTには家庭用21インチテレビ受像機を使用した。21インチテレビの画面は眼前30cmの距離で視覚上下各約26.5度、左右各33.7度に相当し、現在の視野検査の基本的検査範囲である半径30度円とほぼ一致する。検査は片眼を遮蔽し開放眼で画面中央を数秒間固視させ、ノイズ画面の点滅の減弱、消失など画面の不均一な部分を指摘、描出させて行った。

 視野異常が明らかでありながら、異常の存在を自覚していない緑内障患者345例555眼に3社の受像機でNFTを行った結果、89.2%が視野異常部に一致するノイズ画面の異常を自覚した。視野正常者150例300眼の中、93.7%はノイズ画面での異常を認めなかったが、6.3%では盲点に相当する部位での異常が指摘された。緑内障555眼中、原発開放隅角緑内障298眼、ならびに正常眼圧緑内障257眼での異常検出力は各々88.3%、90.3%と差はなかった。また視野病期分類(Aulhorn分類Greve変法)0〜II期の早期緑内障での検出率は77.9%で中期(III期)以上の異常は100%検出された(図1)。早期緑内障272眼についての年代別異常検出率は50歳未満:72.7%、50歳代:84.6%、60歳代:71.2%、70歳以上:83.8%で年齢による検出率の差はなかった。近方視力0.1以上の例では検査視力による検出力に差はなく、また受像機間での検出力にも差はなかった。この結果、NFTは従来の緑内障検出の主な検査法である眼圧検査では発見されない正常眼圧緑内障の検出や早期緑内障の検出において簡便、且つ迅速な視野異常自覚検出法である可能性が示された。

図1:視野病期別異常検出率

 ついで家庭用テレビ受像機の熱雑音の中の一定の周波数を抽出する事によって、より有用度の高い画面が得られるか否かを、白色雑音発生器と電気フィルターを用いて検討した。50Hz以上、1.6MHz以上と以下、2.26MHz以上と以下、3.2MHz以上と以下の7種類の周波数によるノイズ画面を作成し、30例30眼での異常検出力をNFTと比較した。検出力は3.2MHz以下、2.26MHz以下、あるいは50Hz以上では76.7%であったが、NFTでは86.7%であった。またコンピューターモニター上に市松模様の点滅画面を作成して点滅模様サイズと点滅速度を変え、検出力が高い画面が得られるか否かも検討した。パーソナルコンピューター(本体;EPSON PC-486GR、画面;EPSON CR-5500)を用いて、40×25、80×50、160×100、320×200ならびに640×400ドットの5種類のドットサイズの市松模様の画面を作成し、各サイズの画面ごとに画面変換速度、56.4Hz、28.2Hz、14.1Hzの3通り、計15種類の点滅画面を作成した。緑内障46名58眼、ならびに視野正常者10例20眼を対象として異常検出率をNFTと比較した結果、15種類の中で最も検出率の高かった画面は80×50ドット-28.2Hz、160×100ドット-28.2Hzで、それぞれ65.5%、55.1%であったが、NFTでの検出率は87.9%であった。この結果、熱雑音の特定波長を利用した点滅画面、あるいは人工的に作成されたコンピュータプログラムによる点滅画面に比べて、熱雑音全波長を利用するNFTが最も検出力に優れており、特定の画面を作成、使用することの利点は少ないと考えられた。

 さらに、最近簡易視野スクリーニング法として注目されているOculo-Kinetic Perimeter(OKP)、ならびにTubungen Electric Campimeter(TEC)との視野異常検出能を比較した。視野異常の存在を自覚していない緑内障136眼、ならびに視野正常者114眼を対象として、NFT、TEC、OKPの順で検査した結果、異常検出率は各々85.3%、75.0%、59.5%とNFTで最も高く、視野病期別でも同様であった。一方、偽陽性率は、NFT11.4%、TEC(F)21.1%、TEC(C)17.5%、OKP4.4%であった。この結果、現在使用し得る視野異常スクリーニング検査としてNFTが最も優れていることが示された。

 以上の検討から、NFTが優れた視野スクリーニング法であることが示されたが、さらにNFTの有用性を確認するため、健康診断の眼科検診の一部としてNFTを行った。二つの医療施設(受診者:施設A701名、B234名、計935名)で異なるテレビ受像機を使用して、屈折検査、視力測定、眼圧測定の後、NFTを行ない、次いで細隙灯顕微鏡検査、散瞳下眼底検査を行なった。NFT陽性者、もしくは眼底検査から視野異常が疑われた例全例に精密閾値検査を行い、視野異常の有無を確認した。施設Aでは視野検査を必要とした152眼中57眼で視野異常が確認され、内51眼の異常はNFTで検出された。施設Bでは30眼中10眼で視野異常が確認され、内7眼の異常がNFTで検出された。視野異常が確認された疾患は緑内障35眼、網膜病変22眼、視神経疾患1眼であった。発見された緑内障の頻度はわが国の緑内障有病率以上であったことから、両施設で眼科検査は高精度で行われたと考えられた。NFTの感度は施設A:89.5%、施設B:70%、特異度は施設A:93.4%、施設B:96.7%と算出されたが、施設Bで早期緑内障が多数であったことを考慮すれば、使用した装置、検者が相違するにも拘わらず施設間での感度に差はなかった。眼圧測定での緑内障検出感度は施設A、B各々28.7%、16.7%であり、眼底検査の感度は各々87.7%、66.7%と従来の報告と一致していた。これに対して施設A,Bを併せてのNFTの感度は86.6%、特異度は94.2%で、この値は現在まで緑内障眼で検討してきた感度、特異度、各々89.2%、93.7%と近似していた。今回の検討によってNFTの有用性が実際の眼科検診の場でも確認された。

 以上の研究によって、本研究者が発見した家庭用テレビ受像機を利用した視野異常自覚検出法、Noise-Field Test(NFT)は視野スクリーニング法としてのみならず、従来末期以外には自覚しなかった緑内障視野異常の自覚を促す方法として有用な検査法であることが明らかとなった。

審査要旨

 本研究は、従来自覚困難であった緑内障性視野障害を自覚させる方法の開発を試みた研究で、本研究者が発見した家庭用テレビ受像機を用いた視野異常自覚検出法が視野異常自覚に有用であるのみならず、現在行い得る最も簡便にして且つ検査度の高い方法であることを証明した研究であり、以下の結果が得られている。

 1.日常臨床における緑内障患者の訴えの中の"ちらつきの消失"に注目し、家庭用テレビ受像機の未使用チャンネルに現れる熱雑音による点滅画面(ノイズ画面)を数秒間呈示すると、従来自覚困難であった緑内障性視野障害が明瞭に自覚されることを発見し、この方法の異常検出精度を視野異常自覚のない緑内障患者345例555眼、ならびに視野正常者150例300眼で検討した。その結果、緑内障眼の89%が視野異常部に一致するノイズ画面の異常を自覚する一方で、視野正常眼では94%でなんら異常が自覚されないことが示された。さらに緑内障病期別検討から本法による緑内障検出率が早期緑内障で78%、中期以上では100%と高率で、且つ異常検出率がテレビ受像機の相違や、対象の年齢によって影響されないことが確認され、本法が緑内障スクリーニング法として有用であることが示された。

 2.本法で用いられた自然発生熱雑音以外により検査精度の高い検査法を開発できる可能性について、熱雑音の中から7種類の周波数帯を抽出したノイズ画面、あるいはコンピュータプログラムによる点滅模様、点滅速度の異なる15種類の点滅画面との比較を同一被検者で行った。その結果、本研究者が用いた50Hz-3.5Hzの周波数帯を有する自然発生熱雑音が最も異常検出精度が高いことが明らかとなり、特定の周波数、あるいは装置による恣意的な画面作製には意義がないことが確認された。

 3.本法が他の視野異常スクリーニング法と比較して優れた方法であるか否かを検討する目的で、現在簡易視野スクリーニング法として行われている2法との比較を行った。視野異常を自覚していない緑内障136眼、ならびに視野正常眼114眼を対象として、同一被検者で検討した結果、本研究者の用いた方法の異常検出率が85%で、他の2法の75%、60%に比べて明らかに高いことが示され、本法が現行の視野異常スクリーニング法に勝る検査法であることが確認された。

 4.上記1-3の研究結果を確認する目的で、眼科健康診断の場に本法を導入し、二つの異なる施設で、眼疾の訴えのない計935人1870眼を対象として本法を行い、異常自覚例、眼科専門医による視野異常疑い例の全てに精密視野検査を行い本法の検査精度を検討した。その結果視野異常の存在が確認された67眼中58眼(87%)では眼科医の検査以前に本法で視野異常が自覚検出され、さらに緑内障のみならず視野障害の原因となる他の眼底疾患も本法で検出されることが確認された。また検出された緑内障についての検討から本法における緑内障病期別検出率が、緑内障患者を対象とした検討1-3での結果と一致し、さらに異常検出率に施設間での差のないことも明らかとなった。全対象から算出された本法の視野異常検出感度は87%、特異度は94%と緑内障眼での検討結果と一致しており、本研究者が行ってきた本法の検出精度は普遍的で、本法が視野異常スクリーニング法として安定した検出精度を有する方法であることが確認された。さらに本検討で行われた眼圧測定、眼底検査結果との比較から、本法が緑内障発見の上で眼圧検査に勝り、眼科専門医による眼底検査に匹敵する検査法であることが確認された。

 以上、本研究によって従来なし得なかった早期乃至中期の緑内障性視野障害を自覚させ得る方法が開発され、さらにその方法が現在行い得る視野異常スクリーニング法として最も検査精度の高い方法であることが証明された。本研究は、その障害が自覚困難であることにより発見が遅れる、あるいは投薬指示が守られ難く失明に至りやすい緑内障患者の早期発見、治療コンプライアンスの向上、さらには視野障害を来す多くの眼疾患の発見を容易にし、失明予防に大きく貢献すると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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